第28話ティアと青い髪1

 魔法陣がティアの体から取り除かれた日、ティアは夜まで眠っていた。多くの魔力を消費して結局声の正体もわからず、心も体も疲れていたティアはそれはもうスースーと寝ていた。ついでに、髪も戻っておりバレたら顔面も髪の色並みに真っ青になってしまう状況だ。


 「すぅ...」


 「なっ!」


 ギルバートはティアのベットを見に来てそれに気づくと慌ててシーツを被せる。


 「無防備だぞ...」


 「んみゅう...」


 ティアは気付かずぐっすりだ。ギルバートがこのことをエドワードに伝えると、アレク達に事情を伝えることになった。彼女が無防備なのもあるが、この城の医療従事者であるアレク達には知ってもらった方が都合がよいと判断したのだ。


 「えっ!?彼女、王族の血を?」


 「ああ、ある事情で匿っているんだ。スマンが他言無用で頼む。」


 「承知しました。事前に言っていただいて助かります。いざ治療する時に分かると気が動転することになりかねないので。」


 アレクもセレンもすんなりと受け入れてくれた。2人は明日、ティアの様子を確認するためにもう一度訪問すると述べて去っていった。そして、その1時間後の夕食前にティアは目を覚ました。


 「ん...ふわぁ〜。」


 ティアは呑気に欠伸をすると体を起こして周囲をちらちらと確認して、直ぐに髪を黒くした。そして、ベットのそばにあったスリッパを履くと部屋から出た。ペタペタとスリッパが音を立てるのでギルバートは直ぐに気付いて声をかけた。


 「おお、ティア。目が冷めたか?体は大丈夫か?」


 「ん。問題、ない。」


 ティアはペタペタ自分の体を触ってみたが、特に変化はない。例の声が答えてくれなくて心にしこりは残るものの体は問題ないようだ。ティアの様子にギルバートは安堵した。


 「そうか。なら、飯でも食べるか。」


 「ん。」


 ギルバートとティアは部屋を出て食事部屋に向かった。部屋では既にソフィーやエドワードも到着していた。ソフィーはティアを見て顔を明るくすると直ぐに近付いてきた。


 「ティア様、御身体は?」


 「ん。問題、ない。」


 「!良かったです。」


 ソフィーはティアの答えに更に顔をぱぁと明るくして喜んだ。そんな様子を見てエドワードも顔をぱぁとする。


 「どうだ?我が娘は可愛いだろう?あの子が笑うと部屋がより華やかになるんだ。」


 「ま、まぁな...」


 「もうっ!御父様!お止めください!恥ずかしいです。」


 エドワードのソフィーの溺愛ぶりにギルバートは苦笑いをして、ソフィーは恥ずかしがって頬を赤くしている。ティアはその様子を見て笑っていた。


 「ふふ。」


 ソフィーはエドワードに近付いて抗議するも今度は抱きかかえられてしまい、さらに顔を赤くしている。この光景を見て心が温まるが、同時に自分には縁がないので寂しく感じもした。


 その日は治療後ということで直ぐに就寝することになった。ティアはあまり眠くなかったが、以前部屋を出ようとしてアンに捕まって連れ戻されたことがあるので渋々眠ることにした。ただやはり眠れないティアはベットで寝ながら両手をかざして魔法を使った。すると、結晶が集まるようにして花形の氷ができた。これは、ティアがイメージした物を氷で再現した魔法だ。魔法書によると魔法はイメージも大切らしい。頭で思い描くことで魔法の制御がしやすいそうだ。ティアは己に刻まれていた魔術が解除されたことで今までよりも魔法が使えると聞いていたのでやってみたのだが、確かに魔力の消費が以前より少ない感じがした。


 「おお。」


 何となく実感したティアは調子に乗ってこの後、眠くなるまで何回も試していた。ちなみに、この時できた氷は朝には溶けて棚やベットの一部がびしょびしょになっていた。ベットのシーツに広がるシミは別の理由だとレイラに勘違いされていたそうだ。

 次の日、ティアはゆっくりと目を覚ましたが、何となく体が怠かった。朝食時...


 「それで...」


 「...」


 ソフィーの話を聞いているのかいないのかティアはポーっとしていた。


 「ティア様?」


 「...」


 「ティア様!」


 「えっ?」


 ティアは呼びかけらていることに気付かなかった。ソフィーは心配になり尋ねた。


 「どうしたのですか?」


 「...何でも、ない。ごめん、なさい。」


 「気分が優れないのなら直ぐにお伝え下さいね。」


 傍に居たレイラも声をかけた。


 「ん。あり、がとう、ござい、ます。」


 ティアはいつもよりゆっくりと食事をした。ティアの様子を見たアンはレイラに指示をした。


 「ティアさんに注意を払って下さい。何時でもアレク様を呼べるようにしておきます。」


 「はい、畏まりました。」


 今日は一日ソフィーと共に過ごすことになっていたので、ティアはソフィーの講義を一緒に聞いたりしていた。


 「...」ポー


 ティアの目はぼんやりしており、頬も朝より赤くなっている。レイラは流石に変だと感じてティアの様子を注視していた。やがて、講義は終わったので休憩することになった。


 「レイラさん、何か飲みたいです。」


 「承知いたしました。準備いたしますので、お待ち下さい。」


 ソフィーの求めにレイラは部屋の入口にある連絡用の魔法具を使いだした。ソフィーとティア、子供2人だけ部屋に残すことは出来ないからだ。レイラが連絡している間、ソフィーはティアを見るとティアの様子がやはりおかしい。ソフィーはティアに近付くが、ティアはあまり気付いていない。ソフィーはティアに声をかけた。


 「ティア様、ご気分が優れないならお休みしましょう?」


 「...」


 ティアは突然椅子から崩れ落ちるように倒れてしまった。ガタン!と椅子が倒れる音がした。


 「ティア様!!!」


 ソフィーの叫びにレイラは急いで駆けつけてティアの額を触った。


 「っ!熱い...」


 「はぁはぁ...」


 レイラはティアの額の熱さで彼女の状態の悪化を察して直ぐに準備しようとした。ティアは既に気を失っていた。呼吸も荒い。しかし、突然部屋に不自然に強い風が吹き始めた。


 「これは...ソフィー様!」


 「あ、ああ...」


 ソフィーがティアが倒れたことでパニックに陥ったのだ。ソフィーも魔力量は同年代よりも多く、まだ幼いので感情で暴走しやすいのだ。風の勢いは増し始め既に部屋の本棚の本が動き始めている。レイラは慌てて声をかける。


 「ソフィー様!ソフィー様」


 「いや、いや...」


 しかし、ソフィーは気が動転しているのでレイラの声に気付かなかい。このままではティアに触れられず、周囲の家具も倒れそうでさらに危険だ。


 「どうすれば...」


 レイラが戸惑っていると、扉を開けて誰かが入ってきた。


 「っ!アン様!」


 そう、ティアの事を聞いて駆けつけたアンだ。アンは外から異常に気付いた自身の周囲に魔法で風を巻き上げさせるとソフィーに一気に近付いて、ソフィーを抱きしめた。


 「っ!」


 「ソフィー、ソフィー...大丈夫。」


 アンはソフィーの頭を撫でながらゆっくりと声をかけた。落ち着かせるためにわざと敬称も外している。そのおかげでソフィーはアンの声に反応した。ソフィーはちらちらと周囲を見渡す。本棚から本落ちて、ベットのぬいぐるみも至る所で倒れている。


 「わ、私、また...」


 「貴方が動転しては駄目。ティア様を助けられないわ。さぁ、一緒に深呼吸してゆっくりと魔法を抑えましょう。」 


 「うん。」


 ソフィーはアンと一緒に深呼吸をする。アンも深呼吸を共にするのはソフィーの呼吸の乱れを抑えるためだ。やがて、ソフィーが落ち着くと風も落ち着いた。アンはソフィーの頭を撫でながら優しく声をかけた。


 「もう大丈夫?」


 「うん。もっと撫でて」


 ソフィーはアンに我儘を言う。アンはそれに応えてソフィーを撫でつつレイラに目線を向ける。レイラはそれに気付いてティアに近づくとティアの異変に驚いた。


 「え?髪が...」


 「っ!」


 「え?っ!」


 3人が目にしたのはティアの髪が黒から青に変化していく様子だった。シーツに溢した醤油でできたシミがじんわりと広がる様に黒から青に染まっていき、あっという間に真っ青に染まった。ティアが意識を失った事で魔法の制御も出来なくなり、魔法が解けてしまったのだ。


 「青い...これは。」


 アンは咄嗟にティアを抱きかかえるとレイラに声をかける。


 「私が運ぶので至急、アレク様達をお呼びして下さい。ティア様の髪のことは他言無用です。」


 「か、かしこまりました。」


 レイラは慌てて部屋を出た。アンは一息つくがソフィーはまだ驚いていた。


 「お、お母様。ティア様の髪が...」


 「ソフィー、後でゆっくりお話しましょう。今は彼女をベットまで運ぶのが先です。お手伝いできる?」


 アンは従者ではなく母親としてソフィーに話した。

 

 「うん。」


 ソフィーは頷く。アンはソフィーに微笑むと、ベットに移動してティアの髪が知られないようにティアを優しくシーツで包むとお姫様抱っこをした。ソフィーはたたたと小走りしてアンの前に出て扉を開けた。


 「ありがとう。それじゃあ、行きましょうか。」


 「はい。」


 ティアとソフィーはティアを医務室に運んだ。到着すると奥の小部屋に入る。ここはエドワード達貴族や重症者が使用する部屋で、様々な治療ができる様に準備がされている。アンはベッドにティアを寝かせる。ティアの頬はさらに赤みも増し、呼吸も荒くなっている。


 「はぁ、はぁ、はぁ。」


 「ティア様...」


 ソフィーはティアの手をギュッと握る。アンはティアの額に触れる。


 「かなり熱くなっていますね。」


 アンは濡らしたタオルをティアの額に載せながらティアの様子を観察した。


 (風邪?でも、昨日はそんな様子はなかった。あるとすれば治療が原因?ともかくこれ以上、彼女の髪を知られるわけにはいきませんね。)


 「ソフィー様」


 アンが言うとソフィーはムスッとして頬を膨らます。


 「お母様、今は2人きりです。他人行儀は嫌です。」


 アンはクスッと笑うと腰を下ろしてソフィーと目線を合わせてソフィーの口元に指を添えた。


 「駄目。誰かに聞かれるわけにはいかないわ。また夜ね。」


 「むー。分かった…分かりました。」


 ソフィーは不服そうに頷くとアンは説明を始めた。


 「ソフィー様は髪が青い人の事何か分かりますか?」


 「それは...」


 ソフィーは両手の指を絡めて揉みながら考える。


 「青い髪...あっ!王様。」


 「そうです。王族の特徴である青い髪...ティア様は王族なのです。ですが、彼女はそのことを隠しています。だから、私達も黙っていましょう?」


 「お父様にもですか?」


 「いいえ、エドワード様、隊長のギルバート様、宰相のレイ様、副隊長のセドリック様、医療従事者のアレク様、セレン様はご存知です。でもそれ以外の方には秘密です。わかりましたか?」


 「はい。」


 ソフィーは頷くとアンは微笑んだ。アンはソフィーを部屋に戻したかったが、ソフィーがティアの手を掴んで離さないので諦めてティアの額にタオルを変えることにした。やがて、アレク達が到着すると直ぐにティアの診察を始めた。セレンがティアの体の至るところを触診して、アレクはティアの手を円盤に乗せる。連絡を受けて駆けつけたセドリックが尋ねる。


 「その円盤は?」


 「これは魔力量を簡易的に測る装置です。昨日魔術を取り除いたのでそれが少し確認してみようかと...」


 アレクは円盤に触れると円盤は一瞬光り数値が表示された。アレクはその数値を見て目を細める。やがて確認を終えたセレンと少し話し合うと結論をセドリック達に伝えた。


 「おそらく魔術を取り除いたことによる副作用です。」


 「副作用?」


 「ええ、彼女の体には倒れた時にできたたんこぶ位しか異常は見られませんでした。また、喉も腫れておらず鼻水や震えもありませんので、風邪ではないと思われます。そして、極めつけはこれです。」


 アレクが見せたのは先程の円盤だ。円盤には21000/24000と表示されている。


 「これは彼女の魔力量の現在の数値と最大値です。かなり最大値に近い数値です。」


 「それが?確かにかなり多いが彼女の最大値ならあり得るだろ?」


 セドリックの疑問にセレンが答えた。


 「彼女はこれまで魔術の影響で魔力量が10000以内になるように抑えられていました。それが魔術が無くなったお陰で本来の数値まで貯められるようになりました。その結果体がこれまで経験のない魔力量を有することになり、体が過剰に反応した結果今回の症状に至ったと考えられます。」


 「魔力量が多い子供に特有の症状か...」


 セレンは頷くと更に続けた。


 「ええ、普通なら幼少時に出やすい症状で成長とともに体が慣れていくので彼女の年ではなりにくいのですが、彼女は急激に大量の魔力を持つことになったので起きたのでしょう。命に別状はありません。」


 そのことを聞いて一安心するセドリック達であった。

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