第14話ティアと骸骨貴族

 突如ドカンッと音がなり、馬車が止まった。


 「わ、わっ!」


 急に止まったためティアは体が宙に浮く感じがした。セドリックは咄嗟にティアが吹き飛ばないように手で押さえて衝撃が収まるのを待った後、ギルバートに声をかけた。。


 「ギルバート、どうした?」


 「ありゃ街の方から煙があがっている。何かあったな?少し見に行くぞ。」


 ギルバートは馬車の速度を上げて煙の源を確認することにした。直ぐに煙の場所は特定できた。ギルバートは馬車を隠すように林に停めて木々の隙間から街を見て目を見開いた。ティアも馬車の窓から覗くと街に何匹もの魔物が暴れているが見えた。


 「魔物が街を襲っている…ティア、馬車に隠れていろ!セドリック!」


 「分かった。」


 セドリックは馬車を降りると馬車に魔法を放つ。すると、馬車の周囲が光のカーテンのようなものに包まれた。


 「結界を貼りました。これで外からは見えません。そこにいてください。」


 「う、うん。」


 セドリックとギルバートは街に走っていき、ティアは馬車の窓から見守った。


 「おらぁ!」


 「はぁっ!」


 街は既に至るところが壊されていて、何人か死人も出ているようだ。逃げ惑う人々を守りつつギルバートは次々と魔物を斬り、セドリックは魔法を放ち魔物を次々と撃破していく。だが、魔物の勢いは衰えなかった。


 「大丈夫、かな?」


 しばらく待っているが、一向に中々帰って二人が帰って来ないためティアは心細くなった。ギルバート達から出るなと言われているが、どうしても気になってしまいとうとう馬車を出て様子を見に行くことにした。馬車の扉を少し開けて周囲を見渡してから外に出た。髪色を緑に変えて周囲に溶け込むようにして姿勢を低くしながら移動した。やがて街にたどり着いたティアだが、目の前に魔物がいたので慌てて茂みに隠れた。魔物は気づいていないようだ。


 「これ、が、魔物...」


 ティアはこれまで魔物を見たことがなかった。魔物は普通の動物と似た姿をしているが、得体が知れない存在だと言われている。ティアは草陰でしばらく様子を見ることにした。狼に似た魔物は民家に侵入し家具を倒しながら進んでいた。二足歩行の魔物は民家を破壊して回っている。様々な魔物がいたが何故か互いに争うこともなく淡々と自分の作業をこなしている感じがしてティアは違和感を感じた。しかし、考えることに気を取られていたティアは狼のような魔物が近付いてくるのに気付かず接近を許してしまった。


 「ぐるるるるるる...」


 「っ!」


 唸り声にびっくりしたティアだがすでに遅かった。何頭もの狼型の魔物がティアに気付いてしまっていた。ティアは視覚では誤魔化していたが匂いまでは誤魔化せず気付かれてしまったのだ。何頭もの魔物に睨まれティアは恐怖を感じた。それに呼応するように周囲が凍り始める。ジリジリと魔物とティアの距離は近くなっていた。


 「ぐるるるる」


 「こ、怖い...でも、」


 ギルバート達に迷惑をかけたくない!そう感じたティアは両手で地面に触れた。そして...


 「ガアああああああ!」


 「!こ、来ない、で!」


 魔物が襲いかかろうとした瞬間に魔法を発動、周囲の魔物を一辺に凍らせた。しかし...


 「グルるるるるるる...」


 「ひっ!」


 他の個体より一回り大きい魔物は凍りついてもなお抵抗しており、氷にヒビが入り始めていた。


 「っ!」


 ティアは思わず林に逃げ込んだ。一目散に走りとにかく深いところまで逃げていった。しかし...


 「っ!」


 現実は甘くなかった。ティアの目の前に人型の魔物がいたのだ。全身骸骨で真っ黒なポンチョのような服を着ていて、手にはベルを持っていた。骸骨はティアを見て話し始めた。


 「おや?まさか見られるとはねぇ〜」


 「!しゃ、喋った...」


 「驚いた?でも、悪いけど見られたからにはただでは帰せないや。」


 「え?」


 骸骨はベルを鳴らす。すると、骸骨の周りから地面から噴き出すように何頭も狼型の魔物が現れた。


 「!」


 「行け。捕まえろ。」


 骸骨の指示で一斉に魔物はティアに襲いかかった。ティアは驚いて逃げ出した。


 「わぁ!!」


 「逃さないよ?」


 ティアは茂みの多い所に逃げ込むが、匂いを辿られる魔物には無意味だ。魔物はティアに一直線で向かってくる。ティアは必死で逃げ回った。逃げながらティアはどうするか考えていた。


 「わ、ワン、ちゃんに、近い、から...あっ!」


 ふと思いついたティアは街に駆け込みあるものを探した。


 「あ、ある、かな?ある、かな?あっ!あった!」


 ティアは見つけるとすぐさま駆け寄り中身を確認する。


 「よし!」


 ティアはそれの入った袋ごと持って駆け出した。そして、それがあれば次々と蹴飛ばして周囲に撒き散らしていき、やがて林に戻っていった。



 骸骨は余裕そうに待っていた。ティアが逃げ切れるはずがないと確信しているからだ。あの狼タイプの魔物は匂いに敏感で、獲物の匂いを辿ることができる。いくら隠れても無駄なのだ。


 「まだかな、まだかな〜」


 すると、ガサガサッと音がして骸骨が振り返った瞬間...


 「えいっ!」


 ティアはあるものを袋からぶち撒けた。それは骸骨に辺り周囲にも飛び散る。しかし、特に害はなさそうだ。


 「何してるんだい?」


 骸骨はティアの行動を理解できなかった。そして、ティアを追っていた魔物が遅れてやって来たので、指示を出す。


 「何をやってるの?早く捕まえろ!」


 しかし、魔物は行きたがらない。それどころか物凄い嫌がった。


 「くうううん」


 「何してるの!?早くいけよ!」


 イラついた骸骨がベルを掲げるとベルが怪しく光り、魔物が動こうとするがそれでも嫌なのか抵抗した。骸骨はわけがわからずイライラし始めた。


 「どういうことだよ。今までこんなことなかったのに。」


 「生、ゴミ...」


 「はぁ?」


 生ゴミ、それがティアの探していたものだ。匂いでバレると考えたティアはあえて強烈な匂いを撒き散らせば追跡できないと考えたのだ。ティアは街のゴミ箱を片っ端からひっくり返して、もっとも強烈な物を持ってきて骸骨の周りに撒き散らしたのだ。ティアは孤児なのでこの匂いには慣れていたが、あまりいい匂いではない。しかし、人間なら臭いで済むが、それが人よりも嗅覚の鋭い魔物ならそうはいかない。


 「くううううん。」


 魔物はとうとう逃げ始めた。しかし...


 「どこに行く?」


 骸骨はベルをかざすと魔物は動きを止めた。


 「僕の指示に従わない悪い子は...こうだ!」


 なんと骸骨は手から雷を放ち次々と魔物を消滅させていったのだ。ティアは驚愕した。


 「な、なんで...」


 「使えない玩具は捨てるものだろう?」


 「お、玩具...」


 「そう、玩具さ。高貴な僕が遊びに使うね。」


 「遊、び?」


 「そう、遊びさ。魔物を呼び出して街を襲うのさ。彼らの悲鳴と恐怖に歪む顔を見れるからたまらなくてねぇ。ついやっちゃうんだ。」


 「何も、感じ、ない、の?」


 「当然だろ?僕は侯爵家の貴族だ。庶民が僕に遊んでもらえるんだ。寧ろ、ありがたいと思ってほしいね。」


 骸骨は何も不思議に感じず言い放った。このまるで当然だという態度を見てティアはふつふつと怒りが湧いてきた。骸骨から感じたのはティアが出会った王族に感じたものと似た感覚だが、それよりもずっと悪質だ。


 「魔物も、人も...」


 「ん?」


 「貴方の、玩具、違う!!!」


 ティアは大声で言い切った。ティアの怒りに呼応してティアの周囲が凍り始める。骸骨はティアの様子が可笑しいのか笑い出した。


 「あはははは、面白いね~。なら、君で遊ぼう。丁度君を捕まえたらどう虐めてあげようか考えていたんだ。」


 骸骨はベルを掲げると、今度は人型の魔物が現れた。全身紫色で目や腕が幾つもあり、手には鎖や棍棒を持っている。ティアは驚いた。


 「な、何、これ?」


 「これは特別な魔物でね。僕しか呼べないんだ。さぁ、行け。楽しみだよ、君の恐怖で歪む顔を見られるのが...」


 骸骨は嫌らしい声で笑った。魔物は骸骨の合図に従ってティアに向かって動き始める。生ゴミの臭いは効かないようだ。ティアは...


 「貴方、嫌い!!!」


 ティアは手をかざして魔法を放つ。氷は魔物の股を通り過ぎて骸骨まで一瞬で到達した。


 「なぁ!?」


 骸骨は驚愕の声を上げた。ティアは直ぐに草陰に入り魔物から身を隠した。魔物は何個もある目をキョロキョロさせた後、左を向いて混紡で叩いた。ティアを見つけたのだ。


 「っ!」


 ティアはなんとか躱して更に逃げる。


 「はははは、無駄無駄。こいつには臭いは効かない。目が何個もあるから死角もないんだ。諦めなよ。」


 骸骨は体に雷を当てて氷を砕いた。


 「ふぅ~、驚いた。でも所詮、雑種はこの程度。高貴な血には敵わない。」


 魔物はティアを見つけては次から次へ攻撃する。木も虫も魔物も動物も関係ない。無差別だ。魔物は何度も攻撃してきた。ティアは辛うじてそれを躱していった。


 「はぁ、はぁ、はぁ」


 やがて、逃げるために走り続けているティアは肩で息をし始めた。骸骨はそれに気づき楽しそうに語った。


 「もうおしまいかい?たいしたことないなぁ~。そろそろ終わろうか...捕まえろ。」


 魔物はティアの背後に向けて雷を放ち逃げ道を塞ぎつつ、ティアに向けて鎖を放つ。正に腕が何本もあるからできる芸当だ。たちまち鎖はティアの手首を捉えた。


 「終わりだね。」


 骸骨は勝ち誇ったように告げた。しかし、その油断は命取りだ。何故なら...


 魔物の腕が一瞬で凍りついたのだ。魔物が驚く暇も与えずティアは体に身体強化魔法をかけて無理矢理鎖を引っ張るが、流石に重くてびくともしない。それならばと足から魔力を流して魔物の真下の地面を凍らせてスケートリンク場の様にした。そして、改めて鎖を引っ張ると魔物は踏ん張ることができず足を滑らせて転倒した。


 「何!?」


 ティアは止まらない。鎖での拘束が弱まって動けるようになったので走り出して骸骨に近づくと、もう片方の手に持っていたロープを骸骨の腕に向けて放つ。ティアは逃げ回っている時にある目的でカバンの中から練習用に渡されていたロープを取り出していたのだ。ティアは魔力をロープに流していたのでロープに触れた骸骨の腕がパキィッと音と共に凍りついた。


 「なぁ!?」 


 骸骨は驚愕の表情を浮かべた。さらに、ティアはロープを引っ張り骸骨の腕を引き千切った。ティアは引き千切った骸骨の腕を足で砕きあるものを取り出す。例のベルだ。そう、これがティアの目的だ。ロープはティアの腕のリーチを伸ばすために使ったのだ。ティアはまだ物に魔力を流すと凍らせてしまうが、今回はそれを利用したのだ。


 「それを返せ!」


 焦った骸骨は残った腕から雷を放つが、ティアは目の前に氷の壁を築いて防いだ。そして、試しにベルを鳴らしてみたが、音が鳴るだけで何も起きない。骸骨はティアを嘲笑う。


 「はははは、無駄無駄。お前に魔物は呼べないよ。さぁそれを返すんだ。」


 骸骨は腕を出して返せと要求する。しかし、ティアは無視して今度は魔力を流しながら鳴らしてみた。すると、ベルの音と共にティアの周囲から魔物が現れた。先程の狼型の魔物だが、色がティアの髪と同じ青色だ。狼は骸骨を見ながら唸り声をあげる。


 「ぐるるるるる」


 「ば、馬鹿な。」


 骸骨は驚愕のあまり口を大きく開けてしまい、顎が外れた。ティアは例の二足歩行の魔物を指さして指示を出した。


 「あそこ、変な、魔物、倒して。」


 「ワオーーーン。」


 ティアの指示の下、狼型の魔物は一体が吠えると、一斉に足が滑って倒れている魔物に襲いかかった。


 「くそ、くそ、くそ、こんなはずじゃ...」


 「諦めて、貴方、負け」


 「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!この高貴な僕がお前ら如きに負けるか!!!!」


 骸骨は腕を空に挙げた。すると、雲が集まり雷鳴が轟き始める。


 「僕の家に伝わる秘術さ。これを食らえばここら一帯一溜まりもない。僕がこれをするのも、お前が悪いんだ!」


 「違う!貴方、悪い!」


 ティアがベルを掲げるとベルが光りだした。是迄の怪しい光とはとはまるで違う輝きだ。そして、光が収まるとティアの目の前に何かが召喚された。青色の騎士だ。


 「ば、馬鹿な!?お前ごときが騎士を召喚だと!?く、くそ〜。皆死んじまえ!」


 骸骨が腕を下ろすと雷鳴が轟いてティアに向けて雷が落ちていく。バーーーーン!!!!!!凄まじい音がした。雷は周囲の木を巻込み破壊していき、あとに残ったのは笑う骸骨だけだ。


 「ははははははは、僕に逆らうからいけないんだ。」


 骸骨はこれで終わりと笑った。しかし、骸骨の笑いは有るものを目にして驚愕に変わった。それは...


 「な、何故?」


 それは盾を空に掲げた騎士とティアを守る様に囲っている狼達の姿だった。何故生きていたのか?それは...


 <雷が落とされる前>


 騎士は剣を抜くとティアの鎖を切り裂いた。


 「わあ!」


 ティアはいきなり斬ってきた騎士に驚くが、驚くのはそれだけではない。騎士が盾を空に掲げると盾から魔法陣が現れた。


 「ワオオオオン!!」


 狼達は紋章を見ると魔物への攻撃をやめてティアを取り囲むように集まってきた。


 「わわ...」


 いきなりモフモフの毛に覆われたティアは驚くばかりだ。騎士はそれを確認すると騎士とティア達を守るように結界を張り雷を見事に防いだのだ。騎士がティアの鎖を斬ったのは、鎖に雷が落ちるのを防ぐためだ。騎士の盾は見事雷を防ぎ切った。


 -----------

 「は、はは。こんなことって...」


 「貴方、の、負け!」


 ティアが告げると騎士が剣で骸骨をバラバラに切り裂いた。


 「くそ、くそ、くそ!この僕、チャールズ侯爵の息子を相手にしたこと後悔させてやる。」


 骸骨の恨み言を聞いたティアは無言で骸骨を掴んで言い放った。


 「貴方!貴族、でも...貴族、なんて!!」


 貴族だからと生き物を弄んでいいはずがない。そんな傲慢な存在に、それを生んだ国に、それを権力という傘で守る貴族に、ティアは怒った。ティアが怒りのまま魔力を流すと...突如骸骨が悲鳴をあげた。


 「ぎゃああああああああ!目が、目が!!!」


 「ふぅー、ふぅー、ふぅー。」


 ティアの体からは魔力が漏れていた。周囲は既に凍り始めている。ティアは怒りで我を忘れており、骸骨が悲鳴をあげても魔力を流し続けるが...


 「そこまでだよ。」


 ティアは突如何か吹き飛ばされた。カランコロンと骸骨の顔は転がる。ティアを止めたのは鷲のような鋭い目を持つ女性だった。

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