第27話ティアと健康診断6
ティアが声に尋ねたいことは一つだ。
「貴方、誰?会いたい。」
ティアは率直に思ったことを口にした。様々な感情が、入り混じっているがとにかく会いたい。それがティアの今望んでいることだ。しかし、声は残酷なことを告げた。
"....それは出来ないの。"
「何故??」
ティアは語気を強めた。
"私はね...もう..."
声は段々聞こえなくなり始めた。ティアは慌てて止めようとする。
「ま、まって!!」
"それでも、これ、だけは、信じて、ティア、愛し、てる、わ。...ナとも、な..よく...てね。"
「聞こえ、ない!ま、待って、まだ...」
"い...も...て...るわ。"
声は優しくティアに話しかけているが最後はとぎれとぎれしか聞こえず、何を言っているのか分からなかった。そして、とうとう何も聞こえなくなった。
「どう、して...うぅ。」
ティアはもっと話をしたかった。せっかく会えたかもしれない、そう確信したのだ。あの声はきっと...
「お母、さん、なの。」
ティアの涙は枕へと伝わり小さなシミを広げていく。ティアはしばらく涙を流すとやがて疲れて眠りについた。
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<一方、王城にて>
夕方、王の姪っ子にあたるジャスミンは自身の部屋で机に座り、資料に目を通していた。
「学校や公務の間にしかできないから限られるわね...」
彼女は現在、魔法大学の生徒であるため、平日は夕方まで講義を受けており、夕方から公務をするなど多忙な生活をしている。そして、空いた時間に最近見つかった王族、ティアの捜索の指揮を執っている。彼女は今、ティアに関する報告資料を確認していた。
「ティアと思われる子供は王都を出た後、追ってから逃走して行方不明になった。しかし、その後兵士が彼女と似た背丈の少女が1人で歩いている所をアルフレッド侯爵領の道にて発見。親等の同行者が見られず不審だったため、跡を追うが撒かれる。現在、行方不明ですか..ふぅ。」
ジャスミンは資料を読み終えると一息ついてすでに冷めてしまった紅茶を飲み干した。
「行き詰まりましたね...。あの子の外見は目立つので見つかりやすいと油断していました。」
ティアの髪は王族の特徴である青色である。更に瞳も薄青色と他の人にはない外見なので非常に目立つ。因みに、瞳の色は王族でも異なっており、魔法の属性が影響していると考えられている。実際、ジャスミン自身は水魔法の適性があるからか、瞳は海のように深い青色だ。この目立つ特徴なのに未だに見つからないのは正直誤算だった。そして、もう一つの誤算、それは...
「ならず者、妖炎の魔女...あの子がいたと思われるところでは戦闘が行われており、戦闘場所ではいずれも不自然な氷が見つかっている。彼女には氷魔法の助っ人が居るというの?」
しかし、彼女の目撃情報や捕えたならず者達はティアが1人だったと証言している。
「彼らが嘘をつくメリットは無いはずだから...まさか、あの子がやったというの?」
もしそうならば、ティアは魔法が使えることになる。そして、魔法を使えるなら、もう一つの目撃情報の茶色の髪の少女がティアである可能性も捨てきれなくなる。
「髪の色を変える魔法は存在する。ならば...」
ジャスミンは1枚の写真を取り出した。そこには黒髪の少女が鎧の騎士、ローブを着た男と共に飲食店から出ている所が写し出されていた。そう、ティアとギルバート、セドリックが共にエドワード領に向かっている時の写真だ。残念ながら、遠方から撮影したのか顔はぼやけている。
「確かに彼女はティアに背丈が似ている。もし、彼女がティアなら...」
彼女の居場所が分かるかもしれない。ジャスミンは机にある呼び鈴を鳴らす。すると、直ぐに騎士のアレンが反応した。
「ジャスミン様、お呼びですか?」
呼び鈴は直ぐに従者へと通信が可能な魔法具だ。特に、ジャスミンは部下に直接連絡可能な特別製の呼び鈴が与えられていた。
「アルフレッド侯爵との通信をお願いします。例の写真についてお伺いしたいと。」
「承知しました。少々お待ち下さい。」
ジャスミンは、通信を終えると呟いた。
「これで見つかると良いのですが...」
その夜、夕食前にアルフレッドとの会話の場が設けられた。王城には王族が極秘で通信できる部屋が設けられており、ここで会談をすることもある。ジャスミンはそこに向かった。部屋に到着すると画面越しに書斎で机に向かっているアルフレッドが映し出されていた。アルフレッドはジャスミンに気付くと立ち上がって腕を曲げて騎士の礼をとった。
「ジャスミン様、お久し振りです。このような姿で御身の前にいることをお許しください。」
「いえ、構いません。むしろ、急にお呼びしたこちらが悪いのです。ですので、気にせずお座りください。」
「はっ」
アルフレッドが座ると、ジャスミンは本題に移った。
「早速です。先日、侯爵から頂いたこの写真についてお伺いします。この写真...どうやって手に入れましたか?」
「私の部下が撮影したものです。遠距離からの撮影ですので顔まではっきり写りませんでした。」
「分かりました。では、どうしてこの方々を写したのですか?彼女が私の探している子供だと判断したからですか?」
アルフレッドは軽く頷くと答えた。
「ええ、そうです。写真の少女は妖炎の魔女が現れた時と同時に同じ場所で発見されました。そして、髪の色は違えど背丈が似ていることから例の少女と推測されるので写真に写したようです。」
「まさか...あの子をずっと追跡できているのですか?」
ジャスミンは少々焦り始めた。もし、追跡しているのなら彼女の居場所が分かるかもしれないのだ。
「最近までは出来ていました。」
「最近まで?」
「ええ、私の追手が気付かれて撒かれてしまいました。」
「なっ!?」
ジャスミンが驚愕したのは普通の反応だ。アルフレッドが所有する部隊は国有数の実力者が所属している。それに気付くとは相当な実力者がいるということだ。ジャスミンは少し息をついて落ち着けるとアルフレッドに問いかけた。
「分かりました。それで、どうして彼女を例の少女と考えたのですか?」
「最初に彼女がある時から見つからなくなったので、外見を変えている可能性を考えました。髪の色を変えるのは外見を変える上でよく行う方法です。それに、手段もある。そこで、背丈の似た少女を探していた所、1人で歩いている少女を発見したとの報告を受けたのでその少女を追跡させました。すると、途中から例の少女の髪が茶色から黒に変わったとの報告を受けました。そこで、彼女が髪の色を変える手段を持ち合わせていると確信しました。そして、自ずと彼女が例の少女ではないかという推測ができました。」
「そういうことでしたか...侯爵様の部隊の優秀さが伺えますね。ところで、彼女の現在の行方は推測できますか?」
アルフレッドは地図を取り出すとジャスミンに見せながら説明し始めた。ジャスミンもそれに併せて机に地図を広げる。
「はい。彼女が最後に撮影されたのはここです。そして、妖炎の魔女が現れた位置でも彼女は見つかっています。そして、彼女らが撮影された箇所を地図に表して、それらの点を線で繋ぎ合わせると...」
アルフレッドが少女の目撃情報のある場所を点で示して最後に線で結んだ。ジャスミンも結ぶとそこはある場所を指し示した。
「ここは...エドワード辺境伯領!!」
「ええ、彼女はそこにいる可能性が高いです。」
「なら、直ぐに...」
ジャスミンは直ぐに迎えに行こうとするが、アルフレッドが静止した。
「お辞めになったほうがよろしいかと...」
「何故です?」
「御身がもし動けば彼女の居場所を他の勢力に伝えてしまいます。彼女は今様々な勢力から狙われているので、必ず手に入れようと動き出す勢力が現われるでしょう。そうなれば、国内のあらゆる勢力がエドワード辺境伯領に集まるのでおそらく混乱が生じます。あそこは国境に最も近い場所です。乱れれば他国が喜んで攻めてくるでしょう。」
「...なら、このまま見ていろと?」
ジャスミンもエドワード辺境伯領の重要さを見落としていたのでハッとするも、納得がいかないのだ。彼女は語気を強めてアルフレッドに問うが、アルフレッドはあくまでも冷静に答えた。
「いいえ、エドワード辺境伯に連絡を取り、秘密裏に彼女を保護させます。大丈夫。あの男は彼女を利用しようとは考えない男です。」
「...分かりました。エドワード辺境伯の事は叔父からよく聞いておりますので、信頼しています。それでお願いします。」
自分が動くことによる影響を考えればこれが最善なのだと、ジャスミンは自身を無理矢理納得させた。アルフレッドは立ち上がり、礼を取る。
「はっ!理解いただきありがとうございます。」
「それでは。報告をお待ちしております。」
「承知いたしました。それでは、失礼します。」
通信が終わると部屋は静かになった。ジャスミンは地図の端をクシャリと握った。
彼女がここまでティアに拘るのには理由がある。最初は妹が出来るような軽い気持ちでいた。しかし、ティアを見たときにそれは変わったのだ。ボロボロの服、裸足で移動しているからか足も切り傷があり、汚れている。風呂に入っていないのか髪はボサボサ、酷い扱いを受けたのか身体の至る所に傷が見られた。しかし、彼女の顔は...
「似ているのよねあの人に...」
ジャスミンが憧れていた人に似ていたのだ。彼女は自分と同じく魔法に長けており、病弱だがいつも明るく振る舞っていた。ジャスミンは魔力量が人より多く、将来は魔法の優秀な使い手になると幼い頃より期待されていた。さらに、王族として失敗の許されないプレッシャーも加わり、ジャスミンは押し潰されそうになっていた。そんな時、彼女はジャスミンに声をかけてきたのだ。
"どうしたの?大丈夫?"
感情を抑え込んでいたジャスミンを見ただけで、その中で隠れて弱っていた本当の自分に気づいてくれたのだ。彼女は自分を王族では無く普通の人として接してくれた。彼女はジャスミンの話をよく聞いてくれた、時折彼女の胸で泣くこともあった。とにかく、彼女は幼いジャスミンにとって大切な存在だった。
因みにあとから聞いたが、彼女は病弱であまり領地の外に出る経験が無かったので、ジャスミンのことも知らなかったらしい。彼女の両親はジャスミンとのことを聞いた時に卒倒しかけたと彼女は苦笑いしながら教えてくれた。
ジャスミンにとって彼女は目標であり、憧れであった。彼女が亡くなった日は部屋のベットで人知れず涙を流したのを覚えている。そんな彼女に似たティアを見て、今度は私が助けると決意したのだ。しかし、ティアは逃げ出してしまい、今はエドワード辺境伯領という遠いところにいる。ジャスミンには何が足りなかったのか?
「今度はあの子と向き合って話をしましょう。昔、あの人がしてくれたように。」
ジャスミンは決意すると、部屋に戻っていった。
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