第27話 変人への依頼 / 奈落への帰還

「ちょ、なにする気ですか!?」


 ザバン!

 突然舌を突きだして迫って来た猫宮さんの顔を避けようとした俺は、勢い余って海に落下する。 

 

「なにって……勝者へのキス、だけど」

「日本にそんな風習はありませんよ!」


 というか初キスで舌を入れる風習もない。

 きょとんと首を傾げる猫宮さんに、海面に首から上だけを出しながら俺は全力でつっこむ。

 あ、危うく海水を吹き出してる最中に舌を突っ込まれるとかいう最悪なファーストキスになるところだった……

 

「えっとその、今の本気だったんですか?」

「……なに、が?」

「いや、キス、しようとしたから。その、俺のこと好きとか、そういうのかと……」


 恥ずかしさでたどたどしくなりながら俺は言葉を紡ぐ。

 いやだって、なんか自分より強い人初めて見たとか言ってたし。今のは完全に勝負に勝って惚れられたフラグだろう。


「……古瀬伴治、もしかしてどう、てい? キスは、ただの勝者の報酬。人はそう簡単に好きになったりしないと思う、けど」

「は?」


 俺は意味が分からず年上とか憧れとか無視して素で聞き返した。


「いやでも勝ったらえっちなことしてあげるとか言ってたし、そういうフラグじゃ――」

「大人はえっちなことの一つや二つ余裕で出来るものだって、美咲が」

「あんの変態ショタコン女が……」


 どうやら美咲さんに変な知識を植え付けられていたらしい。舌を入れようとしてきたのもそのせいだろう。

 

 まあ要するに、この人は見たまんま変人だったということだ。

 ……俺のドキドキと心配を返してくれ。マジで。


 その後、俺たちはダンジョン省の職員に船で回収された。

 現地の職員の人が渡してくれたあったかいココアはが冷え切った俺の心身に沁みる。


「ありす! 今日はあなたがあの化け物を倒せるかを試す番だって言われていたでしょう。それなのに伴治君をあんな危険な目に遭わせて――!」


 視界の奥で猫宮さんは美咲さんに超怒られていた。

 まあかっとなって勝負を受けた俺も俺だが、そもそもS級冒険者を縛れるものは少ない。こっちがあのまま勝負を放棄していたとしても、強行的に勝者の権利を行使されていただろう。

 仮にの内容が『私が満足するまで戦い相手になって』とかだったら、それは死と同義だ。こっちがやられる前にやるしかなくなる。

 それに比べたら多少の危険を払って四騎士もどきにスカイダイビングする方がマシだったというだけだ。



 陸へと上がり、ヘリポートに戻った俺たち。

 函館の街の破壊跡が痛々しいが、完全に更地になった新宿とは違い漁業への影響は少なく、温泉などの観光資源もある程度無事らしく復興は可能らしい。


「……古瀬伴治」


 これ以上の面倒に巻き込まれる前に帰ろう。

 そう思ってそそくさとヘリに乗り込もうとした俺を、再び猫宮さんが呼び止める。


「勝者の言うこと、なにしたらいい?」


 言われて、俺は考え込む。

 この人はあれだ。美咲さんと同じ色物枠だ。

 憧れ補正がある分美咲さんよりましだが、そういう目で見る気にはなれない。

 というか、間近でその強さを見て「この人とえっちなこととか、玉やら竿やら握り潰されそうで怖い!無理!」と本気で思ってしまった。


 とはいえせっかくだ。一つ便利に使わせてもらうとしよう。


「数日後、俺はしばらく地上を離れます。その間、俺の分まで国防の仕事をこなしてもらえますか? 結構大変だとは思いますが……」


 発注しているピックが届き次第、俺は再び大穴の底へと向かうつもりだ。


 だが、今回のダンジョンはなんと海中にあったらしい。

 他にもダンジョンが海中にあるかもしれない。そうなればもう、いかに往復が容易になろうが、ダンジョン省は俺を連絡のつかない大穴の底へは行かせてくれないだろう。

 国内最高戦力である俺と猫宮さん。俺たち二人は交代で安全が確立するまで待機していなくてはならなくなる。


 ダンジョン省の要請を飲んでS級冒険者となった以上、国を守るのも俺の仕事だ。

 スパイダーマンで言ってた「大いなる力には大いなる責任が伴う」という言葉の意味が今なら分かる気がする。

 後何より知名度が上がり過ぎて下手なことするとめちゃくちゃ炎上しそうで怖い。

 

 というわけで、そういう諸々の責務は全部猫宮さんに背負ってもらうことにしたのだ。これで万事解決。いやー、よかったよかった。

 多分猫宮さんはプライベートの時間が殆どなくなるだろうが、まあ自業自得だろう。


「……分かった。こう見えて体力には自信ある、から」


 むしろ自信しかないように思える……というのはともかく、猫宮さんは俺の依頼を承諾してくれた。


「それじゃ、よろしくお願いします」


 言ってヘリへと乗り込む俺。

 

「あの……!」


 そんな俺の背を、今日一番の声を張り上げて猫宮さんが呼び止める。

 何事かと思って振り返ると、


「……えっちなことじゃなくて本当によかった、の?」


 俺はそれにただ笑顔を浮かべて、無言のままステータス全開でヘリの扉を閉めた。



***



 数日後。

 準備を整えた俺は、旧歌舞伎町ダンジョンの大穴の淵に立っていた。

 すっかり馴染んだせいか、轟々と音を立てて流れる滝の音がもはや気にならない。


「よし……いこう」


 俺は大穴に身を投げ──壁に剣を突き刺して止まり、そこにピックを突き刺す。

 ひたすらそれを繰り返して、穴の底へと向かって行く。

 最初は等間隔にやっていたが、だんだん面倒になり、帰りは帰りの俺に頑張ってもらおうということで突き刺す間隔がどんどん広がっていく。


 そうして、刺したピックの数が1000に迫った頃。

 視界が明るくなり、俺はいつか見た滝壺へと辿り着いたのだった。


「……ようやく、帰って来たな」


 前に来た時は、帰りたくてしょうがなかった。死んだ方がマシだって思いを何度もした。

 けれど今は、むしろどれだけ強くなれるのだろうかとワクワクしている自分がいる。


 ──全ては、俺を助けてくれた女の子の勇者となる為に。


 胸の内に熱い覚悟を秘め、俺は絶望の灰が降り注ぐ世界に向かって再び歩き出した。

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