第3話 大穴と大瀑布

 視線を上げると、俺の視界いっぱいに巨大な滝が飛び込んできた。


 ぽっかりと空いた向こう岸がかすむほどの大穴に、横幅100メートルくらいありそうなどでかい滝が凄まじい水量で流れ落ちている。

 滝が落ちて行く先は真っ暗で、受け止められる音も聞こえない。

 このまま地球の中心まで続いているんじゃないかとすら思わさされる。


 これが今や国内有数の観光地である、旧歌舞伎町ダンジョンの大瀑布である。


「すっ、げぇ……」


 俺はあまりの迫力に圧倒される。

 受験の為に知識としては勉強したが、如何せん一緒に行く友達もいないので実際に見たのは今日が初めてだ。

 

「それではしばらくの間自由行動とします! この辺りはモンスターの出現率が低いですが、あたしたちの視界からは出ないように!」


 さっき俺へのナイフ攻撃を防いでくれたお姉さんが観光客に向かって告げる。

 

 逆に言えば視界内にさえいれば助けられるってことか? 凄いなおい。


 号令と共に、30人近い観光客が一斉に周囲に散らばった。

 奥の方は崖になっているが、流石観光地というか、結構しっかりしたロープが張られているので落ちる心配はない。


 俺もせっかくなら近くで見ようと周囲に合わせて前の方へと出たところで、


「やー、見上げると首が痛くなりますね。というわけで伴治、この滝の解説よろしく! あ、今回はマジで短めにな?」


 不意に有原から肩を組まれ、実況させられてしまう。

 

 解説は言われずとも短く終わった。

 見たまんまでかい滝に深い穴。それ以上特に話すこともないのだ。

 とはいえ流石にアレなので、一応何故か電子機器が使用不能になる為調べられず、穴の深さがどこまで続いているのか、というのは有識者の間でも未だに議論されていることだけ付け加えた。


「さて、それじゃあ穴の方を見ていきたいんですが……やー、人多いな!」


 あくまで楽しい実況を心掛けているのか、どうしようかなぁと苦笑を浮かべる有原。


 だが、俺は見た。 

 あいつの眉間に一瞬血管が浮き出たのを。

 

 小学生の頃から根っからの俺サマ気質だからな。今もきっと内心では「俺サマが配信してるんだからどけよ愚民が」くらいに思っていることだろう。


 その後も何とか人混みを抜けて前に出ようと藻掻くも中々上手くいかない。

 そんな時だった。


「お、あっちなら行けそうじゃね?」


 カメラマンをしていた陽キャが指差したのは、人混みの横にあった2つの大きな岩。

 よく見れば崖を守るロープは岩の辺りにはかかっておらず、2つの岩の隙間を抜ければ裏に回れそうだ。


「ナイス力也。じゃあそっち行ってみようか」


 カメラマンの名前がリキヤであるというどうでもいい情報を得ながら、俺たちは岩を迂回する。

 すると、岩の反対側の開けた所に出た。

 

「おお、人がいないとこんなに広いのか!」


 おどけたように有原が言う。

 しかし、若干奥ではあるが滝も穴も一望できる。

 穴場スポットというやつだろうか。


 だが、岩に阻まれて冒険者の人たちの視界からは外れている。

 見えないところには行かないようにと言われていたのに、これはいいのだろうか。


「よし伴治、穴を覗きに行こうぜ」


 そんなことを考えぼーっと突っ立っていると、有原から声を掛けられる。


「あ、ああ」


 不安はあるが、ここで余計なことを言う方が後が怖いので、俺は付いて行くしかなかった。


 まあコメントも概ねが


『おお、穴場を見つけるなんてすごい!』

『これで穴が見られる!』


 と肯定的なものだったから大丈夫だろう。

 一部心配する声あったが、それらはすぐに肯定的なコメントに流されていく。


 人気コンテンツとはいえ、ダンジョン観光ツアーは参加料がそれなりに高額だ。

 見ている人の中でもこの場所に実際に来たことがある人は少ない。

 なので、みんないまいちルールが分かっていないのだろう。


「おお……これは凄いな」


 やたらと古めかしいたわんだロープを押し広げ、ギリギリまで身を乗り出して穴を覗き込む有原。

 伸ばした腕の先にあるカメラはもう、完全に穴の真上だ。


 俺はあまりにギリギリすぎて行くのを躊躇していたのだが、陽キャ三人にはそういう抵抗は全くないらしい。


 こういう時に同じノリを共有できるのが陽キャたる所以なのだろうか。

 というかそんなに興味津々に見られると普通に俺も気になって来る。 


 ……よし、俺も隣に行ってみるか。


 なけなしの勇気を振り絞って、ほぇーとか言いながら食い入るように穴を見つめている有原の隣に並んだ。


 上から見下ろす穴は、物凄い迫力だった。


 険しい岩肌を光と闇の境目まで滝が落ちて行き、やがて何もかもを飲み込む闇となっていく。


 これは確かに一見の価値はある景色だ。

 きっと向こう側では柵もプロの人の目もあって、ここまで深くを見る事は出来ないだろう。


 俺は真っ暗な穴の底を見つめながら、このダンジョンの規模からどこまで滝が続いているとか、この大量の水源は元々日本にあったものか、あるいはダンジョンが生み出したのか。元々あったなら歌舞伎町いずれ陥没したりしそうじゃね、とか生来のダンジョン好きも相まってついつい考察に耽ってしまった。


 ――そうやって周りの目が気にならない程考えに耽っていたから、気付けなかった。


 いつの間にか穴を覗くのを止めた有原が、俺の背後に回り込んでいることに。


「——目障りなんだよ。てめえがいなけりゃ、推薦の枠は俺が取ってたんだ」


 耳元で低い声がしたと同時に、ドンっと背中に強い衝撃。


 そして、一瞬にして俺の身体は浮遊感に包まれた。


「な、てめえ有原っ!!!」


 感情に任せて怒鳴り声をあげるも、それくらいは計算していたのだろう。


「ば、伴治! クソ! だ、誰か来てください! 俺の友達が穴にっ!」


 白々しくも大声で助けを呼ぶ有原の声が、俺の声を掻き消す。


 そうこうしている間にすぐさま終わりの見えない闇の底へと飲み込まれ、やがて一切の光が消える。


 ——その直前。


『じゃあな、最弱のそよ風野郎』


 ニヤニヤと下卑た笑みを張り付けながら、有原が口だけでそう言い捨てる。


 かなりの距離があるはずなのに、何故か俺にはそれがはっきりとわかった。


「くそっ……誰かっ!」


 叫んではみたものの、俺の身体はもう闇の中。

 当然助けなど来るはずもない。


「あの野郎……絶対に、絶対に殺してやる!!!!」


怒りが腹の底から沸き上がり、俺は悔しさで唇を噛み切った。



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