第31話ティアと傷2
ソフィーの言葉にエドワード達は驚き、そしてただ事ではないということを感じ取った。
「直ぐに診ましょう。」
アレクとセレンがティアを診察している間、アンはソフィーに何故こうなったかを聞き出していた。
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<1時間前>
レイラはティアから体温を測る魔道具を渡された。
「昼間よりも下がってますね、良かった。」
「ん...」
ティアは弱々しい顔で笑った。連日の高熱でティアは日に日に弱っていて本人は何でもなさそうだが、レイラは心配していた。ただ、食欲はあり今日も食事は全て完食しており、お見舞いの品も食べていたので、健康面では問題ないだろう。ティアがお腹を擦っていると、レイラがお湯の入った桶と濡れタオルを持ってきた。
「汗をかいているので拭き取りましょう。」
昼間に熱を出していた影響でティアは汗ばんでいるが、未だ体が怠くて風呂に入れないので濡れタオルで体を拭くことが日課になっていた。
「私、お手伝いします。」
夕食後に訪ねてきたソフィーは張り切っていた。ソフィーはここ数日、合間にティアの見舞いをしている。大抵は昼前や昼間に来ているのだが、今日は1日予定があってそれが出来ず、エドワードとアンが話し合いをするためソフィーを見守れないということもあり、折角ならと初めて夜に来ることになった。
「...」
ティアは少し困った表情をした。ティア自身はあまりソフィーに体を見せたくなかったが、彼女の好意を無下にしたくないのでお願いした。
「なら...背中。手が、届か、ない。」
「はい。」
ソフィーは張り切っているので、ティアは諦めてボタンを一つずつ外して、パジャマを脱いで背中を出すとソフィーに向けた。
「あ...」
「...」
ソフィーが短く声を出したのはティアの背中にある傷に気づいたからだ。既に知っているレイラも目を伏せている。
「この背中の傷は?」
「私、孤児、生きる、大変。」
ティアは詳しく話さなかったが、生き残るためにティアは色々な争いに巻き込まれてきた。食料の奪い合い、他の孤児からの虐め、大人達のストレス発散、盗賊、ノラ達の戦い...ティアはそれらを乗り越え何とか生きてきた。しかし、その結果、ティアの背中は傷だらけになっていた。ソフィーはティアの背中に恐る恐る触れた。
「痛くないのですか?」
「もう、痛く、ない。」
ティアと過ごしたお婆さんやおじさん、セドリック達らそれに気付いた彼等がティアの傷を治すべく薬を提供してくれたのでかなり改善されていた。因みに今はレイラ達に薬を塗ってもらっていた。
「良かったです。」
ソフィーは安堵した。ティアは振り向いてソフィーに話しかけた。
「ソフィー、様、優しい。」
ティアはソフィーに背中を見られてどう反応されるか怖かった。しかし、ティアは改めてソフィーの優しさを感じて嬉しかった。ただ、ソフィーは段々顔を赤くなった。
「止めてください〜」
「ふふ、可愛い。」
「もうっ!始めますね!」
ソフィーは照れ隠しのようにティアの背中を濡れタオルで優しく拭き始めた。同時にティアは前も拭いていた。拭き終わるとティアはスッキリした表情をした。
「気持ち、いい。」
「良かったです。」
そんな2人を微笑ましく見ながらレイラは冷たい水をティアに持ってきた。
「さぁ、お水ですよ。汗をかかれたので飲んでください。」
「ん。あり、がとう、ござい、ます。」
ティアはゆっくりと水を口に含んで飲み干した。そして、異変に気付いた。
「っ!!!」
突如、体中の魔力が暴れだしたのだ。まるで激流の様になっていて直ぐ溢れそうだ。同時に体も熱くなる。ドクンドクンドクンと心臓が鳴り響くのを感じた。
(これ、何?どう、なってる?体、熱い。)
ティアはカップから僅かに変な匂いを感じ違和感を確信に変えた。
(この水、変...)
「さぁ、ソフィー様も」
「はい。」
ティアが目を移すとレイラからソフィーも水を受け取り飲もうとしている。ティアは咄嗟にソフィーのコップを弾き飛ばした。
「きゃっ!」
ソフィーはコップを離してしまい、地面に落ちたコップは割れてしまった。レイラはティアの行動に驚く。
「ティアさん、何を?」
「はぁ、はぁ、はぁ」
ティアはレイラとソフィーに害を与えないために、無理矢理魔力を使う。その思いに応えたのかカップが割れて出た水、そしてその水が入っているティーポットを凍らせることが出来た。これで2人は飲まないと安堵したティアに対して、ソフィーはティアの行動が理解できなかった。
「ティア様、どうしてこんなことを?」
「っ!!!」
魔力を使った事がトリガーになったのか全身に熱を感じ意識を刈り取られてしまった。ティアは安堵した表情を浮かべて膝から崩れ落ちそうになった。
「ティアさん!」
レイラがティアを間一髪支えたのでティアが地面に倒れることは無かったが、レイラが右腕でティアを支えつつ左手で額に触れてみてその熱に驚いた。
「すごい熱...」
レイラはティアをベッドに移すとソフィーにお願いした。
「ソフィー様、申し訳ありませんが、エドワード様達をお呼び下さい!」
「はいっ!」
ソフィーはポケットから持たされている円盤を取り出した。これは小型の通信機でエドワードの書斎に直接繋がるソフィー専用の魔道具なのだ。ソフィーは魔力を流して魔道具を起動して叫んだ。
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エドワード達が到着すると、ティアはベッドに寝かされていた。頬は赤く呼吸は荒い。額には氷の入った袋が載せられていた。直様セレンとアレクはティアの診察を始め、アンはソフィーと同じ目線になるように腰を下ろして両手を握りゆっくりとソフィーの話を聞いた。
「ソフィー様が倒れる直前に私のコップを弾いて割った後、その水とポットの水を凍らせたのです。」
「水を...?」
「はい。」
アンはそのポットを確認してみた。確かにポットの表面は冷気を放っており、中身は完全に凍りついている。
「?」
アンは何かを見つけた。
一方、セレン達はティアの魔力を測定して困惑していた。ティアの魔力値が乱れに乱れまくっているのだ。
「こんなに乱れてるなんて...」
「これは...暴走状態に近いぞ。」
「暴走!?」
エドワードはアレク達の言葉に驚愕する。アレクは頷くと答えた。
「ええ。今、彼女は魔力の制御を完全に失っています。このままでは危険です。魔術を施すことを覚悟して下さい。」
「ま、待て!もう少し待てないのか?」
ギルバートがアレク達に言うとアレクは少し考えて答えた。
「1時間...それが限界です。それ以上続くようなら対応します。」
「分かった。」
ギルバートはティアの手を握った。彼女の手はギルバートと比べて改めて小さく頼りない。しかし、彼女は今必死で戦っているのだ。ギルバートはティアを鼓舞した。
「ティア!頑張るんだ。」
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<???>
ティアが気が付くとまた、あの青い水の上にいた。しかし、前回と違って水面は暴れており立っているのもやっとだ。
「わっわわ...」
そして、水面は渦を巻き始めた。渦潮はティアを飲み込むように動き始め、彼女は抵抗虚しく転倒して水に沈んでしまった。
「がぼ...」
ティアは必死に藻掻いてみるが体は浮き上がらず沈むばかりだ。波はどんどん渦の形になりティアを海底へと誘っている。
「ぽぽぽ...」
ティアは口を塞いで空気を確保してから、水面へ上がろうと何度も蹴り上げるが強い下降流に飲み込まれて上手くいかない。段々ティアの体は沈み海面の光は遠ざかっていきティアの周囲は真っ黒い闇に包まれた。
(ま、待って...)
ティアが手を伸ばしても光には届かない。そして、暗い暗い水に何かが映し出された。
「何だお前?そんな髪、見たことないぞ!」「そうだ」「あっちへ行け!」
何かが沢山飛んできて体に当たる。
「痛い、止めて..」
小さな青い髪の少女は泣きながら逃げていった。少女は仲間に入れてほしいだけなのに...
場面が変わる。
「おい...あの娘。可愛いな。」「ああ、楽しめそうだ。」「売ったら高いぞ!」
ニヤニヤと気味悪い笑みを浮かべた男達が少女に迫ってきた。
「ひっ!」
小さな少女は恐怖でまた逃げる。さらに、場面は変わり、今度は大勢の男達に囲まれた。
「なんだお前!ムカつくな!」「お前、俺の店の商品を盗んだだろう!」「糞がぁぁぁぁ」
男達からとんでくるのは罵声と拳と蹴りだけだ。少女は時に飛ばされ、時に丸まるが、誰も止めてくれない。周りも見てみぬふりだ。
「どう、して?どう、して?」
男達の気が済んで去った後ボロボロ少女はヨロヨロと立ち上がってふらふらとまた住処を変えた。辿り着いたのは、誰もいない廃墟の隙間だった。朝はゴミ山や街を放浪して食料を探す。夜は新しい住処で丸くなり震えながら夜を過ごした。少女の目の前には家族、仲良く暮らす孤児や人々の姿があった。少女...ティアはいつもそこには入ることが出来ず、いつも寂しかった、孤独だった、誰かといたかった。しかし、自分は許されず1人で過ごしていた。親も知らず自分が誰かも分からない。ティアという名だけが、自分を自分たらしめるものなのだ。だから、ティアという名前だけは住処を姿を変えても変えなかった。寂しいとは今のティアを包んでいる水のように暗くて冷たい。
「ごぱ...」
ティアは幼少時の記憶がなく、気付いたら孤児になっていた。最初は右も左も分からず泣いているばかりだった。そのうち生きるために必死になったが、誰も仲間に入れてくれなかったので、全て彼らの動きを学んで習得していった。でも本当は誰かといたかった。
"だが、お前は異物だ。"
"お前は決して人の輪には入れない。"
ティアは一番ティアが気にしている事を言われてビクッとする。そして、その不安な感情が悪い想像を生み出した。ティアの元から次々と人が離れてしまうのだ。お婆さん、おじさん、ギルバート、セドリック、エドワード、アン、レイラ、ソフィー...次々とティアから離れていく。
(ま、待って!!!)
ティアは手をのばすが何も掴めず、とうとう独りぼっちになって喪失感に苛まれたティアは段々と暗い深い底に沈んでいった。最早ティアは浮かび上がる気力もない。段々体も冷えてきて動きにくくなり目は虚ろでぼんやりしており、重力に身を任せて沈んでいく。
すると、突然ティアの体を暖かいものが包み込む。ふと、ティアの肩に誰かが触れてきた。こんなところに異物の私に触れるはずがないのに...。
「だ、れ?」
ティアの声にその人は一言答えた。
「私よ。」
「!?」
ティアが驚いて声のする方に目を向けるとそこには...
フリルのついたスカートのある就寝用のワンピースを着て、青い髪を靡かせつつ赤い瞳がティアを優しく見ている。ティアはそこにいるはずがないその人を見て目を見開いた。
「シ、システィナ」
「ええ、久しぶりね、ティア。」
ティアの目の前にはシスティナが立っていた。システィナはティアの頬を優しく触った。
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