第15話ティアと骸骨貴族2
「そこまでだよ。」
誰かの言葉と共に、ティアは突如何かに吹き飛ばされ、骸骨の顔はカロンコロンと音を立てながら地面に転がった。
「い、痛い...」
ティアは呻きながら立ち上がり声がした方を振り返ると、そこには鷲のような鋭い目を持つ女性が立っていた。黒い髪と赤い瞳を持ち、長身でスラッとした体型で黒い服を見事に着こなして大人の女性を魅せている。女性は鋭い目でティアを見た。
「ふん、私が止めなきゃ。お前さん死んでいたよ。」
「え?」
「怒りで我を忘れて、魔力を垂れ流しすぎだ。そこの狼達を召喚したのもお前だろう?魔法を使うときに考えて無さすぎだね。」
「あう...」
ティアは図星なので何も言い返せない。ティアは魔力を使えるだけ使ってしまいがちだ。これまでは魔力量が他人よりも多いのでそれでもなんとかなってきていただけなのだ。落ち込むティアを見て女性は少し笑いながら続けた。
「だが、匂いをたどる相手にあえて強烈な匂いでわからなくするという発想は良かったよ。」
「そう?」
「ああ、しかも生ゴミだぞ?普通は嫌がってやらないだろう?」
「それで、死ぬ、意味、ない」
「そうだな。それは君の言う通りだ。」
「...」
自分のような子供の言う事に同意してくれるとは思わなかったティアは少し驚いた。目は鋭くて厳しそうだが、悪い人ではなさそうだ。
「さて...私はそこの骸骨に用があるんだよ。」
女性はティアに近づいてきた。ティアはぐっと警戒を示す。
「そんな可愛い顔で睨んでも怖くないよ。それにお前さんの不利益なことはしないよ。」
「そ、そこの女!俺を、そこのガキから助けてくれ!」
骸骨はみっともなく女性に助けを求めた。途端にティアはむむむと眉を曲げた。女性は骸骨をティアの手からさっと取ると骸骨に笑いかけた。
「助ける?ふんっ...何を勘違いしている。お前さんには聞きたいことがあるんだよ。」
「聞きたいこと?」
「ああ、何簡単なことだ。その骸骨...何処で手に入れたんだい?」
「な、何?...くそ!魔法が切れないどうなってるんだ?」
骸骨がよくわからない事を言い始めた。
「逃げようとしても無駄だよ。さあ、もう一度聞く。その骸骨...何処で手に入れた?」
「そ、それは...」
女性が骸骨を問いただしているとギルバート達がやって来た。ギルバートはティアを見て驚いた。
「落雷が見えたから何かあったかと思えば…ティア!何で出てきている!!」
「ひぅ!」
そう、ギルバート達から出るなと忠告されていたのにでてきてしまったので怒られて当然だ。しかも、ティアは男の罵声に耐性が無いので、ギルバートの怒気に縮こまり震えてしまった。その様子を見た女性は呆れた表情でギルバートに言う。
「いくら何でも子供にその怒気を当てるんじゃないよ。手加減しな。」
「な!あんたは!?」
ギルバートとセドリックは女性を目を見開いた。
「な、なんであんたがここに居るんだ?」
「ふんっ。私が何処にいるかなんて私の勝手だろう?」
女性はギルバートの問いかけを鼻で笑った。ティアはギルバート達に尋ねた。
「知り合い?」
「いや、違う。この人は、"破戒の魔女"と呼ばれているこの国、いや大陸で最も強い魔術師の一人だよ。」
「魔女...」
「ひどい名だろ?昔修道院の服を着ていたからそういう名前が付いたのさ。」
「魔女、ノラ、同じ」
「ノラ?誰だい?」
「最近、出てきた妖炎の魔女のことだ。そう名乗ったらしい。」
「ほう...最近現れた迷惑な奴のことか。」
「知って、る?」
「ああ、彼方此方に出てきてる厄介なやつだとね。実際、様々なところから相談されてるよ。まあ、無視してるけどね。まぁ、私の邪魔をするなら容赦はしないよ。それよりも、今はこいつに用があるんだ。」
「それで、その骸骨は?」
ギルバートは骸骨を指した。女性は笑っているだけなので、ティアが変わりに答えた。
「これ、犯人。」
「なに?!」
「これ、使って、魔物、呼ぶ、襲ってた。」
ティアは手に持っているベルを見せながら説明した。
「こいつが...これ、魔物か?」
ギルバートは驚愕しつつ骸骨を見て疑問を溢した。ティアは首を振った。
「違う、これ、貴族」
「しかし、人じゃないぞ?」
「そ、それは…」
「それはこれが人形だからさ。」
ここまで沈黙していた女性が骸骨の頭を撫でながら説明し始めた。
「最近、裏で流通してる魔法でね、人形に特殊な核を埋め込み、それを経由して魔力を送ることで遠隔操作ができるのさ。しかも、人形の視覚の共有や自身の魔法を人形が行使することもできる正に自分の分身を作る技術さ。」
「そんなのが流行っているのか...便利そうで危険性は感じられないぞ?」
「ああ、便利だよ。ただ問題があってね。通常、人形が使える魔法は本人よりも数ランク下の魔法に限定される。これはまぁ、遠隔操作だし仕方ないこともあるんだが、実は限りなく本人の魔法に近づける事も可能でね。自身の感覚と人形の感覚を完全に繋げると理論上、人形を自分の体のように感じ、動かし、ほぼ同程度の魔法の行使が可能になるんだ。」
「それは有用な魔法なのでは?自身が出向かなくても遠隔で操作できれば…例えば急に術者が必要になった時に対応できる。緊急事態にうってつけの魔法のはずです。」
セドリックは疑問を呈した。しかし、女性は首を横に振りセドリックの発現を否定する。
「その感覚の共有が問題なのさ。もし、人形が壊れたとしよう。すると、どうなると思う?」
「痛い?」
「ふふ、痛いってもんじゃないだろう。なぁ?骸骨よ。」
「...」
「わからないかい?まぁ、そうだろう。さっきの電気でお前さんの体は麻痺しているだらうからね。」
「なっ!馬鹿な。僕の魔法だぞ!僕の体なら...」
「でも、電気を浴びたのはお前の体じゃなくて骸骨だろう?だから麻痺もするさ。まぁ、麻痺していなければ今頃、体をバラバラにされた痛みで意識を飛ばしているよ。全く間抜けだねぇ。」
女性は愉しそうに骸骨に語った。それを見た骸骨は激昂した。
「くっ、ぼ、僕を馬鹿にして...許さないぞ!」
「ハハハハハハ、その体で何ができる?」
それを聞いた女性はケタケタ笑いだした。
「お前らの顔は覚えたぞ、パパに言いつけて...」
パキッ!骸骨からは言葉が出なかった、否、出せなかった。何故なら...骸骨の顔が再び凍り始めたからだ。
「ぎゃああああああ!!お、お前ええええええええ!!!」
骸骨はみっともなく悲鳴を上げた。骸骨の目線の先には睨みつけているティアがいた。ティアが睨みつけた部分から凍り付き始めているのだ。それを見たセドリックは驚いた。
「まさか、見ただけで凍らせているのか。なんという...」
「確かにな。だが、そこまでだよ。」
女性はティアの頭にチョップを食らわせた。ゴツンという音が響く。
「あう...」
ティアは頭を両手で抑えて蹲った。それに伴い、氷は勢いが止まった。女性はため息をつく。
「全く、もう魔法を使うんじゃない。もう魔力も残りわずかだろう?次はないよ。」
「は、はい。」
女性に叱られたティアは目線を下げて、反省した。それを見た女性は口元に笑みを浮かべると骸骨を見た。
「さて...言いたくないのであれば、お前さんには罰が必要だね。」
女性が口元を微かに動かすと手元から黒いオーラが現れて骸骨を包み込んだ。すると、骸骨が慌て始めた。
「な、なんだ。この触られてる感覚は...ま、まさか」
「ああ、今、骸骨の感覚を直接お前に繋げた。これで骸骨が何かされれば同じように感じられるよ。」
「ひっ!あ、あれ、どうなってる。何でだ!何で、感覚が切り離せないんだ!」
骸骨はますます慌てだした。女性はますます愉しそうに笑った。
「逃さないよ。お前さんは魔法を舐めすぎだ。まさか、核に干渉できるのが本人だけかと思ったか?さて、お仕置きの時間だ。」
女性が言うと、足元から黒い霧が出てきた。
「な、何だこれは!?」
「私の精霊だよ。遊び道具を欲しがっていてね。ほら、目の前に骸骨があるだろ?だから、あげようと思ってね。」
「ま、待て!待ってくれ!か、金ならいくらでも渡す!僕は侯爵家だ!いくらでも渡す!この骸骨についても…」
「ふふ、どうしようかな?」
女性は骸骨を骸骨の慌てる様子を見て本当に愉しそうだ。ティア達の感想は...
「魔女、怖い。」「こいつ、ドSだ。」「愉しそうですね...」
「まぁ、私は金には困ってないんだ。それに、骸骨の流通先も粗方見当ついている。」
「ま、待て!侯爵家だぞ、侯爵家に逆らうとどうなるか?」
骸骨は必死に説得しようとしたが、女性は真顔でポロッと骸骨を霧の中に入れた。すると、ベキッ!バキッ!と音がした。
「ぎゃあああああああああああああああ、痛い!痛い!痛い!」
「侯爵家がどうした?敵対するなら滅ぼすまでだよ。貴様は魔法を悪用したんだその罪…償ってもらうよ。」
「...!...っ!.っ...!」
骸骨は何かを言っていたが、バキバキと骨が砕かれる音だけが響き、やがて何も聞こえなくなった。黒い霧もそれに伴い跡形もなくなった。
「ふぅ、これで一段落だね。」
「あれが、精霊...」
「せい、れい?」
ティアの疑問にセドリックが答えた。
「精霊とはこの世に存在する特殊な生命体のこと。強大な魔力を有していると言われているけど、滅多に現れないから分かってないことも多いんだ。稀に人と契約する精霊もいて、契約者は絶大な力を持つと言われているんだ。だから精霊を我が物にしたい輩は多くいて、精霊が絡んだ騒動が過去に何度も起こっているんだ。」
「精霊は資格のある者の前にしか現れないからね。まぁ、是迄邪な考えで精霊を捕まえようとした奴がいたものだから精霊達も滅多に人前に出なくなったってのもあるけどね。」
女性はセドリックの説明の補正をした。
「魔女さん、けい、やく、しゃ?」
「ああ、そうだよ。お前さんは精霊を見えた?」
「?黒い、もやもや、でも、愉し、そう、だった。」
精霊が骸骨を喰らっているとき、ティアの目には精霊は見えず黒いモヤしか見えなかったが、愉しんでいる感じがしたのだ。
「ほう...まだ完全に見えてないが…感じたか。」
「?」
「いや、こっちの話だ。さて...お前さん、その魔物達、どうする?」
「魔物達...」
ティアは自分の目の前で座って待機している騎士と狼を見た。
「そもそもどうやって呼んだんだ?こいつら、ティアを護っているようだが...」
「こ、これで...」
ギルバートの質問にティアはおずおずと手に持っているベルを見せた。
「そのベルか…そもそもそれは何なんだ?」
「!それ、"魔物呼びのベル"か?」
「半分正解だよ。"魔物呼びのベル"も魔物を出せるけど、そいつ等はただ呼ぶだけだ。それはね、自分の忠実な魔物を呼ぶ"魔物遣いのベル"...この国の禁止魔具の1つだよ。それで呼ばれた魔物は使用者の指示に忠実に従うんだ。」
「な!?そんな物が存在するのか!そんなのが出回れば...」
セドリックは驚愕した。
「ああ、だから禁止指定されているのさ。最も製法はわからないから複製は不可能だ。それにしても禁止魔具を持ち出せるとは、さすが侯爵家だね。」
全く困った奴らだ ...女性はそう溢した。
「チャールズ侯爵家か...あそこはあまりいい話を聞かんからな。だが、侯爵家だから簡単に手が出せん。困ったものだ...」
ギルバートは、腕を組みため息をついた。
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