第21話 完全な復讐 前編


 伴治がダンジョンから生還してちょうど一月。

 

 ダンジョンから生還した奇跡の高校生、というニュースの新鮮さも徐々に薄れていたが、むしろそのイメージが消えた事で、伴治はその知識からダンジョン解説者としての地位を確立しつつあった。


 一方の有原はというと、伴治の生還後は注目を集めていたものの、一向に二人そろってメディアに出ないことから世間では不仲説が囁かれていた。

 元々伴治の死にあやかって得た人気だ。その根幹が揺らげば、好感度は徐々に下がっていく。

 そうしていつしか、有原はテレビでの仕事が激減していた。


「……クソが。小学校の頃からずっと最底辺だった奴が、俺よりもいい思いしやがって」


 その日の配信を終えた有原は、自室で悪態を吐いた。

 最近は配信も変なスパムが湧きまくっていて数字も悪い。

 常に誰かを踏みにじり上に立ち続けて来た彼の人生で、ここまで物事が上手くいかないというのは初めての経験だった。


 時刻はまだ20時。

 むしゃくしゃする気分を晴らすべく、有原は夜の街をふらつき始めた。

 年齢確認をしない行きつけのバーにでも行こうか。適当な女に連絡して乱暴するのもいい。

 なんて考えながら歩いていると、


「——有原淳也君だよね? 古瀬伴治君へのいじめ疑惑について、コメント貰えるかな?」


 突如、有原の周囲を数人の記者が取り囲んだのだった。



***



【人気高校生配信者、有原淳也いじめ疑惑。釈明会見での涙は演技!?】


 そんなセンセーショナルなニュースは、瞬く間に世間を駆け巡った。


『そ、そんなことするわけないじゃないですか。俺と伴治は親友ですよ?』


 テレビでは、有原への突撃インタビューがもう何度も流れている。


「いよいよ始まったな」


 もちろん、いじめ疑惑をリークしたのは俺だ。

 脅して賄賂を渡した学友たちに、某ゴシップ雑誌へと売り込ませたのだ。


 まだニュースが出て1日だというのに、


『孫の、ように、応援していたので、信じられません』

『俺はやりそうだなって思ってたわ。というか実は古瀬君を穴に落としたのもあいつなんじゃね』

『ジュン君は絶対そんなことしない!』


 と、ネットニュースのコメント欄や掲示板では物凄い勢いでレスが伸び続け、様々な意見が飛び交っていた。


「さて……後は、あいつがどこまで耐えられるかだが」

 

 有原はニュースが出てからしばらく学校を休んでいて、ようやく登校してきたのは3日後だった。


 登校してくるや否や、クラスメイト達から一斉に白い目を向けられる。

 オワコンとかざまぁwとかって声もちらほら聞こえる。

 

「あ……?」


 だが、彼らは有原から睨まれるとさっと目を逸らした。


 そして、有原は周囲を睨みながらずかずかと俺の方へと歩いて来て、


「よう、。ちょっと面貸せや」


 そう言って俺を空き教室へと呼び出した。



「何の用だ? 俺、どこかの誰かと違って忙しいんだけど」

 

 敢えて煽って見せる俺に、有原は眉間に青筋を立てながらも何も言わない。


「喜べ。次の配信で、俺がてめえと共演してやる」

「は……? それ、俺に何のメリットがあるんだよ」


 ……まだ、こいつは自分の方が優位に立っていると、本気でそう思っているんだろうか。


「俺とお前のセット人気はかなりのもんだ。お前も俺と一緒に出れば、今とは違うファン層に人気が出て――」

「いや、俺別に人気が欲しくてテレビ出てるわけじゃないから」


 ふざけた物言いに俺はぴしゃりと言い放つ。


「ダンジョン解説は大学教授とか、有識者と繋がれる機会が多いからやってるんだよ。防衛大に入った後じゃ、研究っぽい事は出来なくなるからな」

「なら、金はどうだ? 共演してくれりゃ、相応の額を――」

「いらねえよ。どうせ俺の死を利用して稼いだ汚い金だろ」

  

 どうやら分かっていないらしいので、はっきり言ってやろう。


「なあ有原。人に頼みをするならそれなりの態度ってもんがあるんじゃないのか?」

「なにを――」

「分かんないか? 頭下げて頼めば考えてやらなくもないって言ってんだよ」


 俺が言うと、有原は顔を真っ赤にして唇を噛み切って血を流し、しばらくその場に固まった後……やがて、震える頭を抑えつけるようにして頭を下げた。


「……頼む。俺と一緒にメディアに出てくれ」


 あの日とは違う、有原がその高すぎるプライドを本気で抑えつけているその態度に、俺の心は得も言われぬ快感に満たされる。

 

 まだだ、まだ笑うな。ここで悟られてはせっかくの計画が台無しだ。

 そう思いつつも、俺は表情がにやけるのを抑えきれなかった。


「分かった、出てやるよ。……けど、一つ条件がある」


 こうして、俺は復讐計画を実行に移し始めた。



***



 放課後。

 俺と有原、そしてカメラ担当の陽キャ因縁深い旧歌舞伎町ダンジョン前へと来ていた。


 俺の出した条件は『もう一度旧歌舞伎町ダンジョンに潜り、そこで配信をする』だった。

 当初有原は俺の出した条件を怪しんでいたが「あの場所でちゃんと詫びたら、全部チャラにして共演してやる。ギャラも要らない」と言ったら渋々ついて来た。


 危険かもしれないとは思っているのだろう。

 だが炎上したこいつが再起を図るには、もはや俺とのツーショットを決める以外に道はない。

 小学校からずっと人気者で居続けたこいつは、その立場から落ちることを許容できないのだ。


 俺たちの前ではダンジョン観光ツアーの団体が入場手続きをしていた。

 俺の事件をきっかけに手続きは厳しくなり、今や参加者全員の入退場が管理されるようになっている。


「——チッ」


 随分長いこと待たされているせいか、有原は苛立ちのままに舌打ちをした。

 

 ……ここらが良いタイミングだろう。


「いくぞ」


 俺はに向かって小さく呟いて、制服の袖に仕込んだ懐中電灯のようなアイテムを起動。

 眩い紫色の光が二人に浴びせられ、直後、俺たちはダンジョンの中へと転移する。


「……では。計画の無事を願っております」


 耳元で囁いて、俺たちを〈転移〉させた樋代さんが一瞬にして消える。


「あ……? なんで俺たちダンジョンの中に……?」


 数秒後、意識を取り戻した有原たちが訝しんで周囲をキョロキョロと見回している。


「なんだ、ぼけたのか? 受付ならさっき済ませただろ。早く行こうぜ。俺、お前と違って暇じゃないからさ」


 俺が煽ってさっさと先に進むと、有原は苛立ちから足音を鳴らしながら後を付いて来た。


 さっきの懐中電灯は樋代さんに頼んで集めていたダンジョンアイテムの一つで、名前は〈幻惑の灯篭〉。

 光を浴びせた対象の意識を数秒飛ばすことが出来る。

 これですら、地上では禁制品にしていされているので探すのは大変だった。


 とはいえこれで無事、ダンジョン省のチェックをすり抜けてダンジョンに入ることが出来た。

 

 その後も俺たちはダンジョンの中を進み続ける。

 俺にとってこのダンジョンは、もはや勝手知ったる庭だからな。


「そういや、タブレット持ってた奴はどうしたんだ? 確か、力也とかいう」

「ちっ……うるせぇな。あいつは用事があるからってバックレやがったよ」


 名前を出したら有原はあからさまに不機嫌になった。


「どうした? 人気がなくなったら人望もなくなったか?」

「……くそが。てかおい、一体どこまで潜るつもりだよ。まさか俺らだけで大瀑布まで行こうってんじゃないだろうな? んなとこまで行くなら帰るぞ」


 もうかれこれ30分くらい進んだか。

 いよいよ有原が痺れを切らし始めた。


「もう少し行けばセーフゾーンがある。そこまで付いたら、配信を始めよう」


 言ってから俺は少し先行し、〈暗視の魔眼〉で探り当てた壁の異変に触れた。


「この部屋だ」


 俺は出現した隠し部屋を指差し、二人を招き入れる。

 俺が先に入ったからか、二人も特に疑いはしなかった。


 ——そして、次の瞬間。


「お、おい! 淳也、入り口が――!」


 全員が入り終えると、隠し部屋はその入り口を閉ざした。


 ここは、俺が地上に戻る途中で見つけたトラップルームだ。

 ここから出るには、再び壁の異変を探り当てる必要がある。

 それからこもう一つ、この部屋には面白い仕掛けがあるのだが……ま、それは後のお楽しみだ。


「くそ……おい、そよ風野郎! どうなってやがる、セーフゾーンじゃねえのか!?」


 明らかに動揺した様子で有原が叫ぶ。

 

「おめでたい奴だな。まだ気づいてないのか」


 呟いた直後、二人は一瞬にして黒い縄で壁に張り付くように縛り上げられた。

 〈緊縛の蛇縄〉。対象を瞬時に縛り上げるダンジョンアイテムで、地上ではSMプレイで重宝されている。


「最初からこうする為にここに誘い込んだに決まってんだろ? ……お前らの人生は、今日ここで終わるんだよ」


 文字通り全てを失ってな。と心の中で呟く。


「ふざけんじゃねえ! てめえ如きが、この俺を――!」

「うるせえな。俺がどんだけお前を恨んでるか、分からないわけじゃないだろ?」

 

 俺は喚く有原の肌を黒風を纏った腕でそっと撫でる。

 それだけで有原の皮膚は消え、内組織が剥き出しになった。


「ぐぎいいいいいあああああああああああっ!」


 有原は痛みで絶叫し、叫んだことで更なる痛みを引き起こし悶絶する。

 隣で縛られた陽キャは、その様を見て震えながら失禁していた。


 その後、剥がれた皮膚の下を〈幻惑の灯篭〉でつついたり、指を二本ばかし消し飛ばしていると、不意に俺の真横で爆発が起こった。


「くそが……思い知ったか」


 有原の持つ、世間では当たりと名高い爆発系統のスキルだ。

 が、所詮は低レベルの一撃。

 黒風で防ぐまでもなく、レベル95の俺には効かない。


「それがご自慢の最強スキルか? 小学校の頃よく言ってたよな、こいつと違って俺最強だから! って。はっ、これのどこが最強だよ……全く効いてないんだが?」


「……くそ!」


 その後も連発された爆発スキルを、俺は真正面から受けきってやった。

 HPが減ってないわけじゃないが、今はこいつに絶望を植え付けてやる方が優先だ。


「気が済んだか? それじゃ、もう一回俺のターンな」


 さて、肉体攻撃は一旦お休みだ。

 代わりに俺はポケットからスマホを取り出し、ヨ―チューブのニュース配信を流す。

 そこに映し出されていたのは、


【同行者が暴露!? 人気高校生配信者、有原淳也に殺害未遂の容疑】


 というとんでもない見出し。更に、


『淳也は古瀬君を最初から突き落とすつもりでダンジョンに誘いました。いじめの話も全部本当です。僕はそれを知りながら、彼が怖くて逆らう事が出来ませんでした』


 あの日の配信でタブレットを持っていた力也とかいう陽キャが、泣きながら暴露している。


「なあ有原……お友達の用事ってのは、これなのか? それはそれは、随分なご趣味で」


 その画面を見て、今日初めて有原の顔が完全な絶望に染まった。

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