第29話ティアと青い髪2

 「ええ、普通なら幼少時に出やすい症状で成長とともに体が慣れていくので彼女の年ではなりにくいのですが、彼女は急激に大量の魔力を持つことになったので起きたのでしょう。命に別状はありません。」


 セレンの言葉にとりあえず命の危険はないと知り安堵するセドリック達だが、アレクは表情を和らげることなく続けた。


 「彼女はしばらくここに滞在してもらった方がいいでしょう。おそらく...」


 「んん...」


 彼らの会話でティアは目を覚ました。ティアは上半身を起こすと周囲を見渡してアレクたちを見てキョトンとした。セレンがティアに声をかける。


 「ティアさん、大丈夫?」


 「ん、頭、痛い...くら、くら、する...」


 ティアは額を手で触りながら話した。額がいつもより暑いので風邪かな...とティアは思った。ふと、彼女の長い髪が目にとまる。


 「っ!!!」


 なんと、髪が青くなっていた。ティアは慌てて魔力を流してみるが...上手くいかない


 「えっ?あれ?え?」


 ティアは若干パニックに陥った。セドリックがティアの異変に気付いて尋ねた。


 「ティア、どうした?」


 「魔法、使え、ない、どう、して?」


 ティアはあわあわしている。それを見ていたアレクはティア達に告げた。


 「やはりか...これが彼女をここに滞在させる理由です。彼女はおそらく数日魔法が使えません。」


 「っ!!!」


 ティアは目を見開いて固まってしまった。そして、疑問が溢れる。


 「なん、で?」


 ティアの問にセレンが答えた。


 「今、貴方の体は貴方本来の大きな魔力量にびっくりしている状態なの。だから、それに慣れるまで魔力が乱れて上手く魔法を使えないの。」


 「そんな...」


 ティアの顔は真っ青になった。これでは青い髪を隠せない。ティアはハッと周囲を見渡してソフィーを見つけた。


 「っ!?!?!?!?」


 バッ!ティアは突然シーツを被って隠れてしまった。セドリックが慌ててシーツのみの虫を揺すった。


 「どうしたんだ?ティア?」


 「...」


 ティアが出てくる様子はなさそうだ。セドリックがアレクに目線で伝えるとティアにも聞こえるように少し大きめの声で伝えた。


 「大丈夫。食事と睡眠をきちんと摂れば数日で治るでしょう。体が慣れればいいので。」


 「分かりました。対応はエドワード様と話し合って決めますが、安静にしてもらいます。」


 アンがそう伝えるとアレクは頷いた。


 「それが宜しいかと、また何かあればお呼びください。それでは。」


 アレクとセレンはアン達に特にアンに向けて礼を取ると去っていった。アンもお辞儀して返すとソフィーも真似るやうに頭を下げた。


 「ティア、どうして隠れたんだ?」


 セドリックが問うがティアは答えない。アンは微笑むとセドリックに告げた。


 「セドリック様、エドワード様とギルバート様に報告をお願いできますか?私はお二方を見守っていますので。」


 「承知しました。」


 セドリックがアンに礼をすると部屋を出た。アンはソフィーに目配せするとソフィーが頷く。アンは微笑んで部屋の後ろに下がった。ソフィーはミノムシ(ティア)を揺すりながら話しかけた。


 「ティア様、お顔を見せてください。」


 「...」


 「何故、私を見て隠れたのですか?」


 ソフィーは気付いていたが、ティアはソフィーを見にした瞬間に目を見開いた後にシーツを被っていたのだ。しばらく無言だったティアはポツリと話し始めた。


 「髪、見た?」


 「...はい。」


 「気味、悪い?」


 「そんなこと...」


 ソフィーはブンブンと首を横に振る。


 「私、この、髪、嫌い」


 「え...」


 「髪、気持ち、悪い、皆、言う。」


 ティアの髪の色は王族特有だが、逆を言えばそれ以外の人は絶対に持たない色だ。そのため、他の孤児からは仲間外れにされ、大人達からは気味悪がられるか珍しい色だと狙われることも多かった。大人の中には王族と同じ色と知っている奴らもいたのか執拗に狙ってきてティアは命からがら逃げ出したこともある。そんな経験をしたためティアはいつの間にか青い髪を煩わしく思うようになっていた。ソフィーは口に手を当てて驚いた。


 「ひどい」


 そして、みるみるうちに怒りが湧いてきた。


 「髪の色で差別するなんて...」


 「そういう人もいます。異物を取り除こうとするのです。」


 アンはソフィーに告げた。ソフィーはゆっくりとシーツの中に手を入れて優しくティアの手を握った。


 「私はそんなこと思いませんでした。初めて見た時にキレイだと思いました。」


 ティアが倒れて髪が青くなった時、ソフィーはティアを心配していたが、同時に青い髪を目にしてキレイだと感じたのだ。青い髪は黒とは違い光の照らされ方で様々なコントラストを放っており、見る角度で色が多少異なるので飽きがなく、日の光が当たったところはキラキラとしていた。


 「本、当?」


 「ええ。」


 ソフィーはティアを安心させるように手をギュッと握った。すると、ミノムシが動き始めてティアがゆっくりと顔を出した。口元は隠しており目元だけ出してちらりと不安そうにソフィーを見ていた。


 「信じて、いい、の?」


 「はい。」


 ティアはソフィーの手を握り返す。ティアとソフィーの間に友情が深まる瞬間だった。


 「それでは、乱れた御髪を直しましょう。」


 アンは微笑むとクシを持ってきてティアの髪を解し始めた。シーツに無理やり包まった結果、ティアの髪の毛は所々はねてボサボサになっていたのだ。


 「折角綺麗な髪をしているのです。あんなに包まっては乱れてしまいますよ。」


 「うぐ、ごめん、なさい。」


 ティアの髪は現在肩がかかる位の長さで絡まりやすい。ティアは大人しくしてもらうことにした。以前までは手入れ出来なかったのでボサボサで枝毛も多い状態だったが、王都でお婆さんに手入れしてもらい、更にこの城でシャンプーやレイラ達侍女のお陰で髪の状態はかなり改善されていた。


 「ティア様の毛、やっぱり綺麗です。」


 ソフィーはうっとりしつつ答えるとティアは顔を真っ赤にして俯いた。


 「あ、ありが、とう。でも、恥ずか、しい。」


 「ふふっ」


 その後、アンの代わりにソフィーがティアの毛を櫛で解き、ティアもアンに教わりながらソフィーの髪を解いてお互いの親睦を深めた。ティアはソフィーを傷付けないようにそ~っと髪を解している。


 「いいですよ。でも、そんなに恐る恐るしなくても大丈夫です。」


 「むぅ…」


 そう言われてもなるべくソフィーに痛い目を合わせたくないティアは緊張してゆっくりとしか櫛を動かせない。アンの助言を受けつつしていると、レイラが部屋に入ってきた。


 「ティアさん!」


 「レイラ、さん」


 「ごめんなさい。気づいてあげられなくて。」


 いきなり謝られたティアはおどおどするしかなかった。


 「気にし、ないで。私、大、丈夫。」


 「でも...」


 「それはお互い様です。レイラさんはちゃんとティア様の様子が可怪しければ止めるべきでした。ティア様も調子が悪ければ直ぐに言うべきでした。互いに反省点があるのです。分かりましたか?」


 「「はい。」」


 レイラとティアはアンの言葉にしゅんとした。


 「さぁ、互いに謝罪してこれで終わりにしましょう。今後は気をつけてくださいね。」


 「ティアさん、申し訳ありません」


 「ごめん、なさい。」


 ティアとレイラはアンに言われたように互いに謝罪した。そしてアンは微笑むとレイラに指示を出した。


 「レイラさん、ティア様は数日安静するように言われています。貴方はティア様のお世話を引き続きお願いします。」


 「はい。畏まりました。」


 「よろ、しく、お願い、します。」


 「はい!」


 ティアは頭をレイラに下げると、レイラは笑顔で答えた。その後、慌てて駆け付けたギルバートがティアの無事に安堵して頭をいつもより激しく撫でた結果、ティアの髪は再びボサボサになりギルバートはアン達女性陣から批判の嵐を受けることになるのだが、ティアにとっては成長した後も記憶に残る良い思い出となった。

 この出来事で差別を受ける原因だった青い髪をちょっぴり好きになれたティアであった。


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 <ソフィーの部屋>

 ティアが倒れるという緊急事態のため、誰もいない部屋の扉が開いた。入ってきたのは1人の女性だ。彼女はこの城の侍女が着る制服を身に付けているが、何処か違和感がある。彼女は倒れた椅子に迷いなく近付くと何かを探すように地面を見渡した。そして、何かを見つけると、ピンセットで摘み上げた。それは光を当てると青だとわかる細い糸...そう、ティアの髪の毛だ。ティアの髪は魔力を流して黒くしているので、髪が地面に落ちるなどして魔力を受けなくなると髪の色も戻ってしまうのだ。


 「ふふ...見つけたわよ、お姫様。まさか本当にエドワード領にいるなんてね。来た甲斐があったわ。」


 女性はニヤリと笑うと、小さな箱に髪の毛を入れて部屋から去っていった。

 ティア達が気付かない内に怪しい影は刻一刻と迫って来ていた。

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