第4話布団の中の姫

 システィナは、父親が侯爵位を持つアルフレッドで、青い髪と赤い瞳を持った娘である。母親は幼少の頃に亡くなったと聞いており、記憶もあまり残っていない。しかし、父のアルフレッドからは惜しみない愛情を受けて育っていった。ただ、システィナは不満がある。それは父があまり外出させてくれない事だ。今日も夕食時にさり気なくアピールしたが、尽くスルーされた。システィナは夕食後、侍女と自分の部屋に移動していた。腕のふり幅は彼女の怒りを表しているのか大きく、頬も若干膨れている。


 「まったくお父様も過保護だと思うわ。私も外に出たいのに...」


 「お嬢様、そう仰らないで下さい。アルフレッド様は、システィナ様が大切なのですよ。というか、システィナ様は引きこ...」


 「何ですって?」


 「いえ、何でも無いです。」


 システィナ付きのメイド、ジュリーは幼い頃からの付き合いなので、軽口を言い合える仲だ。ジュリーもシスティナに遠慮なく言ってくるので、逆にシスティナは気に入っていた。二人はシスティナの部屋の前に着いた。ジュリーは扉を開ける。


 「システィナ様、入浴の準備をしてきますので、お待ち下さい。」


 「ええ、よろしくね?」


 システィナは部屋に入り、読書しようかと本棚に向かった時、誰かがいる気配がした。システィナは気付かれないように、扉近くに安置されている自身の剣を取った。システィナの父アルフレッドは騎士としても有名であり、システィナ自身もそんな父に憧れて剣を習っているため、部屋に木製の剣が置いてある。システィナは剣を抱えてゆっくり侵入者に近づいた。どうやら、相手は上半身だけを起こしている状態のようだ。最初は相手を圧迫してひるませることが大切だと思い、相手の前で腕を組み仁王立ちして叫んだ。


「何奴です!ここをアルフレッドが娘、システィナの部屋と知っての事ですか?」


 言いながら相手の事を観察すると、黒い布を被っているが青い前髪が出ている自身と同じ青い髪をした小柄な少女のようだ。しかし、暗殺者かもしれず油断ならない。システィナは警戒して次の相手の動きを待った。すると相手が動いた...と思ったら、相手は倒れ、そのまま動かなくなった。


 「ちょ、ちょっと貴方大丈夫!?」


 システィナは少女に近づいて顔に触れたが、あまりの冷たさに手を引っ込めた。これはただごとでは無い。


 「冷たっ、どうなってるの?」


 とにかく、このままでは彼女の命が危ない。不審者でもこのまま死なせるわけにはいかない。システィナはとりあえずベッドに運ぶ事にした。とりあえずベッドまで転がしてそこから持ち上げた。


 「よいしょっ、軽!?」


 システィナもあまり力は無いが、それでも彼女は軽かった。この軽さ、華奢な手足を心配しつつ、ベッドに寝かせた。たが、まだ冷たいため、やむを得ず自分も共に寝て温めることにした。


 「冷たい...生きてるわよね?」


 システィナは、少女の胸に触って鼓動を確かめた。どうやら動いているようで、システィナは安堵した。しかし、このままでは危ない事くらい彼女にもわかる。


 「良かったまだ、生きてる...でもこれじゃあ...迷ってる場合じゃないわね。」


 システィナは魔法を使用する事にした。彼女の得意な魔法はティアと逆で相手に熱を与える事である。彼女は魔法を少女の身体全体にかけて温めた。加減を間違えれば最悪彼女は死んでしまうため、賭けでもあった。システィナは神経をとがらせた。


 「もう少し...」


 システィナが温めている最中に、ジュリーが呼びに来た。


 「システィナ様〜入浴の準備が出来ました。」


 「ジュリー!入って来て。」


 「システィナ様!?」


 ジュリーは部屋に入ると、システィナがベッドに入っていたので驚いた。


 「システィナ様、まだ寝てはいけませんよ。入浴されてからにして下さい。」


 「そんなこと言ってる場合じゃないの!こっちに来て!」


 ジュリーは、疑問に思いつつ近づくと、システィナと共に誰かが寝ているのを見て驚いた。


 「システィナ様!?この子は?」


 「突然入って来て倒れたの。でも凄い冷たいから、このままじゃ死んでしまうと思って温めているの。」


 「暗殺者だったらどうするのです?まず人を呼んでください!」


 「咄嗟に何かしなきゃと思ったからできなかったの!!今は、魔法で温めてるけどもう限界!ジュリーも手伝って!」


 「かしこまりました。なら、お風呂に入れましょう。システィナ様もお入りください。」


 「分かったわ。でも、他の人には言わないで...」


 「人を運ぶのですぐバレるかもしれませんが、承知しました。」


 ジュリーは2段ある台車を用意して、上にシスティナの着替えを置き、下に少女を丸ませた状態に寝かせて上からタオルを被せた。ジュリーは台車を押しながら、システィナの隣を歩いた。


 「こうすれば荷物を運んでると思われるだけなので、問題ないと思います。」


 運良く誰にも会わず浴室に行けた2人は台車を脱衣所に入れると、少女の服を脱がして風呂に入れた。窒息しないように、肩を支えて頭を出し、体全体を湯船に浸して温めた。


 「これで大丈夫だと思うのですが...」


 「だといいのだけど...」


 「この子の事は私がやるので、システィナ様も入浴して下さい。」


 「分かったわ。体は自分で洗えるから、この子のこと頼むわ。」 


 「かしこまりました。」


 システィナは体を洗うと湯船に入った。どうしても気になるため少女の近くで入った。


 「この子のこと、気になりますか?」


 「ええ、なんとなくね。似てるからかしら?」


 しばらく湯船に浸からせたあと、システィナは少女の体に触れて体温を確かめた。


 「人肌くらいかしら?」


 「そうですね。とりあえず一度上がりますか...システィナがのぼせても大変ですので。」


 「分かったわ。」


 2人は手早く着替えると、少女が風邪を引かないように体を拭いた。ジュリーがシスティナの髪を乾燥させた後、先程と同様に台車でシスティナの部屋まで運んだ。


 「ジュリー、ありがとう。彼女をベッドに寝かせてもらえる?一緒に寝るわ。」


 「システィナ様、それはいけません!彼女は何者かわからないのですよ?」


 「でも...」


 「...分かりました。私が彼女と一緒に寝ます。」


 システィナは、少女と寝たかったが、ジュリーが首を縦に振らないため、渋々諦めた。


 「分かったわ。せめて、寝るなら私の部屋にして。気になって眠れないわ。」


 「承知しました。準備します。」


 その後、ジュリーは布団をシスティナの部屋に持っていき、少女と一緒に寝た。






 朝


 システィナが目を覚ますと、少女だけが寝ていた。ジュリーは朝の支度で出掛けたようだ。システィナは少女に近づくと頬に触れた。昨夜より冷たくない。


 「もう大丈夫そうね...」


 「そんなわけ無いだろ?」


 システィナは声を聞いて、壊れたロボットの様に首をカクカク動かし声のする方角を見た。そこには、父アルフレッドがいた。


 「お父様!?どうしてこちらに...」


 「ジュリーから報告があったんだよ。システィナの部屋に少女がいるとね。まぁ、あまり彼女を責めないでやってくれ、昨日浴室にこれが落ちていたらしくてね。それで問いただしたのさ。」


 アルフレッドは、黒い布を見せた。

 

 「ああ!この子が付けてた布だ!あちゃ〜、慌ててたから気付かなかった。」


 気付かなかったとなれば、手伝ったシスティナの失態でもある。ジュリー1人を責めることはできない。アルフレッドは続けた。


 「システィナ、彼女に黙っているように言ったようだね?でもこの子の事を思うなら悪手だよ。」


 「だって、もしあのままだったら、この子が死んじゃう...」


 「もし、君の手に負えず、お医者さんなら助けられたなら?」


 システィナはハッとした。もし、自分で何とかできなかったら、この子の命はなかったかもしれない。システィナは涙ぐんだ。


 「っ!ごめんなさい。誰かに言うべきでした。」


 「そうだね。まず、私達大人を呼びなさい。お前は優しい子だ。突然現れた彼女が死んでしまうと思っての行動だったんだね?」


 「うん...」


 アルフレッドは、システィナの頭を優しく撫でた後、システィナと目線を合わせて優しく微笑んだ。


 「優しい君に免じて、彼女の為にお医者さんを手配した。これで大丈夫だ。」


 「お父様、ありがとう!大好き!」


 システィナは父に抱きついた。アルフレッドは娘との抱擁を楽しんだ後、再び彼女と向き合った。


 「もし、この子が君を害しない子ならどうする?」


 アルフレッドは暗に、もしシスティナに外をなすなら容赦しないと伝えつつ、少女の処遇を尋ねた。


 「うちで引き取れない?」


 「分かったその時は考えよう。」


 「お父様、ありがとうございます!」


 「さぁ、ここは護衛に任せて朝食にしよう。準備して。」


 「はい!」


 システィナは着替えを済ますと、外で待っていたアルフレッドと共に朝食場所まで移動した。朝食後、アルフレッドは直ぐに王城に向かう事になっていたので、システィナは見送りに行った。


 「お父様、行ってらっしゃいませ。」


 「ああ、ありがとうシスティナ。行ってくる。執事達の言う事を聞いておくんだよ。」


 「分かってるわ。そこまで子供じゃないもん!」


 システィナと執事たちは笑顔でアルフレッドを見送った。システィナは執事に医者について尋ねた。


 「お医者様はいついらっしゃるの?」


 「もう間もなくだと思います。それまで、お茶になさいますか?」


 「そうしようかしら...」


 システィナ達が移動しようとした時、騎士が走ってこちらに来た。執事は騎士に尋ねた。


 「何事だ?システィナ様の前だぞ?」


 「申し訳ありません!報告します。たった今、保護されていた少女が逃げました!」


 「「は?」」


 報告を聞いて、驚いて全員固まった。



<システィナ達が見送っている頃>


 少女ティアは目を覚ました。まだ頭はぼんやりしており、体もだるい。周囲を見回すと、昨日意識を失った場所と同じだ。どうやら眠ってしまったようだ。彼女は自分の服装を見て驚いた。


 「昨日と、違う?」


 昨日まで着ていたものと違い、ピンク色で肌触りのいい物に代わっているのだ!ティアは意味がわからずパニックになった。すると、護衛が目を覚ましたティアに声をかけた。


 「目を覚ましたか?具合はどうだ?」


 護衛は心配していたが、ティアは昨日襲われた事もあり警戒していた。また、頭もぼんやりするので考えられない。


 (男の人...敵?また私を捕まえるの?なら...)


 護衛はティアの様子を確認すべく近づいた。しかし、ティアは自分を捕まえるために近づいたと勘違いした。


 「...なら」


 「え?」


 「に、げる!!」


 ティアはシーツを男の顔にかけた。そんな事するはずないと思っていた護衛は咄嗟に動けなかった。ティアは男にいない方向に転がって布団を出て部屋から逃げ出した。ただ、屋敷の構造が分からなかったので、とりあえず走り抜けた。途中で侍女とすれ違ったが、無視して走り抜けた。しかし、頭痛がして気分も悪いため長く走れない。これ以上走れないと判断したティアは適当な部屋に入って隠れることにした。


 「ここ、どこ?ダルい...隠れる。」


 ティアが入った部屋は奥に机があり、後ろに本棚が所狭しと並んでいる。ティアは隠れる所を探した。クローゼットは直ぐにバレてしまう。ふと、窓があったのでこっそり見ると、どうやらここは3階らしい。降りることは出来ない...どうしようか迷っていた所、足音がした。不味い...ティアはひとまず机の下に隠れた。机は足が入口から見えない構造のため簡単にはバレない。間もなく、ガチャリと音がして扉が開かれた。誰かが中に入ってきた。ドタドタと足音がする。ティアはバレないように息を潜めた。


 「いたか?」


 「ここにはいない...」


 「他の部屋も探すぞ!」


 足音は部屋から出ていった。扉の閉まる音がして、部屋は静かになる。ティアは安堵した。


 「行った?」




 「貴方何をしているの?」


 「っ!」


 驚いたティアが見上げると昨日会った子供がまた仁王立ちをしていた。


 「ど、うして?」


 「何となく分かったのよ。とりあえず出てきなさい!」


 「ひぅ!」


 「折角、助けたのに逃げ出すなんて信じられない!ほら、お医者様もいらっしゃってるから見てもらいましょう。」


 ティアは何となく彼女には逆らえないと感じた。机からおずおずと這い出て、立ち上がり手を取ろうとしたが、そのまま床に倒れてしまった。


 「ちょっと大丈夫?」


 「はぁ、はぁ、はぁ」


 システィナは驚いて、ティアの額に手を置いた。かなり熱い。


 「熱っ!貴方、熱があるじゃない!?誰かこっち来て!!」


 システィナは声を上げた。足音が聞こえる...逃げたいのに体が動かない、ティアはそのまま意識を失った。



 



 次にティアが目を覚ますと声が聞こえた。どうやら、何かに寝かされているようだ。高級なものなのかふかふかで気持ちいい。


 「熱がありますね。昨日、体冷やしてました?例えば、冷たい水にかかったまま寝てしまったとか…」


 「わからないわ突然現れたもの。でも、この子昨日すごく冷たかったの...」


 「ふむふむ、それで風邪をひいたのかもしれませんね。おそらく風邪だと思われます。それと、所々まだ新しい殴られた痣や傷が見られます。それと口の中も切っています。確認ですが、こちらの家の方ではないのですよね?」


 システィナの代わりに、執事が答えた。


 「はい、ここにシスティナ様より幼い子供はいません。それにしてもこんな子供が殴られるなんて…」


 「何か訳アリのような気がします。とりあえず、薬を処方します。栄養のあるものを取らせて、休養させてください。」


 「わかりました。ありがとうございました。」


 医者は診療を終え去った。騎士と執事は話し始めた。


 「この子、どうします?」


 「また、逃げられても困りますしね...」


 皆が困っているとシスティナが立ち上がって宣言した。


 「この子は私が面倒を見るわ!私が見つけたんだし。」


 「ええ、しかし...」


 「文句あるの?」


 こうなればシスティナは動かない。執事は説得を諦めた。


 「アルフレッド様にもシスティナの思う通りと言われましたし、分かりました。準備しましょう。でも、お勉強はして下さい。」


 「わかったわ。ありがとう。」


 「申し訳ないのですが、外に護衛を置きます。ジュリー、あとはお願いします。」


 「はい、かしこまりました。」


 執事達はシスティナとジュリーを残し部屋から出た。


 「ジュリー、お茶が飲みたいわ。」


 「かしこまりました。準備します。」


 システィナはジュリーを部屋に出し、2人きりにした。護衛もいることと少女が寝ているため問題ないと判断したようだ。システィナは小声でティアに話しかけた。


 「貴方、起きてるんでしょう?」


 ティアは驚いてシスティナを見上げた。彼女は得意げな顔をしていた。


 「ど、うして?」


 「何となくね...でもどうして逃げたの?」


 「また、捕まえる、思った、から。」


 「捕まるって貴方何をしたの?」


 「何も...わ、たし、分からない。」


 「そう、まぁここではそういう事は無いから安心して。私が保証するわ。だから、貴方はしっかり休んで!」


 「うん。」


 何故かはわからないが、システィナのことは信用できると感じたティアは目を閉じて眠ることにした。システィナはお茶の準備ができるまでまるで眠る赤ん坊を見る眼差しでティアを見ていた。



<一方、移動中のアルフレッド...>


 馬車に乗って移動していたアルフレッドは部下と話していた。


 「まさか、急に王城から招集がかかるとは思わなかった。」


 「宜しかったのですか?システィナ様も招待を受けていたのに...」


 「体調不良にするさ。あの子をまだ外に出すわけには行かない。」


 「どんだけ過保護なんですか...」


 「まぁな、悪い虫がつかないようにするためさ...」


 アルフレッドは窓から外の景色を見ながら、王城への到着まで時間をつぶした。


 

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