第9話魔女とティア2

声とともに突風がティア達を襲った。

ティアとおじさんは容赦なく吹き飛ばされ、おじさんは家の壁に激突、ティアは草藪に吹き飛ばされた。ティアは草藪がクッションとなったものの背中から地面に落ちてしまった。ティアは落ちた衝撃で肺が押しつぶされ、息を吐き出した。


 「かはっ!」


 ティアは痛みで動けず、仰向けのまま辛うじて片目を開けた。目の前には二人の男と女性が立っていた。2人の男は鎧を着ていることから騎士であろう。そして、女性の方は明らかに場違いな黒いドレスを着ており妖艶な雰囲気を出している。髪は赤く黒のドレスが映えていた。ティアは何故自分たちを攻撃したのか彼らに問いかけた。


 「うぅ...ど、どうして?」


 ティアの疑問に女性は妖しげに微笑みながら答えた。


 「ふふ、貴方の髪に魔力が流れているのが視えたのよ。魔力が多すぎて漏れてたからバレバレよ。そして、髪に魔力が流れてるのは魔法の証...色を変えてると推測すれば自ずと誰だか分かるわ。貴方が王の隠し子ね?」


 「ぐぅ...」


 「痛みで喋れないかしら?まぁ都合がいいわ。貴方達捕まえなさい。」


 女性が指示を出すと騎士2人がティアに近付いてきた。だが、二人の動きは緩慢で騎士らしくない。ティアが見てきた騎士は皆機敏であり、目の前の彼らと全く正反対の動きだ。それに目が虚ろだ...


 「あ、なた、達、変...」


 女性はニヤァと笑った。


 「貴方が知る必要無いじゃない。」


 騎士がティアに触れようとした瞬間、何かがやって来た。


 「ウラァァァァァァァ。」


 おじさんが木の棒を持って現れ、雄叫びを上げながら騎士の頭を棒で殴った。騎士は衝撃で吹き飛ばされる。


 「この野郎...ぐわぁっ!」


 「おじさん!」


 しかし、再び突風がおじさんを襲った。おじさんは吹き飛ばされて木に衝突した。突風の威力が高かったため、何本も木が倒されてようやく止まった。おじさんは無事であろうか?


 「お、おじさん...うぅ。」


 「私の邪魔をするからよ。まぁ、貴方が彼に接触しなければこんな目に遭わず平和に過ごせたのにね。」


 「...」


 ティアは女性の言葉に何も言い返せなかった。自分が関わらなければおじさんはこんな目には遭わなかった...。自分が一人で逃げていれば...ティアは自責の念を感じてしまい、目から涙が溢れてきた。心の乱れで髪の色が明滅し始める。


 「ふふ、どうしたの?魔法が解け始めてるわよ?まぁ、抵抗しないなら大人しく捕まりなさい。」


 ティアは諦め始めていた。これ以上、自分のせいで誰かが傷つくならいっそ捕まってしまった方がいいと考えたからだ。


 「ご、ごめん、なさい...」


 それは、誰に対してか、素性も知らないティアを匿ったお婆さんに対してか、見ず知らずの自分を助けたおじさんか?それとも、システィナに対してか...とにかく、ティアは謝りたかった。それ程、ティアの心は限界だ。しかし、


 「ふざけんな!この子が何をしたんだ!」


 「えっ?」


 ティアが目を向けたそこには、おじさんが立っていた。頭から血を流し、体中ボロボロだ。


 「ティア、大丈夫か?」


 「おじさん…」


 「心配そうに見るな。俺は大丈夫だ。」


 おじさんはティアを安心させるように笑顔で体を叩いた。そして、女に再び向き合った。


 「この子はただ平穏に生きていたいだけなんだ!何で、追われなきゃいけないんだ!」


 「...うるさいわね。それは、この子の出生がそもそもの悪いのよ。」


 「ふざけるな!命に悪いも糞もあるか!このクソ野郎!!」


 「っ!貴方、いい加減ウザイわぁ。殺してあげる。」


 女性の手から火球が現われるとあっという間に大きくなり、大の大人と同じ位の大きさになった。


 「何だと!?お前、風使いじゃ...」


 「ふふふ、私、複数の属性が使えるの...だからこんなことも」


 火球の周囲に風が巻き上がる。風が火の威力を高め、さらに凶悪な火球に仕上がった。


 「これが、2つを合わせた力よ?さぁ、貴方もそこで見てなさい。貴方の大切な人の死を!」


 「っ!」


 女性はティアを嘲笑すると、おじさんに向けて火球を放つ。このままでは彼が死んでしまう。自分のせいで誰にも死んで欲しくない。その思いがティアを突き動かした。


 「お、お、じ、さん...だ、駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 ティアは自身の体に鞭を打ち叫びながら体を回転させ、うつ伏せになりありったけの魔力を地面に流した。そして...


 「お願い!おじさんを、守ってぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 ティアが叫ぶと呼応するかのように地面から巨大な氷の壁が生じて火球と衝突した。凄まじい音とともに氷が砕けていく。


 「ふふ、氷とは驚いたけど...たかが氷の壁...容易く壊せる。」


 しかし、女性の口元は三日月状から形を変えていく。何故なら...


 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 「ど、どういうこと!?何で壁が無くならないの?」


 何時までも氷の壁が無くならないのだ。そして、段々と火球は衰えていきとうとう跡形もなくなくなった。残ったのは大きく凹んだ氷の壁である。ティアはおじさんを守ったのだ。


 「な、何故...」


 女は何故か分からず唖然としたが、目の前で見ていたおじさんは分かった。


 (氷が次から次へと現れていた。そのおかげか...)


 そう、ティアは氷の壁を後ろに何枚も築いていたのだ。壊されても壊されても何度もおじさんを守るために築いていたのだ。そして、その気持ちが火球に勝ったのだ。


 「くっ!貴方、やってくれるわね!お前達早く捕えて!」


 女は余裕な態度を崩し、ティアを睨みつけると騎士達に指示を出す。しかし、騎士達は動かない。


 「何をしているの!」


 騎士達は動こうとしているが、動かなかった。動けるはずがない。騎士の足は氷漬けなのだから...


 「こいつ...いつの間に」


 女はティアの行動に驚いた。ティアは女も凍らせようとするが...


 「舐めないで!」


 女の足に凍り付いた氷がバリンッと一瞬で砕けた。やはり一筋縄ではいかないようだ。ティアは距離を取るため立ち上がろうとする。しかし...


 「させないわよ。」


 女は手から雷をティアに放った。


 「あああああああっ」


 「っ!ティア!!」


 ティアは痺れて体が動かなくなり、顔から転倒した。まさか、雷も使えるとは...


 「ふふふ、もう許さないわよ?これ以上、抵抗できないように手足を斬ってあげる!」


 女は風を巻き起こしてティアに放とうとした。しかし…


 「舐めんなぁ!」


 おじさんはティアを守るために女に向けて売り物の紙袋を投げ放った。


 「ふんっ!無駄よ。」


 しかし、女は余裕の表情で魔法で紙袋をあっさり切り刻んだ。おじさんはニヤリと笑った。紙袋が破られたことで、中身の白い粉末が風で舞い上がった。その中身は...小麦粉だ。おじさんの狙いはそれだ。


 「ティア!伏せてろ!」


 「な!?しまっ...」


 「燃え上がれぇぇぇ!」


 おじさんは魔法で火を放つ。火は小麦粉の一粒一粒に次々と引火し、凄まじい爆音と共に爆発した。そう粉塵爆発だ。爆発の威力は強く。おじさんや騎士は吹き飛ばされ、女は目の前で爆発に巻き込まれた。


 「こ、これで...」


 「ふ、ふふ...」


 しかし、女は立っていた。ただ、無事とは言えない状況で身体中大火傷だ。立っているのもやっとかもしれない...しかし、女は笑っていた。


 「ここまでとは...貴方達を舐めていたわ。もう手加減はしないわ。この体は壊れるかもしれないけど、貴方達は殺してあげる。」


 なんだか、女の声が幼く聞こえたが、それを気にしている場合ではない。女は両手を挙げて巨大な火球を作り出した。これまでで一番大きい。


 「まだ、こんな大きなものを...」


 「ふふ、本当はこんなものじゃないけれど。この体ではこれが限界...」


 あまりの威力か、女の体がポロポロ崩れている。


 「おい!お前!死んじまうぞ!」


 「ふふふ」


 女は笑っているだけだった。しかし、女はあることに気づいて笑みが止まった。ティアがいないのだ。


 「あの子どこ?」


 「っ!ティア!」


 女もおじさんもティアを探した。


 <時は遡り、粉塵爆発の時>


 「ティア!伏せてろ!」


 「っ!」


 おじさんの叫びを聞いたティアは無意識に魔法で体を氷で包み込んだ。しかし、威力が強かったため氷は容易く砕けてティアは吹き飛ばされた。


 「あぁっ!」


 氷のおかげで威力は多少抑えられたが、ティアはコロコロ転がっていき大木の側で止まった。


 「うっ...」


 ティアの体は既に限界を迎えていた。おまけにティアは女の雷を受けたことも相まって体を上手く動かせない。また、魔法の度重なる行使で魔力も尽きかけていた。ティアは気を失い始めた。しかし、ティアの目に何かが映った、巨大な火球である。


 「っ!あ、あんなの...」


 もし、あの火球が降り注げばこの森だけでなく街にも被害が出るかもしれない。そして、おじさんは無事ではいられないだろう。


 「なん、とか、しないと...」


 ティアは必死で策を考える。どうすれば火球を止められるか。火球...魔法を止められるか。


 「!」


 ふと、ティアは魔法書の1文を思い出す。

 "魔法は使用者と繋がっている。使用者の感情が乱れれば魔法は乱れ、使用者が意識を無くせば魔法も発動しない。魔法の規模が大きければ大きい程、魔法は使用者の影響を受けやすい。"

 つまり、あの女をどうにかすればいいのだ。では、どうする?魔法は距離が遠いので上手く行かないだろう。だが、これは好機だ。


 「...よし。」


 ティアは残り少ない魔力を全身に流す。すると、体が少しずつ動きとうとう立ち上がった。


 「はぁ、はぁ...」


 "身体強化"魔法書に書いてある魔法だ。魔力を体の一部に流しそこを強化する魔法だ。ティアはこれを応用して魔力を手足に流して無理矢理体を動かしたのだ。しかし、足は震えており、いつ倒れてもおかしくない。おまけに、ティアの残存魔力から考えて魔法は残り1回しか使えないだろう。


 「っ!やる!」


 ティアは気合を入れると近くの大木に飛び掛かる。足に魔力を集中させて蹴り上げ、まるで弾丸のように女に向かっていった。女が気づいたときにはティアは目の前にいた。女はティアの突撃を躱せず2人は衝突した。魔法の行使中はそちらに集中せざるを得ずどうしても反応が鈍くなる。それをティアは利用したのだ。


 「あ、貴方!」


 「終、わり!」


 ティアは残り僅かな魔力を使って、魔法を発動した。女は顔以外が凍りつき、地面に倒れた。使用者がいない火球は崩れ落ち、跡形もなくなった。それを見て安心したティアであったが、上手く着地ができず地面に衝突した。


 「痛っ!うぅ...」


 ティアの魔力が尽きたようだ。氷はすぐに溶け女は立ち上がった。女は倒れているティアを見ると微笑んだ。


 「ふふ、貴方、面白いわね。この体をここまでにするなんて…」


 ティアは女の声が先程よりなんだか幼く感じた。どうなっているのか?


 「...」


 「もっと遊びたいけど、もう限界ね。」


 女の体が崩れ始める。


 「!」


 「ふふ、ねぇ貴方、名前教えて?私はノラ。」


 「ティア...」 


 「ティア...いい名前ね。また遊びましょ?」


 女は無邪気に笑うと跡形もなく崩れ去った。

 ティアは女のいた方を見つめていたが、やがて意識を失った。

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