第20話ティアとエドワード辺境伯4
エドワードの書斎から出たティアは侍女にエドワードの娘であるソフィーの部屋に連れて行ってもらうことになったが、最初に城にある従者の更衣室に向かうことになった。というのも、侍女曰く
「貴方の今の格好は目上の方と会うのには相応しくありません。」
とのことだ。確かに、ティアの今の格好は旅人のそれである。旅で汚れたフードを着ており、中の服も洗濯していないのでそう言われても仕方がない。そういうわけで、侍女の制服を借りることになった。一応、ティアも以前宿屋の女主人(資金提供はおじさん)に買ってもらった服があるので、それを見せたのだが...
「そちらは良い服なのは分かりますが、汚れていますので洗濯しましょう。」
とのことで、回収された。解せぬ。ただ、綺麗にして貰えるのは有り難いのでお願いした。しかし、ここで問題が発生した...ティアの身長である。ティアの身長は130cm位と小柄であるため、一番小さいメイド服でもぶかぶかなのだ。とりあえず一番小さいサイズを試着したのだが...
「...大きいですね。」
「...」
やはり大きくティアではブカブカであった。ティアと侍女は無言でこの状況の解決策を模索することになった。そもそも、この城で働く女性は一番若くて十代後半である。推定年齢10歳のティアには大きくて当然だ。この城で唯一ティアに近い身長なのはソフィーしかいなかった。侍女は他の従者達とも話し合い、結果...
「ソフィー様の服をお借りしましょう。」
ということになった。ちなみにエドワードの許可済である。普通、身分の高い人の場合、身分の低い人に着せるのを嫌悪することもあるが、エドワード曰く
「あ?服?合うのがなけりゃ仕方ないだろう。まぁソフィーが来たほうが何倍も似合うがな...この前なんか...」
「ありがとうございます。」
話が長くなりそうなのでカットしてメイドは去った。このやり取りはいつものことらしい(マニュアル化にも記載あり)。結局、今の姿のままティアは侍女に連れられてソフィーのいる部屋に連れられていった。案内しながら侍女はティアにソフィーについて教えてくれた。
「ソフィー様はエドワード様の一人娘でいらっしゃいます。従者の方にも別け隔てなく接してくださるお優しい心をお持ちです。」
「エドワード、伯、娘...」
ティアは娘と聞いてエドワードをそのまま小さくして髪を伸ばした姿を想像した。父親も筋肉隆々なので娘もだろうと...なんとも失礼なことを考えていた。そんなことは知らない侍女は話を続けた。
「きっと貴方にも優しく接してくださりますので安心してお仕えして下さい。」
「は、はい。?」
仕える?そうキョトンとしたティアであった。どうやら、侍女はティアがソフィーの従者になるように受け取っているらしい。ティアはただソフィーの話し相手を請け負っただけなのでそんなつもりはないが、反発してここを追い出されるのは困るので黙っていることにした。
やがて、書斎と同じ階の奥の部屋に行くと兵士が1人立っていた。ティア達が近づくと兵士は脇にそれてくれた。侍女は兵士に一礼して扉をノックした。すると、紺色の髪の女性が出てきた。
「どうしました?」
「エドワード様の指示でソフィー様の話し相手となる方をお連れしました。」
「はい。お話は聞いております。」
そう言うと、女性は部屋から出てきた。彼女も侍女のようだが、どうも服装がこれまですれ違った他の侍女、メイド達とデザインが異なる。ここの城で会った従者の女性の服装は侍女とメイドで多少異なるが黒と白のコントラストが映えるクラシカルなデザインなのに対し、この女性のは灰色を基調とした灰色と白色のスチームパンクタイプのようだ。しかし、ティアを連れてきた侍女の話し方からこの城で働いているのに変わりはないようだ。紺の髪の女性はティアを見て、尋ねた。
「彼女の服装は...変わっていないようですね。」
「それが、この子の身長に合う服がなく...エドワード様からソフィー様の服を貸せば良いとのことでして...」
「そうですか...少々お待ち下さい。」
「はい。」
紺の髪の女性は中に入って扉を閉めた。待つこと数分...女性が出てきて話し始めた。
「ソフィー様から許可がおりました。ただし...」
すすっと彼女の背後から少女が出てきた。エドワードとは違い華奢な体と赤茶色の髪をしていて、フリルのあしらった薄緑のワンピースを着ている。ドレスから見て貴族に違いない。ティアは彼女がソフィーかと感づいた。
「ソフィー様も彼女の着替えに立ち会います。」
ソフィーはペコっとティアに一礼する。ティアも"?"という表情のまま一礼した。
「ソフィー様...ご挨拶を...」
紺の髪の女性は笑顔でソフィーに言う。ソフィーはビクッとして慌ててティアの前に出て挨拶を始めた。
「は、はじめまして。エドワード辺境伯の娘...ソフィーです。」
「...ティア、です。」
ソフィーがお辞儀すると、ティアもお辞儀を返す。互いにペコペコしあっている様子を微笑ましく見ていた2人の侍女だが、紺の女性は移動するため、話し始めた。
「ティア様、私はアンと申します。以後お見知りおきを...」
「は、はい。」
「それでは、参りましょう。まずは...」
アンはガシッとティアの腕を掴むと笑顔で告げた。
「お風呂に入りましょう。」
「っ!!!」
ティアは咄嗟に逃げようとするが、アンはびくともしないので、動かせない。
「その汚れた体をキレイにしないとお召し物が汚れます。それに、旅をされていたとのことですので、汚れを落としてすっきりしましょう。」
と言われ、ズルズルと浴室に連れて行かれた。ティアは貴族の風呂が好きではない。王族のジャスミンに王城へ連れて行かれた時、服を引っ剥がされた上に複数人で隅々まで洗われた苦い記憶があるのだ。あっという間に洗われたのだから恥ずかしいとかは感じなかったが、洗ってくれた侍女達に臭いだの何だの言われながら嫌な顔をされたのだ。孤児なので満足に洗う機会もなかったから仕方ないのに、そんなことを言われて傷つかない程ティアは鈍感ではない。ティアは連れられながら今回も言われるのではないか不安で仕方なかった。
浴室に案内された(連れて行かれた)ティアが中に入ると、複数人用の脱衣所があった。アン曰く
「この城は有事の際に、連携が取れるように城の関係者共同の浴室があるのです。」
とのことだ。ティアはティアを連れてきた侍女と共に入浴することになった。侍女から浴室の利用について説明を受けると、早速入ることにした。
「おお。」
以前、おじさんと泊まった宿の風呂と同じ大きさの多人数向けの浴槽がある。ただ流石、貴族の城だ。浴槽には汚れはなく、石鹸からはいい匂いがする。ティアは自分で石鹸で泡立てたタオルでゴシゴシ体を擦り、旅で溜まった汚れを洗い落とす。
「髪は洗えますか?」
「ん。できる。」
ティアは以前も1人で入浴していたので一通り自分でできる。ティアは頭も洗うと、チャポっと風呂に浸かった。体が温まり、溜息が出る。
「ふう。」
侍女はティアを褒めた。
「その年でお一人でできるのは感心します。」
「?普通...」
「私は子爵家出身ですので、その年では誰かに洗ってもらってました。」
ティアは驚いた。まさか貴族がメイドをするなんて思わなかったのだ。
「貴方、貴族?何故、侍女?」
「低位の貴族の娘が侍従として高位の貴族の家で働くのは珍しくないです。幼少期からマナーを学んでいるため城の品位を損なうこともないので、貴族は重宝されます。」
「貴族、どこ、でも、働ける?」
ティアはヘェ~と思いつつさらに尋ねる。侍女は首を横に振る。
「いいえ。貴族ならどこでも働けるわけではありません。例えば、王城だと高い身分の娘でないとまず就職できません。」
「そう、なんだ。」
ティアは王城での侍女達の態度に納得がいった。そりゃ、自分より身分の低いティアがいきなり王族として扱われれば、不愉快になるのだろう。まぁだからといって許す気はない。
その後、ティアと侍女は風呂を出た。ティアが着替えようとすると、キレイなネグリジェを渡された。
「これをとりあえず着て欲しいそうです。」
白を基調としたそれは足もしっかり隠すロングスカートで生地も触り心地がよい。ティアはいつもより時間をかけて着ると、侍女に着いていき、ソフィーの部屋に戻った。ソフィーとアンは部屋で紅茶を飲んで待ってくれていた。
「キレイになりましたね。それでは参りましょう。」
というわけで、4人は部屋に入りソフィーの衣装部屋に向かった。中には公式の場で着るようなドレスや普段着用の服などが並んでいるが、どれもきれいで高級なものだと人目で分かる。紺の髪の女性は、ティアに話しかける。
「何か希望はありますか?」
「えっと...」
ティアは困って目をキョロキョロさせた。ティアにとって服とは寒さを凌げるものという認識しかなく、着られればいいのだ。これは彼女が生きてきた環境がそうさせた。孤児であるティアは服が中々手に入らなかったので、あまり数を持っていなかった。時折、捨てられている服を拾っていたが、小柄なティアの体に合うものは中々見つからず。男性用のシャツだけ着ていることもあった。その結果、ティアは着られるならいいという考えに至ったのだ。あえて言うなら、目立つ青い髪を隠せるフードはいいなと思っていた。というわけでフード付きを探すが無さそうだ。ティアの困った様子に気づいたアンは1枚の茶色を基調としたワンピースタイプの服を取り出した。
「これなんかどうでしょう。」
「可愛いですね。」
「こ、これ...」
ソフィーは青色の服を持ってきた。これまたデザインの異なる物だ。アンはティアに尋ねた。
「ティア様、如何でしょうか?」
「あ、あの...私、何でも。」
ティアはそんなこと言われても...という状態だ。そして、アンはティアにとって残酷な宣言をする。
「なら、全部着てみましょう。」
「えっ?!」
3人が気に入った服を持ってティアににじり寄る。ティアにとって地獄の時間が始まった。
清楚な印象を与えるワンピース等々、種類がたくさんあるので試着しては感想を述べ、また試着するの繰り返しだ。ティアも恥ずかしくて顔を真っ赤にしている。最初は抵抗するが、最早抵抗する気力もなくなされるがままだ。こうして、2時間後...
「これでいいでしょう。」
「いいですね。他のは明日着てもらいましょう。」
服が決まったので、ティアはそれに袖を通した。その姿を見た3人は各々反応した。
「よくお似合いですよ。」
「可愛らしいですね。」
「可愛いです。」
「あうう...」
ティアは恥ずかしくて顔を真っ赤にして俯いた。決まったティアの服はチェック柄のグレーを基調としたワンピースだ。スカートも膝下を隠すくらい長く、胸元に可愛らしいリボンがあしらってある。靴もそれに合うような黒の靴を履くことになり、見た目は貴族のお嬢様だ。まぁティアは王族の血が流れているので、血縁上は高貴な身分に間違いないが...今は考えないでおこう。
「それでは、お茶としましょう。」
ティア達は城のテラスに向かいそこでお茶会となった。ティアとソフィーが向かい合うように座ると、アンは2人の目の前にお茶と小さなお菓子を並べていった。
「お夕食が近いのでこのくらいにしましょう。」
「あ、ありが、とう、ござい、ます。」
ティアが一礼するとアンはニコッと微笑んだ。
「それでは、我々は後ろで控えておりますので、後はお二人でお楽しみください。」
「ふぇっ?!」
素っ頓狂な声を上げたのはソフィーだった。ソフィーはアンの服を掴んだ無言で懇願する。しかし、アンは服を掴んだ手を握るとゆっくりと掴んで服から外して両手でソフィーの手を包み込み、身をかがめてソフィーの目線に合わせて宥めた。
「駄目ですよ。これも経験です。」
「お...」
「駄目です。」
アンはそう言うと、そそそと後ろに下がってしまった。
「...」
「...」
ソフィーとティアは互いに無言で見つめ合ったが、言葉は出ない。少しの沈黙の後、ソフィーが話し始めた。
「えと、あの...」
「?」
「ご、ごめんなさい。私、あまりお城から出たことなくて...同じ年の人と話したこと無いんです。だから、この前も上手く話せなくて...」
ソフィーは筋金入りの箱入り娘だ。生まれてから城から出た回数はあまりにも少ない。そして、城にソフィーと同年代の子供もいないため、同年代との関わりがほぼ無いのだ。以前、王都にエドワードと共に出掛けたときも、話すタイミングはあったが、すでに交友関係が形成されている子供の中に飛び込む勇気がなく結局話すことなく一人でいたのだ。そのため、すっかり自身を無くしていたのだ。ティアは首を振ってソフィーに答えた。
「私、も、ない。」
「え?」
「私、仲間、外れ、された、話す、無い。」
ティアは青い目と髪という特異な外見的特徴が原因で孤児達からも避けられていたので、同年代と話した経験はあまり無く、強いて言うならシスティナ位だ。ソフィーは驚きつつ尋ねる。
「そ、そうなのですか...」
「...」
「...」
話が終了した。ティアはどうしようと考えつつ、目の前のお菓子を食べることにした。お菓子は全体的に茶色で立方体の形をしているが何か分からない。ティアは何も考えず手で掴もうとしたので、ソフィーは驚いてティアを止めた。
「!ちょ、ちょっとお待ち下さい。」
「?」
「そこにフォークが在りますよ?」
「?」
「え、えと、これです。これを使えば手は汚れません。」
ソフィーはティアにフォークを見せながら説明する。すると、ティアはフォークを手に取りソフィーに尋ねる。
「これ...こう?」
ティアはフォークでお菓子を切ると口に頬張った。
「は、はい。」
ソフィーはふぅと一息ついた。まさか手で持って食べようとするなんて思わなかったので驚いた。ソフィーはチラッとティアを見ると、美味しいのかティアは食べながら顔が緩んでいた。甘いスポンジと少し苦い茶色い部分があるので、ただ甘いだけでなく味に変化があるので食べ飽きないのだ。
「♪〜」
「お、美味しいですか?」
ティアの笑顔につられてソフィーも微笑みながらお菓子を口にする。ケーキを食べたティアはソフィーに尋ねた。
「ん。これ、何?」
「え?ケーキですよ?わ、わからないのですか?」
ソフィーは目を見開き信じられないというような表情でティアを見た。ティアは無表情で頷くとソフィーに答えた。
「ケーキ、食べる、ない。」
「え...」
ソフィーは驚いて後ろのアンを見る。アンは聞いていたのだろうソフィーに頷いていた。ティアは続ける。
「ケーキ、話、聞く、ある、でも、食べる、できない。」
「...そ、そうなのですか。」
ティアは頷いて話を続けた。
「ん。でも、私、ケーキ、食べた、ある」
「そうなのですか?」
「ん。」
ティアは頷いた。そう、実はティアがケーキを食べたのは初めてではない。以前、システィナの所に滞在していた時、おやつとして出てきたのだ。ティアはついつい手で掴んで食べる癖があるので、掴んで食べそうになった所をシスティナに咎められ、フォークで食べる指導を受けていた。そのため、フォークの使い方は分かっている。ちなみに、王都でお婆さんの家に住んでいた時もお婆さんからスプーン、フォーク、箸の使い方を学んでいたので、一通りは使えるのである。
「これも、ケーキ。前の、白く、頭、イチゴ、ついた、ケーキ、だった。ケーキ、形、色々、楽しい。」
ティアは目を輝かせてソフィーに言った。
「おそらくショートケーキですね。私も大好きです。今回のケーキはチョコレートケーキです。それから...」
それにつられてソフィーはケーキの話をし始めた。あのケーキが美味しかった。こんなケーキを食べた。ソフィーの話をティアは興味津々で聞いていた。ティアとソフィーは別の種類のケーキを食べていたので、2人は互いのケーキを分け合いながら食べた。その様子を見ていたアンは満足そうに微笑み、頃合いを見て2人に話しかけた。
「ふふ。なら、他のケーキも試してみますか?」
いつの間にか近くにいたアンは笑顔で2人にそう尋ねる。ソフィーとティアは顔を合わせると互いに微笑み合い、アンに向かって同時に頷いた。
その日の夕食は少な目にしてもらった。
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