第18話ティアとエドワード辺境伯2
エドワードはティアの髪を見て驚愕の表情を浮かべている。確かに、ティアは普段と違う色をしている。それは…
「その赤い髪は...」
そう、エドワードの漏らした言葉の通り今のティアの髪は毛先まで赤色に染められている。と言っても細かく言えば全体的は朱色で所々深紅のメッシュが入っている。同じ赤でも濃淡がはっきりしており、遠くからでもしっかり判別できる程だ。そして、この赤い髪とティア本来の青い目がティアの存在を際立たせていた。驚愕の表情のまま固まったエドワードの様子に満足したのかギルバードはティアに次の指示を出した。
「ティア、もう戻してもいいぞ。」
「ん。」
ギルバードの合図とともにティアは髪の色を黒に直した。ティアは大きく息をついた。あの髪色の維持にはいつも以上に集中力を要するのだ。ティアの髪色が変わると共に再び周囲がざわついた。
「おお」「髪色を変えられるのか..」
兵士達はティアの魔法による髪の変色に驚いていた。エドワードもティアの髪が黒になると同時に落ち着きを取り戻してギルバードを睨んだ。
「ギルバード、どういうことだ?」
当のギルバードはどこ吹く風で答える。
「彼女の名前はティア。先程お話した通り彼女は孤児です。しかし、このように我々の指示に応えようとする姿勢を有しています。また、旅の間も彼女は我々に反抗せずについてきてくれました。以上のことから彼女は我々にとって害が無いと言えます。」
「確かにな...」「ギルバード殿が言ってるしいいのでは...」
周囲はギルバードがティアを評価したことに驚き、ティアを受け入れても良いのでは?という空気に包まれた。しかし、エドワードの背後にいる文官はティアをじっと見つめたままである。どうやらまだ納得いかないようだ。ギルバードもそれに気づいた。
「レイ殿、まだ納得いかない点がありますか?」
エドワードの背後にいる文官の男はレイというらしい。彼はギルバードに問われても狼狽えずに返した。
「彼女が真面目なことはわかりました。それでギルバード殿にもたらした有益な情報とは?」
「彼女は今回、騎士二人を連れ去った犯人が妖炎の魔女であること。そして、彼女の名前を知っています。」
「なっ!」
ギルバードの発言に周囲が再びざわめき始めた。レイも驚愕の表情を浮かべている。
「信じられません。彼女が嘘をついているのでは?」
「もしそうなら簡単に分かります。しかし、被害にあった騎士二人が自らの意思で彼女を私から守ろうとしたことからも彼女に偽りはないと考えます。私は彼らの剣を受けました。彼らの剣からは自分の意思を感じましたので、操られてはないと考えています。」
「それは...」
レイが反論しようとしたところ、エドワードが手のひらを前に出して静止した。周囲も一瞬で静かになり、エドワードに視線が向けられた。エドワードは面白い物を見るようにティアを見ている。
「ギルバード、お前の言いたいことは分かった。それで、彼女をどうしたいんだ?」
「彼女をここで保護して欲しいと思っています。私が後見人となりましょう。」
「分かった。少し考えさせてくれ。」
「御意」
ギルバードは片腕を胸に当てる騎士の礼をした。エドワードはそれを見届けて周囲に向かって話し始めた。
「彼女の処遇は追って通達する。以上だ。」
これを合図に騎士たちはエドワードに向けてギルバードと同様の礼を静かにする。何をしているのかよくわからないティアはキョロキョロと周囲を見ていた。
解散後、ティア達はレイによってある部屋に誘導された。どうやら誰かの書斎のようだ。かつてシスティナの元に居た頃、ティアは意図せずシスティナの父、アルフレッド侯爵の書斎に入ってしまったことがあるが、今回入った部屋は同じ書斎なのに違っていた。まず、机に書類が乗っているのは変わらない。机の大きさも同じだ。しかし、アルフレッドの書斎には大量の本が並べられた本棚があったが、ここには不思議な形をした塊が多数並べられていた。2つの巨体な円板が鉄の棒でそれぞれ真ん中を貫かれている。穴の空いた同じ形の円盤が大小何枚も並べられていた。明らかに文字を書くのに必要ないものだ。ティアは何故これらがあるのか不思議に思いながらソファーに座ってキョロキョロと部屋を見渡していた。待っていると、ノックが聞こえてきてエドワードが部屋に入ってきた。
「おお、皆揃っているな?」
エドワードは先程と同じ姿で入ってくると、マントと上着を脱いだ。どうやら上着の中に半袖のカッターシャツを着ているらしい。彼の腕はギルバード並に筋肉質だ。エドワードはティア達と真向かいのソファーに座ると尋ね始めた。
「ふぅ。やはり正装は暑いな。それで、ギル。この少女の言う情報は本当なのか?」
「ああ、間違いない。騎士二人を助けたのはこの子だからな。」
「何!?」
「この子が魔女と戦い、勝ったと?」
レイは信じられないという表情でティアを見た。
「ああ。それは、この子の近くに居た男が認めている。」
「ううん。もし、私、1人、多分、死ぬ。おじさん、おかげ」
ティアは自分一人の力だけではないと説明する。ギルバードはさらに続けて魔物の襲撃のことを話した。
「それだけではない。例の街の魔物襲撃の犯人を倒したのも彼女だ。」
「ちょっ!そんな報告はありませんでしたよ!」
レイの批判にギルバードは反論する。
「その点はぼかして書いたのだから当たり前だ。それに誰が彼女がやったと信じるんだ?」
「確かに...」
「それに、犯人が犯人なんでな。」
「誰なんだ?」
ギルバードは周囲を確認して自分達しかいないのを確認してから、自分たちにしか聞こえないくらいの声量で答えた。
「チャールズ侯爵家の子供だ。」
「!」
「本当か?証拠はあるか?」
「これ...」
ティアはポケットにあるベルを取り出して机に置いた。
「これは?」
「魔物を自分の思い通りに操るベルだ。破戒の魔女が言っていたよ。」
「!遭ったのかあの人に...」
「ああ。」
「にわかに信じられませんが...」
エドワードは信憑性を疑問視するレイに同意しつつベルを持って見る。
「...確かに、ただのベルにしか見えんな。」
「やってみせたほうがいいな。ティア、できるか?」
「ん。」
ティアはベルをエドワードから貰うと魔力を流しつつかざしてみた。すると、ティアの前が光出して青い子犬が出てきた。
「新しいやつだな。」
「こ、これは...クレバスハスキー!」
「レイ、知っているのか?」
「ええ、この領の北側にある渓谷に住む犬の魔物です。名前の通りクレバス等で見かける魔物です。」
ティアが手を出すと、クレバスハスキーは近づいて来てティアに甘え始めた。
「きゃっ、や、やめて、くす、ぐったい」
「魔物が人に甘えるなんて...信じられません。」
レイは衝撃を受けたように固まっていた。エドワードはティアに近付いた。クレバスハスキーはそれに気づくとエドワードに唸り始める。
「まるでティアを守るようにしているな...」
「だ、大丈夫...この、人、怖く、ない。」
クレバスハスキーはティアの言葉を聞くと、唸るのを止めてティアの横で座った。エドワードはさらに驚いた。
「まさか、ティアの言うことを聞くなんて...そのベル、本物みたいだな。」
「もし、本物なら...国宝級ですよ!?」
「そんなのを持てるのは侯爵家位か...チャールズの野郎...」
エドワードはため息をついた。子供が国宝級の者を持ち出せる状況であるチャールズ侯爵家に呆れているのだ。
「もし今、侯爵にこのことを言っても知らぬ存ぜぬにされて、挙句の果てには握りつぶされかねませんよ?」
「奴ならやりかねんな。」
「...」
エドワードとレイの会話を聞いて、ティアの眉間にシワがよってくる。貴族だから罪から逃れられるという世界に苛ついているのだ。エドワードはそれに気づきティアに声をかけた。
「そんな顔をするな。証拠を集めて突き詰めれば奴らも逃げられないだろう。アルフレッドにも協力を仰いでみる。」
「侯爵には侯爵だな。」
アルフレッド侯爵、システィナの父がここで出てくるとは...人の縁とは不思議なものだ。
「心配するな。俺達に任せろ。ところで、ベルは預かってもいいか?」
「ん。」
ティアはベルをかざしてクレバスハスキーを帰らすと、エドワードにベルを渡した。
「ありがとう。少し調べたら返す。」
「子供に渡しても良いのですか?国宝級ですよ?」
「この子の戦利品だろう?ならこの子のものだ。」
例え国宝級の物でも、実際に勝ち取った人が持つべきだとエドワードは考えている。それが子供でもだ。ふと、レイは気づいたようにティアに尋ねる。
「そういえば、倒したということは、貴方は髪の色を変える以外に何かできるのですか?」
「ん。これ。」
レイの問にティアは実際に見せることにした。ティアは左手をかざす。すると机の表面が程なく氷で覆われた。
「これは!」
「氷魔法か...珍しいな。」
「私は初めて見ましたよ。」
「レイが見たことないのは仕方ない。珍しいからな。」
「エドワード様は見たことあるのですか?」
「純粋な氷魔法は初めてだ。知り合いが違うアプローチだがやったのを見たことはある。」
「そうですか...ところで、この子はどこかの名家の血筋なのでしょうか?こう言ってはなんですがこの国の一般的な家系から生まれるとは思えません。」
レイは目つきを鋭くしてティアを観察し始めた。ティアはびくっとしつつも表面に出さないようになんとか耐える。レイの指摘はごもっともだ。魔法の適正は遺伝的に引き継がれる傾向にある。あくまで傾向なので突然変異が起こることはあるものの非常にまれである。そして、この国の一般家庭で引き継がれる魔法は火、水、雷、風、土くらいだ。
「確かに、突然変異はあり得るが滅多にないからな...ギル、何か心当たりはあるか?」
エドワードの問にギルバードは笑って答えた。
「理由はすぐに分かる。ティア。」
「...」ビクッ
声を掛けられたティアは途端に不安そうな表情でギルバードを見つめる。自身の正体を知られたときに何されるか分からず怖いのだ。ギルバードは優しく笑いティアの頭を撫でる。
「心配するな。いざとなりゃ俺が助ける。」
「本、当?」
「ああ任せろ!」
ギルバードの笑顔にティアは遂に覚悟を決めて魔法を解除する。すると、すぐに髪の黒色がすーっと抜け落ちて毛先まで全て鮮やかな青色に変わった。ティア本来の髪の色だ。
「その色は...」
「おいおいおい。」
レイは驚き、エドワードは片手を顔に当てて天を仰いだ。
「ギル!」
「理由が分かったか?」
エドワードに詰められてもどこ吹く風のギルバードは笑みを隠さない。エドワードは観念したように息をついてソファーに深く座り直した。
「ああ、納得だ。そりゃ氷魔法使いが出てくるわ...王族は魔法と縁の深い血族と言われているからな。」
「ま、まさか、最近見つかった行方不明の王族の子供って...」
「ああ、この子だ。エドワード、改めて頼むが、お前にはこいつの保護をして欲しい。」
「勘弁してくれよ~。」
「あ、あの...」
「ん?」
「ご、ごめん、なさい。」
ティアは申し訳無さそうに頭を下げる。エドワードはフッと笑うとティアの頭を撫でた。
「子供が謝ることではない。お前も好きで逃げているのではないだろう?」
「...」ペコッ
ティアは首を縦に振り同意を示す。エドワードは続けて尋ねる。
「お前はどうして逃げたんだ?」
「?どう、して、分から、ない。でも、私、孤児、いきなり、王族、困る。怒った、逃げた。」
ティアの辿々しい説明にもエドワードはしっかりと聞いていた。
(孤児だったのに、いきなり貴方は王族ですと言われて、戸惑ったんだな。まだどうして怒りを感じたのかまで自分では分かっていないようだが...)
「お前、王城に戻る気あるか?あそこなら何も不自由しない。今なら連れて行くこともできるぞ?」
「嫌、あそこ、帰る、所、違う。」
ティアはエドワードの提案に首をブンブン振って拒否した。よっぽど嫌なようだ。
「分かった。とりあえず保護しよう。」
「良いのですか?」
「構わん。どうするかはまた考える。」
「はぁ、エドワード様が仰るなら仕方ないですね。」
レイも渋々であるが、ティアの滞在を許可することにした。
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