第11話ティアと騎士2

 「俺が、何だ?」


 「「「っ!」」」


 シンの背後から突如強烈な覇気を感じ、3人は一瞬硬直した。


 「た、隊長...」


 「おう、ジャックス!頭負傷したらしいな、大丈夫か?」


 「は、はい。しかし、驚きました。隊長自らいらっしゃるとは...」


 「大事な部下が見つかったんだ。俺が行くしかないだろう。」


 隊長と呼ばれた男は二人よりも大きく、筋肉隆々だ。顔や腕など至るところの傷が正に彼が歴戦の戦士であるということを物語っていた。


 「た、い、ちょう?...」


 「?この子は?」


 隊長と言われた男がティアに近づこうとした瞬間、シンとジャックスは二人の間に入った。


 「お前達、どうした?」


 「隊長、申し訳ありませんが...ここを通すわけには参りません。」


 「ほお...なら...」 


 隊長とシン、ジャックスはそれぞれ腰の剣に手を置いた。そして、


 「そこに手を置いたなら、覚悟はできているんだろうなぁ!!!!!!」


 隊長の声と共にぐわっと何かに気圧される感じがした。そして、一瞬にして男はシンに近づくと、シンの剣に触れていた右手を封じつつ、もう片方の手で腹部を殴打した。


 「ぐふぅ!」


 シンは口から液体を吐きながらぶっ飛ばされ、ティアのいるベットに激突した。ジャックスは一瞬反応が遅れるもすかさず剣を抜き斬りかかった。隊長は臆することなくジャックスの剣を振るう腕を抑えると、その腕を中心にジャックスを回転させつつ投げ飛ばした。


 「がぁっ!」


 ジャックスは壁に激突した。隊長はティアに近づくが、それを止めようとシンとジャックスは果敢に攻めた。


 「向かってくるか?ならば...」


 隊長は体から何かを放った。二人はもろに衝撃波を浴びた。部屋の家具や窓が振動で震えている。それを受けたシンとジャックスは遂に意識を失って倒れた。ティアは隊長の体から波のようなものが出たのを感じた。ティアはびっくりして無意識に魔力の壁を作ってなんとか防いだ。隊長は少し驚いた表情をしていた。


 「俺の覇気を防ぐか...只者ではないな。」


 ノシノシ、隊長が近づいてくる、ティアは怖くて仕方なくて、ぶるぶると震え始めた。そして、


 「こ、来ない、で!」


 ティアは隊長の足を氷漬けた。しかし...


 「ふんっ!甘いわ!」


 一瞬で氷は砕けた。まだ魔力が戻っていないティアはこれで精一杯だ。しかし、彼女の抵抗はいとも簡単に無効化され、男はティアのもとにだんだん近づいてくる。ティアはこれから何をされるかわからない恐怖と過去に大人に殴られたトラウマが蘇り泣き出してしまった。


 「うぅ怖い、こ、わい...」


 「どうした?もう終わりか?」


 「ひっ!はぁ、はぁ...ひゅーひゅー」


 ティアは手で首を抑えて苦しそうにしている。そうティアは過呼吸状態に陥ってしまって、呼吸が出来ないのだ。ティアの異常に気付いた隊長は彼女に慌てて近づいた。


 「おい!大丈夫か!っ!お前…」


 隊長はティアの顔を見て驚いていた。そんなこと知らず意識の混濁し始めたティアは男が心配しているとは気づかず、昔彼女に暴力を振るった大人達の姿と隊長の姿が重なってパニックに陥った。


 「はぁ、はぁ、嫌、嫌、こ、こ、来ない、で、酷い、こと、しないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 突如ティアの叫びと共にティアを中心に氷が生じた。氷はティアを包むように現れ、形を成していく。それはまるでティアを守るような動きをしている。やがて、ツララの様に先端を尖らせた氷が何本か形成されてまるで生物のように動き、隊長に次々と襲いかかった。


 「おいおい」


 隊長は剣で次々と氷を砕きながらティアのパニック症状に危機を感じていた。部屋は大半が凍り始めている。少女が意図しているわけではなくおそらく魔法が暴走しているのだろう。このままでは少女の魔力を魔法が食いつぶしてしまうだろう。


 (このままじゃ、ここだけじゃなく、あの子自身の命が危ない。) 


 しかし、氷の勢いは止まらず、見境もなく今度は気絶して倒れているシン達に襲いかかろうとした。


 「いかん!」


 隊長はやむを得ず強行突破を考えた。しかし、既のところで氷の動きが止まった。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




 ティアはトラウマと過呼吸でパニック状態に陥り、魔力の制御ができなくなっていた。以前は過呼吸だけで済んでいたのだが、魔法を扱えるようになった為に自己防衛本能で魔法が勝手に発動するようになったのだ。


 (怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)


 ティアの頭は恐怖で支配されていた。幼少期のトラウマはティアの心の傷となり癒えることなく残っている。ティアの周囲は氷で覆われているので、ティアを慰められる人は今、物理的には居ない。しかし、もしこのままの状態が続けばティアは魔力を使い果たし命を落としてしまう。そんな危機的状況で突然、ティアの頭に声が聞こえた。


 "ティア、ティア、落ち着きなさい。大丈夫だから"


 「ヒュー、ヒュー、ヒュー」


 "呼吸ができないのね…慌てては駄目。ゆっくりと息をするの。はい、吸って吐いて吸って吐いて..."


 ティアは声に従って呼吸をしてみた。すると、段々と過呼吸が抑えられてきてた。


 "いい子ね、ティア。もう大丈夫?"


 「うん。」


 ティアはこの声に記憶がないのに、何故だか無性に懐かしく感じた。どうしてだろう??そんなことを考えていたティアだがふと気が付いた。


 「あれ?氷、が...」


 落ち着いたティアが見たのは一面が氷で覆われた光景だ。ベッドは勿論壁一面が全て氷で覆いつくされている。自分を取り囲むように氷が形成されていることから自分がやったことに違いないとティアは察した。


 「やっちゃった。どう、しよう...」


 ティアは俯いてしまった。氷がどこまで広がっているか分からないが、宿屋に迷惑をかけてしまった。今度は落ち込んで涙ぐんでしまったティアを優しい声が慰めた。


 "責任を感じることはないわ。これは全て貴方を脅かしたあの筋肉ダルマさんが悪いの。"


 「でも...」


 "そうね、これを起こしたのは自分だもんね…偉いわティア。なら、氷をなんとかしましょう。ティア、氷に触れて。"


 「え?氷、に?」


 "そう、貴方の魔法なのだから制御できるわ。大丈夫。貴方ならできる。"


 「う、うん。」


 ティアは氷に触れて目を瞑った。


 (つ、冷たい...氷さん、お願い、動いて...)


 しかし、氷は動かない。だめだと再び落ち込むティアに声はアドバイスをした。


 "ただ祈るだけじゃ駄目。凍らせることと逆の事をするの。"


 「逆...冷やさ、ない...溶かす...」 


 ティアは溶かすと反芻しながら魔力を流すと、氷がみるみるうちに溶け始めた。


 "偉いわ、ティア。良くできました。全くギルバートには困ったものね...この子を怖がらせるなんて..."


 ティアは謎の声に褒められて嬉しかった。しかし、段々と声は小さくなっていった。


 "あら、そ、そろじ、んね...ティア…"


 「ま、待って!!」


 "ティア、い、もみ、もって、、わ。"


 声が聞こえなくなり、ティアは何故か無性に寂しくなった。また会いたい…そう感じるティアであった。氷は段々無くなっていき、氷が溶けて最初に見たのはドアップの隊長の厳つい顔だったので、ティアはびっくりした。


 「っ!」


 「ああ、すまん。驚かせたな。」


 隊長はティアを怖がらせないように限りなく優しい口調を心掛けて声をかけた。しかし、ティアは顔を見ることができず震えながら顔をそらしてしまった。すると、そこにもう1人男が現れた。


 「何をやっている?」


 そこに現れたのはゆったりした灰のローブを纏った男だった。彼の周囲は風が舞っており、ローブはひらひらとしている。


 「セドリック!」


 「凄かったな。部屋の外も凍りついてたぞ。」


 「...」


 ティアは改めて自分が起こした状況に申し訳なさそうな表情をした。そんなティアを見てセドリックは励ました。


 「気にすることはない。そこの筋肉ダルマが脅したんだろう?」


 「なに!?き、筋肉ダルマだとぉ〜。最高の褒め言葉だ!この筋肉を見ろ!!!」


 隊長は両手を繋いで上腕二頭筋を魅せてきた。突然の行動に対応できずティアはポカンとするしかなかった。


 「もう止めてやれ。ついて行けてないぞ。」


 「そうか?なら仕方ない。」


 隊長はポーズを解くと、ティアに頭を下げた。


 「すまない。俺の部下が操られていたと聞いていてな。カマをかけた。」


 「すまない。良いやつなんだが...加減を、知らなくてな。」


 「いえ...」


 「じゃあ、この話題は、これで終わりだ。この話題はね...」


 「?」


 セドリックは鋭い視線でティアを見た。


 「君は...例の姫だな?」


 「っ!ど、どうして...」


 ティアはビクッとした。何故分かったのか分からなかったのだ。セドリックはティアの髪を指差した。


 「その髪...戻っているぞ。」


 「!」


 ティアはバッと髪を触り髪を見た。髪は黒から青に戻りかけていた。どうやら魔法の暴走が原因で色を変化させる魔法がとけかかっているようだ。ティアはみるみるうちに青ざめ始めた。


 「しかし、まさかその年で髪を変えられるとはね...」


 「うぅ...」


 「抵抗しても無駄だよ?俺達は君より強い。」


 ティアも先程それを実感したので、納得せざるを得ない。


 「1つ聞きたい。」


 「?」


 「あの爆発を起こしたのは君か?」


 ティアはブンブン顔を横に振った。あんなことを自分がするなんてとんでもない。それに、ティアは氷魔法しか使えないので、爆発は無理だ。


 「なら、誰が?」


 「ノラ...彼女、そう、言った。」


 「ノラ?誰だそりゃ?」


 「黒い、ドレス、赤い、髪の、女、の人」


 「おい、セドリック!そいつは...」


 「ああ、そいつは魔法を使ったんだな?」


 「ん、火、風、雷...」


 「3種類!?」


 「奴ならあり得る。間違いないかもな...」


 「?」


 「そいつは"妖炎の魔女"と呼ばれている女かもしれない。場違いなドレスを着ており様々な所に現れ、笑顔で全てを焼き尽くす指名手配の女だ。黒いドレスを着ていたという外見的な特徴から奴だろう。」


 「厄介なことに奴は魔法に秀でててな、並の騎士では太刀打ちできない。おまけに神出鬼没なもんだから、素性も分からず全く足取りが掴めないんだ。」


 「ここで、ヤツのことが分かるなんてな。」


 「?信じるの?」


 「ああ、お前さんは嘘を付くようには見えないからな。」


 隊長はそう言うとティアの頭をワシャワシャ撫でると、セドリックに宣言した。


 「この子は我々が保護しよう。」


 「いいだろう。名目はあの女の事を聞くということで充分だ。」


 「捕まえ、ない、の?」


 「ああ、そもそも俺は今回の指令に違和感を感じているからな。それに部下2人を助けてくれたようだしな。そのお礼を込めてだ。騎士たるもの恩義には報いるものさ。」


 やはり、あの2人の隊長なんだなと感じたティアは隊長にお礼を述べた。


 「あり、がとう、ござい、ます、ギル、バート、さん」


 「!お前、何で俺の名を?」


 「あ、いや、あの...こ、声が...」


 「声?」


 「いえ、あの、何でも...ない、です...」


 「?よく分からんな ...」


 ティアも謎の声が、何故、彼をギルバートと呼んだのかわからなかった。ともかく、王都に行かなくて済んだので、ティアは安堵していた。


 ちなみに、目を覚ました騎士二人は、鍛錬が足りないとギルバートから直々に訓練を受けることになったらしい。彼らの表情を見てかなり厳しいのだなと苦笑いを浮かべたティアであった。


 < 一方、???では、>


 とある一室に彼女はいた。全体的に部屋は薄暗く、窓から光は僅かしか入っていない。部屋のベッドにはぬいぐるみが多々置いてある。彼女は部屋の隅で座り込んでいた。彼女の目の前にはそれぞれ赤や青、緑、黄の4色の結晶が浮いている。結晶はそれぞれ怪しく輝いていた。


 しかし、突然赤い結晶が割れて地面に落ちた。彼女は口を三日月形に歪めて呟いた。


 「ふふ、まさか人形を潰すことになるなんて思わなかったわ。でも、とっても楽しかった!ティア...また、遊びたいわ。ふふ」


 彼女が赤い結晶をつつくと、結晶は砕けて彼女の中に入っていった。いや、戻ったのが正しいのか...


 「なんかむかむかする。少し、遊ぼうかしら...」


 彼女は部屋から姿を消すと大河にかかる橋に現れた。彼女が手を翳すと空に巨大な火球が現れた。それはティア達に使った数倍の大きさだ。


 「行っちゃえ!」


 火球は橋に降下し橋全体を呑み込んだ。そして、橋は完全に燃え上がり跡形もなく無くなった。


 「あははははははははは、スッキリした。でも、つまんなぁい。ティア...また、遊びたいわぁ。うふふふふ。」


 彼女はうっとりと笑うと姿を消した。


 彼女の火球が落ちた時、偶々人がいなかったので死者や怪我人は出なかったが、これによりしばらく橋を渡ることができず流通においてに多大な悪影響を受け、経済的に大きな損失を与えてしまった。そのため、原因調査と対策で国の高官は頭を抱える羽目になった。

 ちなみに、全員が不幸になったのかといえばそうではなく貨物船による運搬の利用が増えたので貨物船業者はうれしい悲鳴をあげてウハウハだったという...

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