第40話 もう嘘はつきたくないから。

「皆月さん……!」


 照らし出された牢屋の中には皆月さんと、その周囲に黒服の男が5人。

 雰囲気だけで分かる。彼らは全員S級冒険者にも引けを取らない手練れだ。

 

「ダンジョン省に黙ってダンジョンをクリアして回ったのは迂闊だったのぅ。お主らが日本を離れたタイミングで、この娘を攫わせてもらった」

 

 国際会議に出たのがこんな形で災いするとは。

 一応ダンジョン省から皆月さんには護衛を付けてもらっていたが、あの黒服たちが相手ではそこらの冒険者などまるで歯が立たないだろう。


「なんだ、思ったより強硬策に出るじゃねえか」


 俺は内心の動揺を悟られないように強気に言う。

 

「何の為にお主の復讐に手を貸したと思っておる? その娘がお主の弱点となり得ることは把握済みなのじゃよ」

「なるほど……てっきり俺の力を利用する為だと思っていたが、俺に協力した本当の理由は俺の弱点を探る為か」


 つまりこいつらは最初から俺を危険視し、手を貸すことで手の内を探っていたのだ。

 流石は歴史のある秘密組織。恐ろしいまでの周到さだ。

 

 あの頃の俺は、有原に復讐さえ出来れば後はどうでもよかった。

 世界の秘密も知らなかった。

 こいつらのことを怪しいとは思っていたが、それを警戒する理由も力も持っていなかったのだ。


「そういうわけで……大人しく手を引いてくれるかのぅ?」


 ロリババアが不敵に笑う。

 ――まるで、この場における勝ちを確信しているみたいに。


「随分と余裕だな。俺が皆月さんを無視して反撃するとは考えないのか?」

「いいや、お主は決してその娘を見捨てることは出来ん。……が、あるのじゃろう?」

「くっ――」


 どうやらハッタリは通じないらしい。

 

 皆月さんを無視すれば、俺はこの場での優位を再び取り戻すことが出来るだろう。

 ……けれど、それだけは出来ない。

 あの夜彼女を裏切ってから、俺はずっと後悔してきた。

 復讐を果たした後も、ダンジョン崩壊の対処で忙しいのを理由に彼女に会うことはしなかった。だが……本当のところはどんな顔をして彼女に会えばいいか分からなかったのだ。

 

「……そうだな。確かに、俺は彼女を見捨てるは出来ない」


 それが例え交渉の場でのブラフだったとしても。 

 俺はもう、皆月さんに嘘を吐きたくなかった。

 片足が神に突っ込んでいる俺だからこそ、これ以上人の道に逸れたことはしたくないのだ。


「そうじゃろうそうじゃろう。そうであるなら、はよ日本から手を引くと誓うがよい。さすれば彼女の命は保証しよう」

 

 ロリババアが上機嫌に言う。


「——だが、そいつら程度で俺を止められるとでも?」


 俺はステータスを解放し、魔帝シリーズを素早く身に纏う。

 

「無論、お主のスキルが強力なことは知っておる。じゃが、弱点は射程の短さじゃ。この距離なら妾の部下がその娘を殺す方が早い」


 俺の威圧をロリババアが笑い飛ばす。


「古瀬くん……? ダメだよ、この人たち普通じゃない! いくら君が強くても、この人数相手じゃ──!」


 声で俺だと気付いたのだろう。50メートルくらいだろうか。

 離れた牢屋の奥から皆月さんが叫ぶ。

 自分が危ない状況なのに俺の身を案じてくれる。相変わらず、本当にいい子だ。

 だからこそ、これ以上彼女をあんなごつい男共に囲ませておくわけにはいかない。


「大丈夫だよ皆月さん。……すぐに終わらせる」


 彼女を安心させる為に笑って、俺は黒風生み出す。

 

「——っ、あくまで逆らう気か。構わん! 一歩でも動いたらその娘を殺せ!」


 怒りを滲ませ、神が叫ぶ。


 ……動いたら、か。

 それならちょうどいい。俺はこの場を動く必要ないからな。 


 全てを消し去る黒い風が、ブワッと大きく広がる。

 スキルの効果範囲である2メートルを超え、魔帝シリーズの効果で4メートルに達し──更に広がり、一瞬にして広い室内の全てを飲み込んだ。


「は……?」


 呆然とする神を他所に、俺は皆月さんの側に駆け寄る。

 彼女を囲んでいた黒服は、既に全員消えていた。


「……ごめん、皆月さん。こんなことに巻き込んで」

「大丈夫だよ。こう見えて私、役作りの為に一か月お寺で修業したこともあるし!」


 俺が謝ると、彼女は気丈に笑って見せた。

 彼女とは、後できちんと話をしなければならない。——だが、前に。


「馬鹿な……お主のスキルはここまでではなかったであろう!」

「別に、スキルの出力ブーストなんてS級の冒険者なら出来るやつもいるだろ?」


 世界最強との戦いで身につけた出力調整。

 大量のMPを犠牲にスキルの効果を一時的に引き上げるこの技は、高みに達した冒険者なら扱える者も数多くいる。


「それは幾年も研鑽を積んだ末の奥義じゃ。つい先日スキルを得たばかりのお主では──」

「……研鑽なら積んださ。それこそ、何千年とな」


 むしろ、前任である魔帝さんはこんなもんじゃない。

 俺はまだ彼の半分もスキルの力を引き出せていないのだ。


「く……この場は妾の負けかの」


 吐き捨てるように言うロリババア。

 俺はそんな彼女の両目を黒風で焼いた。


「ぐっ、なにをっ!?」

「転移で逃げられちゃ面倒だからな。樋代さんには悪いが目を潰させてもらった」


 視界内を瞬時に移動する転移スキル。あれを使われたらいくら俺のステータスでも追い付くのは困難だろうからな。

 まあ潰れた目も大丈夫だ。エリクサーで元に戻る。

 ……なんか最近エリクサーの使い道がこんなんばっかになってきてるな。


「さて……これで形勢逆転だな。あんたの持ってる神の世界の情報を吐いてもらおうか」


 諦めたように座布団に身を投げ出したロリババアを見下ろすように、俺は彼女の前に立ちそう言った。

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