第32話 玉座の間

 魔帝が消えた後には、3つの装備が残されていた。

 

――――――

・〈魔帝の錫杖〉MP+200、力+50、知性+100、運+100

・〈魔帝の首飾り〉MP+200、知性+50、守り+50

・〈魔帝の靴〉MP+200、知性+10、敏捷+50


……魔帝シリーズの一つ。冥王のなり損ない(笑)らしく効果はそこそこ(説明文共通)

――――――


 そのどれもが相変わらずのチート性能。

 魔帝シリーズ共通のMP+200に加えて、あらゆる能力が一段階底上げされている。

 だが、もっとやばいのはセット効果の方だ。


―――――

・〈魔帝セット〉5/5 ……スキルの効果を2倍にする。

・フル装備効果……スキルの使用MPを半減する。

―――――


「これで黒風さんの弱点が緩和できる……!」


 どうやらスキル効果2倍は2つ以上身に付けた時のセット効果で、5つ全てを揃えるとMP半減効果が現れる、という仕組みらしい。

 

 黒風の効果範囲を広げる程に使用MPは増えていく。

 今後の成長を考えると非常にありがたい効果だ。


「流石は元の持ち主の専用装備、スキルとの相性も抜群だな」


 近接戦を想定するなら錫杖よりも〈深秘の宝剣〉の方が力ステータスが50高い、というのが悩ましいところだが、収納カバンがあればその時々によって使い分けも可能だろう。

 

「ほんと、これで見た目が良ければ完璧なんだけどな……」


 マントと王冠だけならコスプレ感があってギリギリ変な奴、くらいで済んでいたが、フルセットを揃えるとそうもいかない。

 完全に王です!って感じの威圧感がある。

 正直地上で身に付けるのは避けたいところだ。


「奥の部屋には……例のオーブだけか」


 海ほたるダンジョンで壊したのと同じ、漆黒に輝く不気味なオーブとそれを守るように不規則な動きで回るリングが鎮座している。

 宝箱がないのは残念だが、報酬としては十分すぎるくらい手に入っている。


「壊せばルーレットが回せるかもしれないが、こいつを壊すのは後回しだ。……壊せば、この下にも行けなくなるだろうし」


 魔帝の記憶で知った。 

 黒い灰の降っていた世界は、ダンジョンの寄生虫というか異空間というか、かなり特殊な場所で、ダンジョンであってダンジョンではない。

 今ここを壊しても、どこか他のダンジョンの下に移ってしまうだけ。

 そうなれば余計にフレアを助けるのが難しくなってしまう。


「さて、これでやれるだけの事はやった。後は――」

 

 魔帝の残光に別れを告げた俺は、そのまま連続隠し部屋を抜けて、螺旋階段を下り巨塔の大扉の間へ。

 


「遂に、この時が来た」

 

 暗く不気味で、背筋を逆撫でする生暖かい風の吹く下り階段を見つめながら呟く。


 かつてここを去るときに、再びこの場所に戻り階段の下に挑むと誓った。

 その誓いを果たす時が来たのだ。


「行こう」


 もはや言葉は要らない。

 口に出して己を鼓舞する必要もない程に、覚悟は決まっている。


 一段一段踏みしめるようにしながら、深層への登り階段よりも遥かに長い螺旋階段を、一切光がない中進み続ける。

 俺は〈暗視の魔眼〉があるからいいが、暗い中終わりが見えない階段を下るというのは大穴に落ちるのと同じくらい怖いことだろう。


 延々と階段を下り続けて、辿り着いた地底の底。

 巨塔から出た俺を出迎えたのは、荘厳な玉座の間であった。

  

 薄明かりに包まれた、黒と紫を基調とした不気味な玉座。

 まさにRPGでラスボスがいそう感じの雰囲気だが、玉座の奥に大きな違和感がある。


 玉座の裏にそびえるのは、巨大な水晶。

 室内の何よりも明るい青白い光を漏らすそれの中心には、裸の少女が眠っている。


 目が冴えるようなオレンジ色の髪の毛をした、中学生くらいの少女だ。

 目を瞑っているが、この世のものとは思えない程に美しい。まるで作り物みたいだ。

 

「あれが、フレアなのか……?」


 見ては悪いと思いつつ、その美しい肢体から目が逸らせない。

 そんな風にしていたから、俺は気付くのが遅れてしまった。


 ――誰もいなかったはずの玉座に、いつの間にか誰かが座っていることに。


「眠っている少女を視姦するとは、随分なご趣味ねぇ」


 鼓膜の奥が犯されているかのように錯覚する、ゾッとするほど美しい声が響く。


 玉座の肘置きに片肘をついて退屈そうにしているのは、5歳にも10歳にも見える不思議な幼女。

 張り付けられた不気味な笑みが、俺の見た記憶の中の物と一致する。


「……あんたが、冥王か」

「ええ、そうよ。初めまして、古瀬伴治」


 見た目は幼女なのに、圧倒的な威圧感を覚える。

 

「その子を助けに来たのね」

「まあな。出来れば素直に渡してくれると助かるんだが」

「生憎と、それは無理な相談ねぇ。この子の存在は私にとって色々と都合が悪いのよ」


 そうだろうとも。

 だからこそこんなところに封じ込め、念入りに何重もの防衛策が施していたのだから。

 

 動じない俺を、冥王はつまらなさそうに見下ろすと、


「一応聞いておくけれど、あなた、私と組む気はない? 私に協力してくれたら世界の1割くらいをあなたにあげるわ」


 なんというか、めちゃくちゃ悪役っぽいことを言い出した。


「いや、そこは普通半分っていう所だと思うが」

「半分も上げたら私の分が減っちゃうじゃない。それに、贅の限りを尽くし、あらゆる女性を従え酒池肉林をする。そんな人間単位の理想を叶えるには、1割でも多すぎるくらいよ」


 まあ確かに。日本の全てを支配したとしても世界の1割にも満たないからな。

 とはいえ、そんなたらればに付き合う義理もない。


「悪いが、答えはノーだ」

「あら残念。まあいいわ。私の支配を拒んで、私のあげたスキルを好き勝手使ってるあなたは元々気に入らなかったし」


 私があげた? 

 お前が、ふざけた真似をして魔帝から奪ったスキルだろうが。

 


 俺の中に怒りがこみあげて来たのと同時。玉座の間全体を凄まじい緊張感が包み込む。

 取り繕ったような表面上の会話はもう終わり。

 互いが相容れない存在と確定した以上、後は力でねじ伏せる以外道はない。


「——来なさい」


 冥王が手を振ると、どこからともなく巨大な禍々しい門が現れる。

 そして、門の前には5メートル以上もある三つ首の番犬。

 

「あなたも名前くらいは知っているでしょう? 神話に出てくる冥府の番犬、ケルベロスよ。この子で相手をしてあげる」


 退屈そうな声とは裏腹に、その表情は嗜虐化的に歪んでいる、

 ──その相手を痛ぶるのを楽しんでいるかのような顔が、俺には許せない。


「……よく知ってるさ。そいつも、お前が魔帝から奪ったものだからな」


 怒りの滲んだ俺の呟きに、冥王は気付かない。


 俺は錫杖を構え、全身に黒風を纏う。


「いくぞ、冥王──!」


 こうして、俺と冥王の戦いが幕を開けた――

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