第22話 完全な復讐 後編
陽キャの片割れの暴露を見て絶望する有原だったが、更に追い打ちをかけるニュースが舞い込んだ。
『速報です! たった今、神奈川県警のパトカーが有原淳也容疑者の自宅に到着しました。どうやら、任意同行を求めようとしたところ、彼は所在をくらましていたようです。県警は、彼への逮捕状を請求する模様です』
映像にはパトカーに囲まれた有原の家が映し出される。
当然、これを仕組んだのも俺だ。
放課後になってすぐ、〈侵蝕の宝珠〉を使って陽キャに暴露をするよう命令しておいたのだ。
「あーあ。炎上だけなら今後の立ち回り次第でどうにかなったかもしれないのに。……終わったな、お前」
「ぐううううううううううううううあああああああああああああああああっ!」
俺の言葉に、有原は言葉にならない絶叫を上げた。
人間が狂う瞬間というのを、自分以外では初めて見た。
ふーっ、ふーっと息も荒く、有原はただひたすら俺を睨みつけている。
「そよ風野郎が……こんなことして許されると思ってんのか!? ダンジョン省の捜査力が高いことくらい俺だって知ってんだよ。仮にお前が俺を殺したとしてもすぐにバレて――」
「いや、そもそも入場記録残してないからな。お前がここに入った事すら気付かないよ」
俺は〈幻惑の灯篭〉を照射し、有原の意識を飛ばす。
「さっきもこうやって意識を飛ばした隙に連れ込んだんだよ。ま、お前は俺に煽られてイラついてたから気付かなかったけどな」
鼻で笑ってやると、有原は更に怒りで顔を真っ赤に染める。
「それに、万が一この部屋を調べられたとしても問題はない。……俺のスキルが、お前の存在ごと全ての痕跡を消し去ってくれる」
俺は黒風を起動し、地面の血だまりに触れる。
すると、何事もなかったかのように綺麗な地面が現れた。
「お前の遺体は発見されず、このまま逃亡犯として世間に刻まれるわけだ。ま、警察に迷惑をかけるのは申し訳ないからな。適当なところで痕跡を偽装しといてやるよ」
ただ攫って殺すだけでは、人気配信者の失踪としてこいつの存在が世間に惜しまれることになってしまう。
――こいつの存在を完全な悪として世間に刻み込む。
それは俺にとって譲れないポイントだった。
「なんだよそれ……ふざけんな! てめえのは、最弱のクソスキルだったろうが! てめえ如きが、俺より優位に立つんじゃねえ!」
どうやら本当に、俺よりも自分の方が上だと思っているらしい。
せっかくだ。もう一つ心を折ってやろう。
俺は隣にいた陽キャに近づき、〈侵蝕の宝珠〉最後の一つを砕く。
「——意識と感情を保ったままの状態で、俺の命令に従え」
耳元で囁き、彼の拘束を解く。
「一つ、ゲームをしようか」
俺は二人に向かって言う。
「これで有原の事を好きに痛めつけろ。それで、俺が満足出来たらお前だけは解放してやるよ」
俺は収納カバンからナイフやバール、太い針なんかを取り出して渡す。
「じゅ、淳也、ごめん……!」
果たして〈侵蝕の宝珠〉の効果か彼の素か。
陽キャは比較的殺傷能力が低そうな針を手に取り――有原に突き刺した。
「陽太、テメェっ!」
有原は苦悶に顔を歪めながら怒鳴りつける。
この陽キャは陽太というらしいが、まあどうでもいい。
陽キャは「ごめん、ごめん!」と叫びながら有原を刺していく。
「あーあ。お友達は二人ともお前より自分が大事だってよ」
針は確かに痛いが、慣れてしまえば声を抑えられる程度のものだ。
それでも、友人の手によって行われているという事実に有原はいつしか涙をこぼしていた。
「——簡単に泣いてんじゃねえよ。お前が何度、泣いている俺を痛めつけて来たと思ってる? やられたことをやり返されてるだけだろうが」
そう、ここまではやり返していただけ。
痛みのレベルも、底辺に堕とされる感覚も、全部俺がこいつから味わわされた程度のものに過ぎない。
俺がダンジョンの底で見た地獄には遠く及ばないものだ。
「そんなちびちびやってたんじゃつまんねえわ。そこのバールでもけつに突っ込めよ。嫌だってんなら、お前のブツでもいいぞ。陽太君?」
俺が言うと、陽キャは震える手で有原のズボンを脱がし、「よ、よせ!」と制止するのも聞かずにバールをけつにぶちこんだ。
物凄い悲鳴が上がり、有原のけつが裂ける。
普通なら病院で痔の手術をしなければ治らないだろう。
その後も、陽キャの手で散々有原を痛めつけ、全身に切り傷と針の跡、そしてけつには二本のバールが突き刺さっていた。
「やー、お疲れお疲れ。そろそろお前は解放してやるよ。……それじゃ最後に、今まで有原に隠してた本心をぶちまけようか」
俺の言葉を受け陽キャは、
「本当はずっと、お前なんか嫌いだった。ただ一緒に居れば金と女が舞い込んで来るから利用していただけだ。言動も痛々しいし、オラオラしてる癖に女々しくて、親友だよな、とか言って肩組んで来るのも力也とずっと馬鹿にしてた。ぶっちゃけ今の拷問もスカッとしたわ」
腹の底からドロドロ熱くて黒い何かをぶちまけるかのように、酷い言葉を浴びせかけた。
「あ、ああ……」
それを聞いて、有原の中でもう一段階何かが弾けた。
恐らくは、陽キャがここから帰る為に仕方なく痛めつけていると思うことで自我を保っていたのだろう。それが今壊れたのだ。
「ご苦労様。……ま、お前も帰す気なんてないけどな」
「へ」
俺は軽く力を込めて陽キャの腹を蹴る。
それだけで、陽キャは壁に思い切り背中をぶつけて気を失った。
こいつも俺を殺そうとした一人だ。許すはずがない。
メインイベントまで寝ていてもらおう。
「そういや有原お前、皆月帆夏を狙ってたらしいな」
不意に皆月さんの名前を出すと、生気を失った顔をしていた有原の目に力が戻った。
「てめえ、帆夏にも何かしたのか……!」
「まだ食いついて来る元気があったか。ていうかちょっと話したことあるだけで彼氏面とか、恥ずかしくないの?」
「うるせえよ。帆夏にまで何かするつもりなら、俺は――!」
「——人の女の名前、気安く呼ぶなよ」
俺は有原の右腕を切り落とし、痛みに喚く顔の前にスマホを突き付ける。
そこに映っていたのは、
『あっ、凄いっ! 伴治君っ! 伴治君好きぃいいいっ!』
裸で俺の上にまたがり、上気した顔で腰を振る皆月さんの姿だった。
「なっ――嘘だ、そんな……」
「皆月さん言ってたぜ? 淳也君、気まずい話題でしつこく話しかけてきてうざかったってな」
意中の女を俺なんかに取られたショックは相当なようで、ぐおおおおおおとか変な呻き声を上げている。
もちろんこれは全て演技だ。
敢えて映さないようにしているが、動画の中の俺は下半身は普通に服を着ている。
有原を追い込む動画に必要な範囲以外では彼女に一切触れていないし、なるべく肌も見ないようにした。
それで許されるとは思っていないが、それが最低限の礼儀だと思ったから。
彼女は賢く、ネットリテラシーも高い。
今後どれだけ仲良くなって、仮に付き合えたとしても、こんな映像は撮らせてくれないだろう。
だからこそ、有原に絶望を与える為には〈侵蝕の宝珠〉を使うしかなかった。
「さて……今のお前に後何が残っているんだろうな」
地位と人気と友人と好きな女を失って、おまけに犯罪者に堕ちた。
有原が大事にしていたものは一つを除いて全て奪い去られた。
——そう、その命を除いて。
「答えられないか? それじゃ、そろそろ終わりにしようか」
俺は黒風を使い、有原の目と耳を消し去った。
永遠の暗闇と音のない世界が有原を襲う。
「……目が、俺の目がっ! ……なんだこれ、喋ってるはずなのに、声が……ぐあああああああああっ!」
喚く有原を無視し、俺は残った四肢を一つずつ消し去っていく。
その度にごひっ、とかいう無様な響いて面白かった。
やがてダルマのように手足を失った有原は呼吸が荒さを通り越して消えそうになり、そのまま息絶え……
――その直前で、俺は有原の口に小瓶をぶち込んだ。
「——かはっ、な、なにが……?」
意識を取り戻した有原は全身の傷が消え、目と耳、それから四肢が再び生えていた。
……けつに刺さったバールだけはそのままだが。
「エリクサーだ。聞いた事くらいあるだろ?」
俺は手に持った残り2本の小瓶を揺らして見せる。
「俺がお前をそう簡単に殺すわけないだろ。まだ、復讐は残ってるんだから」
それを聞いて、血色を取り戻したはずの有原の顔は真っ青になった。
「エリクサーは後2本。つまり、後3回お前は死ぬわけだ。せいぜい楽しませてくれよ?」
もはや、絶望を通り越して物も言わずにガタガタと震え続けている。
「そういやそろそろだな。——部屋の仕掛けが発動するのは」
俺が口にしたのとほぼ同時。
青白いダンジョンの光が、突如赤色へと変わった。
赤い光に包まれて、どこからともなく現れたのは無数のハムスター。
〈コープス・ラット〉という、上層の奥に出現する魔物だ。
強さ自体はそこそこだが冒険者たちからは忌み嫌われていて、その由来は――人間を喰らうから。
「さあ、お手並み拝見といこうか。最強(笑)君」
俺は有原の拘束を解き、部屋の隅へと移動した。
部屋の床を埋め尽くすほどのハムスターの群れが、俺たち三人に一斉に襲い掛かる。
俺の方に来た群れは黒風で消し去りつつ、俺は悲鳴を上げながら爆発スキルを乱射する有原と、目覚めてすぐ足が食われていてパニックになっている陽キャを眺める。
これこそがこの部屋を選んだ理由。
この部屋はしばらく経っても壁の異変を見つけられずに留まると〈コープス・ラット〉が無限に湧き続けるというトラップが仕掛けられているのだ。
俺があの羽でか蝙蝠にやられたのと同じ、魔物に食われる感覚を有原にも味わわせてやりたかったから。
爆発スキルは強力だが、自分を巻き込んでしまう為至近距離では使えない。
次第に有原は全身をハムスターに侵され、変な呻き声を上げながらゆっくりと死へ向かう――
「はいお疲れ。もう一回復活な」
俺は再びエリクサーを口に突っ込み、有原を蘇生する。
陽キャの方が、既に食い尽くされて息絶えていた。
「い、嫌だ……嫌だああああああああああっ!」
痛みが終わらない恐怖で、有原が狂う。
全身を痙攣させ、よく分からない声を上げている。
「人気と地位と友達を失って、自慢の顔も傷だらけ。ずっと見下してきた相手に好きな女を奪われて、全身モンスターに喰われては蘇生される惨めな最期。なあ、どうだよ。今どんな気分だよ有原ァ!」
遂に堪えきれなくなった俺は、ひたすら高笑いをしながら有原の無様を眺め続けていた。
俺の問いかけに答える気力は、もはや有原には残されていなかった。
既にその目からは生気が消え、絶望だけが彼を満たしている。
「んじゃはい、ラスト1本」
齧られた皮膚が、四肢が、内臓が、再び蘇生し痛覚が戻る。
「ごめん、なさい……いじめてごめんなさい……酷いことしてごめんなさい、突き落としてごめんなさい……お願いだから、もう殺してください……」
そして最後には、涙をながしながら俺に謝り続け死を懇願するようになった。
それを見た俺は壁の異変に触れトラップを止め、残ったハムスターを全て消し飛ばす。
全身穴だらけの有原が地面に転がった。
——最後は、俺自身の手で決着をつけたかった。
「それじゃお別れだ。神様には地獄に落とすよう頼んでおくから、せいぜい達者でな」
俺は全てを、自我すらも失った有原だったものを、黒風を纏った腕で足先からゆっくりとなぞる。
人体というのは複雑だ。骨が一本なくなるだけでも全身に不調をきたす。
それが、足先からせり上がって来るのだ。
モンスターに食われるのとはまた違う、ゆっくりと自分自身が内側から崩壊していくような、そんな激しくも気持ちの悪い痛みが有原の身体の残った部分を襲う。
けれどもはや、有原には悲鳴を上げる気力も残ってはいない。
口から泡を吹いて恐怖で全身を震わせることしか出来ない。
有原淳也という存在がこの世にいた痕跡が、凄まじい苦痛を伴って徐々に徐々に消えて行く。
そうして返り血の一滴すらも黒風で飲み込み、頭の先まで消し終えたその時。
「やっと、終わった……」
全てを終えた達成感は、想像よりも遥かに清々しくて。
俺はしばらくの間、それを噛み締めるようにひたすら天井を見上げていた。
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