第34話ティアと傷5

 ティア達が沈んでいる海のようなところは実はティアの魔力である。現在、ティアの魔力は暴走状態なので、至る所で荒波が起きており海面は滅茶苦茶だ。そんな中、海面に半透明の少女が現われた。


 「貴方は?」


 「...」


 声が聞こえているのかいないのか無視して少女はすす〜と沈んでいった。



 同時間、ティアは衝動を抑えながら必死に魔力のコントロールを試みているが、上手くいかず段々ティアの顔色が悪くなっていった。システィナはティアの異変に気づく。


 「ティア...一旦止められないの?貴方顔色が...」


 「無理...」


 ティアは短い言葉を言うので精一杯なぐらい限界だった。魔力の勢いは止まらず意識も朦朧とし始める。しかし、ここで止めればまた1からやり直しだ。ティアも無事とはいかずシスティナも安全だとは言えないだろう。そう思ったティアは必死で意識を保つが段々眠気で瞼が降りてくる。体温を奪われているティアは低体温症になっており、意識を失いかけつつあるのだ。


 「ティア!しっかりして!」


 システィナはティアへの魔法を常にかけながら声掛けを行いティアの意識を保とうとする。しかし、システィナの魔力も限界に近い。システィナは意識だけティアに入っているようなものなので、扱える魔力も限定的だ。


 「...」


 「だめ!魔力が、もう...」


 ティアとシスティナが限界を迎えた瞬間、それは起きた。突然、青い光が舞い降りてきたのだ。


 「な、なに?」


 「…」


 ティアは意識が薄れて気付いていない。光はみるみるうちに形を成していく。


 「お、女のコ?」


 システィナの目には小さな少女に見えた。全身が半透明で判然とせず、ティアより小柄だ。その少女はゆっくりとティアの両肩に触れる。すると、途端にティアの体全体が淡く輝き始めた。髪は淡い光を纒って少し浮き上がり、瞳は青く宝石のようにキラキラしている。


 「...」


 ティアの意識はほとんど失われつつあった。しかし、突然何かがティアに入り込んで同時に意識がはっきりとし始めた。体中に力がみなぎり熱い位だ。


 「これ、なら...」


 ティアは目を閉じてと意識を集中させ、魔力の流れを感じ取り始めた。


 (魔力、水、みたい...流れ、止める、違う...起こす。)


 「はぁ!!」


 ティアは目を開き一気に自身の支配下にある魔力を一方向に流した。魔力は激流となり暴れまわる波を呑み込み一つの大きな流れを形成する。そして、ティアはその流れに乗じて全ての魔力を支配下においた。先程まで苦しんだ暴れたい衝動も何故か今は手に取るように扱える。ティアは両手を水底に向けると謎の衝動を魔力と共に放出して何かを形作った。


 「な!?」


 システィナはティアの突然の行動に戸惑う。ティアが水底に手を伸ばしたと同時に手から強い波動が放出されていく。そして、形はなく不確定なそれは勢い良くティア達に向かってきた。


 「ひっ!」


 システィナは顔が恐怖にゆがみ、身体に緊張が走る。ティアはシスティナの手をゆっくり握ると落ち着かせた。ティアは穏やかな笑顔でシスティナを見つめ、システィナも見つめ返した。ティアの淡く輝く青い瞳にシスティナは少し引き込まれる。


 「大、丈夫。」


 「テ、ティア...」


 ティアはにこっと笑うとシスティナの両手を握り、システィナは握り返して笑顔で返した。


 「分かったわ。なら、信じてみる。」


 「ん。」


 ティアとシスティナが互いに抱き合うと、待っていたかのように先程の無形の物が2人を呑み込み上昇していった。どんどん上昇していき周囲も暗闇から青く透き通るようになり、そして...


 ドーン!!!と音を立てて海上に現れた。そして、同時にティアとシスティナも海面から押し上げられ、まるで鯨の潮吹きの様に放出された。


 「げほっ!げほっ!やった!」


 システィナは咳き込みつつ脱出できたことに喜ぶがまだ早い。2人と共に海面から解き放たれたそれは雲のように形が不確定であるが、それは口のような形を作り2人に襲いかかってきた。


 「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 悲鳴とも咆哮ともいえるものをあげながら2人に迫る。システィナは驚愕で身動きが取れない。しかし、ティアは冷静に手を翳すと一瞬にしてそれは凍り、跡形もなくバラバラになり海面に沈んでいった。


 「ティア...」


 ティア本人は気付いていないが、システィナには感じ取れた。外見も変わったが、明らかに彼女の魔法の腕が上がっているのだ。


 (姿も変わったけど、さっきよりも魔法の腕が上がっている...)


 彼女と別れてもうすぐ1年になる当時よりもティアの実力は確実に伸びている。しかし、先程まで苦労していた魔力の制御を今は簡単に扱えている。この状態はかなり異常だ。システィナが恐る恐るティアな触れようとした瞬間、ティアの体から輝きが失せると力を失くしたかのように膝から崩れ落ちた。


 「ティア!」


 「ん...」


 システィナは慌ててティアを抱き寄せる。段々と、2人の体が少しずつ沈んできた。システィナはどうすればよいか分からず戸惑った。


 「どうしよう...」


 「...」


 ティアは意識を失っているようで反応がない。このままでは2人はまた沈んでしまう。システィナが焦っていると再び声が聞こえてきた。


 "システィナ!聞こえる?"


 「っ!ええ、分かるわ。」


 "良かった。ようやく繋がったのね..."


 声は安堵しているようだ。システィナは藁にもすがる思いで助けを求めた。


 「お願い、助けて!また、沈んじゃう。」


 "システィナ、落ち着きなさい。大丈夫だから。"


 「で、でも。」


 若干パニックにあるシスティナを謎の声は優しく語りかけた。


 "貴方が焦っては駄目!貴方はティアのお姉ちゃんなんでしょ?お姉ちゃんが慌てては妹が不安がるでしょ?"


 「そ、そうね。お姉ちゃんが慌てちゃ駄目ね。そう。私はティアのお姉ちゃんなんだから。」


 システィナは深呼吸をして己を落ち着かせた。


 "偉いわ、システィナ。"


 「えへへ。」


 謎の声に褒められて何だか嬉しいシスティナははにかむ。謎の声はシスティナに助言をした。


 "ここはティアの意識の空間よ。たから、普通じゃ出来ないこともできる。システィナ、貴方ならここに干渉できる。"


 「干渉?」


 "ええ、システィナ。何かティアとの思い出を思い浮かべるの。それがティアにもあればきっと出てくるわ。"


 「思い出...」


 システィナは必死に記憶を手繰り寄せ、目を閉じてティアの額と自身の額を合わせる。


 そして、それは起きた。水面から何かが出てきたのだ。浮かんできたそれは家と庭だった。それは屋敷よりも小さく人が数人しか入れないシスティナにはあまり縁のないはずのものだ。


 「どうして、これが...と、とりあえずこれで安心ね。」


 "やはり、ここね...ふふっ。"


 「ね、ねぇ!ありがとう!」


 システィナは誰だか分からない声にお礼をする。


 "どういたしまして..."


 「ねぇ...貴方、誰?」


 システィナの問に謎の声は答えようとするも出来なかった。


 "っ...ごめんなさい。時間のようね。"


 「え?ち、ちょっと、待って!」


 "ごめんなさい、システィナ。またね、おに...をよ......く、ね。"


 「待って!」


 段々と声は聞こえなくなり遂に何も聞こえなくなった。システィナは若干空を眺めて寂しそうにしたが、やがて両手で頬を叩いて気合を入れた。


 「私はティアのお姉ちゃんなんだから!しっかりしないと...」


 そう言うと、システィナは庭の端に座り水面にチャポンと足を入れてティアの頭を膝に置く所謂膝枕をし始めた。ティアの髪を優しく撫でる。サラサラとしている髪は明らかに以前よりも整っていた。枝毛もなく、手で撫でても引っ掛からない。当時は対して手入れもされておらずボサボサであったので、今はその見る影もないことにシスティナはちょっと驚いていた。


 「すごい...髪がさらさらになってる。肌の怪我も目立たない…。前は傷だらけだったのに。」


 システィナはティアの頬を人差し指の腹で押してみた。ムニュリと柔らかいそれはまるでマシュマロだ。


 「すぅ。」


 「ふふっ可愛い。」


 システィナはティアが目覚めるまでティアの髪を撫でながら外を見ていた。2人の間にそよ風が吹く。システィナはティアが目覚めるまで頭を撫で続けた。気持ちいいのかティアは無意識に微笑んでされるがままになっていた。


 「ん...」


 「あ、起きちゃった?」


 やがてティアが目を覚まして起き上がろうとすると、システィナはやんわりとティアの顔を腿に押し付けた。


 「んみゅ!し、システィナ?」


 「ふふ、もう少しこうしていていい?」


 「ん...いい。」


 2人は微笑み合うと暫く外を眺めながら話をしていた。

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 <その頃のエドワード達>

 エドワード達は必死にティアにできることをしていた。

 アレクとセレンはティアの体に何が起きてもいいように道具を揃えて彼女の変化をじっと見続けた。レイラ、アンはティアの額の濡れタオルを交換、額の汗を拭くなどしていた。ソフィーはティアの手を握り、必死で祈る。


 「俺達に出来ることは無いな。」


 ギルバートはティアを見続けることしか出来ない自分の無力を呪う。エドワードは腕を組みつつ答えた。


 「なに、辛気臭い顔をしている。あの子はまだ死んでいないだろう?信じてやれ。」


 「...」


 「お前が誰と重ねているかは分かる。だが、過去に囚われていても仕方ないぞ。確かに今、俺達に出来ることは限られている。だが、あの子が目覚められるように祈るのも大事なことだ。」


 「そうです。」


 「アン殿」


 アンはバケツを持ちながらギルバートに話しかけた。


 「彼女を信じてあげましょう。きっと大丈夫です。」


 「...そうだな。」


 ギルバートは先程より明るく答えてティアを見つめ始めた。エドワードはそんなギルバートをちらりと見ると同じ様にティアを見つめた。


 (あのギルバートが弱るなんて...やはりティアとあいつと重ねているな。本当に似ているからな...)


 エドワードとギルバートは学生時代からの古い知り合いだからこそギルバートがティアと重ねている人物に勘付いていた。エドワードは手遅れになる前にと釘を指すことにした。


 「ティアはあいつとは違う。生まれも何もかも...あの子は今必死に生きているんだ。俺達が同じ様に見てどうする?」


 「...だな。全く俺も年を取ったな。」


 ギルバートはふぅと溜息をつく。エドワードはフンッと笑い返した。


 「まだまだだ。俺達は...次の世代に譲るまでな。」


 エドワードはティアとソフィーを見つめている。彼らの世代を育てることそれこそが親であり領主である務めなのだとエドワードは思っているのだ。ギルバートはそんなエドワードを見つつポツリと呟いた。


 「俺も頑張るか...でないとまたアイツに怒られるからな。」


ギルバートは若き日の頃を思い出した。

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 <ギルバートの学生時代の思い出>

 学生時代、講義をサボって校舎の庭に植えられていた木の影で寝そべっていた彼に彼女はゆっくりと近付いて来た。彼女の髪は赤いので非常に目立つ。そのため遠くからでも彼女の事は分かった。彼女は腰に手を置くとギルバートに注意をし始めた。


 「ギル!駄目じゃないですか!授業を休んじゃ!」


 「お前も休んでいるだろう?」


 「今は運動の時間で私は見学なんです!」


 ギルバートと彼女は学年が違う。ギルバートが1つ上だ。彼女は体が弱く運動系は見学だった。


 「なら、見ていればいいじゃねぇか?」


 「だって見てるとやりたくなるんですもの。」


 「それで調子こいて貧血起こしたのはどこのドイツだ?」


 「うっ...うるさいです。」


 彼女は以前、やりたくなって体育の授業に参加して結果、貧血を起こして保健室に運ばれたのだ。因みに運んだのは偶々授業で近くにいたギルバートだった。


 「それに聞いたぞ?お前魔法の実技でまた的を破壊したそうじゃないか。それも木っ端微塵に。」


 「ちょ、ちょっと力んだだけです。」


 彼女は気不味そうに目を逸らした。彼女は魔法の才に長けていて、おそらく上級生と比べても引けを取らないだろう。ただ調整に失敗してよく道具を壊していた。人形、的、壁、建物、学校のあらゆる物が彼女の魔法の餌食になっていた。ただ授業中のことなので基本彼女はお咎めなしだ。


 「この前も同じ事言ってたぞ?」


 「もうっ!意地悪!」


 ギルバートが面白そうに指摘すると彼女は腕を組み頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。ギルバートは流石に悪くなったのか直ぐに謝った。


 「悪い、悪い。」


 「あまり意地悪なこと言わないで下さいよ。それより...マークス先生が呼んでいましたよ?何か課題がどうとかで。」


 「っ!それを早く言え!あの先生のことだから課題を出して来ると思ったがよ!」


 ギルバートは直ぐに立ち上がり、彼女の肩を軽く叩くと校舎で走り抜けていった。

 この何気ない記憶も彼女との貴重な記憶だ。彼女はその後、魔法で優秀な成績を納めて最凶の魔女に弟子入りすることになるが、それは別の話。

 

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 <???>


 少女はぼーっと空を眺めていた。誰か分からないが大切な人が危ない。そう感じて無意識にその人のもとに向かっていたのだ。意識が戻ると、彼女はもう誰を助けたのか覚えていなかった。記憶は朧げで顔もはっきりしない。しかし、名前だけははっきり覚えていた。少女は忘れないように声に出した。


 「ティ...ア」

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