Graduate first ⑮


 見るからに不安気な顔をしてる。ぼくは植田から目をそらして、机に視線を落とした。自分のげんこつを見つめる。


 植田とサッカー部員には、ホームルームが終わったらどうせ話す事になるんだ。今はおとなしく、すぐにでも来る担任の先生を待って、学校側が決めた流れを聞こう。


……先生からの話しで、なにかが変わる──ぼくの口から伝えるはずだった内容が、先生が云ってくれるかもしれない。そしたら、ぼくの肩の荷が多少は軽くなる……というか、軽くなってほしい。


 クラス中がザワついているところに、ドアがカラッと開いた。プリントのたばを持った担任の滝本たきもと先生がようやく登場だ。


ホームルーム開始のチャイムから十八分遅れ。職員室で、最終確認でもしてたのかな?


 クラス全体がシンと静まり返り、これまでになく皆が先生に注目してる。

先生は生徒の重い視線を受け、一口、息を吸い込んだ。それから口を堅く閉じ、教壇まで素早く移動すると咳ばらいをした。


「このようすだと、だいたいの話しが出まわっちゃってるようだけど、まだ不確かな事も多いから、噂をうのみにしないようにね? ……これからくばるお手紙は、保護者の方にも読んでもらいたい手紙になるから、くさないで、必ずお母さんかお父さんに手渡してね」


 先生はプリントの束を波打たせ、席の列ごとに枚数を親指でかぞえ、先頭の席の人に渡していく。


先頭の人は自分のぶん一枚をとると、後ろの席の人へ残りの手紙をまわす。ぼくは一番うしろの席だ。自分の手元に届く、バケツリレーの配布を見守る。


 まわってきた手紙の、太文字の見出しは【学校からの重大なお知らせ】。

つづけて、短くひかえめな季節の挨拶──


──新学期が始まり、いよいよ本格的な授業が始まる頃になりました。保護者の皆様には、日頃より本校の教育体制にご理解、ご協力を賜り、感謝いたしております。──


 この挨拶分を考えるのには、骨がおれたんじゃないかな? それとも、マニュアル的な物でも存在するのだろうか? 歴代の学校関係者が、その時の事例に合わせた、こういった手紙の内容を残していたならば、現役の今の先生達は心底助かったと思っただろうな。


 ──桜の見ごろもあっという間にすぎてしまい、花びらが舞い吹かれる寂しさを感じる季節になりましたが、保護者の皆様におかれましては、ますますのご清祥と存じ、お慶び申し上げます──


なんていう挨拶文から始まる手紙だったら、大反感を買うところだ。


 挨拶文のあとにつづくのは、明日の全校朝会の案内と、保護者説明会の日程と時間の案内。


 日程はゴールデンウィーク前の平日。


 ……この手紙は、父さんに見せよう。それが一番いい。そして父さんに来てもらおう。自分がしでかした結果を、その身をもって、すべて知ったほうがいい。


 生徒全員に手紙が行き届いたのを確認した先生が、手紙に目を縛りつけさせたまま口火を切った。


「今日の部活動はすべて中止になったから、みんなは寄り道をしないで、まっすぐおうちに帰る事。それから下校時は、同じ方向の家の友達と一緒に、できるだけ集団で下校する事。なにか事件に巻き込まれそうな危険を感じたら、すぐに逃げるか、近くの家の人に助けを求めたりして、身の安全を最優先する事。……いま云える事はこれだけなんだけど、明日の全校朝会で校長先生から詳しい話しが聞けると思うから、それまで待っててね」


 学級委員長がすかさず手をあげる。「先生、三年生の先輩が自殺したって、本当ですか?」


 先生は手紙から目を離し、学級委員長を見つめた。

「残念だけど、本当。でもこれ以上は云えないの。学校もまだ状況を確認してる最中さいちゅうだから」先生が生徒全員を見渡した。「今日のホームルームはこれで終わりです。みんな、くれぐれも気をつけて帰るように」


 先生はしめくくると、今日の日直に目配せをした。日直担当のクラスメイトは最初キョトンとし、ついではたりと気づいたのか、号令をあげた。


 クラス中が騒然と、帰る身支度をし始めるとすぐに、植田がしかつめらしくこっちへ来たもんだから、なにか云われる前に、ぼくは先に応えを伝えた。


「校門で話そう」

「……わかった」植田はほとんど通り過ぎるように、後ろのロッカーに荷物を取りに行く。ぼくはやるせなく、何度目かわからなくなったため息を吐いた。


…*…


 昇降口で渡辺と鉢合わせをして合流は果たせたけど、

次から次へと下校する生徒の数におされ、ぼくら三人のたむろ場所は、校門脇となってしまった。


すぐ近くで先生が五人も校門に出て来て、下校する生徒を見送ってる。

もちろん、いつもはこんな見送りはしない。生徒が帰るタイミングは、みんなそれぞれまちまちだから。


 さようなら、と挨拶がう風景を尻目に、ぼくは先生達に背中を向け、話しを切り出そうとした時、


下校する生徒の人並の向こうから背伸びをして、こっちに手をふってくる夏樹先輩を見つけた。人並の流れをぬいわけて、こっちまで駆け寄ってくる。


 夏樹先輩が開口一番に安堵をもらした。

「良かったよ、ここで会えて。先に帰っちゃってたら、どうしたもんかと考えてた。あとで電話番号交換しとこうよ。そのほうが色々都合良いだろう?」


 先輩に云われて気づいた。ぼく、まだサッカークラブに退団願い出してないや。

ほんっともう、立て込んでる時ほどやる事が増えていくこの現象って、どうにかならないかなあ?


「あとで番号渡すけど、先輩、自殺した三年の生徒って、名前は……?」


 夏樹先輩は一旦口をつぐんで、髪をガシガシと掻き、周りに視線を飛ばして落ち着きなくソワつくと、じきに止めた息と一緒に言葉を吐き出した。


「小林 香澄……」


 名前を聞いて、今度はぼくが息をとめた。──いや、ひょっとしたらって、心の奥底ではわかってた。でもまさかそんなって、願ってやまなかった。

だって、受け入れたくないよ……!


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