第30話ティアと傷

 ティアは倒れてから魔法が完全に使えなくなっており、髪の色も変える事が出来なくなってしまった。青い髪が王族の証だと知る人は少なくないので、ティアの行動範囲は魔法が再度使えるようになるまで著しく制限される事となった。基本外出は禁止され、食事も部屋で摂る。と言っても、熱により体が怠いティアにとってはあまり気にならないことだ。エドワード達はレイラにティアの面倒を命じ、それ以外は限られた者しか面会できないようにした。他の従者達には病気で伏せっていると伝えられている。ティアが倒れた次の日も体温測定の結果から安静が確定した。


 「ああ、まだ熱はありますねぇ。」


 「むぅ...」


 レイラに熱を測ってもらったが、38℃程だったのだ。ティア自身、頭も痛くて起き上がるのも億劫なので確かにそうなのだろうと納得している。この世界で熱を測る方法として熱を感知する魔道具や決められた熱に達すると色が変わる特殊な試験紙(再利用可能)、水銀を使用した体温計を使用する方法だ。今回は魔道具で測ってもらった。因みに、庶民は試験紙で簡易的に測定している。レイラは道具を片付けながらティアに話しかけた。


 「これから朝食をお持ちしますね。」


 「ん、あり、がとう、ござい、ます。」


 ティアがお礼をすると、レイラは微笑んでから退出した。ティアはそれを確認するとパタンと寝転ぶ。正直、怠くて起き上がっているのも億劫なのだ。ティアはそのままの姿勢でゆっくりと掌を天井に向けて魔力を流してみるが、あちらこちらで衝突が起きて思うように使えない。


 (魔法...駄目、魔力、ぐちゃ、ぐちゃ)


 アレク達曰く、現在ティアの身体は魔術により抑えられていたティア本来の魔力量に驚いている状態で、慣れるまでは魔法が使えないらしい。実際、ティアは魔法が使えず、青い髪を隠すことが出来なくなってしまった。魔法を使おうとすると魔力が水の様に大きく波打ち上手く扱えない。そして、決まってその後気分が悪くなり寝込んでしまった。軽く魔力を流した今も頭がグワングワン揺らされた感じがして気分が悪くなった。

 一方、レイラが朝食を受け取りに来ると、他の同僚にティアのことを尋ねられた。


 「レイラ、ティアさんは?」


 「まだ熱があるけど元気そうよ。」


 「これ、渡しておいてもらえる?私達からのお見舞いよ。」


 同僚はレイラに果物の入った籠を渡した。


 「彼女は甘い物が好きと聞いたから、これなら柔らかいから食べやすいと思うの。」


 「ありがとう。渡しておくわ。」


 会話をしていると厨房から料理人がティアの朝食を持ってきた。


 「はい。これティアさんの食事よ。食べやすいあっさりとした味付けにしてあるわ。お大事にね。」


 「ありがとうございます。ティアさんにお伝えしますね。」


 レイラは直ぐにティアのもとに戻ってきた。ティアは再び寝転んでいた。


 「ティアさん、朝食です。食べられますか?」


 「ん...食べ、る」


 ティアは先ほどの反動で顔が少し青いがばれると怒られるので隠すために何事もなかったかのように上半身を起こす。ティアはゆっくりと席にに移動するとレイラは机に朝食を並べた。


 「こちらが朝食です。後、同僚から果物を貰っているので後で食べましょう。」


 「はい、いただ、きます。」


 ティアは手を合わせると、フォークを持って食べ始めた。麺は細麺でチュルチュルと口に入りやすい。スープには野菜がたくさん入っており、栄養も考えられていた。スープはあっさりとした味付けだ。ティアはまだ慣れないフォークを使って何とか完食した。


 「皆さんがお大事にと言っていましたよ。」


 「ん、あり、がとう、ござい、ます。」


 この後、ティアはベットで寝ることにした。ティアが眠っていると昼に差し掛かったあたりでギルバートがやって来た。


 「ティアは?」


 「寝ております。」


 「すぅ、すぅ。」


 ティアはぐっすり眠っている。開けた窓から入っくる風で髪がサラサラと舞っていた。レイラはティアの髪を見て呟いた。


 「本当に綺麗な髪ですね。隠しているのが勿体ないです。」


 「ああ、よく似合っている。この娘に罪はないのにな。」


 「...」


 ギルバートがレイラの言葉に同意しつつティアの頭を優しく撫でているとティアが、目を覚ました。


 「んみゅう?」


 「おお、悪い。起こしてしまったか?」


 「ん、いい。もうお昼...」


 ティアは目を擦りながら上半身を起こす。そこでレイラは気づいた。


 「あら?ティアさん、朝より頬が赤くないですか?」


 「そう?」


 朝からティアを見ているレイラだからこそ分かったことだ。ティア自身は朝から変わらず怠いので、あまり自覚がない。

 しかし、午後になるとティアの容態が悪化した。


 「はぁ、はぁ、はぁ」


 突如、ティアの症状が悪化して呼吸が荒くなっていた。体温も上昇して39度近くまで達していた。知らせを受けたアレク達は直ぐに駆け付けてティアを診察した。


 「呼吸が荒いな...熱も高い...」


 「食事は?」


 「しっかり摂っています。」


 アレクはティアの状態を確認して、セレンはレイラにティアの様子を聞いた。そして、アレクがティアに簡易的に魔力を計測する円盤を使用したところ、なんと魔力量が18000から24000まで変化しており、かなり不安定になっていたのだ。


 「これ程魔力が乱れているのは初めてだ...」


 魔力の乱れと時間帯、ティアの様子からアレク達は結論を出してギルバート達に伝えた。


 「おそらく魔力が乱れていることが原因です。時間的にティアさんが起きて数時間経ち活発に動く時間なので魔力量も大きく変動しているのでしょう。」


 「そういうものなのか?」


 ギルバートが問うとセレンは答えた。


 「はい。人間の活動と魔力量は関係があります。その人が活発に動く、怒り等感情の大きな起伏があると魔力は放出されやすくなります。しかし、通常はここまで乱れません。」


 「なら、魔術を解除した影響か?」


 「おそらく。本来は幼い頃に解除しなくてはいけないのにされなかった事で症状が大きく出てしまったと考えられます。」


 ギルバートとセレン達が話していると、ばたんと扉を開けてソフィーが入ってきた。


 「ティア様!」


 「ソフィー様、はしたないですよ。」


 「だ、だって...」


 アンに注意されるもソフィーは珍しく反抗する。それ程ティアを大切に思っているのだ。それをわかっているアンもそれ以上言わなかった。ソフィーはティアに駆け寄り様子を見る。


 「ティア様、苦しそう。助けられないのですか?」


 ソフィーはアレクに目を向けて語気を強めて問う。普段の様子から想像できなかったアレクは戸惑いつつ答えた。


 「体が休眠状態になると考えられますので、おそらく夜には収まります。それまでは患部を冷やして、水分を摂らせてください。」


 「レイラさん。」


 「はい。」


 アンは直ぐにレイラに準備をさせ、自分も加わった。ソフィーはタオルを濡らして水を絞り、ティアの額に載せた。


 「つめ、たい。気持ち、いい。」


 「ティア様、しっかり。」


 ソフィー達の世話の甲斐もありティアの症状は落ち着いていった。


 「もう大丈夫でしょう。」


 アレクが症状の改善を伝えると皆安心して肩を下ろした。ティアはぼんやり目を開けて彼らにお礼をした。


 「あり...がとう、ござい、ます...」


 「ティア様、お加減は?」


 「ん、平気。ソフィー、様、も、あり、がとう。声、聞こえ、てた。」


 「ティア様」


 ティアはソフィーが握っていた手を握り返す。だが、力は弱々しくソフィーは不安そうだ。やがてティアの瞼が落ちてきてトロンとし始めた。


 「眠いようだね。今は疲れているから眠った方がいい。」


 「ん、...」


 アレクが言うとティアは軽く頷いて眠りについた。レイラはアレク達に尋ねた。


 「まさか、明日もこの状況が?」


 「ありえます。最悪今後ずっと...」 


 「そんな!」


 「このような例は初めてで前例が無いので分かりません。ティアさんを信じるしか無いでしょう。」


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 <???>

 ティアが目を覚ますと一面真っ青な海が広がっていた。波は穏やかで静かだ。そんな水の上にティアは素足で立っていた。


 「ここ、どこ?」


 自分はベッドで寝ていた筈なのに今はベッドすらない。ティアは不安になり周囲を見渡すが何もいない。人も魚も虫も鳥も陸地もない。


 「どう、いう、こと?」


 ティアが水に手を付けるも冷たくない。


 「???」


 ティアの頭はハテナで一杯だ。そこで、水の中をしっかり見ようと深く手を突っ込もうとした瞬間…


 "駄目!"


 「?」


 "水、入る、駄目。沈む、戻れない。"


 誰か幼い声が聞こえた。何時もの声ではない。


 「誰?」


 "自分…分からない。でも、そこに入る、駄目!"


 声自身もよく分からないようだ。ティアは声に従い手を水から取り出す。


 「この、水、何?」


 "それ、貴方、魔力。もし、入る、貴方、溺れ...も、ど、れ..."


 声に雑音が混じり聞こえにくくなった。ティアは最後の言葉が聞き取れず首を傾げた。


 「?」


 そして、次にティアが目を覚ますとベッドの上だった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 それから数日、ティアは昼間に高熱に襲われていた。夜、ティアが疲れて寝ている時に、エドワード達は執務室にいた。アレクが険しい表情で口を開いた。


 「ティアさんの症状がこれだけ続くとは...まずいな。」


 「ええ、連日の熱で彼女の体力は大きく削られている。このままでは命に関わるわ。」


 「どうにかならないか?」


 ギルバートはアレク達に尋ねるとセレンはゆっくりと答えた。


 「もう一度魔術を使用するのも手としてあります。」


 「それは避けたい。ティアも嫌がるだろう。」


 「しかし、彼女の命を救うには有効です。下手をすれば一生今の状況が続きますよ。」


 「しかし」


 「お待ち下さい。」


 ギルバートが反論しようとした所、彼女は止めに入った。


 「皆様、落ち着いて下さい。最終的に決めるのは本人です。我々は彼女に選択肢を与えるだけです。」


 「...そうだな。申し訳ない。」


 「いえ...」


 アレクもセレンもギルバートもティアを助けたいという気持ちは同じだ。しかし、最後はティアが決めることなのだ。彼女...アンはそう伝えた。


 「アンの言う通りだな。先ずはティアのために何が出来るか考えよう。」


 エドワードの言葉に一同頷いて話し合いを始めた。その最中、書斎にある通信用の魔道具が光りだした。アンがスイッチを押すとソフィーの慌てている声が入ってきた。


 「お父様!お母様!」


 「ソフィー、そんなに慌ててどうした?」


 「て、ティア様が!」


 ソフィーの声は震えており、目に涙を浮かべているのに違いない。エドワード達は急いでティアの部屋に向かう。扉を開けるとソフィーがソワソワしていた。


 「ソフィー」


 「お母様!!」


 ソフィーはアンに駆け寄るとガシッと抱きついた。アンはソフィーの頭を優しく撫でながら説明を求めた。


 「ティア様に何かあったの?」


 「て、ティア様がまた、熱を...レイラさんがいつもより高いって。」


 エドワード達は驚き、そしてただ事ではないということを感じ取った。

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