第16話ティアと骸骨貴族3
侯爵という貴族の子供が犯人みたいだと分かっているのに容易に手が出せないらしい。会話を聞いてティアは権力に守られる貴族に改めて嫌悪感を持つが、それとは別に先程から頭から血の気がすーっと引いている感覚に襲われていた。そんなティアの異変にセドリックが気づく。
「ティア?どうしました?」
「頭、すー、する。気持ち、悪、い。」
「何!?大丈夫か!?」
ティアは益々顔を青ざめクラクラしていた。男二人が慌てる中、魔女は冷静であり、ティアに近づくと頭にデコピンをした。予想外の行動に男たちは驚いて固まる。
「あう!」
「魔力不足だよ。全く...自分が呼び出した魔物たちの維持に魔力を使わないと思ったのかい?ほら、ベルを魔物に向けて戻るように指示するんだ。」
「う、うぅ...」
ティアは頭をさすりながらもう片方の手でベルを騎士達に向けて戻るように念じた。すると、騎士は頭を下げ、狼たちも軽く頭を垂れると光とともに居なくなった。それに伴い、気持ち悪さが軽減される。
「どうだい?少しは軽くなったかい?」
「う、うん。」
「ほぅ、良かったな、ティア。」
症状が改善したティアを見てギルバートは安心した様子だ。しかし、セドリックは眉をひそめていた。ギルバートはセドリックの様子に気づき声をかける。
「セドリック、どうしたんだ?」
「...破戒の魔女よ、貴方に聞きたいことがあります。」
「何だい?」
「貴方はティア...彼女の戦いを見てるだけで手を出しませんでしたね?そして、街が襲われていても...」
「ああ、そうだよ?それがどうした?」
「なっ!?死人が出ているのですよ?」
「私はこの国の人間じゃないんだ。どうして助ける必要がある?私がここにいたのもこの子の戦いに興味があったのさ。そうでなければ立ち去るところだった。」
魔女は当然のように言った。セドリックは不満そうな表情を隠そうともしない。
「やはり、貴方とは相容れそうにない。」
「お前さんは国に仕える騎士だろ?当然だよ。」
「ところで、何故この子の戦いに興味があったんだ?」
ギルバートは魔女に問う。それに対し、彼女は口元に笑みを浮かべ語った。
「走り回ってゴミ箱をそこら中に蹴散らすなんて中々思いつかないだろう?それで様子を見ていたんだ。案の定、いいものが見れたよ。氷魔法は中々見られないからね。」
「流石、魔女。自分の興味関心が優先ということですか...」
本当に面白そうに語る魔女を見て、セドリックは軽く呆れつつ皮肉を述べるが、魔女は気にせずティアに問いかける。
「それにしても...お前さん、ティアと言うのかい?」
「っ!は、はい。」
急に呼ばれて驚いたティアは緊張しながら答える。魔女はそんなティアのびくびくした様子を見て面白そうにしている。
「そう、緊張しなくてもいい。本当に普通の子供のようだね。」
「?年相応だと思いますが...」
魔女の言葉にセドリックが返すと、彼女はそうではないと首を横に振った。
「違うよ。王族には見えないと言っているのさ。」
「「「!!!」」」
魔女の発言にティア達3人には緊張が走る。ティアの前にセドリックとギルバートが守るように立ち塞がる。ギルバートは剣に手をかけて、セドリックは手を魔女に向けていつでも魔法を放つ体勢になった。しかし、魔女は余裕そうな態度を崩さない。
「そう警戒しなくても彼女を害するつもりはないよ。それに、私に勝てるとでも?」
ギルバートとセドリック、女性との間に緊張が走る。ティアは何とかしようと慌てて女性に問う。
「な、何で...わ、分かった、ですか?」
「髪に魔力の流れが見えるんだよ。そこから推測できるのは髪の色を隠したいというもの...そして、最近逃げている王族出身の娘がいること…これらのことを考えると自ずと正体は分かるよ。お前さんが王族だってね。」
「あう...魔力、流れ、また、言われた、...」
「2回目?最初は?」
「ノラ...」
「ほぉ、奴は魔力の流れが見えるのかい。大した奴だ。」
「魔女、皆、魔力流れ、視える?」
「全員ではない。が、視える奴は大抵厄介だ。私含めてね。ところで、お前さん、そのノラと戦ったのかい?」
「ん、この前、倒した。でも、また、会う。ノラ、"また、遊ぼ"、言った。」
「そうかい...勝ったのかい。でも、もし次があれば負けるのはティア、お前さんだよ。絶対にね。」
「!!」
「ちょ、そんな言い方...」
「本当のことさ。おそらく前回は手の内も知られてなかったから偶々勝てただけだよ。だが次はそうはいかない。お前さんの戦い方は見てて危ういからね。このままの戦い方を続けても死ぬだけだよ。」
魔女はそう言うと、ティアに近づき鎖の巻かれた腕を掴んだ。ティアは顔をしかめて声にならない悲鳴を上げる。
「っ!」
「痛いかい?そりゃそうだろう...」
魔女がティアの腕から鎖を解くと腕が青くなっていた。気づいていたティアは目線をそらす。
「なっ!?」
ギルバートとセドリックは驚いたが、魔女は冷静だ。
「内出血しているね。身体強化魔法も未完全な状態で無理矢理あの巨体を引っ張るからだよ。氷魔法も含めて全体的に魔法の腕が未熟だ。これまでは豊富な魔力に救われていただけに過ぎないだけで、まだ魔法を全然使いこなせていないよ。しかし、そのノラとやらはおそらくお前さんより魔法の腕は上だ。今のままなら次会えば、前回のようにはいかないよ。お前さんは必ず敗北し、取り返しのつかないことになるだろう。」
「おいっ!そこまで言うことないだろう。」
ギルバートはティアを庇うが、魔女はどこ吹く風だ。
「事実だよ。大体追われているんだろう?ならこれからも他の奴からも狙われるんだ。今のままでは必ずどこかで捕まるよ。国を相手に逃げるということはそれ相応の覚悟をしないといけないんだ。」
「...」
ティアは落ち込んで目線を下げる。練習している魔法を散々に言わわれたのだ。一応、練習していたので少し自信を持っていたが、ボロクソに言われて完全に自信を失ってしまった。ティアは目に涙を浮かべる。
「何を泣いているんだい?お前さん、そもそも魔法を練習してどれくらい経つ?」
「ぐすっ...1年」
「なら上出来だ。魔法は長い年月をかけて学ぶものだからね。これからも続けていけばいい。だが、事実は事実だ。しっかり受け止めるんだよ。」
「うん。」
「いい子だね。そんなお前さんにこれをやろう。」
女性はティアの頭を撫でて、ティアに黒色のヘアピンを渡した。
「これは?」
「私の作った特殊なヘアピンだ。いつか役に立つだろう。」
「あ、ありが、とう。」
「それと、そのベルはお前さんが勝ち取ったんだから持っていな。多用すると直ぐに魔力不足になるから気をつけたまえ。」
「は、はい。」
魔女はティアの耳元に口を寄せるとぼそりと言葉をつぶやいた。
「氷魔法は動きを止めていくイメージだ。」
「え?」
「私からのアドバイスだよ。それじゃあね。」
魔女は最後にもう一度ティアの頭を撫でると、先程の精霊を足元に呼び出した。足が黒い霧に包まれ、体が沈んでいく。
「あ…」
「生きて入ればまた会おう、ティア。あの子によく似た少女よ。」
ティアは魔女から貰ったヘアピンを髪に着けると彼女が見えなくなるまで見送った。
しかし、魔女の指摘が現実になるときが直ぐに来ようとは、この時ティアも含め誰も思いもしなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
地面から突然、黒い靄が現われると破戒の魔女はとある屋敷の前に姿を現した。彼女は手にある青い球に目を向ける。青い球は日の光で反射してキラキラと光っているが、一部ひび割れて光の屈折の仕方が異なっている。
「この核も外れだな…精霊にかみ砕かれてひびが入っている。」
魔女は人形に利用されているとある核を探している。素材とされているものが非常に危険視されているためだ。そもそも何故封印指定されている技術が流行っているのか皆目見当つかないのだ。しかし、今回は収穫があった。
「あのノアというのを探った方がいいかもね。あの子はいい情報をくれた。」
魔女は先程会った少女のことを思い出す。
「あの青い騎士、あれはただの魔物じゃない。王族の護衛をするとされている守護者だ。あれが出てくるということはあの子に資格ありということ...本当に面白い子だ。」
「それにしてもあの顔、似ているね...ふふ」
魔女は昔の知り合いを思い出して微笑んだ。彼女の顔がティアに重なるのでついついお節介を焼いてしまったのだ。
「どうやらあの少女は私を退屈させないようだ。」
そう言うと、魔女は屋敷に入っていった。彼女が入った途端、屋敷は姿を消して跡形もなくなった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<その頃、とある屋敷の部屋にて...>
「ぎゃああああああああ!!!」
部屋中に悲鳴が響いた。部屋は豪華な飾りがされており、子供部屋ながらにその家の財力を物語っている。突然の悲鳴を聞きつけて侍女が慌てて入ってくる。
「お坊ちゃま!!!如何し...キャああああああああ」
「ど、どうした!!なっ!?」
従者が目にしたのはこの家のご子息の酷い姿だった。顔は恐怖と痛みで歪み、目や鼻から液体を垂らしている。そして、極めつけは頭から顔の半分に架けて張り付いていた氷だ。今まで何ともなかったのに突然の出来事で従者達も戸惑ったが、直ぐに気を取り直した執事が指示を出す。
「すぐに、医者を!!!」
「はい!」
その後、子供の元に医者が駆けつけ治療を行った。知らせを聞きつけた主、リチャード侯爵は仕事を部下に任せて屋敷へと慌てて戻ってきた。侯爵は馬車を降りると丸々と肥えている体からは想像できない速さで駆け抜けて屋敷に入った。
「私のかわいい息子は無事か!?」
「な!?旦那様!?何故こちらに!」
「息子は無事かと聞いておる!!」
「こ、こちらです。」
突然現れた主に慌てた侍女だが、主を直ぐに息子のもとに案内した。侯爵が目にしたのは息子の変わり果てた姿であった。医者による治療により命に別状はなかったものの顔全体を包帯が覆っていたのだ。医者は侯爵を見ると一礼して症状を説明した。
「顔全体が氷により凍傷となっています。余程恐ろしい目に遭ったのでしょう記憶の混濁が見られます。」
「誰が、私の可愛い息子にこんなことを!!!」
彼の父、リチャード侯爵は激昂した。しかし、誰も犯人に検討がつかなかった。そもそも彼は部屋にいて家の者以外とは誰にも会っていないのだ。
「リチャード様、坊ちゃまが目を覚ましました。」
「本当か!?」
リチャード侯爵は慌てて病室に向かい、息子のチャーリーを抱きしめた。
「パパ痛い...」
「おおすまんすまん。それで、誰がこんなことを?」
「ぐすっ...実は小さな女の子に家宝のベルを盗まれて...最近覚えた人形魔法で追いかけたら、こんな目に...」
「何だと!?あのベルを...」
「駄目だよって言ったのに、そいつは僕からベルを奪って...魔物で僕の人形を虐めたんだ。そして魔法で見せしめとして氷漬けされたんだ。」
リチャード侯爵は涙ながらに語る息子の話を聞いて顔を真っ赤した。
「息子をこんな目に...しかも、家宝まで...許さん!!!奴は何処へ?」
「多分、エドワード辺境伯領だよ。だって、あの女の子には二人男がいたんだけど...片方の鎧に鷹のエンブレムが...」
「エドワード辺境伯のだな...許さん!許さんぞぉ。リチャード侯爵家を敵に回したことを後悔させてやる!!!」
リチャード侯爵達が去ったあと、一人になった子供はニヤリと笑っていた。
「僕の邪魔をするから悪いんだよ...彼奴等にはたっぷりお仕置きを味わって貰うよ。特にあの少女は可愛いから僕の奴隷にして徹底的に虐めてやる!!!」
今からそのことを想像してチャーリーはにやにや笑っている。しかし、彼は魔女のことは伝えなかった、否、言えなかったのだ。何故なら...
「あの女に氷漬けにされた後、どうなったんだっけ?」
魔女にされた事は痛みと恐怖でそこだけ記憶がなくなったのだ。彼の心が自壊を防ぐために無理矢理記憶を封じたようだ。彼の中ではそれ程の出来事だったようだ。
この自分勝手な子供、子供の言うことを鵜吞みにして確認もしない親馬鹿が起こす行動は国に騒動を巻き起こすことになる。
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