第5話・少年の正体

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


 森の中がだんだん薄暗くなってきた。日が暮れかけているのだ。もうすぐ畑仕事を終えた祖父母が呼びに来る。そうしたら、少年とはさよならだ。


「ねえ、どこから来たの?」

「わかんない。気付いたらここにいた」

「迷子?」

「そうかもしれない。知ってる場所に似てるけど、よく見たら違ったんだよね」


 尋ねる度に少年の顔に不安が広がっていく。はしゃいでいたのは心細さを誤魔化すためだったのかもしれない。力になってあげたくて、僕は更に話し続けた。


「じいちゃんに頼んで家まで送ってもらおう」

「ほんと?」

「うん、だから名前教えて」


 田舎の町だ。名前さえわかればどこの子どもかすぐ分かる。同じ町内なら日が完全に落ちる前には自宅に送り届けることが出来るだろう。


「ボクの名前は石神 玲一郎いしがみ れいいちろう

「えっ」


 彼の名前を聞いて驚いた。僕と同じ名字だったからだ。でも、町内の『石神姓』はウチと親戚の二軒だけ。親戚の家に男の子はいない。


「じゃあ君は──」


「おおい、玲司。そろそろ帰るぞー」

「じいちゃん!」


 少し離れた森の入り口から祖父の声が聞こえ、思わずそちらに顔を向けた。

 僕が知らないだけで、他にも『石神姓』の家があるのかもしれない。きっと祖父なら知っているはずだ。


「ねえっ」


 再び向き直ると、そこには誰も居なかった。


「……玲一郎?」


 祖父の声に驚いて隠れてしまったのかと思い辺りを探してみたが、少年の姿はどこにも見当たらなかった。黙って帰ってしまったのかもしれない。


 肩を落としていたら、祖父がすぐそばまで迎えに来てくれた。


「おお、なんか作っとると思ったら、秘密基地をこさえとったんか」

「……うん」

「懐かしいなあ、じいちゃんも玲司くらいの時によく作ったもんだ」

「じいちゃんも一人で?」

「いいや、兄貴と二人でだよ。でも、身体が弱くて、大人になる前に死んでしまったんだ」


 夕焼けに染まる畑の脇を通り抜けながら、じいちゃんは昔の話を聞かせてくれた。


 当時真っ直ぐ生えていた若い木の下を掘り下げ、斜めにしたのは祖父の仕業だったらしい。秘密基地の屋根用に農機具小屋のトタンを剥いだら親に叱られて飯抜きになり、一晩納屋で寝泊まりさせられたこと。兄が自分の食事からおにぎりを作り、こっそり差し入れてくれたこと。なんでも褒めてくれる優しい人だったこと。


「ほうら、あの写真だよ」


 祖父は仏間の壁に掛けてある額縁の一つを指差した。


「あっ……」


 髪型、背格好、服装まで間違いなく彼だった。

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