第38話ティアと忍び寄る闇3

 ティアの中に広がる不思議な世界で再開したティアとシスティナ。システィナはティアの様子が変なのを感じてティアの隣に座り同じ目線になる。ただ、ティアはシスティナから目を逸らして話そうとしない。しかし、システィナは諦めずにじっとティアを見つめ続ける。根競べだ。


 「ティア?」


 「...」プイッ


 「ティア?」


 「...」プイッ


 システィナが左に動けばティアは右に顔を逸し、右に動けばティアは顔を左に逸らして顔を見せない。じれったく感じたシスティナは遂に両手でティアの両頬を抑えてシスティナと向き合わせた。


 「ティア!よく顔を見せて!」


 「むぎゅ」


 むにゅっとシスティナがティアの両頬を抑えるので、ティアは上手く話せない。ティアは目線をそらすが、ティアの頬に涙の跡があるのは明らかだ。ちなみに、ティアの頬は柔らかく触り心地がいいと感じたのは内緒だ。もっと触っていたという気持ちをぐっと我慢してシスティナは尋ねた。


 「やっぱり泣いているじゃない。どうしたの?」


 一瞬抵抗を見せたティアだが、直ぐに大人しくなった。システィナはゆっくりティアの顔から手を離すと彼女の返答を待つ。


 「...」


 「ゆっくりでいいの。話してみて。」


 システィナは優しくティアを諭すとティアはしばし黙った後、ポツリポツリと話し始めた。


 「また、見つかっ、た。」


 「え?」


 「また、出て、行かな、きゃ...」


 「どうして貴方が出ていくの?」


 「皆、迷惑、ある。それは、嫌。」


 そう言うと、ティアは再び顔を埋めて隠してしまう。彼女の話を聞いたシスティナはぷるぷると怒りに震えていた。


 「なんで...ティアが追われないといけないの?嫌だから逃げたのに。」


 以前、ティアから経緯を聞いていたシスティナは執拗に追いかけてきてティアから居場所を奪う追手に対し憤りを感じた。


 「もう、放って、欲しい。」


 ティアはもう追いかけられることに疲れていた。孤児の頃は他の孤児、大人に、王族と知られてからは、荒くれ者や騎士、魔女...様々な人から常に追われてきたティアは何故自分がこんな目に遭うのか分からなかった。


 「ティア...」


 「いっそ...」


 暗い表情のティアが言いかけた言葉をシスティナはティアの手を掴んで静止させた。


 「駄目。そんなこと許さない。」


 「...」


 システィナは今のティアにとって厳しい言葉を敢えて放った。


 「ティア...立ち向かいなさい。そして、もし困ったら私のところに来て。」


 「え?」


 システィナは胸に手を当てて答えた。


 「私はアルフレッド侯爵の娘よ。お父様に相談すれば助けてくれるわ。それに…そうでなくても身分は関係なく私は貴方の味方よ。誰が何と言ってもね。」


 システィナはそう言うと全身でティアを包み込むように包容する。システィナから伝わる温かさはティアの心に優しく広がりティアの瞳に水滴ができる。


 「絶対に貴方を一人にしないから。安心して。」


 「...ぐすっ」


 ティアはそのまま顔をシスティナの胸に押し付けて隠して嗚咽を漏らした。システィナは瞳を閉じてティアが泣き止むまで彼女の頭を撫で続けた。

 しばらく経った後、ティアは顔を上げた。目元は赤くなっている。システィナは改めてティアに言う。


 「ティア、立ち向かって。私も立ち向かうわ。」


 「ん!」


 「そして、また会いましょう!」


 「うん。」


 ティアとシスティナは互いの小指を絡ませて再会を約束した。2人が微笑みあっていると世界が光に包まれてやがて意識は現実世界に戻った。 


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 ティアは目を覚ました。夢の記憶はぼんやりだが覚えていることもある。


 「システィナ、私、頑張る。」


 それから数日、ティアは部屋で魔法の勉強に注力することにした。全ては立ち向かうために。ティアの外出禁止に伴い食事も部屋で摂ることになったので、朝から晩まで部屋にいた。朝、食事の後には魔法の訓練を行う。昼も行い、迷惑にならない程度の威力で氷魔法も練習する。夜は何時もの魔導書と別の魔導書も読んで頭に入れ、夜はあの不思議な場所でシスティナを会話をする。そんなルーティンで1日過ごした。


 ある日、ティアの外出禁止令を知ったギルバートが早足でティアのところに向かっていた。


 「まさか、あの坊主がきているなんてな...」


 ギルバートは数日前にエドワードと面会した騎士と顔見知りだった。ギルバートはあまり彼のことが好みではない様子だ。それに気づいたセドリックが尋ねる。


 「そいつのことを知っているのか?」


 「ああ、奴は王都近くに住む貴族出身だ。成長していなければ、王都周辺しか知らない視野の狭い人間だな。ここみたいな辺境に住む人を見下しているんだ。」


 「そういう人間か...厄介だな。」


 セドリックはエドワードが部屋から追い出した件を聞いていたので、奴が何もしないことを祈った。会話をしている内にギルバート達はティアの部屋に着いたので、ノックをする。


 「ティア、いるか?」


 「ん。」


 返事がして少し経つと鍵が開けられて扉がゆっくりと開き隙間から小さな青い瞳が覗いてきた。


 「ギルバートさん、セドリックさん?」


 「おう!ティア、元気か?外に出てはいけないと言われたらしいな。」


 「ん。」


 「中に入ってもいいか?」


 ギルバートの問に少しティアは後ろをチラ見してから考えた後、小さな声で聞いてきた?


 「...見ても、怒る、ない?」


 「何かしているな?」


 「...」


 ギルバートは少しティアを睨むが直ぐに顔を和らげる。


 「言わんから、入れてくれ。」


 「ん。」


 ティアはゆっくり扉を開けた。ギルバートは会話している時からドアノブに小さな抵抗を感じていたので、ティアが中に入れたがらないのを感じていた。中の様子は...


 「おお...」


 「これは!?」


 ギルバート達の目の前には花、立方体、球体、六角形...大小様々な形の氷の結晶が広がっていた。


 「ティア、これは?」


 「全部、作った。魔力、出し方、皆、違う。形、色々、面白い。」


 「それで夢中になったと?」


 「ん。」


 ティアはペコリと頷く。彼女は魔力の制御を修得するために様々な形状の氷を生み出して維持してみることにした。簡単ではなく、最初は変な形や直ぐに溶ける等の失敗をした。数日後、上手く行った際にはティアは面白くなり夢中になって色々試してみることになった。しかし、その結果、部屋全体に氷が浮いている異常な状態になり、他人(特にアン)には見せにくい状況になってしまったのだ。ふと、ギルバートが呟く。


 「そういえば、ここ寒くないか?」


 「ん。だから、上着着てる。」


 氷があるためか外よりも部屋の温度は低く、ティアはこの時期では有り得ない程の厚着をしていた。エドワード領は寒さが厳しい地域で、冬場は氷点下を下回る事も多い。しかし、今はまだ夏季で日中は20度はある。


 「おかしいな。今は普段そんな寒いはずが...」


 セドリックは目を閉じて自身の目に魔力を流すと目を開けた。これは感知魔法の一種で魔力の流れを視覚的に読み取ることができる。初対面でティアの髪の変色に気付いたのもこれのお陰だ。セドリックは部屋を見渡した。まず、氷の結晶は全てティアに繋がっているのが、視えた。


 (なるほど、常に魔法をかけているのか。)


 氷は表面から溶けていく。ティアはその表面を何度も凍らせることで結晶を維持していた。部屋の温度が低く溶けにくい環境なので、魔力消費は少ないが、ティアはそれを複数の結晶に同時に行っていた。


 (この数の結晶に同時に魔法を使用している...一つ一つの魔法の加減は出来てないが、充分だな。)


 セドリックが感心しながら観察をしているとティアがじっとその様子を見ていた。セドリックはそれに気づくと。


 「どうした?ティア。」


 「セドリック、さん、目、何か、集め、てる?」


 「?」


 「...何でも、ない。」


 セドリックが怪訝そうな表情をしたのでティアら慌てて何でもないと答えた。彼女はセドリックの目に何か集まっているのがボンヤリと視えたのだ。ただ何かは分からないので見間違いかもしれず自信はない。すると、今度はセドリックがハッとした表情をしてからティアに尋ねた。


 「ティア、まさか...魔力が見えているのか?」


 「そう、なの?」


 ティアはいまいちピンと来ていないようだ。セドリックは続ける。


 「私は今、魔法で魔力が視える様にしている。もしかすると、ティアにはそれが視えたのかもしれん。」


 「魔力...」


 ティアは周囲をキョロキョロし始めた。確かに自身の体と氷の結晶に何か青い繋がりが視える。ティアは試しにその結晶にだけ、強い氷魔法を使用するとその流れが急に強くなり、それが流れ込んだ結晶は急激に大きくなった。


 (本当、魔力...視える!)


 ただ、何か視え方に違和感のあるティアはペタペタと片目ずつ手で塞いでみる。そして、分かったことを2人に伝えた。


 「多分、魔力、視える。左、だけ。」


 「左?」


 「ん、左。」


 「右は?」


 「...魔力、視え、ない。」


 どうやら魔力が視えるのは左目だけのようだ。限定的だがこれはティアの新しい強味だ。しかし、それはティアの新たな不安要素にもなる。セドリックはティアに忠告した。


 「ティア、そのことはあまり言わない方がいい。」


 「何故?」


 「珍しいから。もっと狙われることになる。」


 ティアに理解しやすいように率直に述べる。


 「分かった。」


 これ以上、追手が増えるのは勘弁して欲しいティアはうんうんと頷いた。


 「それにしても、外出できないから不自由してないか心配だったが、杞憂だったな。」


 「ん。ありが、とう。」


 ティアは心配してくれているギルバート達にお礼をする。ギルバートはティアの頭をゴシゴシと撫でた。髪は乱れるがティアはギルバートに頭を撫でられるのが好きで目を細めて気持ちよさそうだ。


 「じゃあ、もう行くな。何かあればそれで呼んでくれ。」


 ギルバートは扉の近くにある円盤型の魔導具を指さして言った。


 「ん。ばい、ばい。」


 ティアはセドリック達が部屋を出て扉を閉めるまで手を振り続けた。

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