第18話 『まともな』ダンジョン攻略①
「……ここが、海ほたるダンジョン」
学校の無い土曜日、俺は千葉県木更津市の海岸へと訪れていた。
皆月さん誘拐未遂の日から2週間。
その間俺は毎日学校に通って証言を集めたり、必要なダンジョンアイテムを樋代さんに頼んで調達したりと、復讐の為の準備を着実に進めていた。
因みに皆月さんとはあの日以来会ってはいない。
メッセージのやり取りで今度どこかに食事に行く事にはなっているが、今期放送のドラマの撮影が押していて身動きが取れないらしい。
と、そんな風に日々を過ごしていた俺に、遂に神様からダンジョンを攻略の準備が整ったという連絡が来たのだ。
「では、参りましょう」
俺の隣に並んだ樋代さんが、妙に艶めかしい手つきで俺の手を取る。
そして次の瞬間、俺たちはダンジョンの中にいた。
「おお……これが《転移》スキル。確かにこれなら管理官にバレずに中に入れるな」
樋代さんは神の依り代として生きる代わりに、幾つか特別なスキルを使うことが出来る。
その一つが、転移。
視界内の任意の場所に一瞬で移動できるスキルである。
その力を使い、外からギリギリ見えるダンジョンの入り口奥へと転移したのだ。
「繰り返しになりますが、タイムリミットは本日中です。では、お気をつけて」
俺は樋代さんに見送られ、ダンジョンの中を駆け出す。
——こうして俺にとって初めて、ちゃんと上から下に向かうまともなダンジョン攻略が始まった。
ここ海ほたるダンジョンは生まれて1年程のダンジョンで、階数は全部で9層。
大したドロップもないのに下層は異常な難易度というしょっぱいダンジョンなので、今挑んでいる冒険者は俺以外にいない。
加えて上、中層に関してはマッピング済みなので、普通に攻略する分には大した事はない……のだが、問題は樋代さんに言われたタイムリミットだ。
神様たちはどうやってかダンジョン省の動きを把握しており、今日は不定期で行われる視察の日なのだという。
普段ダンジョン省に籠っている管理官たちが全国のダンジョンへと散らばり、様々な調査を行うのだ。
俺の警護をしてくれている美咲さんも、夜には帰ります、と今日は朝早く出かけて行った。
つまり、ダンジョンをクリアしようとする者からすれば今日は何か月かに一度のダンジョン省の手が回らない絶好の機会なのである。
尤もそんな大逸れたメリットもない犯罪をする者は、世の中に殆どいないのだが。
「……という訳で、本当に下層まではサクッと来たわけだが」
マップというのは実に便利で、ステータスに任せて雑魚をほぼ無視して階段まで突っ走ってたら3時間ほどで下層まで到着してしまった。
だが、問題はここからだ。
ダンジョンはどんなに小規模でも上・中・下に別れ、それぞれの間にボスの部屋、という構造になっている。
場所によって上層が多かったり、出現モンスターの強弱など特徴はまちまちだが、基本的に下層は一握りのトップ冒険者しか挑めない高難易度の場所だ。
俺は気を引き締めて、下層へと挑む。
とはいえ下層1層目はマッピングも済んでおり、出現モンスターも中層上位のがランダムに出てくるだけだったので、黒風を使うことなく突破することが出来た。
問題となったのは第8層である。
「ちょ、嘘だろ⁉ こんなの難易度調整ミスってんだろマジで!」
8層は、一言で言って地獄だった。
上下左右、壁と床と天井をすり抜け、不気味に嗤う仮面をつけた死神が巨大な鎌を振う。
そんなのが4~5体同時に襲い掛かって来るのだ。
「ダンジョンの壁に隠れるとか反則! 反則だから!!!」
俺はあまりの理不尽さに思わず絶叫した。
俺はずっと、黒風さん唯一の弱点はMP消費が激しいことだと思っていた。
だが、ここに来てもう一つ弱点があったことが判明したのだ。
それは壁や扉など、ダンジョン内の構造物に対しては効力を発揮しないということだ。
いやまあ、それに関しては全スキルがそうで、そうでなくては爆発系のスキル持ちが潜る度にダンジョンが崩落することになってしまうのだが。
「まさかそんなスキルの性質を利用してくる敵がいたとは……」
だが、目の前の死神は幽体故その法則性を逆手に取り、ダンジョンの壁を盾にして神出鬼没な攻撃を繰り出してきた。
おまけに一撃の威力が異様に高いから、防御の為に黒風を解くことも出来ない。
――このままではMPが尽きる。
そう判断した俺は、切り札の一つを解放することにした。
「《鳳凰の雄叫び》」
8時間に1回しか使えない深秘の宝剣の武器スキルを解放。
相手が実体化してくる攻撃の瞬間に合わせ、黒風で防御しつつ全力のカウンターを放つ。
こうなれば根競べだ。
宝剣で吸収している俺のMPが尽きるのが先か、こいつらを殲滅するのが先か。
——結果は、ギリギリで俺の勝ちだった。
『デスサイズ・パニッシャーを討伐しました。レベルが87から88に上がりました。デスサイズ・パニッシャーを討伐しました。レベルが……』
やはり死神は強敵だったのか、8層を通り抜ける頃には俺のレベルは大台の90へと上がっていた。
「はぁ、はぁ……マジで、結構ギリギリだった……」
回復しながらとはいえMPは3割を切っている。
もう少し階段の発見が遅れたらやばかった。
因みに死神のドロップは武器である大鎌とよく分からない結晶化した霊魂みたいなのだった。
外れではなさそうだが、難易度を考えるとやはりしょっぱい。
というか馬鹿じゃないのマジで。
こんなクソ高い難易度で俺以外に誰が攻略出来るんだよ。
そして激戦を経た俺は、いよいよ第9層へと突入する――
「……え、何こいつら」
そこには、額に大きな宝石を付けた狐とリスの間みたいな小動物がいた。
カーバンクルというやつだろうか。俺の知る限り例のないモンスターだ。
そいつらは現れた俺に見向きもせず、群れてひょこひょこと歩き回っている。
正直結構可愛い。
「無害なモンスターってことか……? まあドロップは気になるけど、時間もあるしなぁ」
こういうタイプは1匹に攻撃を仕掛けると他が延々襲い掛かって来ることがあるからな。
既に旧歌舞伎町ダンジョンで1度痛い目に遭っている。
7層はともかく、8層は死神を避けながら進んだのでだいぶ時間を食ってしまった。
現在の時刻は13時。
朝6時から潜っているので、もう8時間も経っていることになる。
美咲さんが夜に帰る、と言っていたことを考えると、20時くらいまでにはクリアした方がいいだろう。
そう思って小動物たちを無視しながら進んでいた俺の足は……途中にある小部屋の前でぴたりと止まった。
「なんかいる……」
ぎっしりと小動物たちが詰まった小部屋の奥、他の奴より一回り大きく、うっすらと金色の輝きを放っている個体がいた。
心なしか他の個体はそいつに平伏しているように見える。
あれはまさか……
「レア、エネミー……!」
思わぬ出会いに、俺は感嘆の声を上げた。
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