第19話ティアとエドワード辺境伯3
エドワードが認めたこともあり、レイも渋々であるがティアの滞在を許可することにした。セドリックはティアに声をかける。
「良かったですね、ティア。」
「ん。」
エドワードの言葉に安堵するティアは先ほどまで緊張と不安で表情を張り詰めていたので、少し頬を緩ませていた。そんなティアにエドワードは申し訳なさそうな表情で滞在の条件を告げた。
「だが、すまんがここでも髪の色は変えていてくれ。お前が王族と知られると混乱が起こるからな。」
「ん。あり、がとう、ござい、ます。」
ティアがペコッと首を立てに振ると髪色を黒に戻した。エドワードはそれを確認すると後ろの机のベルを鳴らした。すると、程なく扉がノックされてメイド服の女性が現れた。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、そこの少女をソフィーの下に連れて行ってくれ。ティア、お前はこの城にいる間、我が娘ソフィーの話し相手になって欲しい。」
「ん。」
ティアはメイドに付いていき部屋を出た。扉が閉まると、再びエドワードはソファーに座り直した。レイはエドワードに尋ねる。
「エドワード様、よろしいのですか?」
「ああ、ソフィーにも同年代の友人が必要だからな。」
エドワードの言葉にギルバートは反応した。
「なんだ。ソフィー嬢はまだ、外に出したことないのか?」
「この前、王城で招集があった時は連れて行ったが基本外には出ていない。ターゲットにされやすいからな。」
エドワード辺境伯は是迄、何度も国外からの進軍を追い払ってきた猛者だ。そんな彼であるからこそ国内外から恐れ、恨み、妬みを買い易く、また利用しようとする輩が跡を絶たない。エドワードの場合、弱点として身内である妻子は狙われやすいので、エドワードは滅多に妻子を外に出さないのだ。と言っても、妻の方はエドワードに並ぶ実力者なので問題ない。しかし、娘のソフィーはその2人の娘とは思えないくらい気が弱く優しいのだ。それがエドワードの溺愛を加速させているのだが、やはり狙われやすいのだ。
「聞いてくれ。この前、ソフィーが俺の誕生日にプレゼントとして...」
「あ、その話はいいです。」
「...」
レイは速攻で話を区切った。対応が慣れているのでいつものことのようだ。
「ティアも自己防衛できるよう訓練したほうがいいよな?」
「ああ、彼女が狙われるのは間違いないからな。」
ギルバードとセドリックの会話にレイは疑問を呈した。
「確かに、邪な考えの奴に狙われると思いますけど...彼女は何かと敵対しているのですか?」
「まず、妖炎の魔女とチャールズ侯爵の息子だな...」
「今まで敵対していたやるやつらか…どちらも厄介だな。まぁあの子を受け入れた時点でどうにかするしかないか。」
その後、エドワード達は夕食になるまでティアへの対応について協議した。
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<時を戻って馬車での移動中>
ティアは不思議そうな表情でギルバードに言われた事を確認した。
「髪を赤くして、所々をより濃い赤にするの?」
「ああ、できるか?」
「やったことない。やって見る。」
ティアはまず髪全体を赤一色に変えた。
「もう少し、薄くしてくれ。」
「ええと...」
ティアは段々と薄くしてみる。
「そうそれくらいだ。わかるか?」
「むむむ、分から、ない。」
ティアの髪の色の濃淡がぶれ始める。ティア自身の髪色が見えないので維持ができないのだ。ギルバードはティアの様子を見てそれに気づいた。
「ああ、すまん。見えないから色がわからないのか。」
ギルバードはそう言うと側にあった大剣を引き抜いて刀身をティアに向けた。ティアは何事かと警戒心を顕にする。ギルバードは慌てて理由を説明した。
「ああ、悪い。この刀身を鏡にして欲しいんだ。ここに鏡がないからな。」
ティアは刀身を見ると確かに若干歪んでいるが、自分が写っていた。手入れがしっかりなされているのか刀身は輝いて新品のようだ。ティアは改めて髪の色を変えて見る。
「そのくらいだ。」
「ん。覚えた。」
「じゃあ次は前3箇所、後ろ4箇所を深紅に染めて欲しい。」
「ん。」
ティアは言われた通りやってみるが、直ぐに髪全体が滲むように深紅に染まる。ティアはもう一度やってみるが、やはり滲んでしまう。
「ふええ」
「うむ。難しいか...」
「ま、まだ。」
負けず嫌いのティアは何度も何度も挑戦していく。そして、何回もの挑戦の末、なんとか2色の維持ができるようになった。
「で、きた。」
「やったな、ティア。」
ギルバードがティアの髪を撫でる。すると、先程まで分かれていた髪色が混ざり始めた。ギルバートに撫でられて心がポカポカして気がまぎれたのが原因だ。
「むううううううう。」
ティアはギルバードを唸りながら頬を膨らまして可愛らしく睨んだ。この状態はティアの集中力を要し、削がれると直ぐに維持できなくなるようだ。ギルバードは手を離して慌てて謝る。
「すまんすまん。そんなに集中力を使うなんて思わなかったからな。」
「...」
直ぐにティアは髪色を調整してもとに戻した。
「こうなると長時間の維持は難しいな。使い所を考えないとな。」
ギルバードの冷静な評価に首を縦に振り同意するティアであった。
その後、休憩で色を黒に戻した後、到着直前で赤に戻そうとして再びギルバードの剣の刀身を見ながら慌てて調整することになったギルバードとティアであった。
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<???>
王都の片隅にとある屋敷があった。ここは人が行き交いある人は依頼をして、ある人は依頼をこなしている所謂冒険者ギルドと呼ばれる所だ。ここは王都の3箇所ある内の1つで最も規模の大きいギルドで、身分の高い人も使うギルドである。ここにフードを被った人物が現れた。その人はフードを深く被っており顔は見えないが、所々見える腕の細さから女性と思われる。フードの人物は受付の女性のもとに行く。
「いらっしゃいませ。如何なさいましたか?」
「...」
受付の女性はにこやかに対応するが、フードの人物は一言も話さずカウンターに雷とハンマーが描かれたバッチを置いた。女性はそれを見ると目付きを一瞬細くした後、笑顔に戻ると話し始めた。
「畏まりました。奥にどうぞ。」
奥、それは並の人物では行けない場所で特に身分の高い人物しか入ることが許されないと言われるところだ。それを見た男達は驚いてヒソヒソ話し始めた。
「おいおい、どういうことだ?」
「決まっている何か身分の高い人の依頼だろ?」
「へへ、後であいつの後を追って探ってやろうぜ。」
男達は下品な笑みを浮かべていた。
ところ変わって、屋敷の奥に通された人物はある部屋に誘導された。部屋の中は赤い絨毯が敷かれており、棚には至るところに高価な調度品が並んでいた。そして、席にはとある人物が座ってワインを飲んでいた。丸々と肥えているその男は...
「貴様、私をチャールズ侯爵とわかって遅刻したのか?」
偉そうにフードの人物を睨みつけている人物こそチャールズ侯爵。この国の王族の次に身分の高い人物だ。しかし、フードの人物は態度を崩さずに対応した。
「あら、そう言うなら帰るわ?貴方のこと世間にバラすから。」
「ちょ、ちょっと待て...」
その通り、チャールズ侯爵が是迄、証拠隠滅を謀る際に協力したのはこの女性なのだ。別に証拠隠滅の方法はいくらでもある。しかし、物理的に跡形もなくなくす際には彼女の協力が必要だった。そして、何度か協力を依頼するうちにチャールズ侯爵のとある証拠を握られてしまったのだ。
「ふふふ、なら早く依頼をして頂戴?」
「ああ、お前にはある人物を始末してほしい。」
「誰かしら?」
「私の息子を傷つけた大罪人だ。奴は息子の顔を凍りつかせ恐怖を刻みつけたんだ。」
「へぇ、氷...」
「そして、奴はエドワード領に逃げたらしい。」
「特徴は?」
チャールズは机に一枚の紙を出した。そこには、ティアにそっくりな少女の絵が描かれていた。
「これが息子の証言を基に絵師に描かせた絵だ。小柄で黒髪の少女らしい。それと、二人の男を連れていて一人が鷹のエンブレムのある鎧を着ているらしい。」
「それはエドワード辺境伯の関係者じゃない?」
「その通りだ。ついでに見せしめとして、エドワードの娘もさらってきてほしい。エドワードの娘は殺すな。もうひとりの大罪人の子供は殺して構わん。」
「いくら貰えるかしら?」
「これくらいだ。」
チャールズは紙に金額を書く、女性はそれを見ると笑い始めた。
「あら、いい値段ね〜。わかったわ。ただし前金を頂くわ。金額20枚貰うわ。」
「何!?」
チャールズは女の要求に驚く。女性は笑みを浮かべたままだ。
「こちらも準備と逃走費用がいるのよ。」
「ふん!分かった。準備しよう。強欲な奴め。」
侯爵は後ろに控えた執事に要件を伝えて前金を準備させてそれを渡す。
「頼むぞ。失敗は許さん!!」
「ええ。」
女性はティアの描かれた紙を手に取るとゆっくり部屋を出ていった。女が去った後、侯爵はどかっと座るとため息をつく。
「強欲な女だ。いつか奴も始末しないとな...」
侯爵は再びワインを飲もうとするが、其れは叶わなかった。突然、背後から声が聞こえたからだ。
「へぇ...面白いわね。」
「!」
「何者だ!!」
侯爵の後ろに突然聞いたことない女性の声がした。執事は不審者に攻撃しようとするが、一瞬で吹き飛ばされ壁にめり込み伸びてしまった。侯爵は我先に逃げようとするが扉は開かない。何度も叩いてもびくともせず、音もしない。
「くっ!どうなっているんだ!」
「無駄よ。今、結界を張ったから。」
「何!?貴様ぁ」
侯爵は魔法を発動しようとするが、突如現れた土人形に拘束されて失敗した。声からは女性とわかるが、彼女もフードを被っていたので誰だかわからない。フードから緑色の髪がはみ出しているが、それ位しか外見的特徴が分からない。身長はチャールズより少し低い位(約160cm)だ。チャールズはこの礼儀知らずに言い放つ。
「き、貴様、私を誰だと思って!」
「知らないわ。興味ないもの。」
「なっ!?」
女のどうでも良いという態度にチャールズは唖然とした。侯爵だろうが関係ないという女に衝撃を受けたのだ。女はくすくす笑いながら続ける。
「私が今、興味あるのは1つだけよ。ねぇ、氷を使う少女は本当にエドワード領にいるのね?」
「あ、ああ、間違いない。息子がそこまで人形で追いかけたと言っている。薄汚い盗人だ。そのまま国外に逃げるかもしれん。」
「へぇ。」
女性は手をかざすと突然、土人形が男の関節をきめ始めた。チャールズは痛みに苦しみ始めた。
「ぎゃああああああ。」
「あの子を悪く言うのは許さないわ。」
女は低い声で言う。チャールズは歯ぎしりをした。
「き、貴様ぁ...」
「ねぇその少女の依頼...私が受けてもいいかしら?」
「あの女が失敗したらいいぞ。人は多いほうが成功しやすいからな。」
「ええ、約束ね。それじゃあ解放してあげるわ。」
女性は魔法を解こうとしてあることを思い出してチャールズに告げた。
「ああそれと、貴方の子供に言っといてくれる?貴方にこれ以上、核は渡せないってね。貴方のお陰で厄介なのに見つかったわ。」
「何!?」
「じゃあ。」
そう言うと、女は居なくなり土人形が砕けて支えを失ったチャールズ侯爵は情けなく地面に崩れ落ちた。
「あ、あの女は?」
チャールズはすぐに立ち上がり周囲を見渡すが、既に女はどこにもいなかった。チャールズは慌てて騎士に指示を出して付近を捜索するが結局女は見つからなかった。
女は空を飛んで屋敷の様子を見ていた。騎士が何人も屋敷の外で走り回っている。しかし、誰も彼女は見ていない。否、見えていないのだ。女性はそのことを確認すると、くるくると舞い始める。
「ああ、ああ、やっとよ。やっと見つけた。もうっ…どこ行ったのかと思ったわ。」
女性は両手で顔を包み込み口を三日月状にして呟いた。
「ああ、また会えるわね、ティア...ふふふ」
女性は不気味な微笑みをしながらとエドワード領の方角へ向かって飛んで行った。
次の日、王都の外れの森にて冒険者と思われる数人の男の死体が見つかった。男たちは何かに苦しむような表情をしており殺害されたことは明らかだが、結局犯人はわからなかった。エドワード辺境伯領で何かが起ころうとしている。しかし、それを現時点で予想できる人物など一人もいなかった。
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