第20話 デート&デッド
ダンジョン崩壊後、海岸に吐き出された俺は樋代さんによって瞬時に回収された。
外からでもダンジョン崩壊の予兆は見えるらしく、それに合わせて周辺の防犯カメラはジャック済み。
これにて完全犯罪が完了したのだった。
樋代さんと別れ、タクシーで家まで戻っている俺の頭にはフレアの事ばかりが浮かんでいた。
――彼女の言葉を果たしてどこまで信じていいものか。
色々と酷い目に遭って来たおかげで、俺は性悪説信者だ。
人とは醜く、打算的。結局のところ大事なのは自分だ。
だから、フレアが俺を助けたのもなんらかの意図があるのではないか。
どうしてもそう勘繰ってしまう。
ラノベとかでもよくあるだろう。
例えば、本当はフレア自身が〈冥王〉で、あの時降りてこなかった俺を確実に仕留める為にあんな演出をした、とか。
それなら、神を信じるな、という言葉も別の意味になってくる。
だが、そんな俺の疑いは最後に入手したオレンジ色の指輪を装備した事で瓦解した。
――――――――――
・賢者の親愛
……古の戦いで賢者が勇者に送ったとされるこの世で最上の信頼。
装備者に癒しを与え、悪しきものの干渉から守る効果を持つ。
――伴治へ――
あたしが知る限り、誰よりも人の痛みを知っているあんたにこれを託すわ。あんたを助けるのに隠してた力殆ど使い切ったんだから、必ず助けに来なさいよね! バーカ!
―――――――――
指輪をはめると俺の心は温かさに満たされた。
まるで何かに優しく抱きしめられているかのような心地よさだ。
指輪の効果と、説明文のメッセージ。
それらによって、俺は完全に理解した。
フレアはアレだ。ツンデレなのだ。
多分、本当に不器用でツンデレだから、あんな風に駆け足でしか伝えられなかったのだろう。
であれば、自分を犠牲に俺を助けてくれたツンデレヒロインを助けない理由はない。
万が一騙されていたとしても、それはそれ。
奈落だろうがどこだろうが、俺は必ずこの恩を返しに行こうと思う。
「……勇者、か」
どちらかと言えば魔王みたいに非道な復讐をしようとしているのだが、まあそう呼ばれて悪い気はしない。
そんな風に気持ち悪く顔をにやけさせていると、不意にポケットのスマホが震えた。
『——撮影が早く終わったから時間が出来たんだけど、今夜空いてるかな……?』
***
1時間後。
俺は六本木にある高級日本料理店にやって来ていた。
入口で名前を告げるとモダンな個室へと通される。
そこでしばらく待っていると、
「——ごめんね遅くなって! それに、急に呼び出したりして……」
皆月さんが勢いよく部屋に入って来た。
「いや、忙しいのは分かってますから」
俺はそう言って、とりあえず彼女を座らせる。
「……前も思ったけど、古瀬君私服オシャレだね。ニュースで見た写真のイメージと全然違うというか……その、かっこいいと思います」
顔を赤らめてそう言われ、あまりの破壊力に俺は頭が真っ白になった。
「え、あ、うん。そんな事言ったら、皆月さんの方がよっぽど可愛いと思うけど……」
「へ!? あ、ありがと……」
もはや何を言ったのかもよく分からず、俺たちはただただ互いに顔を赤くして俯く。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
どれくらいそうしていたのか、店員さんに尋ねられて我に返った。
「お礼だから好きなの頼んで!」
と言われたのが、単品で6000円とかいうあまりの値段に気後れして、結局俺は彼女と同じコースを頼んだ。
運ばれてきた料理はどれも美味しかったが……それ以上に、皆月さんと話をするのが楽しかった。
彼女は、めちゃくちゃいい子だった。
芸能人なんてどうせ一般人の事を見下してるんだろうと思っていたが、全くそんな事はなくて。
話してみると、女優という仕事をしているだけの、ただの高校生の女の子だった。
有原と仲がよかったのも、聞けば俺の死亡ニュースの件で少し話をしただけなんだとか。
哀れ有原。学校では王様のように振る舞っておきながら意中の女優には散々見下していた俺を出しにしないと話しかけられないとは。
しかも驚いたことに皆月さんはかなりの、なんなら俺以上のオタクで、推しのVTuberが同じ『楠め~ぷる』だと分かったらもう話は止まらなかった。
「ゲームで奇跡連発するのが注目されがちだけど、やっぱり声が可愛いんだよ、あの声最強だよ! はぁ……私もめーぷるちゃんになりたい……」
「100年に1度の美少女がそれを言うか…? だがしかし言わんとすることは分かる。わかってしまう……!」
そんな風に語り合っていたら時間はあっという間に溶けていて、店員さんから「ラストオーダーのお時間ですが」と声を掛けられてようやく時間を気にすることが出来た。
「あはは……話しすぎちゃったね。ついつい楽しくなっていっぱい語っちゃったけど、うざくなかった……?」
「いや全然。むしろ話足りないくらいだ」
俺は本心からそう頷いた。
彼女と話すのは、信じられないくらい楽しかった。
いつの間にか敬語もどこかに行っていたくらいだ。
それに、話しているとコロコロと表情が変わり、その度につい見入ってしまい、何度も心臓が飛び跳ねるのを感じた。
——皆月さんと付き合う事が出来たら、きっと幸せだろうな。
そう思わされるのに、時間はかからなかった。
……だからこそ、俺はこれからしようとしている行為を迷っていた。
こんなことに彼女を巻き込みたくないと思ってしまったから。
「あ、有原君」
お礼だから!と頑なな彼女に本当に奢って貰って外に出ると、近くのビルの大型ビジョンに有原の姿が映し出されていた。
どうやら、俺との関係についてのインタビューを受けているようだ。
『共演は、今のところ考えていません。今は俺のことより自分の事に集中してほしくて……でも学校では会っているので、いずれ二人で出れたらいいな、とは話しています』
有原は殊勝な演技で、そんなことを語っていた。
俺はそれを見て、今日の幸せな気分が全て吹き飛ぶのを感じた。
奈落の底で感じた全てを犠牲に復讐を叶えんとする強い憎悪が、俺を満たしていく。
そうだよ、俺はもう決めたんだ。
──何をしてでも、有原に地獄を見せてやるんだと。
その復讐に向けての最後のピースを手に入れるために、俺は〈賢者の親愛〉を外し、ゆっくりと皆月さんの方を向く。
「そういえば、二人でテレビ出てるの見たことないね。二人、仲良しなのになんで出ないの?」
無邪気な顔で皆月さんが小首を傾げる。
俺はそんな彼女からは見えないようにそっと、ジャケットの内ポケットに仕込んだ〈侵蝕の宝珠〉、その内1粒を指先で砕いた。
「それじゃ、皆月さん……いこうか」
「……はい」
俺が言うと、皆月さんは虚ろな目で従う。
あらかじめ樋代さんに用意させていた車に乗り込み俺たちが向かった先は、近くの高級ホテル。
芸能人御用達で、あらゆる利用客に対し詮索をしないことで評判だ。
そうして俺たちは連れ立って、夜のホテルへと消えて行く──
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