第26話ティアと健康診断5
部屋を出て扉が閉まるときに、ふと部屋の中を覗くとアンは腰を下ろしてソフィーと同じ目線になり、彼女の両手を握りながらソフィーの話に頷いていた。レイラは移動中にソフィーの事を教えてくれた。
「ソフィー様はティアさんがお医者様であるアレク様の治療を受けるとお聞きになって急に不安になったのでしょう。この領は戦場に国内でも最も戦場に近い所です。いくら隠しても彼女は多くの兵士の血を目にしてしまいます。それで心を痛めてしまう方なんです。」
「優しい...」
ティアはソフィーの優しさを感じて好感を持った。ティアにとって貴族の印象はすこぶる悪いので、そういう子供もいるんだなと思った。そんな会話をしている内に先程の部屋に到着した。レイラは扉を軽くノックして声をかけた。
「失礼します。ティア様をお連れしました。」
「どうぞ。」
失礼しますとレイラは答えると扉を開けてティアと共に入室した。部屋の真ん中にベッドが追加されており、シーツの代わりに薄い布のような物が置いてある。部屋には既にギルバードとエドワードがいた。
「ティア、来たか。ではアレク殿、改めて説明を頼む。」
「はい。」
ギルバードが頼むとアレクは例の布を指さして説明を始めた。
「それでは、魔術を取り除く治療を始めます。最初に魔術にコードを追加して魔術を停止します。その後、この特殊な布に転記して終了です。先程説明した通り、この魔術は最終的に解除すること前提でできているので解除法も簡単です。」
「早速、始めましょう。ティアさん、ベッドに寝転がって下さい。」
セレンはティアをベッドに誘導すると、カーテンを閉めた。エドワードやギルバードに見られながらの治療は何となく恥ずかしかったティアは少しホッとした。それに気づいたセレンはクスッと笑った。
「安心した?女の子だもの、男の人にジロジロ見られながら治療受けるのが恥ずかしいのは普通よ。」
ティアはそういうものかと納得してベッドに寝転んだ。布はすべすべしてて触り心地は悪くない。セレンはティアが落ち着いているのを確認して説明を始めた。
「それじゃあ、始めましょう。最初に貴方に刻まれた魔術を表に出すわ。ティアさんには魔力を全身に流してほしいの。」
「何故?」
「この魔術は貴方の魔力を源としているの。だから、貴方の魔力が表に出ないと魔術も出てこないの。出来る?」
「やって見る。」
ティアは目を閉じて全身に魔力を流し始めた。セレンはゆっくりとティアを誘導するように指示を出した。
「ゆっくり魔力の放出量を増やしていって...」
ティアはゆっくり息を吐きながら魔力を放出していった。そして、
「よし、その量を維持して頂戴。」
ティアは目を閉じているのでセレンが何をしているかは分からないが、何となく体に何かが入ってくる感じがした。
「今、貴方の体に魔力を流しているわ。そうすれば、それに呼応して魔術が出てくるはず...っ!」
しかし、魔術の登場は穏やかなものではなかった。突然、ティアの体中に光の線が流れてくるように現れたのだ。
「うう...暑い」
ティアは体が熱を持ち始めて呻いた。セレンは手が何かに押し返される感じがした。
「この魔術式は、防御の為の...隠れていたの!?」
セレンはティアの体に別の魔術があることに初めて気がついた。専門家が気付かない程の隠蔽技術が使われていたのだ。セレンも戸惑う。
「あの術式...まさか複数の魔術が組み込まれているの!?」
本来、複数の魔術を同時に組むことは不可能とされている。しかし、回路を上手く組むことで複雑な動作が出来る機械のように、魔術式も上手く組むことができれば理論上は複数の機能を持たせることが可能である。しかし、それには高度な技術が必要となる。それこそ…
「こんなの魔女にしか...」
しかし、このままではティアを魔術から解放できない。どうすれば...セレンは何とかしようと魔力の流し方や量を変えてみるがどれも無意味だ。セレンが焦り始めてきた時、ティアがゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「うう」
「ティアさん!大丈夫?」
「ん。せ、セレンさん...わ、たしに、教え、て...」
「何を?」
「魔術、解く、言葉...」
セレンは少し迷ったが、このままではティアを解放できない。セレンは決心すると、アレクを呼んだ。
「アレク!」
「どうした?時間かかって...これは!」
アレクもこの状況は予想しておらず驚愕した。セレンは状況を伝えた。
「私の魔力を流したら防御魔術が発動したの。」
「何!?そんなのなかったはずでは?」
「隠れていたの。あの魔術式に!」
アレクも驚いきつつも何かを察してハッとした。
「そうか!あの魔術が複雑だったのはそういうことだったのか!」
「アレク、ティアさんに例の魔術の解放コードを伝えて。」
「まさか...彼女自身でやらせるのか?」
セレンはゆっくり頷いた。
「外の魔力は拒絶されるのなら内側からやるしかないわ。私が魔力を止めれば魔術式は閉じてしまう。私の魔力も余裕がないの、だから...」
「分かった。」
アレクは、紙に何かを記すとティアに手渡した。
「この紙に解除式が書いてある。まさか本当に使うとは思わなかったが…この特殊な紙に魔力を流して魔術式に貼り付けるんだ!」
ティアは紙を優しく掴むと、魔力の流れを強めた。そして、漏れ出た魔力を紙に流す。すると、紙が光りだした。
「んっ、えいっ!」
ティアはそれを寝そべりながら確認すると思いっきり自分の腿に紙を貼り付けた。光は吸い込まれるようにティアに流れる魔術式に組み込まれていき、魔術式は輝きを失った。
「今だ!」
「ええ。」
アレクの声と共にセレンは魔法を発動して魔術式をティアの寝ている布に移した。アレクは布を見て問題がないか確かめる。
「よし、完了だ。」
「良かったわ。ティアちゃん、お手柄よ。」
「ん...」
ティアは終わったのでベッドから降りようとした所、ふらついて倒れそうになった。セレンは慌ててティアを支える。
「まだ動いてはだめ。魔力を使いすぎたんだから、少し寝てていいわ。」
「はい。」
ティアは再び寝かされたので横になって先程のことを思い出していた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<防御魔術によりセレンの魔力が妨害されていた時>
ティアは突然身体中が熱くなったことに戸惑っていた。そして、自分の手を見て驚いた。
「なに、これ?」
ティアの手、腕にかけて文字が浮き出ており、光りを放っていた。文字は光と熱を放っており、ティアは体が熱を持っているのを感じた。
「暑い...」
光は眩しくてセレンの様子がはっきり見えないが、苦戦しているようだ。
そして、この光によって、ティアの中から何かが吸い取られている感じがする。おそらく魔力だ。これは不味いとティアは直感で感じたが、解決策が分からない。
「ど、どう、した、ら?」
ティアは咄嗟に魔力を止めようとした時、ティアの頭に声が響いてきた。
"待ってティア。"
「え?」
"魔力を止めないで。今、止めたら折角の機会を逃してしまうわ。"
それは、以前魔力が暴走したときに助けてくれた時と同じ声だった。切羽詰まっているティアは声に疑問をぶつける。
「で、でも、どう、したら」
"ごめんなさい。貴方を守るために組み込んだのに...逆に貴方を蝕んでしまっているわ。早く解いてしまいましょう。ティア、あの人達から魔術の解除コードを教えてもらいなさい。"
「え?」
ティアはどうしてか分からず戸惑った。すると、声は優しく教えてくれた。
"この防御の魔術はね。自分の魔力は弾けないの。だから、解除するには貴方の魔力で魔術を発動させるしかないの。お願いできる?"
ティアは少し考えたが、自身の残り魔力を考えても背に腹は代えられない。ティアは声に賭けることにした。
「うう」
「ティアさん!大丈夫?」
「ん。せ、セレンさん...わ、たしに、教え、て...」
「何を?」
「魔術、解く、言葉...」
セレンは少し迷ったようだが、やがて、アレクを呼んでティアに魔術の組み込まれた紙を渡してくれた。声は指示を出した。
"よし、その紙ならいけるわ。ティア、魔力の放出量を上げて貰える?漏れ出た魔力でこの魔術を発動させましょう。"
「んっ...」
ティアは言われた通り魔力の放出量を増やしていく。すると、それに呼応して紙の文字が光り始めた。
"よしっ!ティア、それを自分の腿に貼り付けて!"
「んっ、えいっ!」
ティアが貼り付けた瞬間、紙が光ると魔術式は段々光を弱め始めた。
「今だ!」
「ええ。」
アレクの声と共にセレンは魔法を発動した。自分の体にあった文字が消え、代わりに下の布に文字が浮き出てきたので魔術式を移したようだ。アレクは布を見て問題がないか確かめて、頷いた。
「よし、完了だ。」
それを聞いて、終わったと思ったティアは起き上がりベッドから降りようとする。しかし、
"っ!待ってティア!"
「?...っ」
ティアは自分の視界が何故か傾いた。否、自分の身体が崩れ落ちそうになったのだ。幸い、慌てたセレンが支えてくれたので倒れはしなかった。
「まだ動いてはだめ。魔力を使いすぎたんだから、少し寝てていいわ。」
"ティア、貴方は今、魔力をたくさん使ったの。だから、無理をしてはだめ!"
「はい。ごめん、なさい」
実はティアはこの時、二重で怒られていたのだ。ティアは再び横になると、セレンはシーツを掛けた後部屋を出て一人にしてくれたので、再び不思議な声に話しかけた。
「魔術、私に、どう、して、あった?」
"そうして貴方に組み込まれていたかが知りたいの?"
「うん。」
"それはね、セレンさんが言っていた通り、貴方は生まれつき魔力量が他の子より多かったからよ。だから、貴方の命を守るために組み込まざるを得なかった..."
「でも...」
ティアは少しムッとした。この魔術のお陰でティアは魔法が使えずこれまで苦労してきたのだ。魔法を使えるか否かで孤児でも大人達から受ける扱いは異なってくる。魔法が使えれば仕事の幅が広がり重宝される、逆に使えなければ消耗品のような扱いを受けるのだ。魔法が使えなかったティアは後者の扱いを受けていた。幸い、大きな怪我はなかったものの、命からがら逃げ出すことはあった。
"そうね。本当は大きくなったら解いてあげるつもりだった...でも、こんなに時間が経ってしまった。おかげで貴方にはさせなくてもいい苦労をいっぱいさせてしまったわ...本当にごめんね。"
「...」
ティアはムスッとした表情を崩さなかった。例え、謝られても直に許すことはできなかった。
"まだ許せないわよね?当然ね。私、最低ね..."
声のトーンが低くなり、相手が落ち込んでいるのが感じられる。ティアは思い切って尋ねた。
「貴方、私に、魔術、使った、人?」
声はしばし沈黙した後に答えた。
"...ええ、そうよ。怒ってる?"
「怒る、でも、嬉しい、悲しい?...よく、分かんない。」
ティアが持つ声に対する感情は複雑だ。自分を助けてくれるので、良い感情もあるが、魔術を組み込んだことに対する怒りも感じている。しかし、同時に声に懐かしさ愛しさも感じているので恨もうにも恨めず、今、思っていることはたった一つ。
「貴方、誰?会いたい。」
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