第37話ティアと忍び寄る闇2

 エドワードの書斎でギルバートに会えたティアは彼を自身の部屋に連れて行った。ギルバートが部屋に入ると目の前には巨大な一輪の氷の花が現れた。ギルバートは察した。


 「ティア〜、魔法だな?」


 「ん。やり、過ぎた。」


 ティアは俯いている。ギルバートはそんなティアの頭を撫でる。


 「まぁ気にすんな。失敗はだれでもある。」


 「ん。魔力、多い、加減、難しい。」


 「いきなり増えたからな...」


 ギルバートは改めて氷を見て冷や汗をかいた。


 (こりゃ凄いな。やはりこの子には魔法専門の教育が必要だな。だが、この子の才能を伸ばせる教師は限られるな。)


 ギルバートは予てよりティアに魔法の教育を施す必要性を感じていた。彼女には魔法の才があり、魔力量も多い。そんな彼女が魔法を適切に使用できなければ自身にも周囲にも危険なのだ。そのため、セドリックのような魔法に長けた人物にティアの教育者になってもらおうと考えていた。しかし、今のティアの魔力量は最早並の実力者では扱いきれない。


 (導く者もティアと同等でなければ恐らく適切に彼女を導けないな。)


 ティアの魔力量は既に大人の平均を軽く超えている。そんな彼女と同等の魔力量の人物は限られてしまい、ギルバートが知る中でも数人だ。


 (この国有数の魔術師か魔女だな。)


 ティアの魔法の教育を誰に任せるのか考える必要がありそうだ。ギルバートは一旦そのことについて考えるのを止めて目の前の氷について考えた。


 「恐らく一晩では溶けないな。壊すか...勿体ない気もするがな。」


 「でも、怒ら、れる?」


 「かもしれんな...」


 ギルバートはティアが生み出した氷の花が上手くできているので勿体ない気がしたが、ティアが注意されるかもしれない。ギルバートはしばし考えると、ティアに提案した。


 「俺が伝えてこよう。やってしまったものは仕方ないからな。反省しているんだろ?」


 「ん。次、気を、付ける。」


 「よしっ!なら、待ってろ。」


 そう言うと、ギルバートは部屋を出た。

 数分後、ギルバートはアンとソフィーを連れて戻ってきた。2人とも氷の花に驚くしかなかった。


 「これをティア様が?」


 「ん。魔法、試し、たら、大きく、なった。」 


 ティアはアンの目を見ながら緊張した様子でソフィーに答えた。


 「ティア様、貴方は病み上がりですので、魔法はあまり...」


 「まぁ、やってしまったのは仕方ないだろう?本人も反省しているんだ。」


 「しかし」


 「これでティアも不味いことは自覚したようだからとりあえず明日その件で話をしよう。ティアもそれまでは魔法は禁止だ。」


 「ん、分かった。ごめん、なさい。」


 ティアはアンに頭を下げた。アンはため息をつくと答えた。


 「致し方ありません。分かりました。しかし、ティア様、今後は許可されるまでお控えくださいね。」


 「はい。」


 どうやら今回は許されたようでティアは安堵した。


「あ、次同じことをしたら、若い方たちにお風呂に入れてもらいます。」


 「みゃ!?」


 ティアが以前、この城の侍女たちに風呂で可愛い可愛い言われながら、体中を洗われたのが非常に恥ずかしかったようで、入浴は1人入るようになってしまっていた。今の反応からしてもやはり苦手なようだ。これはいい薬だなと感じるアンであった。

結局、氷の花は次の日まで形を保ちエドワード達に見せることができた。ティアはエドワード達の反応を期待半分不安半分で見ていたが、彼等の表情は少し厳しい。


 「ここまでのことがすぐにできるとは...」


 「はい、正直驚きです。しかし、日常で支障を来たす前に制御できないといけないですね。」


 「ああ...」


 エドワードはティアの魔法を見た後、ギルバート、セドリックを書斎に呼んだ。3人が揃うとエドワードは話し始めた。


 「ティアの魔法、どう思う?」


 「率直に言って、予想以上です。あの規模の魔法を容易に使えるとは...」


 ティアの才能はエドワード達の予想を上回っていた。しかし、これは同時にティアを導ける指導者はこの領地にはおらず、彼女が手に余る存在になってしまった瞬間でもあった。エドワードはそれを感じさせないようティアに笑顔を向けていたが、内心は困惑していた。


 「あの子の存在は知られると厄介だな。」


 セドリックは頷く。


 「ええ、ただでさえ王族であるのに、あの魔力...狙われないはずがありません。」


 「ああ、ティアの存在は内密にするしかないな。」


 「今後のティアへの方針はいかが致しますか?」


 「先ずは魔力の制御を最優先にしてくれ、余裕が在れば他の教養も身に付けさせてくれ。」


 「はっ!」


 セドリックは胸に手を当て礼をする。エドワードはそれを確認すると次にギルバートの方を向いた。


 「ギルバート、ティアとソフィーの警固の強化を頼む。例の薬の犯人も分かっていないからな。」


 「分かった。」


 次に、エドワードはレイに尋ねた。


 「今回の薬の件、お前はどう思う?」


 「どちらかを狙った、もしくは両方、どちらも考えられます。もしかするとティアさんの存在が知られているかもしれません。」


 「...」


 エドワード達は無言で聞き、レイは更に続ける。


 「エドワード様、最悪の場合も想定しておいたほうが宜しいかと...」

 

 「ティアを...か?」


 「あくまでも選択肢の一つです。ですが、忘れないでいただきたいのは最優先に守るべきものはご息女のソフィー様です。例え王族の血を引くとされる彼女であってもそれは変わりません。」


 レイの考えは現実的だ。エドワードが守るべきものはティアよりもソフィーの方が優先される。そして、最悪ティアを切り捨てることもソフィーを守るためにやむ無しというのがレイの考えだ。エドワードもそれは分かっているので、少し苛つきつつ答えた。


 「分かっている。だからこそ、ティアのことを知られる訳にはいかないんだ。」


 「承知致しました。」


 その後、数日でティアはベッドから離れても良いくらい体力を取り戻していった。ただ...


 「あっ...」


 「...」


 ティアの意図せずパキパキと音を立てて現れた氷のそれは瞬く間にティアの身長を超える塔となり、ティアは唖然とするしかなかった。こんな感じにティアの魔法の制御には課題が残っていた。

 そんなある日のこと、エドワード領に訪問者が現れた。エドワードの書斎にてエドワードと対面したその男は会うなりこう言ってきた。


 「エドワード辺境伯、ここに滞在している子供を渡してください。」


 「何のことだ?」


 「我々は子供がここにいることを把握しています。隠しても無駄です。」


 「...」


 「貴方の立場が悪くなるだけですよ?我々には変える力が...」


 「悪いが、私は王より直接この地の守護を命じられている一族だ。それを変えられるのは王だけだが...そちらは王に勝る力を持っていると?」


 エドワードは側にある剣に手を掛ける。仮に王に勝る権力があるといえばそれは反逆だ。エドワードはそれを理由に斬りかかると示した。彼の側にはレイが紙に発言を残しており、理由はそれで充分だ。男はちらりとレイを一瞥すると苦虫を噛み潰した表情をする。


 「っ!」


 「そちらの滞在は認める。だが、勝手な事は慎むように。」


 男はエドワードを睨みつけると部屋から退出する前に恨み節を言う。


 「...その発言、後悔することがなければいいですね。」


 今度こそ男は退室した。男が去るのを確認するとエドワードは溜息をついた。


 「ハァ。中央の奴はこういうのが多いな。」


 「辺境伯の意味を知らずに田舎者と決めつけるのが多いですからね。学が足りません。」


 レイも苛ついていたのかバッサリだ。


 「それにしても、もう嗅ぎつけたのか。早いな。」


 「ええ...」


 「とにかく奴等の好きにはさせない方がいいな。レイ、奴等の滞在場所を指定してくれ。なるべく交通路は避けるようにな。」


 エドワードはレイに指示を出す。このままあの男の好きにはさせたくないのだ。


 「ええ。こちらの食料の補給路を妨げられると困りますからね。」


 「考え無しならやりかねんな。」


 エドワード辺境伯の領地は国境にある。この地域は他国との睨み合い、魔物の進行の防衛が常時行われており、食料の危機は即ち相手に隙を見せることになるのだ。


 「ティアさんは如何します?」


 「極力外出は控えさせてくれ。見つかれば奴等に隙を与えかねん。」


 「はい。」


 その夜、ティアは就寝前に魔導書を読んでいた。そんな時、ノック音が扉から響いた。


 「だれ?」


 ティアがゆっくりと扉を開けてチラリと外を見る。


 「私です。入ってもよろしいですか?」


 「レイ、さん?どう、ぞ。」


 そこにはレイがいた。ティアは何故レイが尋ねてきたか分からなかったが、とりあえず部屋に入れた。レイは部屋に入ると単刀直入に要件を述べた。


 「ティアさん、しばらく外出禁止です。」


 「ふぇっ!?」


 ようやくベッド生活から解放されたティアにとって残酷な指示だった。ティアは慌てて理由を問う。


 「な、なんで?」


 「...貴方を探している勢力がここに来ました。」


 レイはしばし考えた後、本当の理由を伝えた。ここで本当の理由を伝えず曖昧に答えればティアは行動を起こす、そう察したのだ。


 「っ!?」


 ティアは目を目一杯開いて驚いた後、直ぐに青ざめ始める。


 「大丈夫です。我々が隠します。だから協力してください。」


 「...」


 ティアは無言で首を縦に振る。それを見たレイは一礼して扉を閉めてエドワードの書斎に向かった。


 (あの言葉だけで、状況を把握して責任を感じるとは...)


 ティアは立ち尽くしてポツリと呟く。


 「また...出る、の?」


 何処へ逃げても追いつかれ自由になれず迷惑を掛けてしまう。王都で匿ったお婆さん、おじさん、ギルバート、セドリック、エドワード、アン、レイラ、レイ...皆ティアに優しくしてくれるのに、ティアは何も返せず迷惑をかけてばかりだ。


 「そんな、こと、なら...」


 最悪の行動も考えつくティアはパタリとベッドに倒れ込むと目を閉じた。


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 「...」


 ティアが次に目を開けると目の前に大きな水たまりが広がっている、そう...例のティアの内世界だ。今回、ティアはそこに浮かぶ小さな島にいた。ティアは服が汚れるのも気にせず座り込むと膝を抱えて所謂体育座りになり、顔を闇の中に押し込むように腕の中に沈めた。静かな空間に小さなすすり泣く声が響く。


 「ティア?」


 「え?」


 誰もいるはずのないのに誰かの声がした。ティアが顔をあげるとそこには、ティアによく似た少女...システィナがいた。


 「システィナ...」


 システィナはゆっくりと近付くとティアの頬に触れる。


 「泣いているの?」


 「...」

 

 ティアはシスティナから目を逸らす。しかし、システィナはじっとティアを見つめ続けた。

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