第8話魔女とティア1

 魔法の練習で自身の両手を凍りつけてしまったティアは、直ぐに対処することで壊死はしなかったものの、両手は真っ赤に腫れ上がり痛みが生じてとても使えそうにはなかった。おじさんが手配した医者による治療の結果、両手共薬を塗った包帯でグルグル巻きにされてしまった。医者が帰った後、おじさんはため息をつきつつティアを叱った。


 「全く、一晩で手があれだけ赤く腫れ上がるとは何をしでかしたかと思えば、自分の魔法で手を凍らせたなんて...すぐ溶かしたからいいものの、下手すれば両手とも失っていたんだぞ?」


 「っ!ご、ごめん、なさい。」


 ティアはしゅんとなり目に涙を浮かべて謝った。


 「きちんと反省しなさい。とにかく、手が治るまで大人しくしていなさい。分かったか?」


 「はい。」


 ティアは手が使えないので手伝いもできず、大人しく部屋にいることになった。食事も痛みでスプーンを握れないので、おじさんや宿屋のおばさん等他の人に食べさせてもらっていた。それが、申し訳なくて、恥ずかしいためティアは俯きつつ顔を真っ赤にさせながら食べさせられていた。

 ちなみに、その姿を見たおじさん達はそんなティアが可愛くて、いつも誰がティアに食べさせるか競っていたのはティアには秘密だ。ティアはおじさんに自身が氷魔法使いだと明かした。


 「氷魔法...実在したのか。」


 「そんな、に珍しい、です、か?」


 「ああ、火や水、風、雷、土は見たことあるが、氷は噂程度だな。まぁ、そんな手になるのは氷で納得だわな。」


 「おじさん、は、何か、使え、ますか?」


 「ああ、火を少しだけな...。旅では役に立つんだぜ。それよりお嬢ちゃん、氷魔法について他の人にあまり言わないほうがいいかもな。」


 ティアは理由がわからずキョトンとした。


 「何で、ですか?」


 「氷属性持ちは珍しいからな。変なやつに捕まって下手すりゃ奴隷にさらるかもしれん。」


 「奴隷...?」


 「奴隷ってのは、家畜の人間版みたいなものだ。」


 「ひどい...」


 人間はそんなこともするのかとティアはショックで顔を真っ青にした。


 「(いかん、脅しすぎた。)ま、まぁ、そういうことになるかもしれんから...用心して信用できるやつにしかその事言うんじゃないぞ?」


 「う、うん。」


 「じゃあ、仕事に行ってくるから、何かあったら宿屋に頼るんだぞ。」


 「うん。いって、らっしゃい。」


 おじさんが仕事に行った後、ティアは部屋でやることもないので魔法書を読むことにした。正直、この魔法書は初心者向きではなくページが進むことに難易度が増していくため、文章を読むだけではティアの頭ははてなマークでいっぱいだ。ただ、文章の所々にこの本の元々の持ち主のメモ書きがされており、それのおかげで理解しやすかった。ティアはメモ書きを見た時にこの本は誰かの持ち物だったと理解した。これを貰って良かったのだろうか?ティアは思ったものの今は返せないので、有り難く勉強させてもらうことにした。ちなみに、本当にティアに渡して良かったかというと、そんなわけなくあの魔法書は侯爵家でも大切なものの部類で、それを渡したシスティナは後にアルフレッドや執事から強めの注意を受けることになった。

 さて、本には各属性のイメージが書いてある。水のイメージではひどい目にあったティアだが、他に使えるのがあるか気になったので、少しだけやってみた。


 「えっと...風は、巻き、上げる、イメージ?巻き、上げる?どうやるの?」


 巻き上げようにもどうすればいいのだろうか?ティアはよく分からない。とりあえず物が浮かべばいいのかと思い、試しに机にある羽ペン(羽があるので飛ぶかなと思った)を飛ばしてみることにした。手の怪我により掴めないティアは机に向かい羽ペンの前に立つ。


 「手...は、使え、ない。なら、魔力で、巻き、上げる...」


 ティアは集中し自身の魔力を羽ペンのペン先に集中させた。そして...


 「えいっ!」


 魔力を勢い良く上へ上昇させながら魔法を発動する。すると、パキッパキ!と氷が渦巻状に現れ羽ペンを巻き上げつつ凍りついていた。


 「巻き、あがった、けど、凍った...」


 結局、ティアは他の属性魔力の使い方であっても凍りつくだけであった。しかし、これが無意味かというとそうではない。そもそも、これまでティアは凍りつかせるためには対象に触れたりしなくてはいけなかった。しかし、魔力の使い方次第で触れなくても凍りつかせる事ができると分かったことは大きな進歩であった。ティアはおじさんが戻ってくるまで魔法書を読みふけっていた。


 日が傾いた夕方頃、おじさんは帰宅した。

 

 「戻ったぞ~。手は大丈夫か?」


 「ううん。まだ、痛い。」


 「直ぐには治らんか...じゃあ、夕食でも食べに行くか。ん?」


 おじさんはキラリと光っている気がしてふと机を見た。そこには、凍りついた羽ペンがあるではないか!これをした犯人は一人しかいない。


 「ティア、魔法で凍らせたな?これじゃ書けないぞ。」


 「ご、ごめん、なさい。」


 ティアは部屋のものを凍らせるものの溶かすことができないため、毎日何かしら凍っていた。おじさんとしては自分の手を凍らせるほど制御できてない時点であまり魔法を使ってほしくないが、ティアは失敗しても諦めないタイプで何度も挑戦していた。おかげで、おじさんが帰宅する度に部屋の色々な所が凍っていた。


 「熱心だな~。」


 「手が、こんな、状態で、何も、でき、ない、から」


 「また、自分を凍らせないように気をつけるんだぞ?それじゃあ飯を食べに行こう。」


 「う、うん。」


 ティアとおじさんは夕食を食べに行った。ティアはおじさんとの生活を楽しんでいたが、怪我で迷惑をかけているので自分は何もできず、申し訳なくて早く治って欲しいと感じていた。ティアが怪我してから定期的に医者が来てティアの診察をしていた。


 「じゃ、包帯を取るぞ?」


 「う、うん。」


 包帯を外した手は薬でテカっていた。手はまだ赤いものの大分腫れが引いていた。


 「うん、治り始めてるね。手は動く?」


 ティアは指を動かしてみた。指がピクっとして曲がり始めた。


 「まだ少し痛いけど、指、動く。」


 「ふむ...なら、今まで通り薬付きの包帯を巻いておいてね。それと痛みがなければ握ってもいいよ。」


 「はい。」


 医者はおじさんにも同様の話をして、代金を受け取って去っていった。治療費を出してもらって申し訳なかったティアはいつか返すと伝えたが、いつも子供が気にするなと言われていた。ティアはおじさんや宿屋の人などの優しさを感じ、ここの生活を気に入り始めていた。しかし、ある時突然それは崩されてしまう…


 ある日、いつも通り仕事をしていたおじさんに男達が訪ねてきた。


 「すまないが、1つ聞きたいことがある。」


 「?何でしょうか?」


 「最近、旅をしている少女を見かけなかったか?青い髪をしているはずだが...」


 「...青い髪?見てないですね~。」


 「そうなのか?この街に向かう道で歩いている少女とすれ違ったという目撃情報があってな...。少女が目撃されたのと同時にこの村に入ったアンタなら何か知っているかと思ったんだが...」


 「(コイツら俺のこと...)どうでしょう?私は見ていませんなぁ~。」


 「そうか、分かった。また見かけたら知らせてくれ。邪魔したな。」


 「わかりました。」


 男達は去っていった。おじさんは男達の後姿をじっと見つめていた。


 その日の夜、おじさんは仕事を終え、いつも通り宿に戻った。宿屋が声をかける。


 「あら?おかえり。早いわねぇ」


 「ああ、ただいま。ティアはいるか?」


 「ええ、手伝いは終わったから今は部屋よ。」


 「分かった。」


 おじさんは真剣な表情で戻っていったので、宿屋の主人は不思議に思った。


 「ただいま。」


 「おかえり、なさい。」


 「ティア、話がある。」


 「?」


 おじさんとティアは互いに椅子に座り向かい合った。おじさんは口を開いた。


 「今日、男達に旅をしている少女がいるかと聞かれた。」


 「!」


 ティアは目を大きく開いた。呼吸もしづらくなる。若干冷や汗も掻いてきた。


 「その少女は青い髪をしているらしい。お前は茶色だが...単刀直入に聞く、男達が探しているのはお前か?」


 「...」


 おじさんに本当の事を言いたくない。しかし、これ以上迷惑をかけたくない。ティアは数分考えた末に答えを出した。沈黙こそが答えかもしれないが...


 「...」


 「どうなんだ?ティア」


 おじさんはティアの回答を待った。ティアはおもむろに立ち上がると目を閉じた。すると、髪が茶色から青に変わった。


 「な!?」


 おじさんは衝撃で立ち上がった。ティアは申し訳無さそうに俯いて話し始めた。


 「探し、てる、私、間違い、ない。」


 「その髪、どうやって。」


 「青い、目立つ、だから、魔法、変えた」


 「そういう魔法もあるのか...そもそも何故?」


 「私、逃げた、だから、追われた、でも、戻りたく、ない、酷い目、合う。だから、逃げた、お、おじさん、嘘、言った、ごめんなさい。」


 最後の方は嗚咽で跡切れ跡切れだったが、ティアは嘘をついたことを謝罪した。おじさんは無言でティアの頭を撫でた。


 「分かった。よく話してくれた。嘘は良くないが、許す。お前は優しい子だ。」


 「ひっく...ぐす...」


 「ティア、直ぐにここを離れたほうがいい。奴らは俺の事を調べている。恐らく、お前といると推測されている...」


 「そんな...」


 (道を歩いている所をお前とすれ違ったという証言の他にも、恐らく、街に来た時に俺と居るところを見たという証言もあって、俺といると目星をつけられているかもしれん。)


 「今なら、まだ間に合う。俺も手伝うから。」


 「...分かっ、た。逃げ、る。どうして...」


 ティアは寂しそうな表情をしながら同意した。最後の言葉は小声だが、様々な思いの込められた言葉におじさんは胸が締め付けられた。この後、ティアとおじさんは脱出手段を考え、決行は明日の朝となった。


 次の日、馬車は街を出発した。それに気付いた昨日の男達は馬車を追跡する。


 「なぁ、どう思う?」


 「多分、俺達にビビって逃げたんだろう。」


 「追うぞ。あの子供は生きる金だ。」


 ティアの報奨金は徐々に上がっている。このまま手元において一番いいときに売るティアは株であった。男達は追ったものの未だにティアの姿はない。そして、夕方頃次の街に着いた際もティアはいなかった。男達は焦った。


 「おい、何で出てこないんだ?おかしいぞ。」


 「どうなってるんだ?」


 男達が疑問に思うのも無理はない、馬車の主が昼食のときも夕食にもティアがいないのだ。男達は焦って馬車の中身を確認した。


 「居ないぞ。どうなっているんだ!」


 「おかしい...こいつと一緒にいるのは分かってるのに...」


 男達は困惑した。前もって情報を収集し取り逃がさないようにしているはずなのに…男たちは街の隅々を捜索したが、とうとうティアは見つからなかった。

 だが、いるはずがない。何故なら...そもそもティアは乗っていなかったのだから...


 <その日の朝>


 ティアはおじさん...によく似た男性に近づき魔法でこっそり髪をおじさんと同じ白髪混じりの黒髪に変えた。人の顔の特徴的な部分を覚えるとその人の顔を覚えやすい。茶色や赤やら髪色が多々あるこの世界では髪の色は覚える特徴になりやすいものだ。そして、この地域は茶髪が多く黒髪が少ないので黒髪にすれば間違えるだろう...というおじさんの策だ。おじさんとティアは男性が馬車で出発後、男達が追ったのを確認して、別の道から街を出た。ティアは髪の色を黒に変え、親子に見えるようにした。この道の先の街は旅をする人が乗る馬車が行き来しており、これに乗って逃げればいいとのことだった。ティアはおじさんとの別れが寂しいが、これで逃げられると安堵していた。


 「これで、逃げ...」


 「られると思った?」


 「っ!」


 声とともに突風がティア達を襲った。

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