第3話箱の中の姫

 ガタガタ揺れる荷車の中で、ティアは目を覚ました。既に王城から離れており追っては来ないだろうと思ったものの、もう少し隠れて過ごすことにした。そこで気づいたのだが、彼女は自分が何処に住んでいたのか知らなかった。そして、何処に向かっているかも...


 「どうしよう...」


 ティアは不安になったが、どうしようもないので次の目的地でスキを見て逃げることにした。荷台が止まったのは、日が丁度真上に来た時つまりお昼時だ。業者が食堂に入った所で、箱からひょこっと顔を出した。


 「よし、いない。」


 ティアは箱を片付けると鞄に詰めて、荷台から降りて、小走りで離れた。業者もだが、自分も空腹だ。お婆さんから食料とお金は貰ったが限りがあるので、なるべく使わないようにしたい。どうしようか迷ってカバンの中を漁ると、風呂敷に包んだ何かが出てきた。まだ温かい。街に流れる川の河原で座って包みを開けた。そこには、


 「お、に、ぎり」


 お婆さんが握ったおにぎりがあった。この国の主食はパンか米である。おにぎりは、広く一般的に食べられているもので、ティアはお婆さんのおにぎりが好きだった。おにぎりには、保温として包み全体に魔法で熱が込められていた。ティアは涙な溢れそうになりながらおにぎりを食べた。


 「お、いしい...お婆さん...ん?」


 包みに紙が挟まれていた。どうやら手紙のようだ。そこには、こう書かれていた。


 "ティア、貴方は頑固なので出て行くことを、私には止められません。ただ、アドバイスをしておこうと思います。

1.お金は無駄遣いしない事

2.食べ物を粗末にしない事

3.人を見捨てない事

4.貴方の信念は曲げない事

5.自分の武器を磨く事(あなたの得意な事を伸ばして)


最低限これだけは守りなさい。


それと、何か職を見つけなさい。

困ったらいつでも戻って来ていいから


お婆さんより"


 「お婆さん...」


 ティアは嬉しくて暫く涙を流した。必ずもう一度会いに行こう!ティアは心に誓った。ただ、1つ問題がある。


 「私...10歳?」


 ティアは推定年齢10歳、そもそも物心ついたら孤児だったので、年なんか分からない。お婆さんは、私の背丈からそれ位と予想してくれた。ただ10歳で職に就くのは中々難しい。とりあえず、宛もないので街を歩くことにした。


 街には人で溢れている。屋台が所狭しと並んでおり、良い匂いが立ち込めている。肉の香ばしい匂いがティアの食欲をそそる。食べたいが今はお金が...ティアは我慢することにした。ふと


 「っ!」


 鎧を着た人が歩いてきた。この銀色主体の身分の高そうな男達は...


 (騎士!?)


 ティアは、小柄なのを生かして人混みに混ざり、建物の陰に潜んだ。


 「...(何で騎士が...バレたら連れ戻される...早く立ち去って!)」


 ただティアも運が悪い。騎士達はここで休憩するようだ。なにせここは食堂だ。ティアはバレない様に立ち去ろうとしたが...


 「子供は、どこに行ったんだ?」


 「あの1日で即逃げた姫だろう?俺には何で逃げたのかわからんな。孤児だったんだろ?それが王族になるんだ有り難いよな?俺もなりたいよ。」


 「そう言うな。何か思う事があるんだろう?」


 失礼な話だ。こっちの気持ちも知らないで...ティアは苛ついたが、下手に動けばバレてしまう。おまけにこの髪は目立つ。ティアは身を屈めてバレないようにしつつ好きを伺い、人集りで騎士から見えなくなった所で素早く走り去った。


 ただティアは気付かなかった。彼女に目を付けた人間がいた事を...


 夕方になったが、結局何も見つからなかった。夜は野宿か...孤児で慣れっこなので問題ないが、ばれると不味いので人気のない所に行かないといけない。ティアはお昼を食べた場所に行くことにした。うまく行けば魚が食べられそうだ。


 しかし、背後から人が現れてティアの口を塞いだ。


 「んー!」


 「大人しくしろ!」


 ティアは驚いて、抵抗として相手の指に触れ魔法をかけた。加減が出来なかったので、指を一瞬で凍らせた。男はあまりの痛みで手を離した。


 「痛っ!このガキ!」


 男はティアを投げ飛ばした。ティアは急だったので、受身を取れず転んでしまった。口を切ってしまったようだ、血の味がする。


 「ぐっ!」


 「この野郎!」


 男は怒りでさらに殴ろうとした。ティアは以前殴られた恐怖が蘇り、一瞬動けなくなったが、何とか躱した。そして、逃げようとしたが別の男に塞がれた。


 「ひっ!」


 「おっと、ここは行き止まりだぜ?」


 どうやら一人ではないらしい...全部で4人いた。ティアは恐怖で震えが止まらないが、お婆さんとの再開を誓ったのでなんとしても生き延びないといけない。ティアは必死で逃げる方法を考えた。


 「男が4人いるんだ。諦めな!」


 「お前を捕まえればたんまり報償金が貰えるんでな悪いが大人しく捕まってくれ。」


 あのジャスミンとか言う姫こんな荒くれ者を雇ったのか?ティアはジャスミンに失望した。やはり王族は怖い。絶対捕まるか!ティアは男達の一途種一挙を見逃さないようにした。そして、遂に男が動いた。


 「うおらっ!」


 男は掴み掛かった。腕を掴まれた瞬間、ティアは再び魔法で相手の指の体温を低下させた。


 「痛っ!」


 男が手を離した瞬間に、ティアはバッと駆け出し男達の脇を抜けた。


 「待て!」


 男は魔法で火を放つ。私の身って大事じゃないの?!ティアは躱して逃げる。民家のバケツを拝借すると、川まで逃げた。


 「ばかか!?川に逃げ道はないぞ!」


 ティアは川から水を汲んでは相手に掛けた。だが、ただの水だ。男は構わず近づいた。


 「火は消せるが無駄だ!」


 ティアの狙いはそこだ。ティアは相手を充分近付けて魔法で相手を凍らせた。これで残り3人。


 「こいつ!?」


 ティアは次の男に近づいた。男は足だけ濡れている。ティアは男の足の体温を魔法で奪った。


 「痛っ!?」


 ティアは直ぐにタックルを食らわせた。男は突然のことで反応できなかった。男は受け身も取れず頭をぶつけて気絶した。これで残り2人。


 「もう手加減しない。死んでも悪く思うな!」


 仲間を倒された激高した男は魔法で雷を放った。相手を水で濡らすためにティアも体が濡れていたため、一瞬で感電した。


 「ああっ!」


 ティアは気絶しかけたが、転んだ痛みで目が覚めた。しかし、体が痺れて言う事を聞かない。


 「この野郎!」


 「ぐっ!」


 男はティアを蹴り飛ばした。痛みでまた意識が飛びかけた。しかし、今倒れる訳にはいかないので何とか意識をつなぎとめた。男はティアが抵抗出来ないと見て、ティアを袋に詰めた。


 「抱えて行くぞ!」


 「あいつらは?」


 「まずこいつだ。誰かにバレたら不味い。」


 男達はティアを二人ががりで運んだ。だが、運んでいると手足の感覚が無くなっていく。


 「冷たっ!」


 「ぐっ!?」


 男達はあまりの冷たさにティアの入った袋を手放した。ティアは自分の体が動かないので、体全体に魔法をかけていたのだ。ティアの体を通して袋、男達の指、体の体温を奪っていた。男達は低体温で眠りについた。


 ティアは体が動くのを確認し、袋から出た。しかし、ティアも無事ではない。初めての魔法の多使用、魔法を体全体にかけていたことによりティア自身の体温も下がっていた。非常に眠い。しかし、今眠るわけにはいかない。


 「に、逃げないと...」 


 「どこに行くんだ?」


 「え?」


 ティアが振り返ると男達が5人程いた。


 「こいつらに先を越されそうだったが、どうやら俺達はツイてるようだな。こいつも弱ってる。」


 ティアはもう体も心もが限界だ。男達に囲まれた恐怖で体が支配されて震え始めた。そして、呼吸もしづらくなった。所謂過呼吸状態だ。


 「あ、あああ、ハァハァ、ヒューヒュー」


 「チャンスだ!捕まえろ!」


 男たちが襲ってきた。


 「ああ、ああああ、ああ...」


 過呼吸の上に、恐怖でパニックになりもうどうしていいか分からない。ティアは訳もわからず魔法を放った。すると、ティアの体が輝くと一瞬で居なくなった。


 「何!?どこに行きやがった?」


 「探せ!」


 男達は周囲を探したが、見つけたのは騎士だった。


 「お前たち何をしている?」


 「しまった!」


 「そこで転がってる男共々事情を聞かせてもらう!」


 男達は、騎士に捕らえられた。



 ティアは訳がわからなかった。さっきまで川原にいたのに今は、屋敷の中だ。しかもベッドや装飾が高そうで、どこかの貴族の部屋らしい。


 「ここ、は?」


 「何奴です!ここをアルフレッドが娘、システィナの部屋と知っての事ですか?」


 突然ティアの目に写ったのは、自分と同じ青い髪と炎のように真っ赤な美しい瞳を持つ娘が腕を組んで仁王立ちしていた所だった。だが、そこで限界となりティアは意識を失った。

 

 


 <一方、王城では>


 1人の女性が大臣と廊下を歩いていた。青い髪を背中に流し、漆黒のドレスを着て歩いている。彼女の名はセイロン。

ティアの異母姉にあたる人物だ。彼女の心配事は一つ、最近見つかったティアのことだ。ティアの父つまり前王は妻が2人いる。

それぞれの妃からジャスミンの母ダージリン、もう一人の妃の娘がセイロンである。ちなみに現国王はダージリンの兄がなっている。セイロンの母は、セイロン1人を産んで亡くなった。セイロンの母とジャスミンの母は仲が良かったので、特に仲違いはしていない。問題は前王である。あの男は、いい年して若い女と子供を作ったのだ。これは母に対する明確な裏切りだ。これだけでも問題だがそれだけではない。 

王位継承権である。この国は男女問わず継承権が与えられている。順位は王から血の近い人物からついてくる。つまり、継承権第1,2位は現王の兄弟のジャスミン、セイロン(順不同),後は3人の子供が生まれた順でつけられており、3位がセイロンの息子である。

このままいけば息子が王になることを密かに喜んでいたが、ここに前王の娘ティアが現れると状況は一変する。継承権3位つまり最も王に近いのはティアとなる。これでは息子を王に就けられない。 


 「全く、ロリコンクソ野郎(お父様)にも困ったものだわ。ジャスミンもわざわざ見つけてこなくもいいのに…」


 「しかし、驚きました。その子供が脱走するなんて。」


 「孤児の考えていることはわからないわ。ただ、彼女の存在がばれれば国内外問わず彼女を狙うわね…。あの子がほかの人に渡る前に何とかしないといけないかしら。」


 「捕えますか?」


 「お願いできる?その子は孤児なんでしょう?なら、そんなに逃げられないはずよ。」


 「承知しました…」


 大臣はセイロンから離れると、自身の部屋に入って密偵を呼んだ。


 「お呼びですか?」


 「最近見つかったティア姫を捕えろ。最悪、生死は問わない。」


 「大丈夫なのですか?」


 「問題ない。セイロン様の許可は頂いた。生きていれば、国内外で使える武器になる。死んでいても状況は今と変わらんだけだ。」  


 大臣はセイロンの言葉を曲解して指示を出した。すべては自身が有利になるため、大臣はニヒルな笑いをした。 

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