第6話 レベルアップとエリクサー

「……あれ?」


 目を覚ました俺は、強烈な違和感を覚えた。

 

 一体なんだろう。今日二度目の気絶だから……って事わけでもないな。

 人間、生きてれば気絶の一つや二つするものだ。


「——いや待て、生きてればじゃねえ! なんで俺は生きてるんだ?」


 黒い牡鹿に右半身を吹っ飛ばされ、クソ早い蝙蝠に身体中を食い破れ、確かに俺は死んだはずだ。

 

「な……なんだよこれ」


 自分の身体に視線を落とすと、無くなっていたはずの右半身が、食い破られたはずの皮膚が、右目が、何もかもが元に戻っていた。

 慌てて服を捲ると腹部も綺麗な肌色に戻っている。


 一体何が起こったのか。

 そんな俺の疑問は、すぐに氷解した。


「え……まさかエリクサーか!? これ全部!?」


 俺の周囲には美しい翡翠の色をした液体の入った試験管のような細い瓶が数本転がっていた。

 そして、その中の一つがちょうど俺の頭があった辺りで割れて、中身を地面に垂れ流している。


「そういや、何か声を聞いたような……確か、スカベンジ・ヴァンプを倒したとか何とか……」


 夢や幻聴の類だと思っていたが、もしかしてと思い俺は自身のステータスを開く。


 すると、



――――――――――


【名前】古瀬伴治


Lv:32(3→32)

HP : 550

MP : 180


力   :33

守り  :33

敏捷  :37

器用さ :33

知性  :33

運   :33


【スキル】

・風奏術……音楽家のように美しく風を操り、望むものを奏でる術。攻撃には不向き。


ボーナスポイント: 58


――――――――――



「レベル32……!? こんなの、中堅クラスの数字じゃねえか」


 初期加算が一切なくレベル分しかステータスが上がっていないのはひとまず置いておくとして、俺は衝撃に目を見開く。


 一般に1~20が初心者、20~50が幅広く中堅層で、50を超えるとベテラン、70以上は化物と言われている。

 レベルが上がると基礎ステータスが底上げされ、ポイントを消費してスキルレベルを上げたりすることが出来る。

 

 ただ貰える経験値は戦闘の貢献度によってきまるので、最弱である俺は全然上がらずにレベル3で断念していた……はずだったのに。


「俺があの蝙蝠を倒した……? 信じられないけど、奴らのドロップアイテムなんだと言われればエリクサーの存在にも納得はいくか」


 エリクサーは本来めちゃくちゃ貴重だ。

 こんなゴロゴロ落ちていていいものではない。 

 だが、ここは人類未到達の深層。相手はあの異次元の速さを持つ蝙蝠だ。

 エリクサーをドロップしたとしても不思議はない。

 ……のだが、


「これ1本が200億……」


 拾い上げた瓶を持つ手がこれまでの恐怖とは違う意味で震える。

 俺の臓器を全部売り払っても買えない代物だろう。


「とはいえ、こいつのおかげで命拾いしたのは確かだしな……」


 それに、蝙蝠とエリクサーの存在によってこの絶望的な状況に一つの希望が見えて来た。


「あの蝙蝠を狩り続ければ、ここを出られるくらい強くなれるかもしれない」


 そうと決まれば行動あるのみ。

 蝙蝠をピンポイントで狩る方法についても、一つ心当たりがある。


「めっちゃ怖いし超やりたくないけど……仕方ない、生きる為だ!」


 俺は恐怖でぎゅっと目を瞑りながら、割れたエリクサーの瓶の破片を己の左手首に思い切り突き立てた。

 

「——っ、ぐああああああああああああああっ!」


 ガラス片はしっかりと動脈を切り裂き、自分でもびっくりするくらいの勢いで真っ赤な血が噴き出す。

 痛みと、その痛みを自身の手にやったという恐怖で俺は叫んだ。


「はぁ、はぁ……どうだ……?」


 痛みで視界がチカチカするのを必死に堪えながら、俺は周囲を見回す。

 

 すると、


「どうやら、予想通りだったようだな」


 気付けば、俺の頭上には巨大な羽の蝙蝠——スカベンジ・ヴァンプの群れが現れていた。


「血が、お前らを引き寄せる条件なんだろ?」


 身を潜めていた俺をピンポイントで見つけたのも、さっきの俺は大量出血をしていたからだろう。

 いわゆる吸血蝙蝠というやつだ。日本ではあまり馴染みがないが、海外のハロウィーンでは割とメジャーな存在である。


 とはいえ、ダンジョンの仕掛けとしてはたまったもんじゃない。怪我をしたら人喰い蝙蝠が襲って来るとか、それだけで難易度爆上がりだ。

 尤もおかげで俺はレベル上げが出来る訳だが。


 俺の言葉に蝙蝠は答えず、代わりにギギ! っと見下すような不快な鳴き声を上げる。

 さっきと同じだ。この鳴き声の後でこいつらは襲い掛かって来る。 


「まさか、最弱スキルがこんな風に役に立つ日が来るとはな」


 俺は音速を超える速度で襲い来る蝙蝠の群れに、強風をぶつけた。

 通路を覆うように広く、俺に出来得る限りの威力で。

 

 普通のモンスター相手には、こんなもの多少の足止めにしかならない。

 けれど、速度に特化した蝙蝠相手なら――


『スカベンジ・ヴァンプの討伐を確認しました。レベルが32から33へ上がりました。スカベンジ・ヴァンプの討伐を確認しました。レベルが33から34へ上がりました。スカベンジ・ヴァンプの……』


 次の瞬間、俺の脳内には謎のアナウンスが幾度も響いていた。

 

 蝙蝠の群れは俺の起こした風によって近くの太い木々に叩きつけられ、そのまま死んだ。

 恐らく奴らは数と速度に特化し過ぎていて、耐久力が皆無なのだろう。

 加えてあの巨大な羽。あれのせいで、俺の起こした程度の風にすら煽られ、流されてしまう。

 まああれだ、原理としては凧揚げの凧のようなものなのだ。


「レベルは……44か。途中から1体で1レべ上がらなくなった感じだな」


 とはいえ普通のダンジョンでは考えられない程の経験値効率には違いない。

 

 そして、壁の下には再びエリクサーの小瓶が4本転がっていた。

 今の群れも20体前後だったから、ドロップ率はそこそこらしい。

 

 俺はエリクサーを拾って一本飲む。

 すると、ガラス片で切りつけた手首の傷がたちまち癒える。


「エリクサーが連続でドロップしないとかにならない限りは、この方法でレベリングできそうだな」


 深層はトップの冒険者ですら踏み入った事の無い領域だ。

 どれだけレベルを上げても無駄ということはないだろう。

 

 こうして、地獄に落ちた俺の反撃が始まった。

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