第40話ティアと忍び寄る闇5

 ソフィーが行方不明になったという事実は夜中に城中に駆け巡った。エドワードは直ぐ様捜索隊を編成させて動かす。侍女達もアンの指示の下部屋の捜索を行っている。エドワード領の軍隊の長であるギルバートは指示を一旦セドリックに預けると急いでティアの部屋に向かった。ティアの存在は秘密だが、今は少しでも情報が欲しい。ティアを知るギルバート自らが尋ねることにしたのだ。ギルバートが部屋を何回かノックする。


 「...みゅう...」


 「ティア、すまんが開けてくれ。緊急だ。」


 ギルバートが声を掛けると、うめき声と共にゴソゴソと音がしてやがて、ゆっくり扉が開いてティアが目をこすりながら扉を開けてきた。眠気眼で髪もぼさぼさしていることから寝起きなのは間違いない。


 「ギルバート...さん、どう、したの?」


 「ソフィー嬢を見ていないか?」


 「ない。」


 ティアは首を横に降る。ただ、ティアはソフィーが勝手に出るとは信じられない様子だ。


 「いない、の?」


 「ああ。部屋に侍女が向かったら誰もいなったそうだ。今、城を捜索している。」


 ギルバートが事情を伝えるとティアもあわあわしながら自身も捜索に名乗り上げた。


 「私、も。」


 「駄目だ。」


 「なぜ?」


 ティアが珍しくギルバートに噛み付く。ソフィーにとってそうであるようにティアにとってもソフィーは大切な友人だ。そんな友人が心配でティアも探したかった。しかし、冷静にギルバートは首を振りティアを宥める。


 「駄目だ。今、お前は狙われているんだ。今見つかれば俺達もカバー出来ない。それに...今回の件、それが狙いかもしれん。」


 「そ、そんな!?」


 ティアは悲しそうな悔しそうな表情をする。自分が原因かもしれないのだ冷静ではいられない。ギルバートはオロオロするティアの頭を撫でつつ声をかける。


 「何度もいうが、仮にそうでもお前が責任を感じる必要はない。悪いのは敵であってお前じゃない。ティアは被害者だ。」


 「...分かっ、た」


 ティアはギルバートの言葉に泣きそうな表情を浮かべつつ俯いていた。ギルバートの言う事は正しく、それを理解しているティアはそれでもただただ悔しかった。ギルバートはティアの頭を撫でる。


 「心配するな。ソフィー嬢は必ず見つける。」


 ティアは首を縦に振る。彼女はギルバート達を信じて自分の部屋で待機し続けることにした。昼前、エドワードの書斎には例の派遣されてきた男がいた。男はニヤリと笑い口を開いた。


 「お困りのようですね?何でも、ご息女が行方不明だとか。」


 「ああ、だから、一刻も早く探しに行きたいんだが...話とは?」


 エドワードは苛つきを隠さず返す。男は続けた。


 「いや、我々も協力しようと思いましてね。それで得た情報なんですけど、どうやらそちらの侍女も行方不明だとか。確か、名前はレイラと言いましたかな?」


 「...」


 そう、ソフィーと共にレイラも行方不明になっていた。ソフィーの捜索中、レイラも突然姿を消したのだ。彼女は謹慎中だったこともあり、目撃情報も少なかった。


 「その消えた侍女が怪しいと思っています。他にもいるかも知れませんが、我々には知らされていませんからね。」


 「協力は感謝する。なら、ギルバートと相談してくれ。」


 「いや、我々は独自で動こうと思いまして。内部のものはどうしても客観性に欠けてしまいます。我々外部の者ならそう言う思い込みも無しに動けますから。」


 しかし、エドワードは首を縦には振らなかった。


 「それも一理あるが、捜索場所が重複するのは避けたい。それに、そちらもここの地図は把握していないだろ?それが出来ないなら、悪いが大人しくしていてくれ。」


 「…分かりました。」


 男は一瞬苦虫を噛み潰したような表情をしたが、すぐに不自然な笑顔をして退出した。男が去った後、レイはエドワードに尋ねる。


 「あの男、ギルバート殿と話しますかね?」


 「いや、しないだろうな。奴はギルバートを見下しているらしいからな。」


 「程度の知れた男ですね。議事を取っておいてよかった。監視をつけますか?」


 実はレイは男とエドワードの会話を全て議事にしていた。この議事は直ぐにエドワードの署名で発行される手筈だ。もし、男が勝手に動けば後で訴追できるからだ。最もバックに強い権力があれば握り潰されるかもしれないが。


 「ああ、だが対象は絞った方がいい。ソフィーの方が優先だからな。」


 「はっ!」


 レイが去るとエドワードはソファーに腰を下ろしてため息をつく。


 「はぁ、ソフィー...何処に行ったんだ?」


 だが、午後、事態は急展開を迎えた。

 レイラとソフィーの部屋から青い髪が見つかったのだ。

 ソフィーもレイラも部屋は基本毎日清掃しているため、その日ではないと残るはずがないのだ。それが最悪なことに、例の派遣された騎士の一人もエドワードの騎士と共に目撃したため、直ぐに情報が伝わり、再び例の騎士とエドワード、ギルバート達はエドワードの書斎で話し合いとなった。男はニヤニヤしながらエドワードに問う。


 「この髪...王族しか有しないはずの髪が見つかりました。これが何を意味するかわかりますか?」


 「...」


 「ダンマリですか?なら、正解を言いましょう。この城に例の少女がいるのですよ。しかも、彼女は誘拐されたソフィー様の部屋にいた。彼女は立派な容疑者です。この期に及んでまだ彼女を隠しますか?我々にはわかっています。彼女の部屋もね。さぁ、連れてきてください。」


 男は大袈裟に身振り手振りでエドワードに詰め寄る。エドワード達が腕を組んで無言のため、男は更に攻めた。


 「我々は一刻も早くソフィー様をお救いしたいのです!貴方方はソフィー様より例の少女の方が大切なのですか?おおお労しいソフィー様!!」


 すると腕を組んでいたエドワードはゆっくりと目を開くとギルバートに声をかけた。


 「ギルバート、彼女を...」


 「分かった...」


 ギルバートが頷くと、男はニヤリと笑う。


 「それには及びません。既に私の部下が連れてきます。そこの男は彼女と懇意な様子...逃がすかもしれませんからね。」


 「何だと!?」


 エドワードが驚いた様に反応すると男は更に続けた。


 「エドワード様も役職に就ける人物を考えたほうがいいですよ?この男は出自が卑し...」


 男は最後に言葉は出なかった。珍しくレイが男の襟を掴んだからだ。


 「これ以上、ギルバート殿を侮辱するな!!!」


 「レイ!」


 エドワードが叱咤するとレイは男を離す。男は怯えつつ返した。


 「はぁ、はぁ、やはり、野蛮だ。こんな奴等に役職を就かせるとはエドワード泊、貴女の見る目を疑いますね。まぁ、いいです。既に私が報告していますので、まもなく国から部隊が来ます。それに、今から彼女を連れてくる私の部下は選りすぐりの騎士たちです。たかが少女、直ぐに連れてきますよ。」


 余裕そうに話す男の言葉にギルバートは鼻で笑った。


 「ふんっ!お前は、何も分かってないな。調べているのなら、分からないのか?あの娘をただの子供と見ないほうがいい。何故なら...」


 「そちらこそ強がりを!」


 男とギルバートがにらみ合う中、突然、バンッと扉を開けて男が入ってきた。男の姿を見たギルバートは笑った。男の頬には引っ掻き傷があったのだ。それを誰がやったのか...それは一人しかいない。


 「お、お前!」


 「き、救援を!あの子供は何なんですか?あんなの聞いてないぞ!」


 冷静さも失い慌てている様子の騎士を見てギルバートは言い放った。


 「お前達が相手にしているのはただのか弱い姫じゃない。幾度も難を自分の手で逃れてきた脱走姫だ!!」


 「ちぃ!」


 ギルバートに笑われて苛ついた男は剣を取ると立ち上がった。


 「ならば、私自ら捕らえにいきましょう。」


 「出来るのならな。」


 「ふんっ!」


 男が駆け足で部下と書斎を去った後、ギルバートが部屋の扉を締める。そして、誰もいないはずの方角を見た。


 「ティア、いるか?」


 「ん。」


 声とともに姿を見せたのは、ティアであった。しかし、何か様子がへんだ。ギルバートが近づくとティアは一歩下がる。ティアの表情から警戒心が見えた。


 「ティア...」


 「何も...しない?」


 「...」


 ギルバートが少し傷付いた表情をしたが、ティアはそう言わざるを得なかった。彼は察してティアに尋ねた。


 「何をされた?」


 「突然、男の人、沢山、腕、掴んだ。怖かった。」


 ティアの震える様子にギルバートは内心騎士達を斬り伏せたかった。ギルバートに慣れてきたとはいえティアは未だに男性を苦手としている。その恐怖心はそうそう拭えるものではなく、今回のことで再び呼び起こされてしまったのだ。その結果、ティアは信用しているギルバート達とも距離を取ってしまった。


 「ギルバート、さん、私、捕まえる?」


 ティアの不安そうな表情にギルバートは優しい表情でゆっくりと首を振る。


 「いや、しない。」


 「ほん、とう?」


 「ああ。」


 その言葉を聞いて、ティアは肩から力を抜いた。安心した様子のティアにギルバートも安心しているが、レイは未だ厳しい表情を崩さなかった。


 「しかし、今の状況は不味いです。ティアさんは完全に嵌められてしまいました。」


 「え?」


 「レイラさん、ソフィー様の部屋から青い髪の毛が見つかったんです。この国で青い髪は王族しか有していない色です。」


 「ち、違う。私、違う、行って、ない。」


 ティアは必死に何度も首を振り自身の無実を伝える。レイは表情を崩してティアに答えた。


 「分かっています。貴方が我々の指示に従っていることは確認できています。あなたの部屋は監視させてもらっていたので。」


 「え?!あ、そう、ですか。」


 監視されていたとは思わなかったティアはちょっと複雑だが、それを証拠に信用してもらったので一安心だ。


 「しかし、それなのに青い髪が見つかるのは不自然です。おそらく、ティアさんを表に立たせたいのでしょう。」


 レイの話を静かに聞いていたエドワードは彼に指示をした。


 「その青い髪、アレク達に鑑定させよう。ティア、すまんが髪の毛を少し貰えないか?」


 「ん。」


 ティアは同意すると自身の髪を掴んで引っ張ったので、エドワードが慌てて止める。


 「痛いだろう?無理矢理引っ張らなくてもハサミを渡すからそれで切ってくれ。」


 ティアが距離を取っている今、無理矢理近付けないため、エドワードはハサミを渡すことにした。ティアはハサミをゆっくりエドワードの手から取ると自身の髪を数本掴み、なるべく根本近くで切った。


 「これで、いい?」


 「ああ、ありがとう。」


 ティアは髪をハサミと共にエドワードに渡す。今度はティアは彼等に意志を伝えた。


 「私、城、出る。」

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