3章 奈落への帰還
第23話 新宿崩壊
——ドクン、ドクンと脈を打つ。
まるで心臓の鼓動みたいに、ダンジョンの青白い光が静かに点滅し――やがて赤へと変わる。
赤い光は、力が満ちていることの現れ。
やがてそれは、ダンジョンの最奥。ダンジョンコアをも侵食し、
その中で眠る厄災が今、解き放たれる――
***
有原たちへの復讐を終えた俺は、しばらく放心し続けた後で痕跡を消し地上へと歩き出した。
頭の中は多幸感で満たされていて、清々しい解放感が胸いっぱいに広がっている。
——気持ちいい。
望んだとおりに復讐をやり遂げたのだ。
感覚的には難しいゲームをクリアした時に似ているが、そんなのは比じゃない。
今後の人生、これ以上スカッとする事はないんじゃないかとすら思える。
「後はまあ、フレアを助けに行かないとな。なんたって俺、勇者様だし」
復讐の余韻で気持ち悪く顔をにやけさせながら、偶に湧くモンスターを羽虫のように手で払いのけて進む。
俺の足はいつしかスキップをしていた。
出口に近づいたので、俺は樋代さんに〈転移〉してもらう為にメッセージを送る。
復讐を終えたからといって油断は禁物だ。
遠足と同じ。家に帰るまでが復讐なのだ。
……だが、
「返信来ないな……近くで待機してるはずなんだけど」
ダンジョンに潜り始めてから、既に三時間が経過していた。
まあ、それだけ経てばトイレの一つも行きたくなるだろう。
そう思って、俺は電話なんて野暮な事はせずに返信が来るのを待つことにした。
だが、待てど暮らせど一向に連絡が来る気配がない。
……もしかしたら、何か用事が出来たのかもしれない。
俺への手厚い協力はあくまで神様からの指示によるもの。
その神様から別の指示が出れば、そっちを優先してもおかしくはないのだ。
「最悪、俺の敏捷ステータスなら受付の突破くらい出来るか……?」
流石に何時間も待ってるのはなぁ……
今は、とにかくこの心地よさを抱えたままさっさと眠りたい。
有原たちの死亡偽装や皆月さんへの謝罪など、考えなければならないことはまだある。
だが、今だけはこの余韻を目いっぱい味わいたかった。
慎重に進んで、入口には誰ともすれ違うことなく辿り着くことが出来た。
目の前の坂を登れば、そこはもう外だ。
「しかし、ここまで人がいないのも珍しいな……」
俺の一件以来観光客は減っているらしいが、旧歌舞伎町ダンジョンはアクセス良好でドロップも美味しい人気ダンジョンだ。
クソほど広いので奥に入れば人にはほぼ会わないが、入口でこれというのは中々ない。
そんな風に考えていると、ふと気付いた。
坂の上に広がる空が、やけに赤いことに。
「なんだ……?」
日食の予定でもあっただろうか。
最近は復讐計画で頭がいっぱいだったから、ニュースを見逃していてもおかしくはない。
だがそれにしては、どうにも人気が無さ過ぎる気がする。
ダンジョンの周りと言えど東京の中心。
もう雑踏くらい聞こえてもいい頃なのに。
訝しみながら、俺は慎重に外に出る。すると、
——見慣れた新宿の街は、もうそこにはなかった。
周辺に無数に立ち並んでいたビルの殆どが崩壊し、そこら中にガレキの山が積み上がっている。
映画館の上のゴジラが暴れ出したと言われてもギリギリ信じてしまいそうなくらい、異様な光景だった。
地獄絵図というのはこういう事を言うのだろう。
「なんだよ、これ……」
爆発事故が起きたってこうはならない。
ダンジョンに潜っていたたった3時間の間に戦争でも起きたのだろうか。
そんな俺の疑問は、すぐさま解消された。
「アレは……」
ダンジョンの目の前。ちょうど新宿駅東口がある辺りで、突如何かが蠢いた。
5メートル以上ある、真っ白な体の化け物だった。
そいつはケンタウロスのように四本の足から胴体が伸び、顔とも呼びたくない、けれどそうとしか言えない不気味な異形の顔がついている。
両腕の先はそれぞれ槍のような細長くて鋭い形と盾のような平べったい形に別れている。
過去の記録にあんなモンスターは見たことがない。
ただその化物を見て俺は、漠然と昔図書室で読んだヨハネ黙示録の四騎士の姿を思い出していた。
そして何より、
「なんでモンスターが地上にいる……?」
そのあり得ない、あってはならない事態に俺はひたすら困惑していた。
だが、考えに耽る事は許されなかった。
四騎士もどきは果たして目なのかも分からない器官で俺と目を合わせ――そのまま猛然とこちらに走って来た。
周囲のガレキを全て吹き飛ばし砂煙を上げながら、深層のモンスターをも超える凄まじい速度で俺へと迫る。
「え、ちょ、嘘!? タンマタンマっ!」
復讐の余韻に酔っていた俺は四騎士もどきの凄まじい速度に驚き、慌て、
――なんか怖かったのでつい、黒風を纏って思いっきり突進してしまった。
「あ」
気付いた時にはもう遅い。
恐らく深層のボスクラスのモンスターが、身体の中心に大穴を空けてその場に倒れていた。
「なんだったんだろ、一体……」
よく分からないがまあ、余裕で倒せたからいっか。
一応周りを見渡したが、目撃者どころか人っ子一人いない。
この分じゃ監視カメラも全部壊れてるだろうし、大丈夫だろう。
そうして、俺はそそくさとその場から逃げ出しのだった。
だが、ボクサーが試合中殴られても痛みを感じないように、復讐を終えドーパミンがドバドバ出ている今の伴治は気付けなかった。
──遥か上空で煌めくドローンが、その映像を全世界に生中継していたことに。
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