第26話 日本最強

 全速力で地上へと戻った俺と美咲さんは、待機していたヘリで函館へと向かった。

 

 北海道の南端に位置する、立地が悪すぎてそこ以外の観光地をハシゴ出来ない事で有名な函館。

 とはいえ朝市や五稜郭、夜景や温泉地など観光資源は豊富で、中心地は結構栄えている。

 俺も小さい頃両親に連れられて旅行したが、綺麗な街だと思った記憶がある。


 ——そんな函館の街は、見る影も無くなっていた。

 

 新宿のように更地と化しているというよりは、所々に建物は残っているがあちこちがクレーターのように抉られている。

 100万ドルの夜景と称された街並みが見る影もない。


 街を破壊した奴の姿は、既に確認済みだ。

 なぜならそいつは、来る途中の海上に出現していたから。


 以前の奴と同じ真っ白な体躯の四騎士もどき。ただ、大きさが圧倒的にでかい。

 沖の辺りだというのに上半身が余裕で海面から全部出ている。推定10メートル以上あるだろう。

 更に、持っている武器も違った。

 以前の槍と盾ではなく、右腕が弓の形になっていて、そこを左腕で引き絞り、太い光線を放っている。

 そうした遠距離攻撃があられのように降り注ぎ、街は壊滅したのだ。


「古瀬伴治様、ご苦労様です」


 ヘリを降りた俺と美咲さんを、現地のダンジョン省職員が出迎える。

 街から少し離れたところにあるヘリポートには、俺が乗って来たのとは別に1台のヘリが停まっていた。


「他にも誰か来ているんですか?」

「え、ええ。それが……」


 ダンジョン省の職員が微妙な顔で言い淀む。


 四騎士もどきは深層のモンスターにも勝るいかれた強さだ。

 例えS級だって、半端な者来ても足手まといになるだけだと思うが。


「……古瀬伴治」


 そんな風に思っていた俺を不意に、か細く澄んだ済声が呼び止めた。


 振り返った先にいたのは、JKだった。

 整った卵型の童顔に、俺より二回り小さい体躯。

 黒髪ロング、真っ黒なセーラー服、そして圧倒的貧乳。


 俺は、この人を知っている。本当によく知っている。


「ね、猫宮ありす……?」


 VTuberだかAV女優だかみたいなその名前は、しかし彼女の本名である。

 

 猫宮ありす。

 年齢25歳。職業はS級冒険者。

 そして彼女は世間からこう呼ばれている。


 ——日本最強、と。


「……はじめまし、て」


 何を考えているかよく分からない無表情のまま差し出された手を、俺は恐る恐る握り返す。

 ――直後、俺の身体は宙を舞っていた。


「……なんだ。思ったより大したことない、ね」


 ふふんと勝ち誇るようなドヤ顔を浮かべた日本最強を前に、俺はぽかんとする。

 憧れの人の奇行に、脳の処理が追い付かない。


「——っ何を」


 俺は即座に身体を起こし、全身に黒風を纏い臨戦態勢を取った。

 そんな俺に、彼女は拾ったでかいがれきを思いっきり投げつけて来た。

 がれきは黒風に触れた瞬間霧散する。


「……確かにやばいスキル、だね。けど発動まで一瞬隙がある。……そこを狙えば私なら勝てる、かな」


 言われて、俺は少しカチンときた。


「ほう、俺に勝てると?」


 日本最強だかなんだか知らな――いや知ってるし昔からずっと憧れてたけど、今の俺は戦闘において負ける気はさらさらない。


「じゃあ勝負、する? どっちが早くアレを倒すか。負けた方は勝った方の言う事をなんでも一つ聞く、どう?」

「ちょ、何を勝手に――! 大体伴治君は今日あなたの保険として来ているだけで――」

「それじゃ、よーいすたーと」


 言うが早く、猫宮さんは弾かれたように駆け出した。


「おい、俺はまだ受けるとは言ってな――」


 呼び止めるも、もはや彼女の姿は遥か彼方。

 俺はくそ、と叫びながらヘリへと飛び乗る。


「出してくれ! 早く!」


 彼女のレベルは俺よりも遥かに上の200オーバー。

 加えてスキルは身体強化系だ。

 かけっこでまともに張りあっても勝てるわけがない。


「で、ですが、あの化け物に撃たれたら――」

「射程外の高度で飛べ! 真上に行ってくれたら後は自力で何とかする!」


 なりたてとはいえ俺もS級冒険者。

 そんな俺の剣幕に負け、ヘリは飛び立つ。


 ヘリが高度を上げながら四騎士もどきへと向かって行く。

 俺は扉を開け、下の様子を探る。


「……冗談だろ?」


 見ると、猫宮さんはまるで忍者のように海の上を走っていた。

 敏捷300近い俺にだってあんな芸当は出来ない。

 

「流石は日本最強だな」


 S級冒険者は等しく国のトップであり、本来そこに序列はない。

 が、違う漫画のキャラ同士で最強を決めたくなるように、人というのは無意味だと分かっていても比べずにはいられない生き物だ。

 そんな意図を汲んでか、出版社によって毎年アンケートでS級冒険者の人気と強さのランキングが決められている。

 彼女、猫宮ありすはそのランキング1位の座をS級就任以来1度も譲ったことがないのだ。

 その強さたるや、アラサーがあんな格好をしているのに誰一人、ネット掲示板のアンチですら『人外の強さ』とか『マジモンの化け物』とかちょっと捻くれた賞賛を送るので精いっぱいなレベルだ。


 ヘリで追いかける俺よりも早く四騎士もどきの懐に入り込んだ猫宮さんは、その真っ白でぶっとい太ももに降り立つと1発。重たい拳を放った。

 だが、そこは流石に深層クラスのモンスター。どれだけステータスが高かろうと人の拳では大したダメージは入らない。


「ちょ、急いでくれ! 下手したらもう終わっちまう!」


 だが、それを見た俺は焦りまくっていた。

 その理由は彼女のスキルにある。

 《闘魂連撃》——ファイティングアタックとかいう小学生がつけたみたいな名前のそのスキルは、使用者が攻撃を途切れずに当て続けると度に強化倍率も上がり続けるというアホみたいな性能をしている。

 そこに猫宮さんの素のステータスと、そもそものスキル効果として3倍のバフがついており、1発当てるだけでも加速度的に能力は上がっていく。

 

 5発も当てる頃には速さは瞬間移動と錯覚するほどになり、拳の1発で四騎士もどきの固い身体がクレーターのようにめり込んでいる。

 後数十秒もあれば、四騎士もどきは倒されてしまうだろう。


「ふ、古瀬さん、これ以上は!」


 ヘリの操縦者に言われ、俺は覚悟を決める。


「——悪いが勝たせてもらうぞ、日本最強!」


 俺は自分を鼓舞する為に叫び、そのままパラシュートも付けずにヘリを飛び降りた。

 推定高度2000メートル。 

 高いは高いがまあ、底の見えない大穴を落ちるのに比べたら大したことはない。むしろ下が海なのが分かっている分気は楽だ。

 俺は顔の周りにだけ黒風を纏って空気抵抗を減らし、四騎士もどきに狙いを付ける。

 スカイダイビングなんてやったことはないが、穴から落ちている最中に姿勢を安定させる練習は嫌というほどやったからな。

 

 下では猫宮さんが四騎士もどきをタコ殴りにしていて、今にも倒し切ってしまいそうだ。


「間に合え―――――――!」


 叫んで、直後。

 全身に黒風を纏った俺が、四騎士もどきの頭から一直線に体を貫いた。


「勝った……?」


 確認するまでもなく、俺の身体は凄まじい勢いで海の中へと突っ込む。

 が、全身に黒風を纏っている俺は水を消し去り海上を通過。

 そして、周囲を水が包んだ瞬間に背中から黒風を解いた。

 すると、俺の全身は水に包まれて落下の勢いが消える。 


「——がはっ」


 物凄い勢いで水を飲んでしまったが、必死で泳いで何とか水上へと出た。

 顔を出した俺を、足を高速で動かして水上でホバリングしている猫宮さんが抱き上げる。


「え、ちょ――」

「……私より強い人、初めて見た」

 

 困惑する俺をぽーっと頬を赤らめてながら見つめ、そして、


「——@#$%!?!?」


 ゴボゴボと海水を吹きしている俺の口に、猫宮さんは舌を突きだして大人のキスを迫って来たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る