第31話 VS魔帝

 

 黒い灰の降っていた世界を後にした俺は、ヒイヒイ言いながらクッソ長い螺旋階段を登り切り、連続隠し部屋でプロト・メデューサを狩って〈鑑定珠〉を回収し、満を持して深層のボス部屋へと到達した。


「さて、深層のボスってのはどんな強さやら」


 めちゃくちゃレベルアップしたし、エリクサーも200本くらい集まった。

 今の俺にもはや怖いものなど何もない。

 そんな風に分かりやすく調子に乗りながら、意気揚々とボス部屋の扉を開ける――


「キサマガ、勇者カ」


 だが、中にいた存在を見た途端俺の調子は吹き飛んだ。


 そこにいたのは、不気味なであった。

 幽鬼のように揺らめているが実体はあり、俺が装備しているのに似た王冠とマントを身に付けているが、擦り切れてボロボロになっている。

 そして、顔の部分だけがくり抜かれてしまったかのように空洞で、見るのもおぞましいナニカがその中で渦を巻いている。


 ──醜悪。

 ボスを見て真っ先に俺の中に浮かんできたのはその二文字だった。

 だが、存在に対してはこの世の醜さを煮詰めたような忌避感を覚えるのに、不思議と目の前の相手が王であるということだけは確信できた。


「キサマガ、勇者カ?」


 ボスはまるで壊れかけのおもちゃのように、その言葉だけを繰り返し言い続けていた。


「……勇者、か。どうだかな。最近はその言葉をよく聞く気がするが」


 フレアに救われたおかげで俺は今この場所にいる。

 だから、彼女が望むなら勇者になりたいとは思う。

 けれど、俺の根っこは偶々力を手に入れただけの復讐者だ。

 だからまだその言葉の重みを受け止め切れずにいた。


「キサマガ、勇者カ――!」

 

 戦いを挑むべく一歩踏み込むと、壊れかけの言葉に圧力が籠る。

 同時に現れたのは部屋を埋め尽くす程の魑魅魍魎。

 おどろおどろしい姿をした、形の定まらない影の化け物たちが一斉に俺に襲い掛かって来る。


「遠距離特化だろうとは思ってたけど、召喚系かよ!」


 俺は悪態を吐きながらも、黒風を起動。

 どうせなら新機能を使ってみようと効果範囲は最大にした。

 ステータスを見ると、秒間消費MPが5から7に増えている。だがエリクサーもあるし、このくらいなら許容範囲だ。


 魔帝シリーズのバフで半径2メートルまで広がった黒風は、今までよりも効率的に敵を消し去る――かと思われたのだが。


「なっ!?」


 ボスの生み出した影の化け物は黒風に触れたというのに、消えることなく突き進んできたのだ。

 1歩、2歩。黒風の中を移動し、耐えきれなくなったのか霧散する。

 

「どうなってる……? 今まで黒風さんが瞬殺できなかった相手なんていなかったぞ!」


 絶対的な力だと思っていたはずの黒風が効かない。

 その事実に、俺は自分でもびっくりするくらい困惑していた。


 とはいえ、今は戦闘中。

 これまでくぐって来た修羅場のおかげで、最低限の冷静さは常に保っている。

 

 落ち着け。黒風が効いていないわけじゃない。それに、エリクサーも山ほどある。MPを回復できる以上、多少耐えられたところで脅威にはならない。


「……深層のボスの方が黒い牡鹿や四騎士もどきよりも強いってのか? 一体どうなってやがる」

 

 わけがわからないよ。と心が叫んでいるのをまるっと無視して、俺は〈深秘の宝剣〉を引き抜き《鳳凰の雄叫び》を発動。

 出し惜しみは無し。目の前の相手は全力で挑むべき敵だと再認識する。


 俺は下手に動いて接触しないように、怪物を消し去りながらじりじりとボスとの距離を詰めていく。

 後1歩。間合いに入ったら斬りかかろう。そう思った時だった。


「——っ、おいこらてめえ、近接も出来るのかよ」


 ボスが自身の生み出した怪物を蹴散らしながら、凄まじい速度で俺へと突進してきた。

 当然のように黒風を無視し、手にした鈍く光る錫杖で殴り掛かって来る。

 それを宝剣で受け止めると、ガキン! と甲高い金属音が弾けた。

 そのまま鍔迫り合いの形になり、宙に浮かびながら錫杖を両手で押し込んで来る錫杖と俺の頭に装備した〈魔帝の王冠〉とが不意に触れ合った。

 

 ——その瞬間だった。


 俺の脳に直接、見たこともない光景が流れ込んできた。


 禍々しい玉座に寂しく座る、孤独な王。

 王は全てを拒絶する忌むべき力を持つ、魔の者だった。

 けれど自身の役割を理解し、正しく他者の為の王であろうとした。

 

 だがしかし、王は悪しき者に惑わされ、全てを奪われてしまう。

 

 俺の脳裏で、力の大きさに対して不釣り合いな小さな幼女が吐き気を覚える不気味な笑みを浮かべた――


「——っ!? 今のはッ」


 現実に引き戻された俺は、ボスとの鍔迫り合いの真っ最中だった。

 どうやら記憶が流れ込んできたのは一瞬の出来事だったらしい。

 慌てて宝剣に力を込め直すと、ボスを弾いて距離を取り――俺は


「……なるほど。道理で黒風さんが効かないわけだ」


 呟き、俺は再び宝剣を構える。


 流れ込んできたのは、目の前の男の記憶。

 その偉大さに敬意を込めて魔帝と呼ばれていた、かつての冥王の記憶だ。


 黒風を解いたのは、使っても無意味だと気付いたから。

 ——ま、が相手なら、効かなくても不思議はないだろう。


「いくぜ魔帝——いや、!」


 俺はこの3日で上げまくったステータスに任せて全速力で魔帝へと突っ込んで行く。


 かつての《黒風》の持ち主に、正しき冥王に敬意を込めて。

 俺は黒風を使わず己の力だけで戦いを挑んだ。

 宝剣と錫杖が何度も交わり、その度に俺の中に記憶が流れ込んで来る。

 

 俺が黒風を使うのを止めた後、魔帝もまた怪物を使役するのを止めていた。

 己の肉体のみを信じ、男と男の真っ向勝負が繰り広げられる。

 

 ステータスは、俺がやや負けている。

 宝剣スキルの回復効果と併せればやや俺が優勢。

 けれど技術は向こうがずっと上。

 それでも徐々に、俺は相手の動きに対応していった。

 

「カンニングみたいで癪だが、打ち交わす度にあんたの動きが分かるようになるんでな」


 流れ込んで来るのは記憶だけではなかった。

 目の前の偉大な男の持つ技術が、少しずつ俺の中に根付いていく。


 やがて、勝負は次第に俺の一方的な攻勢へと変わっていき、


「もう、十分だ。……今、あんたを解放してやる」


 俺は小さく呟き、大上段に構えた宝剣の一撃で魔帝の身体を両断した。


「……キサマガ、勇者ダッタカ」


 最後まで呪いの言葉を呟き、魔帝は青白い光となって霧散する。

 ——その刹那。


『少年……貴殿は負けるなよ』


 脳に直接威厳を感じさせる優しい声が流れ込み、胸の内が温かさで満たされる。

 そして、


『エンペラー・ハデスを討伐しました。レベルが――』


 レベルアップを告げるアナウンスが流れる。

 けれど俺は、それを聞き終わるよりも早くステータスを開いていた。


―――――――――――

Lⅴ4(必要ポイント140)……かつての冥王の力で真の力を取り戻した黒き風。その力は神のみならず全てを殲滅する。(使用者及び使用者の任意の対象を除く)。効果範囲は使用者から半径1m。消した対象のHP・MPの10分の1を吸収する。

―――――――――――


「やっぱり、そうだったか」


 言葉と共に溢れた温かさの正体は、スキルの完全な覚醒だった。

 (仮)が消え、スキル名が変わっている。

 恐らく中途半端に残っていた今の冥王の影響も完全に消えているはずだ。

 

 強化された部分に込められているのは、魔帝の後悔。

 かつて彼が持ち得なかったものを、俺に与えてくれたのだ。 


「これだけの物を貰ったからには、あんたの未練も晴らして見せるさ」


 魔帝の記憶を得た今の俺には、全てが分かっていた。

 何故地上にモンスターが……いや、ダンジョンが現れたのか。

 それが誰の手によるものなのか。

 

 全ての答え合わせは、あの巨塔の階段の下でするとしよう。

 そこにはきっとフレアだけではなく、もいるはずだから。


 俺はしばらくの間、僅かに残る魔帝の消えゆく残光に黙祷を捧げ続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る