第17話ティアとエドワード辺境伯

 魔女が去った後、ティアはセドリックから治療を受けながら馬車で待機となった。セドリックが薬が塗布された包帯をティアの腕に縛るとティアが目を瞑って悲鳴を上げた。


 「い、痛いよぉ...」


 「そりゃ痛いでしょう。鎖の跡がくっきりと内出血で残っているんですから...相当な力で引っ張りましたね。身体強化魔法で筋力だけを強化して肉体の強化を疎かにした結果です。それに自分の腕も凍り付けたから、軽く皮膚がやられています。魔女の言う通りまだまだ未完成と言わざるを得ないですね。結果的に骨は折れていませんでしたが、下手すれば折れていましたよ。今後気を付けなさい。」


 セドリックはティアに忠告しながら腕に包帯を巻いていった。ティアの腕は内出血の上に腕ごと凍らせるなど酷使したことで炎症が起きていたので、薬で炎症を抑えることにした。といっても、腫れが引くまで待つしかない。


 「薬を塗り込んだ包帯です。しばらく安静にして下さい。」


 「はい。」


 ティアは自分が悪いので反省して俯いた。セドリックが救急箱を仕舞っている時に、ギルバードが馬車に乗ってきた。


 「上への連絡は済んだぞ。」


 「どうだった?」


 「エドワードが直ぐに救援部隊を送るそうだ。彼らが来るまでここで滞在して村の警護に当たってくれとのことだ。」


 「了解した。どの道ティアにも休息が必要だから丁度いい。ん?」


 「...すー」


 「ティアのやつ、寝ているぞ...」


 「よっぽど疲れたのでしょう。」


 ティアは疲れて眠りについていた。魔力不足に陥っていたので体が休息を求めたのだ。セドリックはティアを寝かせるとギルバードとティアについて話し始めた。


 「骸骨が凍った時のこと覚えているか?」


 「ああ。骸骨を睨んだだけで氷魔法が発動させていたな。」


 「睨むだけで魔法を発動させること自体できる人間の方が少ない。それをこの年齢で成し遂げるとなると、放置していれば危険視されるぞ。」


 「最悪、国の危険人物として捕まるか...ふむ」


 「益々このまま彼女を放置するわけにはいかないな。」


 「ああ、ティアには悪いがウチの保護を受けてもらう。ティアをエドワードと面会させようと思う。」


 セドリックはギルバードの提案に驚いた。


 「彼女のことをエドワード辺境伯に伝えるのか!?」


 「ああ、王族のことはエドワード以下少数にしか伝えないがな。ここは国の中心部から離れているから中央の監視の目は届かん。それに、同年齢の娘を持つエドワードなら上手くやってくれるだろう。あいつは義理と人情に厚いやつだからな。」


 「そうかもしれないが...」


 「それにこの子は今多感な年齢に入ろうとしている。それなのにティアは逃げ回らなくては行けないんだ。それが自分の選択だとしても、もし彼女を守ってくれる人がいなければ、いつか彼女は壊れてしまうだろう。そうなれば、彼女は道を外れて最悪の場合、俺達の敵になるだろう。この子はその脅威になり得る力を秘めている。俺はそう感じる。」


 「だから、辺境伯に保護を依頼するのか...」


 「ああ、そうすれば俺達も守りやすいからな。」


 「この子がそれを受け入れるか?」


 「説得するしかない。」


 ギルバードとセドリックは互いに頷き決心を固めた。そんな話をされているとは知らないティアは、あどけない表情でぐっすり眠っていた。


 



 日が傾いてきた頃、ティアは目を覚ました。まだ、眠いのか眠気眼で目をゴシゴシとしてぼんやりしている。ギルバードはそんなティアに声をかけた。


 「ティア、おはよう。」


 「 ...んにゃ、おは、よう。」


 彼女がこんな隙きを見せるのもギルバード達に懐いた証拠であろう。当初は、常に距離を保ち警戒していたため、こんな姿を見せるときはあまりなかった。ギルバードとセドリックはティアの向かい側に座り、先程のことを伝えた。


 「ティア、話がある。」


 「?」


 「お前のことをエドワード辺境伯に話す。」


 「っ!な、なん、で?」


 「お前を守るためだ。」


 「私、貴族、嫌い。」


 「わかっている。だが、お前は今、非常に危うい立場にあるんだ。」


 「...」


 「王国からの追手もあるが、王族であるお前を狙い力を得ようとする貴族、他国もおそらく出てくる。それらから逃れる事は今後さらに厳しくなるだろう。俺達が個人的に守るにも限界がある。」


 「...」


 「エドワードの保護下に入れば、俺達も守りやすい。大丈夫だ。エドワードは必ずお前の味方になる。」


 「...でも」


 「このまま逃げ回ることができるとお前、本当に思ってるのか?」


 「っ!」


 「お前さんは賢い。だから、本当は分かっているはずだ。だから、俺達と来たんだろう。」


 ティアはギルバード達から目線を逸らす。実はティアも自分で逃げるのには限界があると勘付いていた。逃げ回ってもいずれ追い詰められる事は目に見えており、それから逃れる術を得るには時間も技術も足りないのだ。ティアは再び二人に向き合う。


 「エドワード、伯、私、守る、本当?」


 「ああ、本当だ。あいつはお前と同年代の子供がいるから尚更だ。」


 「...分かった。会う。」


 ティアはとうとう腹を括った。エドワード辺境伯はどんな人かは分からないが、ギルバードの信頼する人なので信じることにした。ふと気になって、ティアは尋ねる。


 「ギルバード、さん、エドワード、伯、仲、良し?」


 「ああ。俺とエドワードは友人で、同じ学校の同期だ。」


 「っ!そうなのか!?」


 セドリックがその事に驚いていた。知らなかったのか...


 「ああ、後、侯爵のアルフレッドもな...」


 「アルフレッド...」


 まさかここでシスティナの父の名が出てくるとは思わなかったティアだが、セドリックはというと、出てきた人物が大物であったので、驚きで固まっていた。


 「ギルバート…お前、何者だ?」


 「俺は…ただの騎士さ。」


 ギルバードは満面の笑みで答えると更に続けた。


 「そうだ。ティア、エドワードと会うときにやってもらいたいことがある。」


 「?」


 その内容は、ティアとセドリックにとって意図の読めないことだった。そして、ティアには練習が必要な内容だったので、馬車の移動中はその練習をして過ごしていた。人に言われたことはキチンとこなそうとする真面目なティアである。




 数日後、ティア達はエドワード辺境伯の城に到着した。城と街は周囲を壁で囲まれており、馬車の通る道も一本など街に入れる場所も限られている。今までの街とは違う景色に興味津々で馬車の窓からキョロキョロしているティアを見たギルバードは説明し始めた。


 「この街は昔から魔物が多く、国境近くにあることから他国からの侵攻が多くてな。守りやすく攻めやすい構造になっているんだ。城の周囲を街が取り囲んでおり、その街に外から入れる場所は2箇所のみにしている。そうすることで外部から侵入される際に対処しやすくなっている。また、街自体はそこまでではないが、街から城までの道は非常に入り組んでおり、侵入しづらい構造になっているんだ。まあ、普段は馬車がスムーズに城を行き来できる橋が架かっているから入りやすいがな。この橋も直ぐに壊せるようになっているんだ。」


 「そう、なんだ。」


 ティアは窓から馬車が渡る橋の下を覗いてみると、確かに城までの道があるが非常に入り組んでいて、時々行き止まりも見える。もし、この中に入れば確実に迷子になるなとティアは感じた。こんな感じにキョロキョロと街を見ているティアだが、その全身はフード付きのローブで覆われており、外見からは小柄なので子供だろうということしか分からない。というのも、誰が見ているか分からないので着ているようにとギルバード達から言われたからだ。因みにティアはこういう格好が好きなので、この格好を結構気に入っている。ギルバードはそんなティアの様子を見てほっこりした。


 「もうすぐ着くぞ。」


 馬車を操作しているセドリックから声があった。ギルバードはティアに声をかける。


 「ティア、それじゃあ手筈通り頼むぞ。」


 「ん、でも、本当、やる、の?」


 「ああ、頼む。戻ってくれと言ったらいつもの黒髪にすればいい。」


 「青、では、なく?」


 「ああ、面会時はエドワード以外も人がいる。できれば知られる人数は少なくしたい。」


 「ん。分かった。」


 ティアは頷くと髪に魔法をかけると髪を一房掴んで確認して問題ないことを確認して、到着するのを待った。ティアは緊張しているのか到着する時間がいつもより長く感じた。


 「到着だ。」


 セドリックは声とともに馬車の扉を開けたため、ティアは馬車を降りて、背伸びをした。


 「ん、ん〜。」


 「長旅だったからな。だが、ここからだぞ。」


 「ん。」


 ギルバード達は慣れた様子で歩き始め、ティアは逸れないようにその後を追った。街は石造りで、シンプルな見た目をしている。システィナのいるアルフレッド侯爵の城や王城は豪華な装飾がされており、中の装飾も見事であったが、この城はそのような装飾はない。しかし、城内は清潔で豪華な装飾で飾らなくても見事としか言えないものだった。ギルバード達が歩いていると一人の女性が近づいてきた。


 「ギルバード様、おかえりなさいませ。」


 「ギルバード並びにセドリック只今、参上した。それで、予てよりお願いしていたエドワード辺境伯との面会は?」


 「準備できております。こちらへ。」


 女性はギルバード達を誘導して、一際目立つ扉の前に連れて行った。扉には巨大な鷹が描かれている。


 「それでは、失礼いたします。」


 女性は扉をノックしてから開ける。中を見ると、入り口から赤い絨毯が伸びているのが目に入った。両側には何名か同じ甲冑をした騎士達が立ち並んでおり、後ろには制服を来た文官がいる。そして、絨毯の先の椅子には男が座っていた。騎士たちとは違い鎧は着ておらず、貴族が着そうな全身を黒で統一した衣装を着ているが、腕や足が太く明らかに戦闘経験があるように見える。また、衣装自体も装飾は少なく動きやすそうだ。頬には傷があり、鷹のように鋭い目をしてこちらを見つめている。椅子の側に装飾のされた剣が置いてあるが、太いことから明らかに戦闘向きである。どう考えても普通の貴族ではないと、ティアは感じた。男は入ってきたティア達をじっと見ている。ティアはその目から圧を感じて一瞬びくっとした。彼の目はまさに獲物を見つけた鷹の目のようだ。

 そんなティアを他所にギルバードとセドリックは男の前まで歩いてから片膝をついたので、ティアもそれに倣った。玉座に座る男の側にいる文官らしき男が声をかける。


 「ギルバード隊長、セドリック副隊長、長旅ご苦労様でした。報告をお願いします。」


 「はい。」


 セドリックは応答すると、更に続けた。


 「数日前より行方不明だった騎士2名が見つかったため、報告のあった馬車に向かい両名の無事を確認しました。詳細は報告書にて伝えましたが、妖炎の魔女に操られていたとのことです。両名は魔女の被害調査を行っています。その後、領内に戻った所、村が魔物に襲われたためその対処を行い、救援部隊の要請、引き継ぎを行い、本日帰還しました。」


 「ありがとうございます。妖炎の魔女は警戒したほうが良さそうですね。魔物の件は、詳細な報告書の提出をお願いします。」


 「承知しました。」


 「それでは続いて...そこの子供についてお聞きしても?」


 「!」


 遂に来た!ティアは体を一瞬ビクッとさせる。文官の男はティアを見て目を細めつつ話し始める。


 「ここに子供を連れてくるとは、ここは保護施設ではないのですよ?」


 「その件については、私から話させてもらいたい。」


 「ギルバード殿...」


 是迄黙っていたギルバードがついに話し始めたので、男は驚いて目線をエドワード辺境伯に向ける。指示を仰ぐようだ。エドワードはゆっくり頷いた。


 「いいだろう。」


 ギルバードは一礼して話し始めた。


 「彼女は我々が移動中に保護した子供です。孤児でありますが、中々に有益な情報を我々にもたらしました。彼女が我々に害をもたらさないことは私が保証します。」


 おお、あのギルバート殿が...と後ろで何名かが驚嘆の声をあげている。どうやら、ギルバードは一目置かれている人物のようだ。しかし、文官の男は視線を鋭くする。


 「では、まずそのフードを取ってもらえますか?エドワード辺境伯の前で顔を出さないのは不審です。」


 ご尤もだ。害はないとしながら、顔を出さないのは確かに可笑しい。普段ならティアもそう考えるが、今は緊張で頭が働かない。ドキドキと心臓が鳴り響いていて失敗しないかという不安で頭がいっぱいなのだ。そして、ついにその時が来た。


 「では、外してもらいましょう。ティア。」


 ギルバードの声とともにティアはフードを外し、その姿を皆に見せた。


 「おお。」「可愛らしい。」「いや、我らがソフィー様も負けてないぞ。」


 ティアは周囲をキョロキョロと見渡したが、睨んでいる人はおらず、やれ誰と可愛いのなんのと会話しているようなので、どうやら好意的に受け取られているらしいとティアは安心した。しかし、ただ一人、エドワードだけ反応が違った。突然、彼は椅子を倒しながら立ち上がった。目は見開いており、驚愕の表情をしている。何か悪いことをしたのだろうかティアは途端に不安になった。エドワードは口をあんぐりしながら、ティアを指さした。


 「な、な、な、な、な...」


 「?」


 どうやらエドワードはティアを見て驚いているらしい。何をそんなに驚くことがあるのか?ティアには全く分からない。確かに今のティアの髪はいつもと違う色をしている。それは...

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