第33話 初見殺しと新たなる復讐

 冥王との戦いが幕を開けた。


 けれど俺は、開戦から未だ1歩も動かずにいた。

 展開された黒風がまるで砂時計のように俺のMPを減らしていくが、それでも俺は待ち続ける。


「来ないのかしら? では、こちらからいかせてもらうわね」


 冥王が指先で指示し、ケルベロスをこちらにけしかける。

 

 レベルにすれば、恐らく300オーバー。

 その巨躯から発せられる威圧感は、数々の修羅場を潜り抜けて来た俺ですら身が竦みそうになるほどだ。

 

 だが、俺は敢えて動かない。

 ギリギリまで惹きつけて、向こうの攻撃を真正面から黒風で受け止める。


 俺の眼前に迫り、三つ首の全てを大きく開けるケルベロス。

 口元には禍々しいエネルギーが収束されている。——ブレスだ。

 放たれた漆黒の咆哮が俺のいる場所を三方向から焼き尽くす。

 地面には巨大なクレーターができ、背後の巨塔が瓦礫を巻き散らす。


「くっ……あははははっ! あーあ、終わっちゃった! その黒いのを出してれば防げると思った? 残念ながら、そのスキルは既に《侵蝕》済みなのよ」


 ケルベロスのブレスによって肉の一片すら残さずに消し炭なった……はずの俺を見て、冥王が笑い転げる。

 

 ——パキンッ


 不意にその背後から鳴り響く、甲高い亀裂音。


 次の瞬間、室内を照らす青白い光が消える。

 玉座の後ろの巨大な水晶が綺麗さっぱりのだ。


「そっちこそ残念だったな。──あんたのスキルは、既に対策済みなんだよ」


 当然、水晶を消したのは俺の《黒風》の力。

 冷たく言い放つ俺の腕には、オレンジ髪の全裸美少女——フレアが優しく抱かれていた。

 

「な――なんでっ!? ケルベロス! こいつをもう一度消し炭に――!」

「無駄だ。そいつの攻撃は俺には通用しない」


 牙を剝き出しにして吠えながら再びケルベロスがブレスを放つ。

 俺はそれを、覚醒した黒風であっさりと払いのけた。


「あんたの《侵蝕》スキルはもう俺には通用しない。その為の力と記憶を、魔帝から貰ったからな」


 言うと、冥王の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「そう……そういうこと。あの老人が何かしたのね? 冥王という立派な肩書を持っていながら、更に自らを魔帝と称したあの見栄っ張りが!」

「魔帝さんにキレるのは間違ってるだろ。辱めようとしたのかもしれないが、あの人を侮ってあんなところに封じたあんたの失敗だよ」


 俺がぴしゃりと言い放つと、冥王はぐぬぬと歯ぎしりをする。

 だが、どれだけ怒りをぶつけようとも彼女はケルベロスをけしかける以上のことは出来ない。

 ここにいる冥王は本体ではなく、ただの思念体。

 その本体はによりかつて冥王が守護していた〈魔王城〉に繋ぎ止められていて動けないからな。


「あんたの《侵蝕》スキルとケルベロスの《不死》は相性がいいからな。守りに徹して戦われていたら、俺の方が不利だっただろう。だからこそ、俺がそれを凌駕していることを知らない初手でフレアを助けさせてもらった」


  ここまでの展開は全て、事前に予測していた。

  なぜなら俺は、魔帝さんの記憶で彼女の持つ力を知っていたから。

 

 冥王のスキルは接触するたびに他者のスキルへの耐性を付け、最終的に奪うことの出来る《侵蝕》というもの。 その上自身の配下にその力を与えることが出来るという凶悪さだ。

 魔帝さんがあんな目に遭ったのは、見てくれに騙された結果自身のスキルに耐性を付けられたからだ。


 また、ケルベロスは元々魔帝さんの飼い犬だった。どれだけ倒しても復活する《不死》スキルと、凄まじいステータスを持っている以外はどこにでもいる可愛いペットだ。それを、冥王が乗っ取ったのだ。


 二つのスキルが合わさることで、『倒すほどに耐性を得て復活する』とかいうチートモンスターが誕生したわけだが、今の俺は『このスキルへのあらゆる耐性を無効化する』という覚醒スキルを所持している。

 なので、魔帝を倒す際に《黒風》への耐性を獲得していると油断している冥王に対し、初見の1撃目でフレアを救出させてもらったというわけだ。

 長く戦えば、耐性の無効化すらも《侵蝕》される可能性があるからな。


「……そう、どうやらこの場は私の負けのようね」


 冥王は腕を振るい、冥府の門とケルベロスを消し去る。

 仮初の思念体である彼女は、この玉座の間以外では使えない。

 フレアを助け終え、黒風さんの効果がが健在の今、もはや彼女に俺を止める手段はない。


「あなたは、全てを知ってしまったのね。勇者のことも、冥王のことも。……そして、ダンジョンが生み出された理由も」


 冥王は嘆息して片肘を付き、全てを見透かすような瞳で俺を見つめてくる。


「ああ。——その全部が、あんたのせいだってことをな」


 俺は怒りに染まった目で冥王を睨みつける。


 俺は魔帝さんの記憶でこの世界に何が起きていたのかを大まかに知った。


 俺に接触してきたロリババアや冥王のように、この世は人の世界の外に神の世界が広がっている。

 基本的に好戦的で血の気の神様たちは、人の世界を支配することを望んでいた。

 それを己の存在を人柱として抑えていたのがかつての冥王である魔帝さんだったのだが、こいつに騙されてあんな姿にされたせいでその役割を果たせなくなった。

 

 結果として、であるダンジョンが生まれた……ということらしい。

 らしい、というのは俺も魔帝さんの記憶映像を幾つか見ただけなので、そこまで詳しいことは分かっていないのだ。

 

 ——ただ分かっているのは、悪いのは全部このクソ幼女だということだけ。


「魔帝さんが必死に神々をなだめて自分を犠牲にしてまで人の世界を守ってくれていたのをぶち壊しやがって……つうかダンジョンが無ければ俺のいじめは小学生の時で終わったんだからな! 追い打ちかけたあんただけは絶対酷い目に遭わせてやる!!!」


 ダンジョンが、スキルがなければ俺のいじめは小学4年生の時に終わっていたのだ。

 それなのに……こいつが余計なことをしたせいで〈最弱のそよ風野郎〉なんて呼ばれて高校生になってもいじめ続けられることになったんだ!


 もはや世界の真実だの、支配権だのはどうでもいい。

 俺はただひたすらに、俺の青春を真っ黒に塗り潰し、魔帝さんの苦労を全部無駄にしたこいつに怒っていた。

 

「……あなた、そんな個人的な遺恨で勇者になるつもり?」

「あ? 勇者とか知るかよ。てめえに学生生活全部滅茶苦茶になった俺の気持ちが分かんのか? いじめ舐めんじゃねえ! めっちゃ怖いんだからな!」


 有原への復讐を果たしたとて、世間から英雄と呼ばれ富や名声を得たとて……失われた俺の青春は戻って来ない。

 植え付けられた無数のトラウマは永遠に消えることはない。

 どれだけ力があろうが、ふとした瞬間にフラッシュバックして死にたくなるあの感覚はなくならないのだ。


「私が言うのもなんだけれど、なんだか人類が気の毒になって来たわね……」

「勇者だろうがそうじゃなかろうが、要はあんたをぶっ潰せば人類は助かるんだろ? なら、個人的な理由だろうが関係ないだろうが」


 ダンジョンの奥に行くほどにアイテムや経験値がよくなるように、どうやら神様たちの一方的な侵略にならないよう、幾つかのルールがこの世界にはあるらしい。

 その一つが『勇者制度』。

 人類の中から選出された勇者が〈魔王城〉にいる冥王を倒すことが出来れば侵略された全てがなかったことになり再び平和な世界に戻る、というものらしい。

 

 何故魔王城なのに冥王なのかというと、魔帝さんが世界のルールに介入し自分をその立場にねじ込んだからである。

 どれだけ侵略しても魔帝が殺される事で無意味になる、と分かっていれば神々も地上を侵攻しようと思わないからな。


「ふぅん……いいわねあなた、私はそういうの嫌いじゃないわよ?」


 そんな俺を見て、冥王は心底おかしそうに笑い転げる。


「一番知られたくない相手に情報が渡ってどうしようかと思ったけれど、俄然面白くなってきたわね。あなたが私の下に辿り着けるか楽しみだわ」


 冥王はそう言って挑戦的な目を向けてくる。

 なるほど。売られた喧嘩は買ってやる、ということか――面白い。


「けれど気を付ける事ね。〈冥王〉となった今の私は、魔帝の知るかつての私より遥かに強いわよ?」

「はっ、上等だ。絶対てめえのとこまでいって有原と同じくらい酷い目に遭わせてやるからな。覚悟しとけ」


 魔帝の恨みと俺の恨み、その両方を晴らす為に。

 こいつだけは絶対、俺の手でぶっ潰してやろう。


 俺は最後に一睨みすると、冥王に背を向け歩き出す。

 そうして眠り続けたままのフレアを抱きかかえながら、再び巨塔の螺旋階段を登っていった。

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