第36話ティアと忍び寄る闇
レイラを謹慎処分にした数時間後、ティーバックの分析結果が出た。エドワードの書斎にてエドワード、ギルバート、セドリック、アンがアレク、セレンから報告を受けた。ソフィーはレイラとは別の侍女が見ており、まだ全快ではないティアは部屋に戻っていた。
アレクは手元からティーパックの入ったビニール袋を取り出すと答えた。
「まずティーパックから検出されたのは魔力興奮剤の成分でした。」
ギルバートは眉をひそめる。
「おいおい、そりゃ危ない物だな。」
「ええ、魔力興奮剤は接種者の魔力の流れを活発にすることで魔法の威力、速度を上げるものです。しかし、量を誤れば暴走して命に関わるのでこの国では使用が制限されています。ティアさんはこれを摂取したためにただでさえ不安定だった魔力が暴走して危険な状態に陥ったのだと考えられます。」
「酷いですね。」
アンは強く握りながら答える。ティアのような幼い子供に毒を盛る奴の気がしれないのだ。ギルバートも同意して頷いた。
「全くだ。一体誰だ?」
「この薬は資格がないと扱えません。そんなもの使えるとすれば...」
「異国の者か、闇に通じる奴か。」
エドワードの答えにアレクは頷いた。
「そう考えられます。そして、その人物は今回証拠を残してくれました。」
「何か出たか?」
「ええ、ここを見てください。」
アレクはティーパックの紐を指差す。そこには、紐にもう一本別の種類の透明な糸が絡みついていた。
「この糸は?」
「現在解析しています。この糸がどうしてあるのかわかりませんが、糸の正体がわかれば何か掴めるかもしれません。」
「分かった。引き続き解析を進めてくれ。ギルバート、城の警備を強化してくれ。」
「はい。」「分かった。」
エドワード達は今回の犯人を逃さないために行動を開始した。エドワードとアンはソフィーのところへ、アレク、レイラは分析に戻り、セドリックは指示を出すべく部屋を出ようとする中、ギルバートは部屋に残っていた。セドリックはギルバートに尋ねた。
「ギルバート、どうした?」
「ああちょっと調べたいことがある。エドワードには伝えてあるから先に戻っていてくれ。」
「?分かった。」
ギルバートはセドリックが去るのを確認すると書斎の本棚から本を探し始めた。
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<少し前>
ギルバート達が書斎で話している間、ティアは1人で読書をしていた。既に夜も遅くなりソフィーは自分の部屋で就寝しており、ティアの面倒を見ていたレイラも待機となってる今、ティアは1人で過ごすしかなかった。とはいえ数日ベッドの主になっていたので、起き上がる体力はなく結局ベッドで寝転んで何かするしかなかった。彼女が読んでいたのは持ち歩いている魔法書だ。コツコツ読み進めた結果遂に最後の章に至り、未読ページも残りわずかとなった。最後の章は魔法の応用とある。
「魔法、は、使い手、想像、大切...」
これまでの章でも魔法を使う上のイメージについて記載があったが、基本的に魔法を使うときはイメージが大切なようだ。勿論本人の適性もあるものの、魔法をどう使いたいかが鍵のようだ。ティアはそれを意識して手を翳すと絨毯に花をイメージしながら魔力を流す。すると、絨毯の端が凍り付き始めて徐々に中央に集まっていき、やがて中央で1つになるとそこから蕾のように塊を作ると花が開く様に氷の花が形成された。その大きさはティアの腰辺りまである。
「...できた、けど。」
ティアは自身の掌を見つめて唖然とした。正直ここまで簡単に出来るとは思わなかったのだ。ティアの魔力は以前の倍に達しており、彼女の感覚が狂うくらい豊富なのだ。その結果、ティアがいつもの感覚で魔力を流すと予想以上の魔力が放出されてしまい、魔法の威力が上がってしまったのだ。
「また、感覚、覚え、なくちゃ...」
ティアは以前、魔女から魔力の過剰な使用を指摘されてから魔力の制御に取り組んでいて、最近それに慣れてきたばかりだったのだ。それなのに、魔力が一気に増えて加減が分からなくなったのでまたもう一度やり直しだ。と言っても、一度やっているのでそこまで大変ではないとティアは考えていた。それよりも気にしないといけないことがある。
「これ、どうしよう?」
ティアは自分が作った氷の花の対処に困った。この大きさなので一晩で溶けることはないだろう。朝になれば確実にバレてしまう。もし、知られたら病み上がりなのに魔法を使用したことと部屋を氷漬けにしたことで2重アンから注意されるとティアは察した。ティアは腕を組んで考えると何か閃いた。
「ギルバートさん、相談...」
ティアはギルバートに相談することにした。男性恐怖症のティアだが、何度も会話を重ねることで強面のギルバートには慣れていた。彼ならティアを助けてくれるかもしれない。そう思ったティアは早速行動に出る。
ティアはベッドから片足ずつ地面に足を下ろす。
「んしょ。」
ティアはゆっくりと立ち上がる。連日寝ていたティアの足はプルプルと少し震えていた。ティアはしばらく様子を見てから歩き始めた。
仄かに灯りが灯る暗い廊下で扉が開いて光が漏れ始める。ティアだ。彼女は青い瞳で周囲をキョロキョロと見回すと誰もいないのを確認して外に出た。魔法で髪を黒く染め、黒い服を身に着けることで闇に溶け込ませ易くして、ゆっくりと移動した。
(ギルバートさん、多分、エドワード伯、部屋)
ティアは数日の滞在でエドワードの書斎の位置を覚えており、迷わずそこまで進む。
「!」
ティアは誰かの気配に気付いて壁に隠れる。ちらりと見るとどうやら巡回中の兵士のようだ。ティアの存在は城全体に知られているが、見つかれば叱られるのは目に見えている。ティアは咄嗟に魔法を全身に使用した。
「...」
「...」
兵士は壁に何も違和感を感じず、何事もなく去っていった。否、そこにはティアがいたのだが、兵士には見えなかったのだ。ティアは自身の髪の色を変える魔法を応用して全身を壁と同化するように見せかけていた。ティアは兵士がいなくなるのを確認してから一息つくと書斎に向かった。
書斎が見えてくると、ティアはじっと遠くから眺めた。扉には2人の兵士がいて、扉の隙間から光が漏れている...エドワード達はまだいるようだ。しかし、今近づけば必ず見つかってしまう。エドワード達の護衛をする兵士は実力者だとギルバートから聞いていたので、おそらく見つかるだろう...ティアはそう思った。ティアがどうしようか悩んでいると書斎の扉が開いた。
「!」
ティアは直ぐに脇道に逸れて息を潜める。そうとは知らないエドワード達は歩きながら会話をしていた。
「まさかティアの部屋のポットに毒が含まれているとは...」
「未然に防げず申し訳ありません。」
「アンもあまり気にするな。だが、今後警戒を強めなくてはな...」
「我々も警備を強化します。」
「セドリック、頼む。」
兵士を先頭にエドワード、アン、セドリック、アレク、レイラがいるが、ギルバートはいない。彼らが去るとティアはぼそっと呟く。
「どく?」
水に原因があると考えていたティアはやっぱりと感じていた。ティアがちらりとエドワードの書斎を見るとまだ灯りが灯っている。おそらくギルバートが残っているのだろう。見張りの兵はエドワードの護衛をしているため不在だ。ティアは素早く書斎に近付くと扉を少し開けて中に入った。
「...」
どうやらギルバートは奥にいるらしく目の前にはいない。ティアは本棚の辺りを探し始めた。
「ギルバート、さん、いない。」
しかし、ギルバートはいない。ティアはキョロキョロとしていると、突然背後からプレッシャーを感じた。
「!」
ティアが振り向くと刀を抜いたギルバートが立っていた。ギルバートは剣に魔力を纏わせると空間を一閃する。
「っ!」
一瞬の出来事で反応できなかったティアは何かが斬られた感覚を感じるだけだった。そして...
「何やっているんだ?ティア...」
「えへへ...」
「笑って誤魔化すな。お前はまだ病み上がりなんだぞ?無茶をしては駄目だ。」
「...ごめん、なさい。」
ティアらギルバートに注意されてシュンとした。確かにギルバートの言う通りなので反論もできない。ティアは謝るしかなかった。そんなティアを見てギルバートはふっと笑った。
「まぁ、仕方ない。ところでティア、話を聞いていたか?」
ギルバートの問にティアは首を振った。
「話?ない。でも、毒、だった?」
ティアの言葉にギルバートは溜息をつく。
「はぁ、知られたか。まぁな。犯人は今探している。それまでレイラの謹慎は解けないだろうな。」
ティアは眉を寄せてギルバートに尋ねる。
「何故?レイラ、さん、悪く、ない」
「俺もそう思う。だが、決め付けるのは良くない。大丈夫、エドワードもそう思っているから彼女の身は保証している。謹慎だからといって必要以上に制限はしていない。」
「そう、なの?」
「ああ、というより休暇を取ってもらっている感じだな。彼女休むことが少ないようだから...」
ギルバートはそう答えた。アン曰く、レイラは働き者で仕事もティアの面倒も率先するので休みがなく、休ませる機会を伺っていたらしい。今回の謹慎はいい機会なのでしっかり体を休ませることにしたらしい。他の人もレイラのことを信じていると知ったティアは安堵した。
「なら、待つ。」
「そうだな。それでいい。所で何か用があるのか?」
ティアは少しキョトンとしたが、目的を思い出してはっとしつつ答えた。
「ん!見て、ほしい、物、ある。」
「?」
ギルバートは不思議そうな表情をした。
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