第5話 死の淵で尚も抗う者は

 突然俺の頭上に現れた20匹くらいの蝙蝠の群れ。

 蝙蝠は羽だけがやたらと大きく、身体は豆粒ほどしかない。

 

 そいつらはまるで俺を見下すみたいにギギっと一鳴きした後、一斉に俺に襲い掛かって来た。


「――っ、なんだこれっ、がああああああああああっ! 肉、俺の肉がっ!」


 蝙蝠の群れは恐ろしく素早く、黒いもやとしてしか視認できなかった。

 そのスピードたるや、さっきの黒い牡鹿の数倍はある。

 あのでかい羽は、小さな身体は、早く飛ぶことに特化した結果なのだろう。

 

 黒いもやが通過する度に俺の身体から皮膚が、そして皮膚の下の肉が、どんどんと食い荒らされていく。

 無くなった腕の焼けるような痛みとはまた違う、ぶっとい針で突き刺されたかのような鋭い痛みが断続的に俺を襲う。


「せめて静かに死ぬ事すら許されないのかよ……!」


 この世の理不尽さを呪い、いつしか俺の目から止めどなく涙があふれていた。


「一回だって、俺が悪いことしたかよ……ただダンジョンから得た力が弱くて、ちょっと名前が変で……そんな自分を変えたくて頑張っただけなのに、こんな死に方をしなくちゃならないのか……?」


 あるいは、僅かな希望を抱いて有原なんかの提案に乗った俺が悪かったのだろうか。

 俺なんかが学校生活を楽しもうとしたことが悪かったのだろうか。


 いいや、断じて否だ。

 苦しむべきは俺ではなく、俺をいじめた有原たちのはずだ。

 他人を虐げることでみんなにちやほやされて、それで得た空っぽの自信でネットでの人気も得て、あんなヘラヘラした顔で人を殺して。


 あんな奴が今後ものうのうと生きて、俺を殺したことも忘れて幸せな家庭を築いたりするのを想像すると……心底吐き気がする。


「死にたくない……死にたくない! あいつを痛い目に遭わせてやるまでは、ぶち殺して同じようにモンスターの餌にしてやるまでは、絶対に!」


 差し迫る死と降り注ぐ痛みの中で、俺の感情が爆発する。


 せめて、命が尽きるその瞬間までは何かしら抗ってやろう。

 決して絶望してなんかやらない。

 仮にここで死んだとしても、化けてでもあいつらに復讐してやる。


 俺はもうひたすら無我夢中で、残った左腕をぶんぶん振り回しながら風スキルを使った。

 ただ生きたくて、復讐してやりたくて。

 意識が朦朧とする中、激情だけが俺を満たしていた。


 ――やがて。

 身体がやけに重たくなり、脳が凍り付いたかのように何も考えられなくなる。


「は……は、最後に頼ったのが散々馬鹿にされてきた最弱スキルかよ……」


 薄れ行く意識の中、俺の口から掠れた声が漏れる。

 それが俺の最後の言葉——かと思われた。


 だが、


『——スカベンジ・ヴァンプを討伐しました。レベル3から9へ上がりました。スカベンジ・ヴァンプを討伐しました。レベルが9から14へと上がりました。スカベンジ・ヴァンプを討伐しました。レベルが……」


 突如脳内に鳴り響いたのは、無機質で、男にも女にも聞こえる謎の声。

 何度か聞いたことがある。確か、レベルが上がる時に聞こえる声だ。


 それがけたたましく、何度も何度も繰り返し鳴り、最終的に俺のレベルが32になったところで鳴り止む。


 おかげで死に向かっていた俺の意識が僅かに戻る。


「……あれは」


 酷く霞んだ視界の奥で一瞬何かが光った気がした。

 

 俺は一縷の望みを賭け、重たい石のようになった身体で這うようにそこへ向かう。

 普通に歩けば、3歩とかからない距離。

 それが、今の俺には果てしなく遠くて。

 もはや痛みすら鈍く、進んでいるのか死んでしまったのかすら分からない。


 ——ガシャン。

 どこかから何かが割れるような音が聞こえたが、それを気にする余裕もなく。


「……クソったれめ」


 そうして世界を呪いながら、俺の意識は完全に事切れた。

 

 






 

『——非対象個体の《冥界》への侵入を確認……否、微量な適性反応有り。これより審査を開始致します』

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