第12話ティアと別れ
隊長ギルバートがやって来た日以降、怪我が癒えてきたティアは少しずつ外に出る機会を増やしていった。基本的にやることといえば怪我で動けないおじさんの手伝いや宿の手伝いだったが、他にもセドリックに魔法を学ぶことになった。というのもセドリック曰く、
「貴方は強力な魔力を秘めています。それを上手く制御できないと今度こそ命に関わりますよ。」
とのことだ。ティアは魔法についてしっかりと教育を受けたことが無かったので良い機会だった。一方、ギルバートはティアが自分に怯えていたのを自覚して最初はあまり顔を見せなかったが、慣れるためと言うことでセドリックからギルバートと話す機会を設けられた。
「ほお、ティアは王都の孤児なのか...」
「う、ん。」
「どうやってここに来たんだ?」
「えっと...」
ティアはポツポツとだが、ギルバートと話すようになった。ただ、ギルバートの顔はまだしっかり見ることができないでいた。実はこれ、セドリックの訓練の一環である。セドリックはティアの持つトラウマがトリガーとなり魔法が暴発することを見抜いていた。魔法が暴走すれば使用者の魔力を根こそぎ奪い取り、命の危険に繋がってしまう。実際に魔法を暴走させたティアには最優先でしなくてはならない処置であった。そこで、身近なギルバートから慣れて貰うことにした。と言っても、ギルバートの顔はかなり厳つく、赤ん坊を抱けば百発百中で泣かせてしまう。(ギルバートは子供が好きなので非常に複雑だ)そんなギルバートに慣れれば大抵の男は楽勝だろうという、なんとも荒療治なことをセドリックは考えた。もちろんギルバート本人に意図は伝えていない。
そんなセドリックの思惑を知ってか知らずかギルバートもティアのことをよく気にかけていて、滞在中、暇があればティアの様子を見ていたくらいだ。そのお陰かティアもギルバートに対する警戒心が徐々に溶けていった。最もそれはギルバートが毎回持ってきたお菓子のお陰かもしれないが...ギルバートは今日もティアのもとを訪れていた。
「ティア...元気か?」
「!ギ、ルバー、トさん、こん、にちは。」
まだ少しぎこちない挨拶だが、これでもマシである。(最初は泣きそうになっていた。)ギルバートは持っている袋を見せた。
「ほれ、お菓子だぞ。」
「あり、がとう」
ティアはお菓子の入った袋を見てふにゃりと微笑みを見せると中を開けた。中には大きめのクッキーが入っていた。
「おからクッキーだ。」
「おか、ら、クッキー…ハムハム...」
ティアは目を輝かせながら食べていた。サクサクで噛めば甘みと大豆の味をしっかり感じるのを気に入りティアは夢中でおからクッキーを食べていた。クッキーを一生懸命食べるティアの姿にギルバートは胸がキュンとした。
「どうだ。上手いか?」
「甘い、美味、しい...」
ギルバートが、ティアにお菓子を持ってくるようになったのはティアとの会話がきっかけだ。そもそもティアは孤児なので、明日の食べ物もあるかどうかの世界で生きてきた。なので、腐っていなければ基本何でも食べてたので、甘いものなど食べたことがなかった。王城から逃げ出しお婆さんに匿ってもらった際に初めて甘い物を口にしたのだ。それを聞いてからギルバートはティアにお菓子や食べ物を持ってくるようになったのだ。
そしてギルバート達が来て一週間後、ギルバートはティアに出発する事を告げた。
「明日、ここを経つことになった。」
「え!?」
ティアは唐突に告げられたので、驚いてしまった。セドリックは続けて理由を説明し始めた。
「実は例の爆発の調査隊が明日到着らしい。我々は引き継ぎをしたらここを去らなくてはならないんだ。すまない…」
「今日、最後...」
ティアは視線を下げてしまった。来てほしくないと願っていたが、とうとうおじさんとのお別れの時が来てしまったのだ。その夜、ティアはおじさん達との最後の夕食の時間を過ごした。宿屋の女主人はティアのために豪勢な食事を用意してくれた。シン、ジャックス、ギルバート、セドリックはティアとおじさんの二人きりにするために別の席で食事をした。ティアはまだ落ち込んでいたが、そんなティアをおじさんは励ました。
「こ〜らティア。そんな辛気臭い顔をしちゃ駄目だぞ?折角のご飯が不味くなる。」
「...」
「大丈夫だ。生きていればまた会える。」
おじさんは両手でティアを引き寄せて膝に載せて、ティアの頭を優しく撫でた。
「な?」
「グスッ...うん...」
「よしっ!悲しみをぶっ飛ばすぞ!!さぁお前達も飲もう!」
おじさんはギルバート達を誘い酒を飲み始めた。最後の時間を楽しく過ごすためだ。皆おじさんの誘いに乗り飲み始めた。おじさんは旅での話を披露し、ギルバートは自分の若い頃の話をしていた。しかし…
「盛り上がってきたなぁ〜。なら...ふんっ!!」
途中、盛り上がった所でギルバートが上半身裸になり肉体美を魅せ始め、負けじとシンも脱いでいた。
「これならどうです?」
「いい体だ。だが、負けん!!」
「なんの!」
「何やってるんだ!」
「全くです。」
ギルバート、シンの魅せ合いにジャックスやセドリックは野次を飛ばしていた。
「うぅ…」
ティアは唐突の彼らの行動に驚きつつ顔を赤らめて両手で目をふさいだ。別に男の肉体は見たことがないわけではない。孤児の頃に上半身裸の男を見たこともある、おじさんの上半身も見たことがあるが、ここまで洗練された筋肉質な肉体は見たことがなかったので、不思議と直視できなかったのだ。でも、みんなの笑い声を聞いてティアの悲しみは少しずつ和らいでいった。
「ははははははは、楽しいかティア?」
「うん!」
「よ〜し、今日は飲むぞ!!!」
「「「おー」」」
こうして飲んで食べての大騒ぎが始まった。途中大人は酒で酔い始めたが、全員違う酔い方をした。まず、おじさんは話が止まらなくなった。自分の生い立ちや思い出を延々と話し始め、途中からこの国への不満やら自分の意見を力説し始めた。シンはふざけて上半身裸で踊る、ポーズを取るなどをしていた。ジャックスは
「じ、ジャッ、クスさん?」
「...すぅ」
「寝てる...」
速攻で眠っていた。途中から椅子に座ったまま動かなくなった彼を見て慌ててティアが近づくと目を閉じて眠っていた。
セドリックは
「どうしました?」
「いえ」
酒をあまり飲んでないからか終始酔ってはいなかった。
ギルバートは
「おぅ!あいつは元気か?」
「???」
「ギルバート...ティアに何聞いているんだ?」
「あ…すまん。すまん。」
ティアによくわからないことを聞いてきてセドリックに窘められていた。ギルバートは誤魔化すようにティアの頭を撫でていた。
ティアは彼らの十人十色の酔った姿を見て、別れる悲しさを忘れるくらい楽しんだ。因みに、一番飲んでいたのは宿屋の女主人だったりする...男達が飲み終わってもず〜っと飲んでいた。それなのに次の日ケロッとしていたので驚かざるを得ない。
次の日の朝、ティアは朝から準備を始めていた。おじさんとの別れは辛いが未知の場所に行くのは何だかワクワクするからだ。それに今回は自分が追われているのを承知して保護してくれる人達なので心に余裕があったのだ。荷物整理と言っても彼女の荷物はあまり多くないので直ぐに終わった。ただ問題があった。服装である。ノラとの戦いで着ている服をボロボロにしてしまい替えがない。そもそもティアは自分の服を持っていない。ここに滞在中は宿屋の女主人の娘の服を借りていたので良かったが、そもそも手持ちの服はこれしかないのだ。服を盗むわけにもいかないティアは仕方なくボロボロの服に着替えることにした。服は焦げや穴が所々煤けている部分もあるが、全く着れない訳ではない。ティアは服に無頓着なのであまり気にせずに着ることにした。準備が終わり手持ち無沙汰になったティアは部屋を出て手伝いがないか尋ねることにした。ところが、部屋から出てきたティアの服を見た女主人は慌ててティアに尋ねてきた。
「ティアちゃん!その服装どうしたんだい?」
「この、前、戦った、から、こう、なった。」
「他にはないの?」
「私、これ、しか、ない。それに、まだ、着ら、れる。」
「そういう問題じゃないよ。折角可愛いのに...それじゃ台無しよ!」
女主人を不思議そうに見たティアは、首をコテンと倒した。彼女が、何故慌てているのか全く分からないのだ。
「私、気に、しない。」
「少しは気にして!女の子がそんな格好しちゃ駄目!チョット待ってて。」
女主人はティアにメッとすると、慌てて奥に戻った。
「ちょっとティアちゃんの服買ってくるから、宿の準備しといてくれ!」
女主人は従業員に伝えるとティアの所に鞄を持って戻ってきた。奥からは"分かりましたー"という声が聞こえてきた。戻ってきた女主人はティアの腕をガッと掴んで宣言した。
「さぁ、行くわよ!」
「えっ!?」
ティアはあっという間に連れ出され、おじさんの居る病院に連れて行かれた。おじさんは未だ入院している。おじさんはいきなりやって来たティアと女主人を見て驚いた。
「二人ともどうしたんだ?」
「惚けたこと言ってんじゃないよ!見なさいよティアちゃんの服を〜。こんなボロボロになっちゃって...何で買ってあげないの!」
「すまん。買ってやりたかったが、この子が断るんでな...」
「言い訳してるんじゃないよ!ほらアンタも服屋に行くよ!」
「ああ分かった...」
と言うことで女主人に圧されたティアとおじさんは共に服屋に行くことになった。服屋はこの街にいくつかあるが、その中でも病院に一番近い店に行った。街の中心ではないので人はあまり多くなく、おじさんの負担も軽いここが最良だと選ばれた。店にの中に入るとそれに気づいたのか奥から女性がやって来た。
「いらっしゃいませ~。」
「この子に似合う服をお願いするわ。」
「ご要望は?」
「これからこの子は寒い所に旅行に行くので、脱ぎ着できるものがいいな。」
「かしこまりました。どうぞこちらに〜。」
「ティアちゃん好きなの選んで!お金は気にしなくていいから。」
「でも...」
「気にするな。折角の門出だ。」
遠慮しがちなティアはこうでも言わないと納得しない。おじさんと女主人はそれをわかっていたので、そう説得することにした。
「うん...なら、」
しぶしぶ納得したティアは店内を見渡してみた。店内には所狭しと衣服が並んでいるが、服のラインナップはもうすぐ寒くなるので厚手の衣装が多いようだ。ティアはあるものを見つけると駆け寄り指を指した。
「これ...」
しかし、ティアの指示した服を見て女主人は固まった。
「ティ、ティアちゃん?それローブよね?」
「?」
それはフード付きの全身をすっぽり隠すローブだった。今は色を変えているが、ティアの髪は元々青色なのでよく目立つ。それを隠しつつ全身を隠せるので正体を勘ぐられることのないローブはぴったりだとティアは思ったのだ。
「ティアちゃん、これとかは?」
女主人が持ってきたのはフリルのついた可愛らしい衣装だった。だが...
「そこ、寒そう。それに、女、バレる。駄目。」
ティアがスカートを指差して言った。ティアはスカートの事を知らないわけではない。システィナの家に居たときはシスティナから借りたこともある。可愛らしいと思う。しかし、貴族でもない自分が似合うはずもないとティアは本気で思っていた。それに、女と知られて良かったことなど一度もない。人攫いに遭いやすく、暴力で支配しようとする人や手籠めにしようとする輩もいるので、女と極力バレたくなかった。だが、女主人は諦めなかった。
「分かった。これは諦めるわ。でも、ここには沢山お洋服があるからどんどん見ていくわよぉ〜。」
「え〜」
このままでは埒が明かないと悟った女主人に圧されたティアはあれやあれよと次から次へ試着することになった。
こうして午後、出発する時が来た。ギルバート、セドリック、ジェラルドは既に自分の馬に乗り出発する準備は整っていた。シンは状況説明のため調査団に同行することになり遅れて戻るそうだ。ギルバート達は集合場所の宿屋後ろで馬車を停めて待っていたが、ティアはまだ来ていない。
「ティア、遅いなぁ。」
ギルバートが呟いていると宿から声が聞こえてきた。
「お、お待、たせ、しま、した。」
「おう、ティア...!」
「どうした?ギルバート...!」
ギルバートの表情が突然固まった。セドリックは不思議に思い同じ方向を見て自身も固まった。
「うぅ...」
そこには所謂ワンピースを着たティアが恥ずかしそうに俯いてやって来た。グレーを基調とした色で、スカートは膝から下を隠すように長めであり、靴もそれに合う黒色の物が選ばれた。ただ靴は旅をするため運動に適したタイプである。因みに今は髪を黒くしているが、髪を隠せるフード付きの上着も買ってもらった。ティアはこんなかわいい衣装を着たことがなかったので、恥ずかしくて顔を赤らめて俯いた。
「ほぅ...」
「可愛らしいな。」
「うぅ~…」
可愛いと言われ慣れていないティアは顔をさらに赤らめてもじもじしていた。ギルバートは恥ずかしがって動かないティアに近づいて声をかけた。
「ティア、出発しよう。」
「そ、その、前に、挨拶…」
「ああ、いいぞ。」
ギルバートから許可をもらったティアは後ろにいた車椅子に乗るおじさんに近づき抱き締めた。ティアはこれで別れと感じて寂しくて泣きそうになったが、何とか我慢した。
「おじさん、あり、がとう。」
「ティア、こちらこそ。ティアとの時間は楽しかった。元気でな?」
「ティアちゃん、またね。いつでも来ていいからね。」
「うん。また...」
ティアはおじさんと女主人としばし抱きしめあった後、名残惜しみつつ二人から離れるとペコッとお辞儀をして、ギルバートのもとへいった。
「もういいか?」
「うん。」
「よし!行くぞ!」
ギルバートが馬車の扉を開けてくれたので、ティアは馬車に乗り込んだ。
「よいしょ。」
中に入ると人が座るための段差があり、外が見られるような窓が両側についていた。窓にはカーテンがあるので外からの視線を遮断できるので、身を隠しやすい。
「失礼するぞ。」
ギルバートも乗り込むと、ティアの真反対に座った。セドリックは馬車の先頭に乗り込み馬を操作する。
「それじゃあ出発するぞ!」
セドリックは馬に指示を出し、馬車が動き始めた。馬車を見つめていたおじさんと女主人はティアの乗る馬車に手を振り始めた。
「ティア、元気でな!」
「ティアちゃん!元気でね〜。」
「おじさん、おばさん!さよう、なら!」
ティアはとうとう我慢できず泣き出してしまったが、2人が見えなくなるまでいつまでも手を振り続けていた。
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