第17話 復讐準備②

 クラスの女子を脅した後、俺は仕事の為に再びテレビ局を訪れていた。


 今日のは俺への取材番組ではない。

 宇宙一受けたい授業という、勉強系バラエティへの出演だ。

 

 報道特番での俺のダンジョンの知識量に目を付けたプロデューサーさんに、その番組のダンジョン特集の枠に急遽出ないかと誘われたのだ。

 最初はこれ以上人前に出るのはなぁ、と思って渋っていた俺だったが……出演者の一覧を見て気が変わった。


 その後、俺は壇上に教師として上がり、番組に用意された台本を元にダンジョンの解説を行った。

 俺自身はあまり面白いことも言えなかったが、MCのベテラン芸人が勝手に笑いを取ってくれたので何となく上手くいってる風になった。

 俺がダンジョンに落ちた話になっても全然気まずくならないし、芸人マジ凄い。


「あの! 古瀬君!」


 収録を終え楽屋に戻っている俺の背に声が掛かる。

 振り返るとそこにいたのは、


「あ……皆月さん」


 信じられない程小さい顔に、茶髪のボブヘアー。

 100年に1人の美少女と名高い絶賛ブレイク中の若手ナンバーワン女優、皆月帆夏(みなづき ほのか)がそこにいた。


「よかった~、まだ帰ってなくて」


 彼女は新作ドラマの番宣をしにきていて、今日の収録で一緒だったのだ。

 基本的にアニメやVtuberにしか興味がない俺だが、有原の奴が教室で可愛い可愛いとしきりに名前を連呼していたので、俺も彼女の事は知っていた。


「俺に何か用事ですか?」

「うん! 君とはどうしても一度話がしたくてさ。あ、淳也君とはもう会った? 番組で何度か一緒になったんだけど、君の事すっごく心配してたから」


 彼女の口から発せられた有原の名前に俺は苛立ちを覚えつつ、


「あ、はい。学校でもう会いました」

 

 と短く答える。


「そっか~! 会ってたならいいんだ。淳也君もようやくほっとできただろうから」

「……そう、ですね」


 俺が彼女の可愛さと話の内容とで上手く受け答えが出来ずにいると、


「あ、ごめんもう行かなきゃ。次の撮影までにダッシュでスイーツ買いに行くんだ! よかったら今度淳也君も誘って三人でご飯でも行こうね! 同じ高校生同士なんだし!」


 凄まじい破壊力の笑顔でそう言って、彼女は去って行った。


「……さて、俺も動くとするか」


 俺は彼女の背中を見送ると――1番近くの窓を開け、そこから飛び降りた。

 時刻は夜8時。大通りの反対側の窓なので、俺を気に留める者は誰もいない。


「……そろそろかな」


 そのままあまり人通りのない路地の脇道に潜み、しばらく待つ。  

 すると、


「ちょ、なに⁉ 離して! きゃっ、誰か!!!」


 遠くからそんな声が響いてきた。


 歩いていた何人かが騒ぎを聞きつけて振り返り――慌てて逃げた。   

 見ると、黒塗りのボックスカーが爆速で突っ込んできている。


 俺はその車の通り道に足先を伸ばし、1秒だけ〈神滅の黒風奏〉を起動。

 前輪のタイヤを足1本分失った車はバランスを崩してドリフトし、数メートル先で電柱にぶつかって止まる。


「くそが! 車を変えるぞ! おら、てめえも来やがれ!」


 目出し帽を被った男が4人、焦った様子で車から降りて来た。

 だが、


「——っ、なんだてめえ! このっ……かはッ」


 彼らはすぐに気を失い、道の脇に積み上がった。


「えっと……大丈夫ですか?」

「え……古瀬君⁉」


 声を掛け、抱き上げながら目隠しを外すと――そこにいたのは皆月帆夏だった。


「あ、皆月さん。さっきぶり」

「さっきぶり、じゃないよ! 私今誘拐されかけてたんだけど⁉」


 目を回しながら突っ込む彼女に、俺は「それならほら」と山になった男たちを指差す。


「これ、古瀬君が……?」

「あー、まあ一応。ダンジョンの奥にいたわけだし」


 俺は少し照れたように言う。

 すると、どこからか「こっちです! こっちで車が!」と叫ぶ声が聞こえて来て、俺たちはたちまち警備員に囲まれる。


 彼女の方もマネージャーがすっ飛んできて、


「だからちょっとした買い物だろうと1人で行くなってあれほど言ったのに……!」


 とお叱りを受けていた。

 やがて警察が来て、俺たちはそれぞれ事情聴取の為に警察署に行くことになった。


 ――その直前。


「あ、あの! 古瀬君!」


 さっき廊下で会った時のように、再び俺の背に声が掛かる。

 違うのは、彼女の声に明らかな熱が籠っている事。


「その、よかったら連絡先とか教えてくれないかな。今日のお礼とかしたいし……」


 顔を赤らめながらスマホを差し出して来た彼女に、


「いいですよ」


 と努めて冷静に連絡先を交換する。

 だが内心では、あまりのことに嬉しくて踊り出しそうだった。

 

「じゃあまた、絶対連絡するから……!」


 と言って、彼女はマネージャーと一緒にパトカーに乗って行く。


 ……マジか。まさかここまで上手くいくとは。


 俺は、あまりに都合よく進み過ぎたに自分でも驚いていた。


 樋代さんにこの誘拐を頼んだ時も、流石に連絡先の交換くらいは出来るだろうと思っていたが、さっきのあれはかなり好感触だったんじゃないだろうか。

 尤も女性経験皆無なので断言は出来ないが。


 とはいえ、これで計画の第二段階がグッと進んだのは間違いない。

 後は樋代さんに協力してもらいながら適切な受け答えをすれば何とかなるだろう。……多分、恐らく。

 あの人巫女の癖に実はめちゃくちゃ俗っぽいから、恋愛テクニックとかも詳しそうだし。


「これで概ねの準備は終了……後は、さえ手に入れば完璧なんだがな」


 そうして俺は思わぬ収穫にほくそ笑みながら、パトカーへと乗り込んだのだった。

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