第2話 ダンジョン観光ツアー
「はーい、みなさんこんにちは! 俺たちは今、《旧歌舞伎町ダンジョン》にやって来ています!」
爽やかな笑みを浮かべ、カメラに向かって有原が声を張る。
「あ、もちろんツアーですよ。流石に護衛も無しに潜ったりはしないので安心してください」
有原がおどけた調子で言うと、
『安心した』
『ジュン君今日もかっこいい!』
と、画面に流れるコメントが肯定的な意見を示す。
因みにコメントが見えるのは一緒に来た陽キャ二人がそれぞれ高そうなカメラと、配信画面の映った大きめのタブレットを抱えて後ろ向きに歩いているからだ。
二人ともよくバイトとして有原の手伝いをしてるらしい。
当然、俺には1円も支払われてはいないが。
(イケメンってだけで人格がクソでも評価されるんだから良いご身分だよな)
なんて恨んでいるのがバレないように、俺がカメラの死角に隠れていると、
「実は今日、コラボする予定だった人気ダンジョン配信者にして本人もB級冒険者の《フルメタル・リナ子》さんが急遽来れなくなっちゃったんだよね」
残念そうに有原が言う。
マジか。今日来る予定だったのってリナ子さんだったのかよ。
ルックス、実力ともに確かな人気ダンジョン配信者で、かくいう俺もかなりのファンである。
こんな奴がリナ子さんと……
俺の恨みがますます深まる。
「な・の・で! 代わりにスペシャルゲストを連れてきました!」
唐突に、有原とカメラマン陽キャが俺の方に近づく。
「スペシャルゲスト、クラスメイトの古瀬伴治クンでーす! 凄いんですよ彼、なんとあの防衛大のダンジョン科に推薦で合格が決まってるんです!」
俺の肩を抱いて、有原がそう紹介した。
画面には酷い猫背に前髪で目元を隠したザ・陰キャが映し出される。
『誰だよw』
『バンジ? 変な名前だな』
『ジュン君の友達にしては陰キャっぽい』
『イケメンじゃないから交代で』
コメントの感触は悪く、大半が俺の名前や容姿を弄るものだった。
「ちょ、いきなり映すなよ。それにフルネームまで出すとか――」
ネットリテラシーの欠片も無い行動に、俺が抗議しようとする。
だがその瞬間、カメラに映らない角度で有原が物凄く冷たい目で俺を睨みつけた。
黙ってろ、と言外にそう言っているのだろう。
長年刻まれた俺のいじめっ子センサーが、彼の不機嫌さを敏感に感じ取る。
「み、みなさんどうも~」
怖かったので、俺はカメラに向かってヘラヘラした感じで媚びを売った。
内心気持ち悪くて死にそうだったが、後でボコボコにされたり、クラスどころか学校中から無視されたりするよりは余程いい。
「と、みんなへの紹介も済んだところで、早速だけどバンジ、このダンジョンの事を軽く解説してくれよ」
突然下の名前を呼ばれて背筋にゾゾゾと悪寒が走る。
あまりの調子の良さに、一瞬この場で俺がずっといじめを受けて来たことをぶちまけてやろうかと思うが──当然そんな勇気はなく。
「お、おう! 任せろ有原。えっと……ここ《旧歌舞伎町ダンジョン》は10年前に起きた最初のダンジョン災害で生まれたダンジョンで、規模は国内でも最大。下に行くほど急激に難易度が高くなる仕組みで、下層は未だに攻略されていません」
俺は言われるがままに、さも仲のいいクラスメイトを演じながらダンジョンの解説を始めた。
10年前。
ある日突然、世界中にダンジョンが出現した。
今までそこにあった建物やらが忽然と消え、RPGのマップによくあるでこぼこした洞窟みたいな入り口があちこちに現れたのだ。
日本でも都庁が消え去ったり、海外だとピラミッドが丸々消えたり、世界最大の空港が消えたりしてかなりパニックが起こっていた記憶がある。
ダンジョンは中に入り敵を倒すとレベルが上がってスキルを獲得できて、まるでゲームのような仕組みだった。
とはいえ建物を消し去り、異形の魔物がうろついていたりする未知の危険な場所だ。
出現当初は各国が戦時中もかくやという緊張感に包まれていた。
だが、それはすぐに歓喜へと変わる。
きっかけは、ある国のダンジョンからエリクサーが出土したことだった。
《鑑定》のスキルを持つ者にあらゆる病や疾患を治す効果があると判断されたそれは、国営のオークションに出品され若くして末期がんに侵されていた大富豪に何と200億円という値段で落札された。
そこから一気に世界はダンジョンバブルへと突入した。
皆が一攫千金を求めてダンジョンに潜り出し、次第にそれを管理するダンジョン省が出来、いつしかダンジョンで稼ぐ者は冒険者と呼ばれ出した。
上位の冒険者は、年収100億なんてのもザラであり、世間ではスター扱い。
小学生のなりたい職業ランキングでも堂々の1位に君臨した。
そんな影響もあって、今では中学に上がるまでに一度ダンジョンに潜り、レベルを上げて己のスキルを発現させるのが通例となっている。
今日俺たちが参加している《ダンジョン観光ツアー》も、ダンジョンが身近なものとなった証の一つ。
プロの冒険者に護衛されながらダンジョン内の不思議な景色や、実際のモンスターとの戦闘を見学出来るというもので、土日は予約でいっぱいになる程の人気企画である。
因みに、人気なだけあってそれなりのお値段がする。
「それからここは不名誉な事件でも有名ですね。皆さんもご存知でしょうが、ダンジョンが発生した瞬間、元々この場所にいた人が全員範囲外に吐き出されました。その、ここがホテル街だった事もあり、その大多数があられもない姿の、訳ありっぽい男女だったわけですが、何故ダンジョンが建物は飲み込んだのに人は吐き出したのか。それは有識者の間でも未だに議論されていて――」
話しているうちになんだか楽しくなってきて、気付いたら俺は持っている知識を手当たり次第に喋りまくっていた。
ふと顔を上げると、場の空気が完全に凍っていて。
コメントも、
『え……なにこれ』
『めっちゃ早口。オタク口調ってやつ?』
『全然簡単じゃなくれ草』
と、俺の様子にドン引きしていた。
「あー、はい! ここまで! な? こいつダンジョンにめっちゃ詳しいだろ!? まあ歌舞伎町の闇の話はチャンネルBANされちゃいそうだからヒヤヒヤしたけど……w」
有原がおどけた調子で誤魔化すと、その場の空気が弛緩する。
明らかに引きつった感じだったコメントも、有原の機転の利いた会話回しを賞賛するもの変わっていた。
「お、早速戦闘が始まったみたいですね。少し近づいてみます!」
少し進んだところで、護衛の冒険者たちが戦闘を始めた。
相手は20匹くらいのホブゴブリンの群れだ。
ゴブリンの上位種である奴らは狡猾で、地形や冒険者の落とした武器など、あらゆるものを使った連携攻撃を仕掛けてくる。
群れで遭遇するとかなり厄介なモンスターだ。
けれど、
「お、流石はツアーの冒険者。圧倒的ですね」
実況する有原の言う通り、冒険者たちは全く苦労した素振りもなく鮮やかな手腕でホブゴブリン共を蹴散らしていく。
今や子供からお年寄りまで大人気のダンジョン観光ツアーは、大手企業がこぞって参加する一大コンテンツだ。
しかし、参加者に怪我でもさせれば大問題になってしまうので、護衛になれるのは基本的にA級以上のライセンスを保有する冒険者のみ。
企業も金に糸目を付けることなく雇うので、今や冒険者たちの目標は危険な下層にアタックする事よりも、企業のお抱えになることになっているほどだ。
「わっ、ごめん避けて!」
彼らの戦いを呆然と眺めていた俺の眼前に、突然薄汚れたナイフが飛んでくる。
「——ひっ」
突然の事に俺は変な声を上げ、目を瞑って顔の前で両手をクロス。
けれど、いつまで経っても痛みが襲ってくることはなかった。
一瞬にして俺を守るようにして分厚い土の壁が出現し、ナイフを防いだのだ。
「やー、ごめんごめん。1匹死に損ないがいたみたいだね」
冒険者のお姉さんが俺の方を見ながら申し訳なさそうに手を合わせている。
因みにかなり美人だ。
「……今の、覚醒済みか? やっぱりプロは凄いな……」
冒険者のスキルは使い込むと覚醒し、強化される場合がある。
さっきの圧倒的な発動速度は、恐らく覚醒済みのスキルなのだろう。
「——ま、お前には一生無理な芸当だよな。なにせ最弱のそよ風野郎だし」
いつの間にか隣に立っていた有原が一言低く嗤い、すぐに去っていく。
冒険者たちの戦いが配信のメインになったタイミングでこちらに来たのだろう。
「——っ」
最弱のそよ風野郎。
それは、名前以外に俺がいじめられる原因となったスキルを示すあだ名だ。
今目の前で戦っているA級の冒険者たちは、火、水、そして剣や槍と鮮やかな攻防で、観光客を楽しませている。
だが、その中に風スキルを使っている者は1人もいない。
──風スキルは最弱スキル。
それが、世界共通の常識だからだ。
原理的にゲームや漫画のように風の刃というのは再現不可能で、そういうのは水系スキルの領分。
風スキルに出来ることといえば、ちょっと強い突風を起こす事くらいだ。
そんなだから、ダンジョンやスキルが重要視されるこの社会で俺がいじめられるのは当然の流れだった。
受験に合格による自信を一瞬で沈められ、俺は気落ちしながら先へと進む。
やがて、
「さあ着きました! ここがこのダンジョンの代名詞。歌舞伎町ダンジョンの大瀑布です!」
画面に向かって有原が声を張り上げる。
そうして俺たちはこのツアーの目的地へと辿り着いたのだった。
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