第35話ティアと傷6

 システィナはティアが目覚めた後も膝枕を続けていた。彼女がそうしたいのもあるが...


 「大丈夫?ティア?」


 「むり、頭、クラクラ、気持ち、悪い...」


 ティアが立ちくらみを起こして起き上がれないのだ。ティアの体は今、これまで経験のない量の魔力を身に宿している。本来なら成長とともに徐々に魔力も増えていくので、結果、体も慣らしていくことが可能である。しかし、封印で長期間魔力を制限されていたティアは一気に膨大な魔力が身体に流れ込んできたため、対処出来ずに発熱等の症状を起こしていた。先程ティアはその大量の魔力を一気に制御下に置いたために脳に負担がかかっていたのだ。また、先程の不思議な状態の副作用なのか体が怠くもあった。その結果、ティアは体を起こすのも億劫になりシスティナに膝枕をしてもらうことになった。システィナはそんなティアの頭を撫でながら微笑んだ。


 「なら、暫くこうしてて。」


 「ん。」


 システィナはティアの髪を触ってみる。ティアは気持ちがいいのか目を細めて微笑んだ。サラサラと流れる青い髪は光を反射してキラキラしている。


 「貴方の髪...本当に綺麗になったわ。」


 「そう?」


 ティアはあまりピンときていないようでシスティナは呆れた。そもそも、ティアは自身の容姿に無頓着だ。自分が女性という性別は分かっているが、服は着て動きやすければ良い。髪は、汚いよりキレイな方がいい...こんな感じなのだ。髪はティアの面倒を見ている女性からやり方を教わりやってるだけなので、彼女の本心ではシャンプーで洗ってしまうだけでいいと考えている。

 しかし、女性たちの努力の甲斐もありティアの容姿はかなり優れている。そもそも孤児達に虐められていたが、一部は気になる奴にはちょっかいを掛けたいという心理で動いていた子供や、ストレス発散でなく下心満載で近づくノータッチというポリシーを守らない幼女愛好家達もいたのだ。彼女は一切その自覚がなく自己評価はあまりよくないのだ。そう考える余裕もなかったというのもある。


 「ティアは本当に気にしないのね...」


 「ん。そんな、こと、考える、暇、ない。」


 何気なく言うティアだが、システィナは少し気になって尋ねた。


 「...ねぇ、ティア。昔はどんな生活をしていたの?」


 ティア本人から孤児と聞いていたシスティナだが、全く想像がつかないのだ。ティアは少しの沈黙の後ポツポツと話始めた。


 「食べ物、1日、探す。」


 「食べ物を?買わないの?」


 「ん。お金、無い、食べ物、買う、ない。だから、探す。川、草、家、店...歩く、探す。食べない日、ある。」


 ティアは孤児時代の生活を思い出しながら話した。

 まだ子供で魔法も使えなかったティアは稼ぐ手段がない。そのため、食べ物を求めて王都中を歩き回るしかなかった。以前、普通に歩いていたら大人に襲われ、同じ孤児から虐められるなど散々な目にあったのであまり堂々と動けなくなった。そのため、ティアは青い髪が目立たないように探さざるを得なかったので、成果もあまり芳しくなかった。堂々と動けるのは朝早く、夜遅くといった人通りが少ないか髪が目立たない時間帯だけだった。

 数日何も得られず空腹に耐えられない日は雑草すら口に入れていた。今はギルバート達のお陰で満足に食べられるので随分良くなったな~とティアは他人事の様に話しながら感じた。システィナはティアの話を聞いて絶句した。


 「そんな...食べ物はお腹が空けば誰かがくれると思ったのに。」


 システィナはティアの生活が想像できず驚くしかなかった。彼女は生まれながらに侯爵の娘として育てられたので食べ物に困ることは無い。

 

 「ない。みんな、自分の、食べ物、必死。渡す、ない。システィナ...食べ物、困る、ない?」


 「ええ...毎日、3食違うのが出ていたわ。」


 システィナは食べ物に事欠く経験が全く無かった。3食必ず食事があり、おやつも出てきたのでそれが当たり前だと思っていたのだ。


 「3食...すごい...」


 育つ環境が全く異なった2人は互いの生活を聞いては驚いていた。システィナはティアの手に指を絡めると尋ねた。


 「ねぇ、ティア...貴方と同じ人は沢山いるの?」


 「ん。王都、たくさん、いる。そんな、人、集まる、とこ、ある。」


 残念ながら王都には孤児やお金に困っている人が集まる地域が存在する。そこは治安が悪く、ティアもあまり寄り付きたくなかった。


 「王都って王様や他の貴族が居るのよね?彼その人達は大丈夫なの?」


 「問題、ない。」


 「なんで?」


 「お金、持ち、みんな、壁の、中、住んでる。」


 「!」


 システィナは王都の地図を思い浮かべ納得した。彼女は講義で王都の構造を学んでいたが、確かに王城を中心に壁が建てられていたのだ。入り口は限定されており、防衛面で役に立つからとされているが、身分違いのものを目に入れないようにもなっていたのだ。システィナは今は言葉に出来ない感情を抱きつつティアに意を決して聞いた。


 「ティア、私達のこと、嫌い?」


 システィナは自分達貴族をティアがどう思っているのか聞いた。システィナはティアを友人と思っている。しかし、ティアはどうなのか怖かった。ティアはシスティナの不安そうな表情を見ると、起き上がってシスティナを見つめた。


 「貴族、嫌い...でも、システィナ、好き。」


 「ティア...」


 「貴族、悪い、人、だけ、違う、知った。システィナ、好き」

 

 「ティア...ありがとう。」


 システィナはぱぁっと笑顔になるとティアをギュッと抱き締め、ティアも抱き締め返した。しばらく経つと2人は自然と離れて並んで座った。ティアはシスティナの肩に頭を載せ、互いに近い方の手の指を絡め合っていた。ティアとシスティナは足をちゃぷちゃぷと蹴る。


 「水、みたい。これ、私、の、魔力...」 


 「そうなの?」


 「ん。さっき、分かった。」


 「危なくないの?」


 「大、丈夫、もう、私、の、もの。」


 ティアは自身の魔力を全て掌握したため、もう暴走させることもない。システィナやティアが少し波紋を作った所でティアの支配は揺るがないのだ。


 「そうなの?なら、安心ね。」


 「ん。」


 ティアは水を蹴る。跳ねて出来た水滴が光に当たってキラキラと光る。ティアはそれが見たくて何度も水を蹴り上げている。システィナは水平線を眺めていた。水面は何処までも続いており限界がない。システィナはポツリと呟く。


 「こんなに水が広がっているなんて初めて見るわ。」


 「私、も。」


 システィナはこれまで殆ど屋敷を出たことがない。そのため、水が多い場所といえばお風呂かプールだ。海や湖は知識しかない。一方、ティアも王都近くの川やギルバート達と移動中に渡った巨大な河位だ。


 「いつか、本物の海を見たいわ。」


 「う、み?」


 ティアはぽかんとして首を傾げる。


 「知らないの?」


 「ん。」


 「海はこんな感じに水がたくさんあって、塩っぱいんだって。」


 「!水が、沢山...喉、乾く、ない。」


 ティアの呟きにシスティナは苦笑する。


 「だめよ。塩っぱいのよ。体に悪いわ。」


 「そう?残念。」


 ティアとシスティナは他愛のない話をする。身分が違い決して交わることのないと思われた2人が何かの縁で出会い、仲良くなる。人生とは不思議だ。ふと、システィナはティアに尋ねた。


 「ねえ、ティア。貴方、旅をしたのよね?」


 「ん。今、いる、エドワード、辺境伯、所、まで。」


 「ちょっとそのこと話してよ。私、外に出たことないから。外の事を知りたいわ。」


 「ん。いいよ。」


 ティアはシスティナに旅での出来事を話し始めた。ただ"妖炎の魔女"ノラ、骸骨貴族のような印象の悪い奴の話はしなかった。


 「へぇ、極東の国の食べ物か...食べてみたいわ。」


 「ん。食感も、不思議。」


 システィナは興味津々にティアの話を聞いた。ただ楽しい話はあっという間に終わってしまうもので、突然、2人の体が薄くなり始めた。


 「これは?」


 「ん?起きる、時間?」


 「そう...残念ね。」


 システィナは目線を下げて落ち込む。折角再開できた友人と分かれるのが寂しいのだ。ティアは微笑んでシスティナの頭を撫でる。


 「また、会える。」


 「本当?約束よ!」


 「ん。約束!」


 システィナとティアは互いの小指を絡める。そして、2人の視界は光に包まれた。


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 「ん...」


 ティアが目を覚ますと白い天井が見えた。寝起きなので頭はぼんやりしている。


 「ここは?」


 ティアがポツリと呟くと、誰かが慌てて声をかけてきた。


 「ティア様!」


 「っ!ソフィー、様?」


 いきなり声を掛けられて驚いたティアを他所にソフィーはティアの手を両手で包み込み目に涙を浮かべていた。


 「心配しました。もう目を覚まさないと思って...」


 「大、丈夫。大袈裟...」


 「ではありませんでしたよ。」


 ティアの言葉を遮るように別の人物が話し始めた。


 「アン、様」


 「ティア様、貴方は昨晩本当に危険な状態でした。アレク様やセレン様が何とか貴方の命を保とうとされていたのです。決して大袈裟ではありません。」


 「ごめん、なさい...」


 注意されたティアは直ぐに謝罪するがアンは微笑みながら首を横に振る。


 「いいえ。そこはお礼を述べられればいいのです。今日もいらっしゃいますからその時お伝えしましょう。」


 「はい。」


 「いいお返事です。それでは、朝食にしましょう。」


 ティアはこの後、アンが運んできたお粥をあっという間に完食した。ソフィーもティアのいる部屋で朝食を摂る。心配していたソフィーはティアから離れたくなかったので、同室で食事を摂ることを望んだそうだ。食後に談笑しているとレイラが部屋に入ってきた。


 「ティアさん!」


 「レイラ、さん。おは、よう、ござい、ます。」


 「はい。おはようございます。もう体調は?」


 不安そうなレイラを心配させまいとティアは笑顔で答えた。


 「ん。元気、です。」


 「良かった...」


 この後、遅れてきたエドワードやギルバート達とも挨拶をかわしていると、アレクとセレンがやって来てティアの診察を始めた。


 「体調は問題ない。」


 「すごい、魔力も安定しているわ。昨晩は本当に危なかったのに。」


 2人はティアの回復に信じられない様子だ。彼らはティアの数日の状態から最悪の場合も考えていたのだ。ティアの回復を喜びつつも驚いている彼等にティアは理由を説明するか迷った。正直、自身も夢か現実か半信半疑なので信じて貰えるか分からず、システィナも巻き込むかもしれない。


 (システィナ、巻き、込む、嫌。それに、夢、かも)


 結局、そのことを尋ねられなかったティアは黙っていることにした。診察が終わりアレク達が片付けている時、ギルバートはティアに尋ねてきた。


 「ティア、昨夜急に悪くなったのか心当たりがあるか?」


 「えっと…水、を、飲んで...水!」


 ティアは思い出したかのようにキョロキョロして慌ててベッドから降りようとする。しかし、連日寝ていたティアは足に力が入らず直ぐに崩れ落ちるように床に倒れそうになる。レイラが慌ててティアを支えたので倒れることはなかった。


 「ティアさん。急に出るのは危ないですよ。」


 「で、でも、水、水、危ない。」


 ティアはレイラの注意も聞かず慌てている。ティアの様子を見たギルバートはティアに更に尋ねる。


 「もしかして、水を飲んでなったのか?」


 「ん。水、飲む、体、熱く、なる、魔力、暴れた。」


 「そんな!?」


 驚くレイラを他所にギルバートは冷静だ。


 「それで慌ててソフィー嬢のカップとポットを凍らせたのか?」


 「ん。」


 「まさか、水に何か仕組まれていたのか?」


 ギルバートが腕を組んでティアの話を整理していると、アンはゆっくりと何かを取り出した。それは白いティーパックのような物が入ったビニール袋だ。


 「おそらくこれです。」


 「それは?」


 「ティア様が凍らせたポット荷入っていました。ティア様が何故凍らせたのか分からなかったので直ぐに回収して保管していたところ先程解凍しました。」


 アンはエドワードに目配せすると彼はゆっくりと頷いてアレクに指示を出した。


 「アレク、悪いがこれを調べてくれ。」


 「はい。」


 アレクが答えると、エドワードはレイラの方を向いた。


 「レイラ、悪いがお前には容疑がかかった。すまんが暫く部屋で待機してくれ。」


 「承知いたしました。ですが、私は...」


 「それが分かるまでだ。」


 「はい。」


 レイラは一礼すると部屋を出た。ギルバートも部屋を出ると待機していた兵士にレイラの付き添いを頼んでから部屋に戻った。


 「とりあえず兵士に見張らせる。」


 「そうだな。」


 「お父様!レイラさんがそんなこと...」


 ソフィーは父に反発するが、エドワードは首を横に振る。


 「駄目だ。何事にも先入観を持ってはならん。」


 「でも...」


 それでもと反発するソフィーの頭を撫でながらエドワードは更に答えた。


 「ソフィー、俺もレイラではないと思う。だが、それが分かるまでは駄目だ。分かってくれ。」


 「...はい。」


 ソフィーは俯きつつ返事をした。ティアはソフィーの手を握ると彼女に声をかけた。


 「ソフィー、様、信じる。レイラ、さん、そんな、事、しない。」


 「ティア様...はい。」


 ソフィーはギュッとティアの手を握り返して答える。その様子を周囲の大人達は微笑みながら見ていた。

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