第13話ティアと船

 おじさん達と別れた後、しばし涙を流したティアだが、やがて泣き疲れてガタガタと揺れている馬車の上で鞄を膝の上で抱え込んで眠っていた。ギルバートはティアを優しく見守りながら、時折外を見て異常がないか確認しつつ考え事をしていた。目的地に向かうのに問題が生じたからだ。

 そもそも、エドワード辺境伯領に向かうためには大きな河を渡る必要がある。しかし、この河に唯一架かっている橋が何者かによって破壊されてしまったとの報告がきたのだ。理由は分からないが、突然巨大な火球が現れて橋を焼き尽くしたとの目撃情報があり、熟練の魔術師が犯人だとされているが、全く証拠がなく犯人も特定されていないらしい。


 「全く困ったものだ。」


 ギルバートはため息をつく他なかった。河を渡る手段は他に船があるので問題ないが、費用がかかるのでできれば橋を渡りたかった。しかし、無いものねだりをしても仕方がないので、これ以上問題が起きないことを祈るギルバートであった。


 馬車に乗って数時間が経過した。段々と日が傾いていき、夕方になった。馬車は河付近の街にもうすぐ到着する。


 「ギルバート、もうすぐ街に入るぞ。」


 「分かった。とりあえず、今日はここで一泊する。」


 「了解した。」


 ギルバートはティアの肩を揺すった。


 「ティア、起きろ。街についたぞ。」


 「ん...ふわぁ〜。えっ?」


 寝起きのティアは欠伸をした後、外を見て驚いた。外は真っ暗だ。まさかこの時間まで寝ていたとは...


 「よく眠ってたな。でも、夜はしっかり眠るんだぞ。明日は早いからな。」


 「はい。」


 ティアが首を縦に振ると、首元の飾りがつられて動く。ギルバートは首飾りに気づいた。


 「それは?」


 「首飾り...お母さん、形見...」


 これはティアがずっと持っている首飾りだ。最近は鞄に仕舞っていたのだが、ワンピースを着た際にそれを見つけた女主人に着けるよう言われた。おしゃれ?らしい。


 「...そうか。ティア、済まないが。それはあまり公の場で見せないほうがいい。」


 「何故?」


 「それは王族が持つとされるものと同じものだと思う。それを身に着けているところを見られると一発で正体を見破られるぞ。」


 「これが...」


 そういえば、王族のジャスミンもそう言っていた気がする。これを王城の石柱にはめ込んだら光った訳だし。ただの飾りではないのであろう...ティアは軽くワンピースの首元を引っ張ると飾りを服の中に入れた。


 「これならバレない。」


 「身に付けたいなら、それでいいか。ところでティア、あまり胸元を男に見せるんじゃないぞ。」


 ギルバートの軽い注意にピンとこず、ティアは首をかしげた。


 「?」


 「そこは、まだ子供だな。」


 ギルバートは顔を手を当てた。ティアにはそういう教育も必要みたいだが、ギルバート、セドリックは男なので分からない。領に戻ったら女性騎士の誰かに頼むかと考えるギルバートであった。

 さて、一般の移動手段が馬車なので、馬車の駐車場は街に必ず存在する。セドリックには馬車を停めた後馬の世話をしてもらい、ティアとギルバートは宿屋探しと船の予約に向かった。街には夕食を食べに来た人が多くいた。ギルバートは歩きながらティアに街の説明をした。


 「この街は河を通過する上で必ず通る場所として栄えている。だから、俺達のように河を渡りたい人の為の宿場街として発展しているんだ。」


 「河の向こう側も?」


 「ああ、ここは川魚の店があるから今日はそこだな。っと着いたようだ。」


 ギルバートとティアは船着き場に着いた。中にはカウンター越しに女性が立っていた。


 「いらっしゃいませ。」


 「明日、3人と馬車をお願いしたい。」


 「畏まりました。銀貨6枚になります。」


 「これで。」


 「丁度ですね。ありがとうございます。」


 女性は紙を3枚渡した。


 「こちらがチケットです。橋が無くなった影響で混雑しておりますのでご注意下さい。」


 「分かった。」


 ギルバートは建物から出ると、ため息をついた。


 「値上がりしていやがる。前の方が安かった。」


 「えっ!?何故?」


 「船しか手段がないからな...料金を上げても払わざるを得ないからさ...」


 「卑怯?」


 「イヤ、そういうもんだ。それを疑問に思うのは大事だぞ。」


 商売するとはそういうもんだと伝えながら、ギルバートはティアの頭を撫でると移動し始めた。その後、宿を取りセドリックと合流して夕食を食べた。今日の夕食は川魚を使った料理だった。川魚の塩焼きとサラダ、後...


 「これは?」


 「東方の国の米というものだ。ここの店主は東方の国出身らしくてな向こうの国の料理には出てくるらしい。ここは中々食べられないものが食べられるからよく来るんだ。」


 「おいしい。」


 この国はよくパンが主食なので、米は珍しい食べ物だった。ティアは珍しそうに見たあと食べた。噛めば噛むほど甘みが出てきて美味しい。魚ともよく合う。それに備え付けの"漬物"と組み合わせるとよりご飯が進んだ。3人はあっという間に完食すると店を出て宿屋に入った。宿屋は2人と1人部屋であった。部屋割りは...

 

 「ティア...1人で大丈夫か?」


 「たぶん...」


 「まぁ、部屋は隣だから何かあれば直ぐに呼んでくれ。」


 「うん。」


 さすがに男と部屋で一泊は不味いということでティアは1人部屋になった。正直初めての1人部屋なのでワクワクもしていた。3人は一旦入浴した後、ギルバートとセドリックの部屋に集まり明日の話をした。因みに、寝間着についても買ってもらっていて、白いフワッとしたワンピースタイプの寝間着だ。3人揃うとセドリックが予定を話し始めた。


 「明日は朝から船に乗り向こう岸に渡る。その後、昼飯を買って移動を開始。明日は野宿をして2日後到着予定だ。」


 「分かった。」


 「はい。」


 ティアとギルバートは頷くと就寝することにした。ティアは部屋に鍵を掛けると1人でベッドに入った。部屋はランプが灯っているだけなので薄暗い。当然ながら部屋には人が居ない。ティアはこれまで空間で1人でいた経験があまりない。孤児の頃は周りに同じ境遇の子供がいた。(もっとも、襲われる可能性があるので深くは眠れない。)システィナの家では常に護衛がいた。お婆さんやおじさんといた頃は彼らがいた。というように必ず誰かいたのだが、今は誰もいない。ティアはこの何時もと違う状況にワクワクしつつ、同時に恐怖も感じていて少しの物音にも敏感になっていた。結果..


 「眠れない...」


 全く眠れないのだ。昼間に寝てしまったのもあるが、どうも眠れないので仕方なくシスティナから貰った魔法書を読むことにした。ティアは魔法書をコツコツ読み進んだ為、かなり読み進めていた。


 「属性のない魔法...」


 純粋に魔力を使う場合、その人固有の属性は関係ない。例えば身体強化、髪の色の変化はその代表例だ。最も人によって得意、不得意はある。ティアはちょっと試してみることにした。先ずはいつもやってる髪の変色をやってみた。


 「赤...」


 今回はいつもと違う色にしたが上手く行ったようだ。続いて、部屋のシーツに魔力を流して、固めてみようと思ったが...


 「ありゃ?」


 ティアが掴んだシーツは凍ってしまった。固まりはしたが、目的の魔法ではない。


 「もう一回...」


 その後、何回も繰り返したがうまくいかなかった。結局、練習で疲れたティアはそのまま眠りついた。次の日、ティア達は予定通り船に乗船した。ティアにとって船は初めての経験だ。水の上で揺れている感覚に不思議な気持ちになる。やがて船が発進すると揺れが大きくなった。ギルバートは心配そうにティアに声をかけた。


 「ティア、大丈夫か?ここは海ほどじゃないが揺れるからな...」


 「うん。不思議な、感じ...」


 ティアは船を楽しんでいたが、あっという間に向こう岸に着いた。ティア達は船を降り、食料を買うと再び移動を始めた。今日はギルバートが馬を操作してセドリックがティアと共に座っていた。セドリックはついでにティアに魔法を教えることにした。ティアは昨日の件を尋ねた。


 「昨日、シーツに、魔力、流した。凍った。」


 「そりゃそうでしょ...貴方は氷に適性があるのですから。」


 「違う、強化...した、かった」


 「強化魔法ですか...それなら魔力を流す練習をしたら如何かな?」


 「流す?」


 「魔法は魔力を望んだ物に"変える"。なら、流せば?」


 「変わら、ない...!」


 「そうすればいいのです。やってみましょう。」


 セドリックはティアにロープを渡す。


 「これに魔力を流してみましょう。こんな感じに...」


 セドリックがロープに触れると弛んでいたロープがその形で固まった。試しに床を叩くと音がなった。だが、少し経つと元のロープに戻った。


 「おお...」


 「さぁやってみましょう。」


 ティアはロープを受け取ると早速言われたとおりにやってみた。その結果...パキィ!


 「ありゃ...」


 「まぁ、練習しましょう。ところで...」


 「?」


 「貴方、どうやって魔法を学んでます?」


 「!」


 「髪を変える魔法は普通の教育では教わりません。まさか自分で見つけたはずがないですし...」


 「これ...」


 ティアは鞄から魔法書を出した。セドリックはその本を見て目を見開いた。


 「こ、これは!何処でこれを?」


 「貰った...大事な、物。」


 「そうですか...」


 「これが、どうしたの?」


 「その魔法書は王立の魔法科学校で使用されていた本です。魔法の基礎から応用まで幅広く学べると呼ばれていた貴重な本です。今はあまり流通していないのでかなり高価で取引されています。」


 「えっ!?」


 ティアはあわあわし始めた。基本、鞄に仕舞いっぱなしで手入れもしていない。そんな貴重な物とは...思わなかったのだ。だが、システィナから貰った本なので渡したくない。ティアはギュッと全身で本を抱き締めた。


 「あの、これ、えっと...盗んだ、違う」


 「ああ、分かってますから...落ち着きなさい。盗ったりしないので安心してください。その代わりこれからも大事にして下さい。」


 「は、はい。」


 「さぁゆっくり呼吸してから周りを見て。」


 「すぅ~はぁ~...周り?あ...」


 セドリックに促され周りを見るとティアの周囲が若干凍り始めていた。


 「やはり感情が揺れると魔法が発動しますね...今日も訓練をしましょう。」


 「はい。」


 ティアはセドリックから訓練として魔法の制御を習っていた。ティアはここ最近感情が動くと魔法が発動するようになっていた。そのため、それを抑える訓練をしていた。具体的には魔力を出したり抑えたりを繰り返す事で魔力の流れを制御するのだ。ティアはそのおかげで段々と制御できるようになっていた。


 「そうそういい調子ですよ。」


 そんな感じで過ごしていた時、事件は起こった。突如ドカンッと音がなり、馬車が止まったのだ。

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