第21話ティアとエドワード辺境伯5

 夕食後、ティアは城の1室に泊まることになった。案内してくれた侍女によるとここはこの城を訪ねた貴族が泊まる部屋らしい。確かに、1人で泊まるにしては充分過ぎるほどのスペースだ。ベットも頑張れば大人3人が寝られる広さだ。ティアはベットの側にリュックサックを下ろすと、先程借りたネグリジェに着替えた。入浴は城に来たときに済ませたので、入らなくてもいいと判断したティアは部屋で休むことにして、ベッドに腰掛けると魔法書を読み始めた。


 「...」


 やがて、読み疲れたティアはベッドから降りて窓を眺めるが、ここは一階なので城壁しか見えない。読書にも飽きてきたティアは思い付いた。


 「散歩、する。」


 そうと決まればティアの行動は早かった、部屋にあったクッションを何個か集めてベッドに並べてシーツで覆い、さらに灯りも消してあたかもティアが寝ているように仕向けた。次にティアは靴を履くと、扉まで足音をたてずに一直線に向かい、扉をゆっくり開けて外を見た。きぃーとゆっくり扉が開く音が老化に鳴り響く。ティアは少し顔を出してキョロキョロ見回した。


 「誰も、いない。」


 廊下には人がおらず、歩行のための最低限の灯りだけが光っていた。ティアは体を横にしてゆっくり出ると音が出ないようにしっかりしめる。ここには戻るので鞄は置いていった。ティアは壁に沿ってとことこ歩き始めた。


 「...暗い」


 昼間にソフィーが教えてくれたのだが、この城の夜はとにかく暗いらしい。生まれてからずっと暮らしているソフィーも暗いのが怖くて誰かと共にしか移動できないそうだ。だが、夜は暗いもので孤児のティアは暗いのには慣れている。家のなかったティアは夜はたいてい外で寝ていた。誰にも見つからないような建物の階段の下や隅、廃墟等々を探して寝床にしていた。見つかれば何をされるか分からない。特に外見的に目立つティアは大人も子供も気を許せずいつも早く夜が明けるように祈りながら過ごしていた。それに比べたら今は恵まれている。それでも、散歩は許してほしい、ティアはそう考えていた。やがて、階段にたどり着く。ティアは音を最小限にするため、四つん這いになり登った。


 「ふわぁ〜」


 「っ!」


 誰かの欠伸を聞いてティアは体を強張らせた。階段の真ん中に差し掛かった時、階段を登った先に見回りの兵士が歩いているのが見えたのだ。ティアは兵士に気づかれない様に息をひそめる。兵士は眠そうにしながら見回りをしており階段には目が行っていないので、ティアには気づいていないようだ。ティアは兵士が去るのを息を潜めて待った。やがて、願いが通じたのか兵士は歩き去ったようだ。


 「ふぅ。」


 ティアはため息をつくとさらに登り、やがて階段を登りきった。ティアは階段から周囲を見渡して誰もいないことを確認すると立ち上がって移動を開始して次の階段を目指した。この城は階段が繋がっておらず、次の階に向かうにはまた廊下を歩いて探さないといけないのだ。ティアは下の階と同じ様な廊下を見ながら歩き回り、再び階段にたどり着いた。再び階段を登ろうとした所、突然誰かが降りてくる音が聞こえた。


 「っ!」


 ティアは咄嗟に壁に張り付いて息をひそめる。階段からの音はどんどん大きくなっており、誰かが近づいているのは明らかだ。ティアは必死に対抗策を考える。


 「どう、しよう。」


 ティアはキョロキョロと廊下を見渡して何かないかを探す。


 「モノ、ない。廊下、暗い、何も、見え、ない。暗、い、暗、い...あっ」


 ティアはあることを思いついて髪に纏っていた魔力を全身に行き渡らせる。そして、呼吸を整えて兵士が去るのを待った。


 「...」

 

 「?」


 兵士がティアの眼の前に来た。ティアのいる方をじっと眺める。ティアの緊張は最高潮に達する。ドキドキと心臓が動いているのをいつもより強く感じた。


 「...」


 「気の所為か...」


 兵士が階段を降りても何も見当たらなかったので、見回りを再開して去っていった。ティアはそこにいたはずなのにだ。なぜ見えなかったのか...それはティアが髪の色を変える魔法を応用して、魔法で全身を暗闇と同化させたのだ。この城は全体的に暗いので、黒くすればわからないだろうと考えたのだが、ティアの予想は的中したようだ。


 「よし」


 ティアは小声で呟くと、油断せずに引き続き魔法を継続しながら、移動を再開した。見回りの数は上の階程増えているのかすれ違う兵士の数も増えていったが、誰もティアに気づくことはなかった。そして、ようやく城のテラスに着いた。


 「はぁ、はぁ。」


 緊張と子供にはきつい距離だったのでティアは若干息切れしている。やがて、ティアは魔法を解除して姿を現したが、青い髪が出てきてしまったので、髪は直ぐに黒くした。全身に魔法を発動し続けるのはティアの体力と集中力をかなり要していたので、長時間の発動は難しい。ティアは疲れたのでそのままぺたんと座り込むと空を見上げた。


 「わぁ」


 空には満点の星が広がっていた。様々な輝度、色で光る星々が不規則に並んでいる。この壮大な光景にちょっぴり恐怖と感動を感じながらティアは星を眺め続けたが…


 「何をしている?」


 「ひっ!」


 ティアが振り向くとそこには男が1人いた。姿は黒いシルエットなので誰だか分からないが、遠目からでも屈強な男と分かる。ティアは誰もいないと思ったので油断して周囲の確認を怠っていた。ティアは冷や汗をかきつつ男の動きを観察しながら無言となる。


 「...」


 「動くな。」


 男はどんどん近づいてくる。ティアは相手の動きを観察して何時でも魔法を発動出来るように集中した。二人の距離は段々短くなる。そして…


 「なんだティアじゃないか。」


 「ギル、バード、さん」


 屈強な男の正体はギルバードだった。相変わらず遠目から見てもわかるくらい屈強な肉体である。ギルバードはティアに尋ねた。


 「ティア、お前、どうしてここに?」


 「あう、えっと、あの、その...」


 ティアはしどろもどろになったので、ギルバードはティアを急かさずに答えを待った。ティアと旅をしたギルバードは何となくティアが男性を苦手としていることに気付いていた。ティアはギルバードと会話をすると緊張して言葉が出なくなることが多々あったのだ。だから、焦らずにティアが落ち着くのを待った。


 (この子がこうなったのは、以前、大人の男に何かされたからだな。全く男の風上にも置けんな。)


 ギルバードがまだ見ぬ男に怒りを感じていると、落ち着いたティアが話しだした。


 「えっと、外、見たい、から、部屋、出た。また、戻る、つもり、ある。」


 「そうか、外に出たかったのか...だが、黙って出ていったのか?」


 「ん。」


 「それは関心せんな。」


 ギルバードは目付きを鋭くしてティアに注意する。


 「ご...ごめん、なさい。」


 ティアは怒られて目線を下げた。ギルバードはティアが反省しているのを確認して目付きを和らげた。


 「これからは誰かに声をかけるんだぞ。」


 「ん...でも、声、かける、どう、する?」


 ティアは首を少し倒して尋ねた。あの部屋にはティアしかいないので、夜に声をかける手段がわからないなのだ。


 「え?お前...あ、そうか。そうだな。」


 「?」


 ギルバードが何か納得しているが、ティアは分からず首を傾げたままだ。ギルバードは頭を掻きながら説明し始めた。


 「あ〜、実は...連絡手段となる魔道具があってな。それを渡せるか頼んでみる。」


 「魔、道具?」


 「ああ、簡単に言えば誰でも魔法が使える道具だ。魔力が込められていて予め仕込まれた魔法を発動できるんだ。」


 「え...」


 まさか、そんなものがあるとは...知らなかったティアは驚いて目を見開いた。この世界の道具の供給源は魔石だ。魔石は魔物から取り出せるもので、魔物の属性で魔石の機能も変わる。例えば、氷属性の魔物から採れる魔石は冷却機能があるので、食料の保存に使われている。魔石は小さいのでも買い取られるので、冒険者達の収入源となる。孤児の中でも魔物を倒せれば魔石が取れるので、力のあるものは他の孤児よりも収入があり食料には困っていなかった。その当時のティアは魔力が少なく魔法が使えなかったので、魔物の討伐は出来なかった。


 「知らなくてもおかしくないな。あまり一般には広まってないからな。」


 「何故?」


 「まず作れるやつが限られていて数が少ない。後は、あまり持たせたくない奴がいるからだろう。」


 「たく、ない?」


 ギルバードは気不味くて頭を掻きながら答えにくそうに答えた。


 「ああ、あのな。貴族の中にはな...自分達が優位に立ちたいと思っている連中がいるんだ。それで、魔道具を独占して庶民にはあまり行き渡らないんだ。」


 「なに、それ」


 パキパキと音を立ててティアの周りに氷ができ始めた。ティアの怒りに呼応して魔法が発動しているのだ。ギルバードは慌ててティアを落ち着かせるためにあることを伝えた。


 「大丈夫だ。それをおかしいと思うやつが貴族にもいてな。積極的に庶民に普及させている領主もいるんだ。ここのエドワードがそうだ。」


 「そう、なの?」


 ティアの感情が落ち着くとともに、魔法の発動も止まった。


 「ああ、と言っても魔道具はまだまだ種類が少なくて、実用的なものが少ないのも事実なんだ。それもあって普及しないんだがな...」


 「新しい、でき、ない、?」


 「学校や研究機関で開発はされているはずだ。」


 「がっこう、学校...」


 学校...その単語は孤児のティアには無縁の言葉だ。あそこに行けば勉強が出来る。しかし、明日生きるか分からずお金を払えないティアには行けない場所だ。学校に行けるかの選択ができない...改めて差を感じて少し凹んだティアの様子に気づいたギルバードはティアの頭を撫でた。


 「そんな顔をするな。ソフィー嬢が大きくなって学校に通うときに、もし行きたくなったら俺が一緒に通わせて貰えるよう頼んでやる。」


 「ほん、とう?」


 「ああ。お前は熱心だ。そんな奴を学校に行かせないなんて勿体ない。約束だ。」


 「ん。」


 元気を取り戻したティアの頭を再度撫でる。ティアは嬉しいやら恥ずかしいやらで頬を少し赤くしながら擽ったそうな表情をした。そんなティアの表情を見ながら何かに気づいたギルバートは複雑そうな顔を浮かべた。彼女に現実を伝える時が来たとは...


 「ティア、お迎えだ。」


 「え?...っ!!」


 ティアが振り向くとそこには笑顔のアンが立っていた。笑顔...だが彼女の背後から何か黒いオーラが出ており怒っているのは確実だ。ティアは咄嗟に逃げようとするが、気付いたらアンはティアの背後にいてティアの両肩を抑えていたのでそれは叶わなかった。


 「お部屋を覗いて見ると、もぬけの殻でした...ものを詰めて偽装工作をなさっていましたよね?まさかお1人で抜け出しているとは、いくら城とはいえ危険ですよ?」


 「あう...」


 ティアは若干涙目でギルバートを見つめた。しかし、ギルバードはどうしてやることもできず、苦笑いだ。


 「すまんな、ティア。俺にはどうすることもできん。」


 「そん、な…」


 ガーンと音が鳴りそうなくらいショックを受けたティアであった。そんなのはお構いましに、アンは続けた。


 「それに...入浴のとき逃げましたね?」


 「ひっ!!!」


 ティアはビクッとしたが肩を掴まれているので動けない。


 「気づいたら居なくなっていたと...報告を受けております。」


 「あ、あの。お昼、お風呂、入った。それで...」


 ティアは入浴を断った(逃げた)理由を話す。しかし


 「駄目です。入りましょう。」


 「いや、あの...」


 「入りなさい。」


 「...はい。」


 ティアは逃げるのを諦めて抵抗を止めた。アンはギルバードに一礼すると、ティアの手を掴んで連れて行った。

 ギルバードは内心でティアに合掌すると、空を見上げた。そんな状況でも空の星々は静かに輝いていた。


 「学校か...懐かしいな。」 


 ギルバードはそう呟き、しばらく星空を眺めていたが、やがて時分の部屋に戻っていった。

 因みに、このあとティアは浴室に連れて行かれてまだ入浴を済ませてなかった侍女達と入ることになった。


 「まあ、かわいい。」


 「見てよ。お肌、すべすべよ。」


 「私も触りたい!」


 キャッキャッと頬をぷにぷに、腕をぷにぷにつつかれるわ、頭を撫でられるわ、可愛いと連呼されるわで、ティアは羞恥で顔を真っ赤にしながら入浴した。それ以降、ティアはあまり入浴人数が少ない夕食後すぐの時間に入るようになった。


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 <ティアの入浴中、ギルバードの部屋では>


 ギルバードは自室に戻ると、鎧を脱いで普段着になった。彼は城に常駐しているので部屋を与えられている。部屋は就寝の時くらいしか戻らないのでベッドと本棚、武器とその整備道具があるだけだ。ギルバードが入浴の準備に入ろうとした時、扉からノック音が聞こえた。


 「誰だ?」


 「夜分遅くに申し訳ありません。アンでございます。」


 ギルバードが扉をゆっくり開けると、そこには確かにアンが立っていた。


 「何かご用か?」


 「明日、朝食後にエドワード様の部屋にお越しください。ティア様のことでお伺いしたいとのことです。」


 「承知した。」


 「それと、私もティア様の事についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 「あの子が何か?」


 唐突にティアのことを聞かれたので、何を聞くのかとギルバードは不審に思った。アンは彼の警戒など物ともせず尋ねた。


 「先程お会いした時、ティア様の周囲に氷が張ってありました。いくらここが寒いとはいえ、まだ氷が張る季節ではありません。何故か分かりますか?」


 「それはあの子が氷魔法に適性があるからだ。そのことも明日話そう。」


 「承知致しました。その場には私も同席を認められているので改めてお伺いします。それでは。」


 アンは一礼すると優雅に去っていった。ギルバードは一息ついて扉を閉めた。


 「ふぅ、急にティアのことを聞いてくるから驚いた。あの暗闇の中、足元の氷に気づくとはさすがだな。」


 そして、ふと部屋の机に置いてある写真に目を向けた。


 「まったく...感情で魔法が発動するなんて...そういうところもお前に似ているな。だからあの子を放っとけないんだよな。」


 ギルバードは写真を少しの間、懐かしそうに眺めると入浴のために部屋から出た。

 写真には何処かの建物をバックにして4人が写っていた。

 右端は若い頃のギルバード、隣には剣が得意な赤い髪の青年、その隣に茶色の髪で自分と筋肉を競った青年、そして、彼等の真ん中にいたのは赤い髪...いや所々に深紅のメッシュがある笑顔の少女が写っていた。

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