第25話 大穴攻略前線

 俺がS級冒険者になってから1月が経った。


 今のところ、新宿依頼地上にモンスターが出て来てはいない。

 ダンジョン省が血眼になって探したものの、新たなダンジョンは見つからなかった。

 新宿で活躍した俺のS級就任のおかげでダンジョン省はなんとか体裁を保ててはいるが、世間からの風当たりは強い。


 そしてあの日を境に、樋代さんと連絡がつかなくなった。

 果たして彼女らは何者だったのか、神様が言っていた事は真実なのか。


 俺にはどうにも、今のこの状況が嵐の前の静けさに思えてならなかった。



***



「オーライ! オーライ!」


 ドドド、と響き渡る轟音。 

 その下に広がる何もかも吸い込んでしまいそうな暗黒。

 旧歌舞伎町ダンジョンの大穴。かつて地獄に落ちたその場所に、俺は再び戻ってきていた。


 その理由はただ一つ。

 この憎き旧歌舞伎町ダンジョンの大穴を攻略するためだ。

 

 フレアを助ける。

 そう決めたはいいが、今の俺ではあの巨塔の下の階に行くには力不足。

 どうにかして、俺自身のレベル、そして《神滅の黒風奏》のスキルレベルを上げる必要がある。

 だが、今の俺のレベルではその辺のモンスターを倒してもレベルなんてほとんど上がらない。

 どうしようかとしばし考え……答えはすぐに出た。


 ——そうだ、大穴に落ちよう。と。

 

 いや冗談じゃなく、本当に。

 なにせ、俺が知ってる中で一番効率よくレベルを上げられる方法はあの黒い灰の降る世界の羽デカ蝙蝠狩りだ。

 装備にしても、MPさえあれば無敵の黒風さんを強化するには残り3つの魔帝シリーズをかき集めるのが1番。それだって多分、深層のボス部屋で手に入る。

 だが問題は深層に潜るには時間がかかるということだ。有原への復讐に使ってしまいエリクサーももうないからな。帰りはともかく、行きは何日かかるか分かったもんじゃない。

 地上ではまだ緊張状態が続いている。今俺が何か月も地下に籠る訳にはいかない。


 ということで、俺はS級冒険者になる条件として提示したダンジョン省管轄の研究員と予算を投入し、この大穴の攻略方法を探すことにしたのだ。


「伴治君、第一弾完成しました」


 俺に代わって研究員と作業員を管理してくれている美咲さんに呼ばれる。

 向かった先には、巨大なバンジージャンプの装置があった。


「ささ、早速これを着てください」


 謎の早業で、俺はあっという間にミイラみたいに頑丈なハーネスを着せられる。


「え、ちょまっ、これ俺が飛ぶの? 人形とかじゃ――」

「引き上げにも時間かかりますし、1回で成功するなら越したことないので」


 周囲にいる研究員も誰一人反対しない。

 いやまあダンジョン崩壊の研究で忙しい中でこんなことやらせて悪いとは思ってるけど、それにしたって……


「さ、ほら。伴治君、バンジー!って叫びながら飛ぶんですよ? ……伴治だけに」


 美咲さんが言うと、周囲がクスクスと笑う。

 あ、これあれだ。ほんとにストレス発散しようとしてるやつだ。

 S級冒険者だしこのくらいじゃ死なないでしょ、とか思ってるんだろうなぁ。

 というか、


「……飛ぶのはいいので、名前でからかうのはやめてください。それ、小学校の時めっちゃ言われてトラウマなので……」

 

 俺はため息を吐きながら、投げやりに大穴に身を投げた。

 まあ実際、浅めの場所なら例えロープが切れようが壁をよじ登って戻って来られる。

 今の俺には《暗視の魔眼》があるからな。

 とはいえ、視力は普通のなので大穴の底までは見えなかったが。


 そうしてしばらく大穴を落ちて行き、3分くらい経った所でガクンとした衝撃。

 俺の身体はぷらぷらと空中に放り出される。


「……失敗か」


 俺は握っていたボタンを押し、地上へと合図を送る。

 地上に戻ると、あからさまに不機嫌そうな顔をした美咲さんが俺を出迎えた。


「……せめてもう少し怖がってくれないと面白くないです」

「いやそう言われても、2回目だし、見えてるし……」


 人間何事も慣れるものだ。

 どうにかなると分かっているのに怖がる必要もない。


「というか、ロープ短すぎですよ。俺最低10分は落ち続けたって言いましたよね?」

「装置の耐久度的にあの辺りが限界なんですよ」


 まあ、本物のバンジージャンプだって気温によって使うゴムを変えているというくらい繊細らしいし、それを数キロ分用意するのは無理があるのかもしれない。


「さて、それでは次は──」


 その後もどこぞの大学教授やら、国家お抱えの研究員やらが数十名、頭を突き合わせて試行錯誤しながら色々な方法を試した。

 だがやはり、大穴の中では電気が使えないというのがどうしてもネックとなり、研究は難航した。

 まあ真っ暗闇の中エベレストを垂直に往復するようなもんだからなぁ。

 死ぬほどでかいクレーン車でも持ってくればあるいは可能かもしれないが、そんなのダンジョンに入らないし。

 人類の積み上げて来た技術というのは下から上に物を作る為のものであって、上から下に向かうようには出来ていないのだ。

 なにせ、研究者が何十人も集まって最初に出て来た案がバンジージャンプなわけだしな。


 そうして、研究開始から5日が過ぎた頃。

 やたらと巨乳な眼鏡白衣の研究員さんが俺に声を掛けて来た。


「あの……古瀬さんは、あの中でも目が見えるんですよね? それって因みにどれくらいです?」

「えっと……薄暗いけどライトが付いてる部屋、みたいな感じですかね。なんか、ラブホの間接照明的な」


 まあラブホなんて行った事ないんだが。

 ヨ―チューブでそんな感じの部屋を見た気がする。


「なるほど……」


 それで理解出来るって事はこの人もやる事やってるのか……なんて下衆な勘繰りをしていると、


「でしたら、これを使ってみてはどうでしょうか」


 と言って差し出されたのは、先のとがった金属の棒だった。

 下世話なことを考えていたせいで一瞬細長いディルドに見えたが、そんなはずもなく。


「これは?」

「つい最近、月面での基地設営用に開発された小型のピックです。こうしてここを押すと――」


 地面に突き立てスイッチを押すと、ゴッと凄い音を立ててピックの中から何かが射出され地面に突き刺さった。

 ピックは深々と刺さっており、俺が思い切り蹴っても上部がへし折れるだけでしっかりと刺さり続けている。


「これの大きいやつを使って、壁を下って行けないかな、と。ダンジョン産の金属を使った特殊なバネで出来ているので、大穴の中でも問題なく機能しますし」

「なるほど」


 要するに、アイスクライミングみたいなものだ。

 命綱の無い中をひたすら下り続ける。

 普通に考えれば自殺行為だが、俺の魔眼とステータス、そして無数のピックをしまえる収納カバンさんがあれば可能かもしれない。


 物は試し、ということで、俺は大穴に飛び降り、手頃な高さで壁に剣を突き刺して止まり、ピックを打ち込んで足場を作る。

 それを何度か繰り返すと、3メートル間隔くらいで螺旋状の階段が出来上がった。


「これは……いけるかもしれない」


 とりあえずその場にあったピックを全部使い切ると、俺は細い足場を器用に蹴って地上に戻る。

 俺が全力で跳躍しても、ピックは折れたりせずしっかり固定されていた。


「いけますよこれ! 今使った100倍くらいこの杭発注しましょう」

「「「おおおおおおっ!」」」


 俺の言葉に湧き立つ研究者や作業員たち。だが、


「……はぁ、これだけの学者が集まって、結局他国の技術と伴治君の能力頼りですか……嘆かわしい」


 意気揚々と言う俺に、美咲さんはため息を吐きながら発注の電話をかけ始める。

 この人最近忙し過ぎて性格荒れまくってるな……


 とまあ、とにかくいい方法が見つかったことにみんなで喜んでいると、


「緊急事態です! 伴治君、至急地上へ戻ってください」


 隅っこで発注していたはずの美咲さんが血相を変えて戻って来た。


「——函館にて、再び巨大モンスターが地上に現れました!」



 嵐が徐々に、地上を飲み込み始める―—

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