第19話 『まともな』ダンジョン攻略②

 レアエネミー。

 

 それは、ダンジョンで稀に湧くことがある希少種だ。

 そして、そいつらは大体とんでもないレアドロップをすることで知られている。


「時間は……まだそれなりにあるか」


 旧歌舞伎町ダンジョンに一月潜り続けていた時も、レアエネミーとは一度も出会えなかった。

 あいつを攻撃したら他の小動物たちにも襲われるかもしれないが……男ならここは行くしかない。

 最悪エリクサーを使ってもいい。


 と、覚悟を決めて小部屋に飛び込んだ瞬間。

 ――俺の全身を凄まじい業火が包み込んだ。


「——っ、あいつ!」


 間一髪、攻撃に使おうとしていた黒風のおかげで無事だったが、周囲にいた通常のカーバンクルたちが焼け落ちて行く。


 MPを犠牲にあらゆるものを消し去る黒風さんだ。

 当然、魔法攻撃も余裕で防ぐことが出来る。

 それどころか業火の熱エネルギーそのものを消し去ることが出来るので、俺は熱さすらも感じていない。

 仮に毒ガスや放射線で攻撃されても、MPが続く限り俺には効かないだろう。

 

「やる気だな。来いよチビ」


 向こうからは仕掛けてこないというこの階層の仕組み故に油断していた。

 俺は可愛い顔で不意打ちをかまして来た金のカーバンクルを睨みつける――

 

 金のカーバンクルは特殊攻撃特化だった。

 その小さな身体のどこにそんなMPがあるのか、すばしっこく動き回りながらド派手な魔法攻撃をガンガン放ってくる。


 深層レベルに強いモンスターだったが、俺とは相性が悪かった。

 俺は放たれた魔法を目くらましに利用し、黒風で無効化して真っすぐに通り抜け、宝剣の一閃で決着をつける。


『ルミナス・エンペラーを討伐しました。レベルが90から95に上がりました』


 謎の声が俺のレベルが一気に上がったことを告げる。

 だが、俺はそれを気にも留めなかった。


「これは……!」


 金のカーバンクルのドロップは小瓶に入った3粒のドス黒い小さな宝石だった。

 俺は、そのアイテムを知っていた。


 ――〈侵蝕の宝珠〉

 砕くことで6時間の間、対象1人への絶対的な命令権を手にするという、地上では禁制品にしていされているアイテムである。

 そしてこれは、俺が樋代さんに頼んでずっと探していたアイテムでもあった。


「……これで、計画を実行に移せるな」


 どうしても埋めることが出来なかった計画の穴。

 それを、これがあれば埋めることが出来る。


 これで遂に、有原を陥れる事が出来る。

 そう思うと笑いが止まらなかった。

 

 出来ればもう1つ欲しかったので時間ギリギリまで粘ってみたが、金のカーバンクルが再び出現することはなかった。

 このダンジョンを消してしまうのは惜しいが、まだまだ樋代さんたちの協力も必要だ。

 俺は両者を天秤にかけた結果、仕方なく既に見つけていたボス部屋へと入った。


 下層のボスはHPの多さと固さだけが取り柄の10メートルくらいある亀だった。   

 特殊攻撃もありかなり厄介な相手だが……俺の場合は最強の防御貫通スキル、黒風さんがあるので瞬殺だった。


 ボスを倒すと奥の扉が開き、通常宝箱があるその場所には漆黒の輝きを放つオーブが不気味な台座の上で鎮座していた。

 周囲には台座を守るように、不規則な動きで回るリングが幾つも折り重なっている。


「これが、ダンジョンコアか……」


 俺は少し眺めた後、思い切り宝剣を振り下ろす。

 パリン、と甲高い音が響いてオーブが割れ、ダンジョンの青白い光が周囲に溢れ出しダンジョンが崩壊する……かと思ったのだが、

 

 ――テッテレー!


 唐突なファンファーレが鳴り響き、崩壊は途中で止まった。

 そして、俺の目の前にホログラムのようなもので出来たルーレットが現れる。


「これが、ダンジョンクリアの報酬って事か」


 宝箱が無かった理由はこういう事らしい。

 

 ルーレットの目は全部で7つ。

 豪華な宝箱が2つ、普通の宝箱が2つ、バツ印が2つ。

 そして、1つだけルーレットの枠を突き出る程の豪華な装飾がされたところには『特賞』の文字。


「……これ、とんでもない装備とか貰えるんじゃ」


 なんたって未だ謎に包まれているダンジョンのクリア報酬だ。

 魔帝シリーズや深秘の宝剣のようなぶっ壊れ装備や、暗視の魔眼のようなスキルが報酬の可能性もある。


「遂に、あまり役に立っていなかった運ステータスが活躍する時が来たか」


 俺はステータスを開き、今日の分の上昇値を確認する。


―――――――――――――――

【名前】古瀬伴治


Lv:95(87→95)

HP : 1540

MP : 185/1040(640) 装備+400


力   :292(192)(+40) 装備+100

守り  :232(162)(+40) 装備+70

敏捷  :202    (+40)

器用さ :143    (+40)

知性  :238(138) (+40) 装備+110

運   :230(160) (+40) 装備+70


※括弧内が装備補正無しのステータス、(+40)はレベルアップによる上昇値


・ボーナスポイント: 50



【スキル】

・神滅の黒風奏(仮)Lv1

・暗視の魔眼

・鳳凰の雄叫び


【装備】

・《魔帝のマント》MP+200、守り+30、知性+50


・《魔帝の王冠》MP+200、守り+10、知性+10、運+50


・《深秘の宝剣》力+100、守り+20、知性+50、運+20、武器スキル《鳳凰の雄叫び》


【セット効果】

・《魔帝セット》2/5 ……スキルの効果を2倍にする

――――――――――――


 気付けば、運も大台の200を突破している。

 本当はボーナスポイントもつぎ込んでしまいたいところだが、こっちは黒風さんのレベルアップの為に温存しないといけないからな。


「よし……行くぞ」


 俺は意を決し、真ん中の『Start』ボタンに手を触れる。

 するとルーレットが高速で回り出し……やがてゆっくりと止まった。


「よっしゃああああああああああっ!」


 針が止まった先には特賞の文字。

 俺は思わず天高く拳を突き上げ叫び声を上げた。

 

 ギャンブルにハマる人の気持ちが今わかった。

 この脳汁が噴き出す感覚は、正直言ってヤバイ。


「して、報酬は……?」


 期待に胸を膨らませる俺の前に、ポン、と音を立てて空中に報酬が出現する。


「──は?」


 だが、俺はそれを見て落胆した。

 目の前にひらひらと舞い落ちたのは、コールセンターの人とかがつけてそうな、いわゆるインカムだった。

 それも100均で買えそうなかなりしょぼいやつだ。


「これが、特賞……?」


 拍子抜けしたが、一応物凄い装備である可能性も捨てきれないので俺は装備して効果を確かめてみることにした。

 すると、


『き、聞こえてる!? 聞こえてるなら返事をしなさいよ、ねえってば!!!』


 耳元からやかましい声が響いてきた。


「おわっ!?」


 俺は驚いて、思わずインカムを投げ捨てる。


『ちょ──! ──してんのよ! おいゴラァ!』


 地面に落ちても尚、インカムはやかましい声を上げ続けている。


 なんなんだ一体。

 ダンジョンクリアの報酬じゃなかったのか?


 俺は恐る恐る、インカムをもう一度手に取る。


『何投げてんのよ! 馬鹿!』

「そっちが急にデカい声出すからだろうが!」


 唐突な罵声に、俺はたまらず怒鳴り返した。

 だが、


『え、嘘。本当に聞こえてるの? ……よかったぁ』


 声の主は拍子抜けするような安堵の声を漏らした。


「一体何なんだよこれは。せっかく強力装備が貰えるかもって楽しみにしてたのに……俺の期待を返せよ」


 俺が不満げに言うと、


『失礼ねぇ。冥界で死にかけてるあんたを無理やり神滅スキルに干渉して助けてやったのは誰だと思ってんのよ』

「……あんたは、一体」

『私の名前は……そうね、フレア、とでも名乗っておくわ。あなたが落ちてきた〈冥王〉の支配する領域、〈冥界〉に封印されている〈賢者〉よ』


 顔は見えないのに、何故かふふんと小さな胸を張っている勝気な少女の姿が頭に浮かぶ。


『感謝しなさいよね。あんた、私がいなかったら冥王に隷属させられてたんだから』

「待ってくれ。あんたが助けた、俺を……?」


 こちとら特賞がインカムだった事も受け止め切れていないのに、いきなり情報量が多すぎる。

 だが、確かに〈神滅の黒風奏〉には神滅スキルのなり損ない、という表記がある。

 もし本当に、あの地獄で俺を助けてくれたのがこのフレアだというのなら、俺は――


『悪いけど、ゆっくり説明してる時間はないの。私が冥王の力に干渉できる時間はそう長くない。だから、手短に要件だけを伝えるわ』


 そこでフレアは短く息を吸い込むと、声音を鋭いものへと変える。


『あなたが引き返した巨塔の下の階、その更に奥深くに私は封じられているわ。——だからお願い。もっと強くなって、私を助けに来て。それが、あなたの世界を救う唯一の方法よ。

神も冥王も決して信用してはダメ。私に残された力はもう殆どない。……頼れるのは、あなただけだから』


 ザザっとノイズが入り、段々とフレアの声が遠ざかって行く。

 

「お、おい待て! まだ聞きたいことが――」

『……よろしくね、私の頼りない勇者様』


 掠れる音の中で聞き取れたのはそれだけだった。

 後はどれだけ問いかけてももう彼女のやかましい声は聞こえない。


「……クソ」


 インカムを外して悔し気に呟く。

 するとインカムは唐突に手の中で光り、指輪へと変化した。

 小さなオレンジ色の宝石がついた綺麗な指輪だ。

 

 それを確認したのと同時。

 周囲から青白い光が噴き出し、俺の視界を染め上げた。


 やがて全てが光に飲み込まれ、ダンジョンが崩壊していく――

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