第34話 フレア・リリィコード
「ん……?」
暗闇の中長い螺旋階段を登っていると、不意に腕の中で温かさが動く。
それはもぞもぞと頭を動かし、しばらく呆然と固まり、やがて状況を認識し――
「え、ちょっ、嘘っ!? 私なんで服着てなっ!? うわあああああああああああっ!?」
暗闇の中で暴れる全裸の美少女フレアと、彼女が落ちないよう懸命に踏み止まる俺。
だが俺の心配は杞憂で、彼女はさっと華麗に着地すると隅の方で体を抱きかかえてうずくまる。
「あ、ああ……私、汚されちゃったぁ……」
そのまましくしくと泣き始める彼女に、俺は困り果てた。
いやだって、泣いてる女子を宥めた経験とかないし……
なんなら女子と話せるようになったのも最近の話である。
「あの、フレア……さん?」
恐る恐る、俺は声を掛ける。
「迂闊だった……迂闊だった迂闊だった迂闊だったあああああああっ! 力を完全に使い果たしたら目が覚めるまで時間がかかるとかもっと早く気付くべきだった……」
が、一人相撲を続ける彼女に俺の声は届かない。
「肌を見られるのは頑張ってどうにかしてたけど、触られるのは想定外にも程があるわよ……あ、赤ちゃんとか出来てないわよね?」
「んなもん出来てたまるかっ!!!」
素肌に触られただけでオーバーリアクションだったし、どんだけ純粋なんだ?
たまらず俺が叫ぶと、フレアは驚いたようにこちらを見る。
ずっと眠っていたので分からなかったが、彼女は吸い込まれそうな美しい紅蓮の瞳をしていた。
涙目で全裸の美少女が恥ずかしがりながらこちらを見上げてくる……そのエロすぎるシチュエーションに心臓が大きく跳ねる。
「ひっ……」
そんな俺の興奮を感じ取ったのか、フレアは一層自身の身体を力強く抱きしめる。
「そんなに警戒しなくてもこの暗闇だ。何も見えてないから安心しろ」
「ほ、ほんとに……?」
「ああ」
こわごわ確認してくるフレア。
が、嘘である。
〈暗視の魔眼〉によって俺にはばっちりくっきり彼女の身体が見えている。
が、まずはこの場を落ち着ける方が先だ。
「ほら、とりあえずこれで身体を隠せ」
俺は一応そっぽを向きながら魔帝のマントを手渡す。
「ありがと……」
彼女は恥ずかしそうに手探りでそれを受け取り、マントの紐をきつく結ぶ。
全裸マント、いいな……。い、いかん。なんか新しい性癖に目覚めそうだ。
「そのごめんなさい。助けてくれたあなたにあんな態度……まずはお礼を言うべきよね。私をあの水晶から解放してくれてありがとう、勇者様」
「き、気にするな。先に助けてもらったのは俺の方だから、むしろ助けるのは当然というか……」
彼女のはにかみの威力にやられながら、俺は何とか言葉を紡ぐ。
というか勇者様はこっ恥ずかしいからできればやめて欲しいんだが。
「そ、そうよね! うん、そうよ。力を使い切って助けてあげたのは私なんだし、勇者が助けに来るのは当然よね!」
……こいつ、服着た途端に強気になるなぁ。
俺は一瞬見えてる事を申告してやりたい気持ちになるが、多分話が進まなくなる為ぐっと堪える。
よし、ここはなるべく大人な対応をするとしよう。
「とりあえず、上に行ってから話そうか。多分、もう少しで登り終わるから」
***
「ぜぇ、はぁ……な、何がもう少しよ、死ぬかと思ったわ……」
巨塔の大扉まで上がって来たところで、フレアはがっくりと地面に膝をついた。
松明の灯りがちらちらと彼女の白い肌を照らし出す。
「まさか、賢者様がここまで体力がないとは」
冥王と張りあうだけの力を持っているくらいだからステータスも高いだろうと思ったがそうではないらしい。
因みに途中で背負っていこうかと打診をしたら死ぬ気で拒絶された。
「霊力があればこんなの朝飯前よ。けど、今は枯渇してるから……」
「……それ、これで何とかなったりしないか?」
俺は収納カバンからエリクサーの瓶を取り出し、フレアに渡す。
「なっ、そんなのがあるならもっと早く出しなさいよ!」
彼女はエリクサーを俺の手からひったくると、一息に飲み干す。
すると直後、彼女はどこからともなく現れた鮮やかな白のローブに身を包んでいた。
(改めてみると、とんでもない美少女だな……)
鮮やかなオレンジ色の髪に、宝石のような真紅の瞳。
その可愛さと若干幼い雰囲気は、見る者全ての心を奪う魔力がある。
これで性格が勝ち気じゃなきゃ、俺の好みドストライクだったんだが。
「ふぅ……ようやく落ち着いたわ。あ、これ返すわね」
不要となった魔帝のマントが返却される。
裸マントの見納めに残念さを感じつつ、彼女を直視できるようになったことに安心する俺。
「改めて。私はフレア。フレア・リリィコード。——異世界から招かれた賢者よ」
フレアはふふんと小さな胸を張り、腰に手を当て高らかに自己紹介をする。
「……異世界? 賢者? ま、まだ新しい単語が増えるのか……?」
少なくも魔帝の記憶で異世界について触れている場面はなかった。
神との争いだけでもキャパオーバーなのに、そこに異世界も加わって来るとかなら勘弁してほしい。
出来れば丸3日くらい色々と整理する時間を経てからまたの機会にお話しさせていただきたい。
「安心して。異世界が勇者の世界に関係する事はないし、賢者はただの肩書きよ」
どうやらここから更に複雑な設定が追加される、ということではないらしい。
「私のいた世界もあなたのところと同じようにダンジョンを使って神からの侵略を受けてたのよ。……でも、酷い戦いでね。結果は大敗。私だけが辛うじて生き残ったけれど、大切な人はみんないなくなっていた。……だからせめて、他の世界では同じ末路を辿らせない為に助けに来たの」
「まあ、来て早々あの幼女に捕まっちゃったけどね」と気まずそうに笑うフレアは、悲痛なまでに切ない表情を浮かべている。
命の恩人の言葉だ。もはや疑うようなことはすまい。というか、
……なんだそれ良い奴過ぎるだろ!!!
後先考えず俺のことを助けてしまう事といい、良い奴だろうとは思ってたけどここまでとは。
俺なら絶対その相手を恨んでぶっ潰す為にのみ全力を尽くすところだ。
……なんか、復讐ばかりに身を捧げている自分が恥ずかしく思えてきた。
「それで? これからどうするんだ?」
俺としては、曖昧なままの世界の真実を色々と補足して欲しいところだが。
「まずは地上の状況を確認しないと始まらないわね。その後は、出来れば王様とかと話がしたいわ。それも、なるべく大きい国の。あなたの疑問にもその時答えてあげるわよ」
どうやら俺の内心はお見通しだったらしい。いやしかし、
「待て。この世界に王様はいないぞ。や、厳密にはいる国もないことはないが……どこもフレアの求めてる権力を持ってるかというとそうじゃない」
「え……王がいないのなら、どうやって国は機能しているの? まさか、国もないなんて言わないわよね!?」
「国はあるが、民衆の代表が集まって国の方針を決めてる。地球のデカい国は、大体が民主主義だからな」
「まさか……そんなことが人間に可能なの……!?」
フレアは驚愕に目を見開いている。
どうやら、カルチャーショックはかなり大変そうだ。
「ま、それより目下最大の問題はこいつだけどな」
俺たちは話しながら黒い灰の降っていた世界を抜け、大滝の前までやって来ていた。
頭上の大穴をフレアを抱えたまま果たして登り切れるかどうか。
ステータスも倍以上上がってるし……ギリギリいけるかなぁ。
「なるほど。ここを登って地上に上がるのね。簡単じゃない」
「え、マジで?」
なんとなしに言ってのけるフレアに、今度は俺の方が驚く。
「私が賢者と呼ばれていた理由はね……100を超えるスキルを操れるからなのよ」
フレアは得意げな笑みを浮かべると、タンっと踵を鳴らしてジャンプして……そのまま宙へと浮かび上がる。
「さ、行くわよ勇者」
差し出された手を取って、俺たちは共に地上へと飛び上がった――
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