第10話ティアと騎士

騎士のシンは夢から醒めるように意識を取り戻した。しかし、自分が知らない土地にいるためわけが分からず困惑した。


 「...ここは?どうなってるんだ?」


 シンが周囲を見回していると男が頭から血を流して倒れていた。シンは慌てて男に近付く。


 「おい!あんた、大丈夫か?」


 「痛た...それはこっちのセリフだ。」


 男は上半身を起こしてシンと向かい合った。


 「どういうことだ?」


 「覚えていないのか?」


 「ああ、突然目の前にが女が現れて目が妖しく光ったと思ったら...気づいたらここにいたんだ。」


 「やはり、操られていたのか...」


 「操られていた!?俺がか?」


 「ああ、俺が会った時はお前ともう一人が女といたぞ。」


 「もう一人!?ジャックスか!ジャックスは...」


 シンは周囲を改めて探すと木の側でジャックスが仰向けで倒れていた。シンはジャックスに近付いた。


 「ジャックス!しっかりしろ!」


 「うっ...」


 どうやらジャックスの息はあるようで寝ているだけのようだ。


 「良かった。息はあるな...」


 「すまんが。そいつの頭を思いっきり殴ってしまった。ティアを捕らえようとしたからな。」


 「まさかジャックスも?」


 「恐らく操られていたんだろう...」


 「そうか...」


 「そうだ!ティアは?ティアは見てないか?小柄な女の子だ!」


 「分かった!探してみる!」


 3人の中で唯一動けるシンは男の必死な様子を感じ取り、進んで辺りを探した。すると、爆発跡の中心近くに人影が見えた。シンが急いで近づき確認すると青い髪の女の子が横たわっていた。至るところに切り傷があり、服も所々煤けていた。髪は真青であまり手入れしてないのか少しごわついている。しかし、顔は整っており成長すれば美人になると思った。


 「おい!大丈夫か?」


 シンは女の子を揺するが返答はない。失礼を承知で手を口に当てると息が当たった為、呼吸はあるようだ。シンはひとまず安心した。


 「ティアは大丈夫か?」


 「意識はないが、呼吸はある。とりあえず、どこかに運ぼう。あんたもな!」


 「なら、近くの宿屋にしてもらおう。」

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 宿屋に入ると、男は医者を手配した。男と少女はここで宿泊でしていたようで、宿屋の女性はボロボロの男と眠っている少女を見てパニックになりかけたので宥めるのが大変だった。そうこうするうちに、医者が来て、一人一人診察を受けた。シンは何故か足に霜焼け、擦り傷が多数見られるが、軽症。ジャックスは頭を殴られたことにより脳震盪と診断、経過観察となった。ちなみにこいつも何故か腕と足に霜焼けの症状が出ていた。男は頭を切っており、全身至るところが打撲していたが骨折は無いそうだ。少女は背中を強く打ったらしいが命に別条はなく、それよりも魔力が殆ど感じられないことから魔力欠乏と疲労によるものだと診断された。幸い全員命に別条はなく、一先ず一安心だ。その後、ジャックスも目が覚め意識もはっきりしているため、問題ないと判断された。しかし、少女は2日間目を覚まさなかった。


 「なぁ、この子どう考えても...」


 「ああ、俺達が探している子だ。」


 男から事情を聞いたシンとジャックスは選択を迫られていた。国の命令に従い彼女を捕まえるか、彼女を見逃すかを選択しなければならないのだ。彼等は国の忠誠を誓った騎士であるが、騎士は忠義を守る者だ。国の為には任務を遂行しないといけないが、命の恩人である彼女を捕まえるのは忠義に反する。二人には酷な選択だった。












 「...」


 少女、ティアは覚ますと窓から夕日が見えた。どうやら夕方のようだ。ティアは、眠る前の出来事を思い返し、飛び起きようとした。


 「っ!おじさっ痛っ...」


 ティアは背中の痛みで起き上がれず、再び寝そべった。


 「痛い〜、なん、で...」


 ティアが痛みに顔をしかめながら背中をさすっていると、扉が開かれ宿屋の女主人が入ってきた。


 「まぁティアちゃん!起きたのね!大丈夫?」


 「背中、痛、い。」


 「あら、起き上がれそうにない?」


 「う、ん。それ、より、おじさん、は?」


 「ちょっと待ってて。」


 女主人は部屋から出て、とたとたと早足でどこかに行ってしまった。少し経ったあと女主人はおじさんを乗せた車椅子を引いて連れてきた。おじさんは所々に包帯が巻かれている痛々しい姿になっていた。


 「おじ、さん...」


 「ティアっ大丈夫か?」


 「ぐすっ...ごめん、なさい...」


 ティアはおじさんを見て申し訳ない気持ちでいっぱいになり、涙が溢れてきた。あの女、ノラが襲ってきたのは自分であり、おじさんは巻き込まれただけなのだ。しかし、おじさんは優しい顔で頭を撫でた。


 「何で謝る?悪いのはあの女だ。だから気にしなくていい。それよりお前さんが無事で良かった。」


 「そうよ、ティアちゃん。この人から事情は聞いたけど、貴方は悪くないわ。」


 おじさんはしばしティアの頭を撫でた後、真面目な表情になった。


 「ティア、お前に礼を言いたいやつがいるんだが、会ってもらえるか?」


 「う、うん。」


 ティアは誰だか分からずキョトンとしながら待っていたが、入って来た騎士を見て硬直してしまった。悪あ予感がしたのだ。


 「あ、ああ...」


 「私の名はシン、そしてこいつはジャックス 。この国の騎士をしている。この度は助けていただきありがとうございます。」


 二人の騎士は、ティアに頭を下げた。ティアは最初は困惑したが、ふとあのときの騎士と気づいた。


 「あの...体、は?」


 「特に問題ない。」


 「そもそも何であの女といたんだ?」


 「おそらく操られたと思う。あの女の目が怪しく光ったのを最後に記憶が途切れているんだ。」


 「人、を操、る、魔法...」


 「そうかもしれん。」


 ティアは魔法書を読んでいた時に、その魔法について記述があった。魔法書には危険性について記載はあったものの方法については書かれていなかった。


 「あの女はどうなったんだ?」


 「砕けて跡形もなくなったよ。無理もない。あんなに魔法をガンガン使ったんだから...命が尽きたのだろう。」


 「死んだのか?」


 騎士たちはおじさんの発言に安堵している様子だ。あの女の危険性を感じていたのだから無理もない。しかし、ティア俯きながら口を開き否と答えた。


 「死んで、ない...」


 「何!?」


 「あの、女、また、遊ぼう、言ってた。」


 「遊び!?あれが?」


 おじさんはあの女の生存だけでなく、あの戦闘を遊びと称した女の異常な感覚に旋律を感じた。


 「じゃあ何だ?あれは操り人形か何かなのか?あんなにリアルなのに... 」


 「俺達もあれが偽物とは思えん。そんな魔法聞いたことないぞ...ハッタリじゃないのか?」


 「...」


 ティアは言葉が出なかった。ティア自身もあれが人ではないと信じられなかった。しかし、あの女の発言や実際に戦ったティアの直感がそう言っているのだ。すると、女主人が呆れた口調で男達に言った。


 「まぁ!ティアちゃんが嘘を付いていると言うの?この子が一番そいつに接触しているんだろう?子供の言う事だと侮るんじゃないよ!」


 女主人の叱責にハッとした男達は申し訳無さそうに目線を下げ、ティアに謝った。


 「うむ...確かにそうだな。ゴメンな、ティア。」


 「すまない。」


 「不快に感じただろう。すまない。」


 「えっと...」


 今度はティアが困惑した。ティアは謝られた経験がない。孤児であるティアの周囲の大人は基本的に相手に非があっても謝罪しない、むしろこっちが悪いとして罵声を浴びせるか、暴力を振られることしかなかったのだ。そんな様子に気づいた女主人はティアにアドバイスをした。


 「素直に謝罪を受けていいんだよ?」


 「う、うん。」


 「〜〜っ。可愛いねぇ。」


 女主人はティアの様子にキュンとして頭を撫で撫でした。ティアは、恥ずかして顔を赤くし俯いてなされるがままだ。そんな様子にキュンとした男達も和んでいた。その後、夕食の準備の為解散となり、ティアの部屋から皆出ていった。しかし、少し経った後騎士の一人が真面目な表情でティアの下に現れた。


 「申し訳ない。貴方に訪ねたいことがある。」


 「...」


 ティアは騎士の発言を予想し身構えた。


 「君は我々が探している少女で間違いないな?」


 「っ...」


 ティアは逃げ出したかったが体が痛くて動けず怯えた表情しかできなかった。


 「その無言は肯定でいいか?」


 「私を、どう、するの、ですか?」


 「本来なら連れて行くのが筋だ。我々は国に仕える騎士なのだから...」


 「...」


 「だが、」


 「えっ?」


 「受けた恩を報いるのが騎士だと俺は教わっている。俺は貴方に助けられたと伺った。なら、その恩を仇で返したくない。」


 騎士は片膝を着きティアに頭を下げた。ティアは騎士の行動に目を開き驚愕した。


 「っ!」


 「我が名はジャックス。貴方の恩に報いたい。聞こうあなたはどうしたい?」


 「わ、私、は...王城、に、戻り、たく...ない。」


 「分かった。シン!そういうことだ。」


 もう1人の騎士が入ってきた。


 「いいのか?」


 「構わない。受けた恩を仇で返して騎士とは名乗れん。」


 「俺も同意見だ。分かった。なら、こうしよう。」


 ティアと騎士は今後の動きを相談した。ティアの希望は王城に戻りたくないしか希望がない。そこで、騎士は事情を知るおじさんも交えてティアの行き先を考えた。


 「俺は怪我が酷くて暫く動けそうにない。だから、ここに滞在して怪我が治ったら、国を越えようかと思っている。」


 「なら、私、も...」 


 「それはだめだ。」


 ティアの希望をジャックスは却下した。


 「貴方はここに留まり続けるのは危険だ。あの女の爆発について調査が入りそうでな。」


 騎士が言うには、まず彼等の任務地はここから離れており、操られていたとはいえ、無断で任務地を出た為、捜索隊が出ていたようで報告せざるを得なかった。その際、ティアのことは伏せたものの、爆発のことは被害が出ているため報告しなければならず、結果的に不審に思った上層部が調査隊の派遣を決定したそうだ。


 「そんな...」


 ティアはおじさんの怪我に責任を感じており、看病をしたかった。おじさんはティアの頭を撫でながら語りかけた。


 「ティア、気に病むことじゃない。むしろ誇ればいい。お前さんは俺達を助けてくれたんだ。あんなヤツを倒しちまったんだぜ?」


 「そうだな。貴方の成したことは素晴らしいことだ。だから、負い目なんて感じることではない。」


 「うん...」


 「それで、どうするんだ?」 


 「彼女の症状次第だが、俺達の任務地に行くのはどうだ?」


 騎士は地図にある場所を指し示した。それは、ここから王都を挟んで真向かいの所だ。


 「おいおいおい。すごいところから来たな...。お前たちエドワード辺境伯のところの騎士だったのか。」


 「エドワード?」


 「ああ、隣国との国境付近に領地を持つ辺境伯でな。一度戦いがあれば先陣を切って敵に立ち向かい無傷で生還する男だ。その強さから"鬼神"なんて呼ばれてるこの国の切り札だ。」


 「ひぇぇ。」


 「ああ、だがここは王都から離れているから追手も中々来れん。そして、ここなら俺達も助けられる。」


 「なるほど...だが、どうやって移動するんだ?」


 「定期便の馬車を乗り継ぐしかあるまい。俺達も馬を置いてきてしまったので、移動手段は馬車しかない。」


 この国は、交通手段として馬車が一般的だ。そのため、決められたルートをたどる定期便の馬車が存在し、馬車を所有していない人はお金を払ってそれを利用する。ちなみに、おじさんのように馬車で旅をする場合や騎士のように馬に乗って移動する場合、国に登録が必要である。


 「運賃は俺達が面倒を見よう。その代わり、女の事を教えてもらおう。奴を捕まえるために。」


 「は、はい。お願い、します。」


 ティアはペコッと頭を下げた。ティアとしてはおじさんが心配だが、おじさんにそう言われては仕方ない。ティアは騎士達に従うことにした。


 2,3日するとティアはベッドから出られるようになった。騎士達は報告もあるのでずっとではないが、1日1回程は見舞いに来てくれた。


 「その様子ならもう大丈夫そうだな。」


 「はい...」


 動けるようになるのは嬉しいが、それは同時におじさんとの別れも意味していたので、ティアは複雑であった。yもそれを察して、励まそうとしたその時、ダダダダダと走る音が聞こえ、バンッとシンが扉を開けて入ってきた。


 「シン!他の客の事を考えろ!」


 「それどころじゃない!彼女を逃がすんだ!隊長が...」


 「俺が、何だ?」

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