第5話ティアとシスティナ

辺りが暗くなった頃、ティアは目を覚まし上半身を起こす。体はまだ怠いものの休んだからか多少楽になっていた。ここはどこだろう?と横になったところ、ベッドが体に沿って沈む感じがした。


「おお...」


 ベッドの感触に思わず驚嘆してしまった。ジャスミンと会うまでは、布1枚敷くか地べたに直接寝ていた為、地面が固くて起きると痛いと感じることもあった。また、布1枚しかくるむものも無いので寒い時期は特にキツかった。その時に比べれば天と地の差があるものだが、これは一時的な物である。この屋敷を出れば以前の生活に戻るので、ティアはこの機を逃すまいとベッドの感触を楽しむことにした。


 「♪~」コロコロ


 ティアはコロコロ転がってベットのフワフワな心地を体いっぱいに感じた。ただ、ティアは誰もいないと思っていたが、残念ながら人はいた。システィナだ。


 「何してるの?」


 「!えっ、あの、これは...」


 システィナは不思議そうな顔で尋ねた。ティアは恥ずかしくて顔を赤くしつつ理由を話そうとするが、慌てているためたどたどしくなってしまう。そんなティアを見てシスティナは手を腰に当てて言った。


 「そんなに動いたら、熱が上がるじゃない!大人しくしてなさい。」


 「はい。」


 ティアはシスティナには何となく逆らえなかった。身分ではない何か別の理由で彼女には逆らえないと本能で感じてしまったのだ。ティアは大人しくする事にした。


 「良い子ね。」


 システィナはティアにシートを掛けると頭を撫でた。褒められたことにまだ慣れてないティアは頬を赤らめた。その様子を見たシスティナはティアの可愛らしさに目を細める。

 

 「食欲はある?」


 「はい。」


 「なら、夕食にしましょう。」


 システィナの侍女ジュリーはティアの上半身をベッドに起こし、ティアの前に台を用意してその上に料理を並べていった。お粥や細かく刻んだ野菜のサラダ等、消化しやすく体に優しいごはんだ。


 「あ、ありが、とう、ござい、ます。」


 「折角だし、食べさせてあげるわ!」


 システィナはスプーンを取るとお粥をすくい、ティアに食べさせようとした。流石に恥ずかしくてティアは顔を真っ赤にして首を横に振った。


 「だ、大丈夫、です。じ、自分、で、食べられ、ます。」


 「良いじゃない。やらせてよ。」


 システィナはどうしてもティアの姉の様に振る舞いたいようだ。だが、流石に度が過ぎているので、ジュリーはシスティナを止めた。


 「システィナ様、彼女は一人で食べられると言っています。見守るのも姉の役目ですよ。さあ、システィナ様もお夕食をお取りください。」


 「むぅ〜、やりたかったのに...分かったわ。我慢する。」


 システィナは顔を膨らませたが、諦めてジュリーに連れられて夕食に向かった。


 ティアは、システィナが居なくなると何となく寂しくなったが、冷めないうちに早く食べることにした。スプーンで掬ってフーフーと軽く冷ますと一気に口に入れると、温かいお粥が体に染み渡っていくのがわかった。味はあっさりしていて体に優しい感じがする。空腹だったティアはあっという間に完食した。完食するとやることもなかったので、しばらく外を見た。窓の外から見る星の光景はいつもと同じはずなのに外で怯えてみるのと部屋の中で安心してみるのではなんだか見え方が違う。ティアがそんなことを考えつつぼんやり眺めているとシスティナが手に小さな袋とコップに入った水を持って現れた。


 「あら、ちゃんと完食したじゃない!偉いわ~。」


 「ん。美味し、かった、です。」


 システィナはティアの完食を喜び、ティアの頭を撫でた。ティアも嬉し恥ずかしい気持ちで、赤くなりつつ微笑む。システィナはティアの前に小さな袋と水を出した。


 「はい。袋の中の粉を飲んで。」


 ティアは、言われるまま袋の中身を飲み込んだ。すると、口の中に苦みが広がり、あまりに強烈なため思わずうめき声をあげた。


 「ん〜!!!」


 「ほら、早く水を飲みなさい…」


 システィナはティアに水を渡すと、ティアはすかさず水を飲んだ。


 「んくっ、ぷはぁ。に、苦かった。」


 「よく効く薬は苦いものよ。私はもう苦いものは平気だわ。」


 システィナは手を腰に当てて自慢した。ジュリーは薬を前に駄々をこねるシスティナしか見ていないが、それを言うと怒るので苦笑しつつも黙っていた。だが、突然、ティアの顔が青ざめ始めたので、システィナは慌てて尋ねる。


 「ちょ、ちょっと大丈夫?」


 「く、薬!?ど、どう、しよう...お、お薬、飲ん、じゃった...払え、ない。」


 システィナは不思議に思った。


 「お金は気にしなくてもいいわ。それに、お薬なんてお医者様に診てもらえばくれるものじゃない!」


 この言葉にティアは、システィナとの身分の差を感じた。薬との距離はシスティーナとティアの間に大きな差ある。ティアは勇気を振り絞るようにシーツを握ると意を決してシスティナの目を見て口を開いた。


 「私、お金、無い。お医者、様、お金、ない、人、見ない。私、孤児、お薬、買えない。病気、診てもらえ、ない、追い出される、だけ...」


 「っ!」


 「お薬、欲し、かった。でも、貰えなかった。だから、死んじゃった。」


 ティアはその事を思い出したのか、悲しみに耐える様に目に涙を浮かべ、眉を顰めて虚空を睨みつけた。この様子を見たシスティナはティアが孤児であることも驚いたが、なにより彼女の中で薬にあまり良い印象を抱いていないと感じた。そして、システィナと彼女は同じなのだ。


 「あなたもなのね...」


 「え?」


 「私もお母様が亡くなってるの...幼い頃にね。だから、会ったことないの。」


 システィナは伏し目がちに述べたが、やがて笑顔になって自分に言い聞かせる様に言った。


 「でも、寂しくないわ!お父様がいるもの。」


 ティアはシスティナの顔を見ていたが、やがておずおずと手を伸ばしシスティナの頭を撫で始める。ティアは貴族が嫌いだ。しかし、システィナは嫌いになれない。ティアの突然の行動にシスティナは驚いた。


 「ちょ、ちょっと何するの?」


 「...ごめん、なさい。頑張って、いる、感じた、から。」


 「え?」


 「無理、しない、で。」


 ティアはシスティナの頭を撫で続ける。システィナも最初は動揺していたがやがて、目を細めて気持ちやさそうだ。二人はやがて互いの手と手を合わせると、互いの額をくっつけた。


 「私貴方が、赤の他人に思えないわ。」


 「わ、私も...」


 「ふふっ、不思議ね。」


 二人はしばらくの間、目を瞑って同じ姿勢でいた。そして、互いに向き合い微笑みあった。


 「まずは、自己紹介から始めましょう。私はシスティナ、アルフレッド侯爵の娘よ。」


 「私、ティア。孤児。」


 「ティア、貴方、帰る家がないなら、ここで暮らさない?」


 「ごめん、なさい。私、家ない、けど、ここに、居られない。」


 「どうして?」


 「私、追われ、てる。だから、お婆さん、とこ、出た。」


 「貴方追われてるの?どうして?」


 システィナは混乱した。"お婆さん"の事は気になるが、それ以上に彼女が追われている事に戸惑った。


 「私、王族、らしい。ジャスミン、言ってた。それで、連れて、かれた。でも、私、訳が、分からなくて、王族、皆、偉そうで、逃げた。そしたら、たくさん、追ってきた。殴られた。王族、怖い、信じられ、ない...」


 ティアは追手に殴られた事を思い出したのか、体が震えている。ティアを見たシスティナは怒りに震えた。


 「何てこと!?そんな事例え王族でも許されないわ!」


 「システィナ様!」


 「不敬でも、構わない!」


 普通の人なら王族が絡むだけで諦めるようなものだが、システィナはそうしなかった。システィナは、ティアの手を握ると優しく告げた。


 「ティア、ここは王都から離れていて、お父様がいるから変な人は入ってこれないわ。だから、せめて良くなるまでここにいて。」


 「...うん。」


 ティアはシスティナの提案に同意した。システィナはティアが内心、王族だけでなく貴族に嫌悪感を抱いていることを感じた。それはシスティナであってもだ。そのため、期間を定めて滞在することを提案したのだ。その後、ティアは安心したのか直ぐに眠りについた。


 システィナはジュリーを伴って執事のもとに行き、こう伝えた。


 「ティアの体調が戻るまで、いてもらって良い?」


 「彼女はティアというのですか。まぁ問題ありませんが、貴方に害を与えませんか?」


 「問題ないわ!私が保証するわ!」


 システィナは腰に手を当て自信満々に告げた。こうなっては彼女は絶対に譲らない。そのことを知っている執事はため息をついて首を縦に降った。


 「わかりました。ただし彼女が良くなるまでですよ?」


 「分かったわ!ありがとう!」


 「システィナ様、彼女は?」


 「あの子は私の大切な"お友達"よ!それじゃ、おやすみ!」


 システィナは満面の笑みで述べた。この笑顔守りたい。従者一同の望みだ。


 「はい、おやすみなさい、システィナ様。あ、ジュリーは残って下さい。誰かシスティナをお部屋にお連れして。」


 システィナは別の侍女に連れられて部屋を出た。執事はシスティナが部屋から離れたのを確認してジュリーに向き合った。


 「システィナ様はああおっしゃていたが、あの子の危険性は?問題あれば、速やかに処分しますが...」


 システィナとは約束したが、彼らの最優先事項はシスティナの安全だ。最悪、ティアを処分するのは当然のことである。


 「問題ないと思われます。あの子の着ていた服からは特に毒や鋭利なものはありませんでした。また、彼女ティアがシスティナ様を見る目に警戒心はあっても敵対心は感じられませんでした。」


 「こちらでも彼女の荷物を確認しました。食料や組立式の箱?とお金が入っており、ナイフとかもありましたが、カバンの奥にあり容易に取り出せません。そして極めつけはこれです。」


 執事はジュリーに紙を見せた。それはお婆さんの書いたあの手紙だ。


 「この手紙からは彼女に向けた愛情を強く感じました。そして彼女はこの紙を丁寧に折り畳んで汚れないように、食料とは別のポケットにしまっていました。以上のこととジュリー貴方の報告から彼女の危険性は低いと感じられます。」


 執事は残っていた従者たちに告げた。


 「これより少女ティアをシスティナ様のお友達として扱います。皆様宜しいですね?」


 「「はい。」」


 その場にいた従者達は同意した。お婆さんはティアの知らぬ間にまた彼女を守っていたのだ。




 <一方、王城では>


 システィナの父アルフレッドが到着していた。アルフレッドは従者と共に王城に入った。途中、騎士達とすれ違ったが、彼らはアルフレッドの事をよく知っているため、顔パスで中に入った。アルフレッドは受付と思われる従者を見つけ、述べた。


 「侯爵位アルフレッド、只今参上した。」


 「アルフレッド侯爵、遠いところお越しいただきありがとうございます。ところで、ご息女は?」


 「申し訳ない。体調が芳しく無いので、私だけで来た。何か問題あるか?」


 「い、いえ!問題ありません。お大事に...。会議が始まるまでもう少しお待ち下さい。」


 「ありがとう。」


 アルフレッドは王城の談話室に入ると既に多くの貴族が到着して談笑していた。


 (相変わらずだな、ここは...作り笑い、探り合いのオンパレードだ...あの子を連れてこなくて良かった。)


 アルフレッドが様子を伺っていると、誰かが声をかけてきた。


 「おお、アルフレッド!」


 「エド!久しぶりだな~。」


 エドワード、通称エドは辺境伯でこの国の国境に領地がある。他国が攻めてこれば最前線になり、魔物も多いため戦う機会が多い為、エドの肉体は筋肉質で大きい。鎧のよく似合う男だ。その男の側に、小さく可愛らしい少女がいた。システィナと同じくらいの背で、華奢でありドレスがよく似合っている。


 「ん?この子は?」


 「ああ、ほらソフィー挨拶は?」


 「えっと...ごきげんよう。アルフレッド侯爵。」


 「こんにちは。ソフィー嬢、大きくなったな。」


 「どうだ!可愛いだろ!」


 「えへへ。」


 エドはソフィーの頭をガシガシと撫でた。ソフィーは嬉しそうだ。


 「ところで、お前の娘は?」


 「体調不良で欠席だ。」


 「またか...大丈夫なのか?」


 エドは小声で尋ねた。アルフレッドがシスティナを連れてこないのはいまに始まったことではない。しかし、今回はあまりよろしくない。


 「王から娘を連れてくるように言われていただろう?」


 「体調不良なら仕方なかろう?(王の考えが分からぬ以上連れて行くことはできん。)」


 アルフレッドは王が突然娘を連れて来るよう言ってきたことに違和感を感じていた。


 「本当に親馬鹿だな~。」


 「なんとでも言え。」


 すると、会議室の部屋から官僚が出てきた。


 「皆様、お待たせしました。お入りください。」


 「お、時間だな。行くぞ。アルフレッド!」


 「あぁ。」


 二人は会議室に入った。ソフィーはエドの従者と共にここで待機となる。アルフレッドは娘と会話する貴族を見ながら小声で呟いた。


 「あの子をまだここに連れていくべきではないからな。」

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